アムジェンの開発した Sotorasib を皮切りに、変異 Ras 阻害剤の臨床応用が進んでいるが、使用が進むとともに、少なくとも単独治療では耐性ガンの発生が必須であることがわかってきた。従って、Ras 阻害剤の効果を長続きさせる併用薬剤を見つけることは急務で、研究が進んでいる。
今日紹介するテキサス・ベイラー医科大学とMDアンダーソン ガン研究所からの論文は、Ras の活性化、及びその急速な阻害により起こる蛋白質のクオリティーコントロールの破綻に注目し、これを標的にすることで Ras 阻害剤必発の耐性発生の問題を克服できる可能性を示した重要な研究で、8月9日号 Science に掲載された。タイトルは「Modulation of the proteostasis network promotes tumor resistance to oncogenic KRAS inhibitors(蛋白質恒常性の変化が発ガンK-Ras阻害剤に対する耐性を促進する)」だ。
この研究では、K-Ras 阻害剤に対する耐性を獲得したガン細胞(RASir)の proteostasis と呼ばれる合成蛋白質のクオリティーコントロールを調べ、阻害剤処理により急速に起こる proteostasis 異常と蛋白質の凝集が、耐性発生とともに正常化することを発見する。すなわち、K-Ras 活性化により高いレベルで機能していた proteostasis が、阻害剤の効果で破綻させられ細胞死に陥るが、他の経路で proteostasis は速やかに回復し、耐性が生じることになる。
蛋白質のクオリティーコントロールは細胞生存に必須で様々なメカに住むが存在しているが、RAS 阻害剤で低下し、RASir 細胞で回復する経路を調べると小胞体ストレスセンサー IRE1α を介する経路であることがわかった。
このケースで IRE1α は小胞体ストレスのセンサーとしてではなく、直接 K-Ras 下流の MAPK 分子により活性化されており、この経路が阻害剤で破綻することがわかった。言葉を換えると、K-Ras 活性化で蛋白質恒常性の維持を高める必要があり、これを K-Ras 下流の MAPK 分子が IRE1α を安定化させることで達成している。
阻害剤で一旦 IRE1α が不安定になり、蛋白質の凝集など細胞ストレスが上昇し、細胞が死に始めるが、他の代償経路により IRE1α が正常化すると、K-Ra sなしでもガンは増殖出来る様になる。
この代償経路を突き詰めると、様々なチロシンキナーゼ受容体が働いて、MAPK 分子や、あるいは AKT 分子を介して直接 IRE1α を安定化して、蛋白質のクオリティーコントロールを維持することがわかった。
事実、耐性を獲得したガン細胞を、特異性の低いキナーゼ阻害剤と併用することで、K-Ras 阻害剤の効果が再び回復し、耐性ガンでも増殖を抑えることが出来る。ただ、特異性の低いキナーゼ阻害剤は副作用が強く、実際の治療としては利用が難しい。
代わりに、現在治験が進んでいる IRE1α 阻害剤ORIN1001 を K-Ras 阻害剤と併用すると、少なくともマウスの移植ガン実験では K-Ras 阻害剤治療に伴う耐性ガンの発生と完全に抑制することに成功している。最後の実験は、K-Ras 阻害剤が最も期待される膵臓ガンモデルで行っており、効果が完全でないガンも存在するが、調べた4種類のガンで耐性を抑えるのに成功している。
以上、ORIN1001 は既に臨床応用のための治験が進んでいるので、ここで開発された併用療法が治験へと進む可能性は高いと期待している。