人間は進化の昔から近縁間の結婚を防止するルールを持っていた証拠が存在する。例えば青銅器時代の村の墓地には血縁の女性が埋葬されていないことから、女性は生殖年齢に達すると他の村に嫁いだ可能性が強く示唆される。同じことは、ネアンデルタール人が使っていた洞窟でも示されている。なぜこのようなルールができたのかはよくわからないが、我々は近縁の両親から生まれた子供には健康異常が出やすいとなんとなく思っている。また、動物でも雑種は強く、純系は弱いと思っている。
今日紹介する英国、ウェルカム・サンガー研究所からの論文は、UKバイオバンク、およびGene&Healthに登録されている、パキスタン、バングラデッシュ系の人たちを抜き出し、その中から「また従兄弟」同士より近い両親から生まれた子供と、それ以外を比較して、血縁間の結婚で本当に病気の頻度が上昇するのか?またそのメカニズムは何か?を調べた研究で、9月26日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Influence of autozygosity on common disease risk across the phenotypic spectrum(自己接合性の一般疾患に及ぼす影響)」だ。
タイトルにあるAutozygosityは、対立染色体の領域が全く相同の染色体由来であることを意味し、近縁度が高いほど、Autozygosityの長さや数が増える。また、血縁間の結婚の場合、同じ異常アレルが揃う確率が高いため、稀な遺伝的疾患の頻度は上昇する。ただ、この研究で調べたのはあくまでも一般的疾患で、いくつかの遺伝子が相互作用した結果起こると考えられる病気を対象にしている。
このような多遺伝子疾患の場合、問題になるのはそれぞれのアレルの効果が additive(相加的)か non-additive(非相加的)かだが、この問題は長い遺伝学の歴史に由来するのでちょっと説明が要る。
メンデルの遺伝学を習うと、同じアレルの変異により、優勢と劣勢に分かれることを丸いエンドウとシワシワのエンドウの例で習うが、実際の形質はさまざまな遺伝子の影響が総合されることが多い。これをベートソンはエピスターシス(一つの形質がアレル間の相互作用で決まる)と呼び、現在でもこの言葉は使われている。ただ、この複数のアレルが全部相加的に働くのか、それともどれか優勢なアレルが存在しているため、非相加的に働くのかが問題になる。
このような問題が認識されるようになったのは、特定の形質を掛け合わせで作っていくブリーダーが(例えばシャインマスカットの開発)、ほとんど相加的可能性を無視して掛け合わせを進めても、目的を達成しているということがわかってきた結果で、実際全てのアレルの寄与度を計算して育種を行うのは不可能だろう。したがって、多遺伝子による形質でも、非相加的なメカニズムが重要と考えられる。
この研究は、この問題に近縁間結婚が普通の社会構造になっている、英国のパキスタン系、およびバングラデッシュ系の人たちを選んで調べている。期待通り、自己申告でも、遺伝子のautozygocityからも、パキスタン、バングラデッシュ系の血縁結婚により生まれた人は極めて多く、ヨーロッパ系の2%に対し、なんとパキスタン系で29%、バングラデッシュ系で33%に達している。
血縁間結婚による子供の場合の問題は、当然生活環境や、風習などが共通で、この影響を差し引く必要がある。研究ではAutozygocityから特定される人々の申告による環境や風習要因の寄与度を計算し、その上このような要因を引き算した後も相関する病気があるかどうか、61種類の一般疾患と、Autozygosityの相関から計算している。その結果、最も強い影響を受けるのが糖尿病で、これについてさらに詳しく調べている(実際には血縁間結婚でオッズ日が1.2以上に上がる疾患は十二種類特定されている)。
各Autozygocityを示す領域と糖尿病の相関から、糖尿病発症の5−18%を説明できるAutozygocity領域を決め、これらが相加的ではなく、非相加的に寄与していることを明らかにしている。
結果は以上で、育種家が感じてきたのと同じで、人間でも多遺伝子形質を単純に相加的と考えられないケースの方が多く、各アレル間の相互作用を調べる上で、さらにAutozygocity領域の研究は重要になると思う。