私たちのT細胞免疫システムが、自己と外来の抗原を区別できるのは、T細胞発生過程で自己抗原に触れたクローンが除去されるセントラルトレランスと呼ばれるメカニズムが存在するからだ。この概念は重要な免疫学ドグマの一つだが、身体全体に散らばる自己抗原に胸腺内でどうして出会えるのかについては長くわかっていなかった。
これに対して昨年紹介した Dian Mathis 研究室からの論文は、Aire という分子が胸腺上皮で発現すると、ランダムに様々な分化細胞を模倣する転写プログラムを誘導し、胸腺内に身体中の細胞ライブラリーができあがっていることを示し、長年の謎が解けた(https://aasj.jp/news/watch/19920)。
今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、身体中の模擬細胞を胸腺内に誘導する胸腺びっくり動物園実現には、Aire だけではなく、他にもそれぞれの細胞群の転写プログラムを誘導する転写因子が働いていること、そして模擬細胞プログラムをちゃっかり利用して、胸腺自身の細胞増殖をも調節していることを示し、胸腺びっくり動物園には第二章が存在していることを示した重要な研究で、9月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Thymic mimetic cells function beyond self-tolerance(胸腺模倣細胞は自己トレランス誘導を超えた機能を持つ)」だ。
胸腺内に実現した様々な分化細胞のライブラリーは、single cell RNA sequencing が可能にした最大の発見の一つだと思うが、この研究でもまず胸腺上皮細胞を、増殖分化中の細胞も含めて16種類に展開し、まずそれぞれの模倣細胞を精製するための表面マーカーを開発している。
次に、Aire ノックアウトマウスを用いて調べると、多くの模倣細胞サブセットは大きく減少するにもかかわらず、内分泌臓器を模倣しているサブセット(endTEC)、と腸管上皮のM細胞を模倣したサブセット(mTEC)の数はほとんど減らないことを発見した。
そこで、endTec と mTEC 分化を誘導するマスター転写因子を探索し、それぞれ内分泌分化や膵臓のβ細胞由来インシュリノーマ発生に関わる転写因子 INSM1 、及び M 細胞の分化に必須の SpiB 転写因子を特定している。
次に、INSM1 を TEC 細胞でノックアウトすると、内分泌臓器の自己免疫が起こりやすくなる。おそらく M 細胞に対するトレランスも SpiB ノックアウトで傷害されると思うが、M 細胞の頻度は元々低いので特に調べられていない。
代わりに、INSM1 や SpiB 発現により出来た模倣細胞が、トレランスだけでなくその転写プログラムを利用して、胸腺の発生を調整する役割を持つことを示している。
まず、INSM1 陽性 endTEC は、胸腺の退縮を防ぐ役割を持つ内分泌ホルモン、グレリンを産生し、胸腺の退縮を防ぐ働きがある。
一方で、SpiB 陽性 mTec はまさに M 細胞そのものといってよく、バクテリアを取り込み、OPG 分子を発現し RANK シグナルを抑制することで、TEC の増殖を抑制し胸腺を退縮させることを明らかにしている。さらには、B細胞の IgA へのクラススイッチを誘導する樹状細胞を近くに集め、なんと胸腺内B細胞の IgA 分泌誘導まで行っている。
結果は以上で、またまた興奮する結果で、胸腺によるセントラルトレランス機構進化過程で、それを胸腺自らの増殖調節にちゃっかり利用しているのを見ると、進化の壮大さを感じる。この機構の進化は今後の最も面白い分野になるだろう。また胸腺から内分泌腫瘍が発生したり、坂口さんの初期の胸腺摘出実験で内分泌臓器の自己免疫が起こりやすいことなど、多くの現象を説明する可能性がある。今月のジャーナルクラブでは、ヒト化動物とともに、胸腺びっくり動物園も再度取り上げ、将来の方向性を考えてみたい。