先日組織学の限界を打ち破る新しいテクノロジーの可能性について解説する YouTubeジャーナルクラブを行った(https://www.youtube.com/watch?v=KtjY4JEEjaA)た。わざわざこの分野をまとめたのは、これまで空間情報は得られるが、個々の細胞の状態については限られた解析しか出来なかったのが、組織構造を犠牲にして単一細胞浮遊液にする必要があった様々なテクノロジーを、組織構造を保ったまま利用できる様になったことのインパクトを感じたからだ。
今日紹介するミラノミケランジェロ財団とケンブリッジ大学が協同で発表した論文は、新しい組織学的方法論の真価を問う試金石となる研究で、新しい組織学を用いて乳ガンの免疫治療の効果を予測できるか調べている。タイトルは「Spatial predictors of immunotherapy response in triple-negative breast cancer(トリプルネガティブ乳ガンの免疫治療の効果を予測する空間的要因)」で、9月6日 Nature にオンライン掲載された。
これまで乳ガンはガンのネオ抗原が少ないこともあり、免疫チェックポイント治療 (ICB) の対象にはなってこなかった。しかし、DNA修復異常を持つケースも多く、現在どのような患者さんを対象として選ぶかの研究が進んでいる。
この研究ではなんと280人の患者さんを無作為に、化学療法+ICBと化学療法のみにわけ、手術前のネオアジュバント治療として治療を行い、ネオアジュバント治療前、治療中、そして終了後手術による摘出標本、をそれぞれサンプリングしている。
使われたテクノロジーは Imaging Mass cytometry (IMC) と呼ばれる方法で、金属ラベルした抗体を用いて43種類の蛋白質を染色した組織に、レーザービームを順番に当てて、そのスポットでの蛋白質の発現量を調べる方法だ。細胞浮遊液については既に CyTOF法として普及している。
ネオアジュバント治療で最初とで途中にバイオプシーも行うというセッティングは完璧だが、組織構造を保存して調べたメリットは残念ながらそれほど感じることは出来なかった。
結論をまとめておくと、
- 化学療法だけの場合、上皮のサイトケラチンと GATA3 発現のみが夜ごと関わっており、効果予測のバイオマーカーは多くない。
- これに対し、化学療法と IBC を組みあわせた場合は、ガンの MHC発現量や、T細胞の転写因子発現や増殖など、効果予測に利用できる要因を多くリストすることが出来る。
- 組織的には TCF1 を発現した T細胞が MHC発現の強いガンの周りで増殖している場合は効果が高い。また、最初の組織像と、ICB が始まってからの組織像では効果予測に関わる因子が変化し、例えばT細胞では、ガン周囲にパーフォリンやグランザイムといった、細胞傷害性分子を発現する細胞の存在が重要になる。
- ガン側では、CD15 のような糖鎖抗原を発現するガンは治療抵抗性の確率が高い。
以上、新しいテクノロジーでないとわからなかったとまでは言えない結論と言える。しかし、このようにパラメーターが増えると、情報処理の方が重要になる。従って、今後より詳しくデータを見直せば面白いことがわかる可能性は十分ある。構造という複雑な過程を情報化するための取り組みは始まったばかりだ。