2023年7月10日
ホスト由来のガン遺伝子を捕まえて自身の遺伝子としてコードしたレトロウイルスの発見がガン研究の突破口を開いたことは有名な話だが、これは水平遺伝子伝播の一つと言っていいだろう。実際、こうして研究される様になったレトロウイルスは、人為的に遺伝子を導入するベクターとして使われている。
今日紹介するオーストリアの分子バイオテクノロジー研究所からの論文は、広い系統の線虫間での遺伝子伝搬に関わったマーベリックと名付けたウイルス用水平伝搬システムの発見で、6月30日 Science に掲載された。タイトルは「Virus-like transposons cross the species barrier and drive the evolution of genetic incompatibilities(ウイルス様のトランスポゾンは種の壁を超えて遺伝的不適合性の進化に関わった)」だ。
ウイルスによる水平遺伝子伝搬は、バクテリアだけでなくヒトも含む後生動物でも知られており、珍しくないのだが、この研究ではマーベリック発見までに至る長い過程が面白い。このグループは、異種線虫間の掛け合わせを行う際、F2レベルで一部の個体の発生が遅れる現象を発見し、これが卵子で発現している毒性分子とそれを解毒する遺伝子セットが種によって存在しないためであることを突き止めていた。すなわち、卵子に毒を仕込ませることで、解毒作用をセットで持つ染色体だけが選択され、他の染色体を排除する仕組みを、多くの野生の線虫を用いて調べていた。
この研究では、まず日本種と標準種を掛け合わせてこの現象に関わる毒素分子と解毒分子を特定する話から始まっており、最終的にF2の発生を遅らせるセリンプロテアーゼ活性を持つ毒素の遺伝子を特定することに成功する。
普通はこれで終わりだが、このグループはこの毒素の周りの遺伝子を調べ、両端に繰り返し配列を持ち、中に遺伝子組み換えを誘導するトランスポゼース活性の存在に気づき、毒素遺伝子がウイルスにより水平伝搬した可能性を着想し、この新しいウイルスをマーベリックと名づけた。
事実、毒素分子の分布と配列を調べると、さまざまな属種の線虫に分布しているだけでなく、人間と線虫ぐらい進化的に離れたといえる属間でもほとんど相同であることから、独立に進化したとは考えられず、何千万年か前に別れた線虫から、現在広く研究されている線虫属へ水平伝搬したと考えざるを得ない。
次に、毒素遺伝子を含むマーベリックが実際の水平遺伝子伝搬に使われたことを調べるため、さまざまな線虫種でマーベリックが挿入された部位を調べ、マーベリックがコードする遺伝子の可能性を調べた結果、マーベリックはウイルス粒子をコードする遺伝子をはじめ、細胞と融合する分子、宿主細胞に組み込むインテグラーぜ、DNA合成酵素がコードされていることを発見する。面白いことに、細胞融合分子はヘルペスウイルスの分子を利用しており、ウイルス自体がより効率に伝播できる様進化していることもわかった。
その意味で、このウイルスがたまたま取り込んだセリンプロテアーゼを、一種の細胞毒素と、その解毒分子へと進化させることで、自分のゲノムを他のゲノムより優先して存続できる様に利用した、まさに利己的遺伝子の例であることがわかった。
進化と利己的遺伝子の面白い話といえるが、このウイルスをベクターに仕上げてみようと思う研究者も現れる様に思う。
2023年7月9日
1型糖尿病(T1D)は複数の遺伝子が関わる典型的な自己免疫疾患で、NODモデルマウスと比較しながら非可逆的な自己免疫反応が起こるまでの様々な解析が行われてきた。この中で最も重要なヒントになったのは、発症に必要な条件としてClass II MHC(MHC II)が存在するという発見で、昨年亡くなったこの分野の大御所 McDevitt らにより、T1DリスクMHCは57番目のアスパラギンが中性のアミノ酸に変わっていることが明らかにされ(P9スイッチとして知られている)、発症に細胞障害性のキラーだけでなく、P9スイッチを持つT1D型のMHC IIを認識するCD4T細胞が関わることがわかった。
その後NODモデルマウスの発症前の研究から、一過性にインシュリンペプチド(12−20番のアミノ酸::Ins12-20)に反応するCD4T細胞が膵臓β細胞に現れ、これにより局所の炎症が誘導されることが、その後のキラー細胞やB細胞を主体とする慢性炎症につながることが示唆された。しかしこれを人間で確かめることは、まだ発症前の人を長期に追跡することが必要で、簡単ではない。
今日紹介する米国・スクリップス研究所からの論文は、ステージの異なる複数のコホート研究の参加者を対象にすることで、発症前の様々な段階を一度に調べるという戦略で、コホート参加者のCD4T細胞を徹底的に調べ、人間でもマウスで見られた同じようなCD4T細胞が組織炎症を引き起こす段階があることを示した研究で、7月5日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Measuring anti-islet autoimmunity in mouse and human by profiling peripheral blood antigen-specific CD4 T cells(マウスと人間の末梢血抗原特異的T細胞をプロファイルすることで膵島に対する自己免疫反応を測定できる)」だ。
この研究ではまずNODマウス末梢血のT細胞プロファイルを継時的に調べて、組織で特定されたIns12-20に反応するT細胞が末梢血でも測定できることを確認し、発症前、モニター中、発症後のコホート参加者の抹消CD4T細胞をsingle cellレベルで詳しく調べ、発症前でも特殊な活性化型CD4T細胞が確かに存在することを確認している。
ついで発症前にT1D型MHC II+Ins12-20に反応するCD4T細胞を探索し、発症前に存在してその後徐々に消失するNODマウスで特定されたのと同じCD4T細胞が存在することを明らかにする。また、反応性のT細胞受容体遺伝子を再構成して、こうして検出されたCD4T細胞が確かに機能的なIns12-20反応性のT細胞であることを明らかにしている。
このT1D型MHC II+Ins12-20に反応するCD4T細胞の抗原受容体は特定のクローンといいうより多様なポピュレーションからなっているが、抗原反応部位(CD3部位)のアミノ酸配列の電荷に特徴があり、この特徴を用いると、発症前に存在して局所炎症を誘導するT細胞をほぼ完全に特定することができる。またマウスと同じで、これらは完全に発症した患者さんでは消えてしまっている。
この発症初期に局所炎症を誘導するT細胞を表面マーカーを使ってさらに検討し、抗原受容体の配列を調べなくても、Ins12-20反応性T細胞の存在を予測する方法を開発し、これにより発症経過をある程度予想できることを、様々なステージの参加者を調べて明らかにしている。
以上、人間でも自己免疫反応の引き金を引く最初のイベントを捉える可能性が示された。この検査には、リスクが明確なT1D型MHC IIとIns12-20を結合させた、テトラマー分子が必要だが、実際の検査用にテトラマーライブラリーを前もって用意することは可能だと思う。こうして初期のイベントを発見することができれば、現在用いられているCD3抗体による発症予防よりさらに強力な方法の開発が可能になること間違い無い。
2023年7月8日
1999年Science誌の最終号に、あたかも来たる21世紀の先駆けとしての使命を背負うかの様に、900あるマイコプラズマの遺伝子を500近くに減らしてもなお自律的に生きているMinimal Cellが報告された。
最小ゲノム細胞というと、これこそ最初の生命に近いと勘違いしてしまうが、実際進化可能な最初の細胞が地球上に生まれたときは、決してミニマルではなく、ある程度遊びがあったと考えられる。というのも、ミニマルだと一つの遺伝子に変異が起きてしまうとにっちもさっちも行かなくなり、進化どころか死んでしまうと想像されるからだ。
ところが23年を経てこの最小ゲノム細胞を研究しているインディアナ大学から、最小ゲノム細胞でもある程度の進化は可能であることが示され、7月5日号の Nature にオンライン掲載された。タイトルはずばり「Evolution of a minimal cell(最小ゲノム細胞の進化)」だ。
研究では、ただただ2000世代まで細胞を維持し発生してきた集団を、元の細胞と比べ、変異や適応が起こっているかを調べている。もともとマイコプラズマには複製時の信頼性を高める酵素が存在せず、最小ゲノム細胞(MC)だけでなく、元となったマイコプラズマ(OC)も、突然変異の数が普通の細胞より100倍高い。さらに驚くのはMCでも同じ様に変異は起こっており、一般に考えられている様に変異の許容力が著しく低下するわけではない。
さらに驚くのは、一塩基変異のみならず、挿入や欠損を伴う変異も、OCと同じ程度に起こっており、それでも生きてきている点だ。実際、変異の数や種類で見るとほとんどMCとOCで差はない。唯一あるのは、MCで間違ったウラシルを切り出す酵素を削ってあるので、C:G変異がMC で高い。
ではこれらの変異は、細胞の進化を伴っているのか。ここではストレスを与える選択を行うのではなく、ただ増殖率を1代目と2000代目で比較している。驚くなかれ、全く同じ培地を用いて培養を続けていても、増殖率が1代目と比べて2倍に上昇している。すなわち、変異が細胞の適応性をさらに高めていることがわかる。
ではどの様な遺伝子の変異が適応力に寄与しているのかを調べるため、アミノ酸配列が変化するさまざまな変異が集中している遺伝子を調べると、14種類の遺伝子が見つかり、たとえば細胞分裂の場所を示す ftsZC遺伝子変異を1代目の細胞で発生させると、増殖が高まることを明らかにしている。これは、MCでも、まだまだ合理化が可能であることを示している。
アミノ酸変化が起こる遺伝子は、有機合成に関わる酵素、特に脂肪代謝にかかわるものが多く、今後一つ一つ調べられると思う。
これまでの原核細胞進化研究では進化と共に細胞の大きさが上昇することが観察されており、OCでも2000代を経ると、体積で10倍になるが、MCではこれは見られない。おそらくゲノムを合理化して、許容力がなくなった結果がこんなところに見られるのだろう。
以上が主な結果で、MCも変異をベースに進化することがわかった。次は遺伝子が複雑化して遊びや許容力が生まれ、進化の質が変化するか検討が続くだろう。21世紀生まれのMCが今世紀どこまで進化するか、目が離せない。
2023年7月7日
6月18日、細胞周期の通説を見直すと題して、CDK2阻害実験から、CDK4/6がG1期を超えて作用することで、サイクリンAの転写を促すことで、CDK2阻害剤で通常のRb1のリン酸化経路を止めても、CDK2阻害剤の効きにくいCDK2/サイクリンAを維持することが、CDK2阻害剤が使いにくい理由であることを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22329)。すなわち、CDK4/6はG1期に働くという通説が細胞によっては通用しないことを明らかにした論文だ。
今日紹介する論文も結局はCDK4/6活性がG2から分裂期へのチェックポイントでも働いているという結論だが、メカニズムについては新しい可能性を示しているので、細胞周期の再検討が進んでいることを示すいい例として紹介することにする。タイトルは「Loss of CDK4/6 activity in S/G2 phase leads to cell cycle reversal(CDK4/6活性がS/G2期に失われると細胞周期の逆行につながる)」で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。
もう一度細胞周期の通説をおさらいしておこう。増殖因子の作用でサイクリンD/CDK4/6が活性化されるとRb1分子をリン酸化し、これにより活動が阻害されていたE2F1が活性化、その結果細胞周期後期に関わるサイクリンE/A・CDK2が活性化され、この作用でサイクリンD/CDK4/6がなくともRb1のリン酸化が維持される。これにより、増殖因子がなくなっても、細胞周期はそのまま維持され、分裂期に進む。
今日紹介する論文では、G1期を超えてしまえば増殖因子なしに細胞周期は最後まで進むかについて調べ、DNA合成が終わったG2期の細胞の一部がG2期で止まってしまうことを発見する。また、CDK4/6阻害剤でも同じようにG2期で止まった細胞が発生することを明らかにする。
勿論、残りの細胞は同じ条件で、通説通り細胞分裂を終え、次のG1期で止まること、増殖因子が常に存在すれば、全ての細胞が分裂を終えることから、G2期でCDK4/6依存的なチェックポイントが働いて、このシグナルが存在しないと細胞周期が止まってしまう可能性が示唆された。
すなわちCDK4/6の影響が後期でも存在するという、以前紹介した論文と同じ結論が示されたことだが、この過程をさらに検討し、少し異なる結論に至っているので、詳細を省いてそのシナリオだけを紹介する。
この研究でサイクリンD/CDK4/6は、これまで知られているRb1→E2F1→サイクリンA/CDK2という経路だけでなく、G1期を超えてたあとも、増殖因子依存的にRb1のファミリー分子p107/130→E2F4/5→サイクリンA2/CDK2とつながるフィードフォワード経路を活性化し、細胞周期がつつがなく完結できる様に設計され、安全機構が働いている。しかし増殖因子がなくなると、後者の安全機構経路がなくなるため、分裂期に入れない細胞が出来てくること、そしてこれらをG2期で安全に停止させることで、新しく増殖因子が得られるようになると、G2期で止まっていた細胞も、速やかにCDK4/6依存的に次のステージに進めるというシナリオだ。
以上のことから分かる様に、前回紹介した論文で扱われたCDK2阻害剤がなぜ完全に効かないかという問題も、今日紹介した論文のシナリオで十分説明できるので、是非考えてみて欲しい。
いずれにせよ、CDK4/6がG1期を超えて働くと考えることで新しい目で細胞周期を見直すことが出来、おそらくガンの治療に撮って重要なヒントが続々得られると期待できる。
2023年7月6日
自閉症スペクトラム (ASD) についての論文紹介は長く休止状態だが、これは私がサボっているからだけではなく、この2年間是非紹介したいと思える論文の数が減っていることも理由の一つだ。勿論臨床や専門的研究での状況はわからないが、例えばゲノム研究で言うと、ASDの発生過程で新たに起こる de novo レアバリアントと、一般にも広く分布するコモンバリアントが整理され、複数のコモンバリアントが組み合わさった上に、レアバリアントの一押しがASD発症に至るという図式が認められる様になり、それぞれの遺伝子の発現パターンや、動物やiPS細胞での機能実験も行われたが、それ以降めぼしい進展がない。ゲノム領域で言えば研究は停滞していると言っていいのではないだろうか。
そんな中、今日紹介するパストゥール研究所からの論文は、これまで明らかになったレアバリアントをもう少し広い視野で見直すことで新しい研究方向が見えないか調べた研究で、6月28日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Phenotypic effects of genetic variants associated with autism(自閉症と相関する遺伝的バリアントの形質への影響)」だ。
これまでのゲノム研究の方向性は、自閉症と相関する遺伝探索をもっぱらの目的としている。しかし、レアバリアントで de novo のバリアントと言っても、100%自閉症を発症する変異は、発生異常を除くと、まず存在しない。すなわち、変異を持っていても発症しないケースの方が多い。すなわち、自閉症とは異なる形質との相関も存在してよい。
この研究ではこれまで強い相関が見られている de novo のレアバリアントの中から、特に強い相関を示す変異を選び出し、それぞれの自閉症への相関をオッズ比としてはじき出している。
次にこれら遺伝子の発現を調べ、大脳発生過程で強い発現が見られるシナプス形成に関わる遺伝子であることを確認し、自閉症との相関が神経細胞自体の問題であることを示している。
その上で、自閉症との強い相関を示すレアバリアントを、今度は自閉症ではなく、性格や能力についての相関を調べ直すと、知能や言語能力との相関が見られることを確認、個々の性質と遺伝子変異の相関として見直すことの重要性を明らかにしている。
その上で、英国バイオバンクのデータを用いて、自閉症と診断されていない集団で、それぞれのレアバリアントがどのような形質と相関するかを調べている。
すると、失業率、収入、車の所有率、持ち家率、など、Taunsent deprivation index と呼ばれる社会からの疎外に関わる形質と強く相関することがわかった。しかし、このような社会からの疎外は社会性の問題より、様々ないわゆる流動性知性と、個別に相関していることもわかった。
さらに、これら遺伝子は発生過程で強い発現が見られるが、MRI解析で見られる脳構造や結合性の変化とは全く相関しないこともわかった。
以上が結果で、自閉症から一度離れて、自閉症と相関する変異を見ることで、自閉症の社会性変化も、結局様々な流動性知性の低下が集まった結果である可能性が示唆された。すなわち、遺伝子診断によりリスクを判断し、強化した学習を行えば、治療できる可能性を示唆している。
停滞をブレークスルーしたとは到底言えないが、しかし様々な模索が行われ、そろそろ面白い論文を紹介できる様になるのではと期待している。
2023年7月5日
生命科学は今やCRISPR/Casなしに考えられないようになってきたが、これはRNAガイドによりCas分子をゲノムの思った場所にリクルートできるという、とてつもない技術的進歩のおかげだ。さらに、Cas分子自体が示す多様性のおかげで、Cas9のような標的DNA切断にとどまらず、RNAを含む様々な標的を編集できる様になり、新しいCas活性を探す研究が加速している。
このようなCas多様性についての研究は、2021年自身のゲノムにコードしたRNAをガイドRNAとしてDNAを切断するTnpBが特定されてから、Cas以外にもRNAをガイドとして特異的に遺伝子を編集する分子の存在についての確信となって大きな転換点を迎えた。特に今年になって東大・濡木さんの研究室により解読されたTnpBの構造はCRISPR/Casと比べてよりコンパクトな遺伝子編集システムが可能であることを明らかにした。
今日紹介するMITのBroad研究所からの論文は、TnpBに相同性を持つファミリー分子を追求し、なんと真核細胞にもRNAガイドを用いる遺伝子編集システム分子が存在すること、そしてその構造と機能を明らかにした研究で、6月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fanzor is a eukaryotic programmable RNA-guided endonuclease(Fanzor蛋白質は真核生物のプログラム可能なRNAにガイドされるDNA切断酵素)」だ。
Fanzor(Fz)分子は2013年に真核生物のもつTnpBファミリー分子として特定されていたが、研究は進んでいなかった。この研究では、Fz分子の系統樹をデータベースから探索し、649種類の真核生物がコードするFz分子、80種類の特に巨大ウイルスがコードするFz分子を特定して(Fz1、Fz2の二つの流れに分類できる)、これらがおそらくトランスポゾンの機能と結合して広く分布した大きなファミリー分子であることを確認する。
TnpBやCas12は濡木研により詳しく解読されているので、いくつかのFz分子をこれらと比較しながら、これらがRNAにガイドされるDNA切断酵素であることを構造的に確認している。
さらに構造解析に加えて、酵母のFz1蛋白質に焦点を当て、Fz1のゲノム挿入部位から、3‘側に存在するノンコーディングRNAが、切断するDNA側の特異配列を認識するガイド及び、Fz1が認識する部位として働いていることを確認する。
これらの解析を元に、Fz1により人間の細胞のゲノム編集に使えないか、蛋白質の至適化、及びヒト遺伝子に対するガイドの至適化などを重ね、特異的遺伝子にFz1の種類に応じた欠損を発生させられることを示している。
後は、Fz1蛋白質とガイド、TAM、標的DNAの構造解析を詳しく行い、さらには遺伝子の配列やガイドの配列を変化させ、最もコンパクトで効率の高い遺伝子編集可能なFz1を作成している。
以上が結果で、実際には紹介しきらないほどの様々なデータが含まれ、是非使ってみようと思うこと間違いない。特に、特異性が高くオフターゲットの切断が少ない点、さらにはCasと比べて小さな蛋白質で編集が可能なことなどから、新しい遺伝子編集システムとして期待できると思う。
ただ、遺伝子編集利用と言うだけでなく、真核細胞にRNAガイドDNA切断酵素が発見されたことは、我々のゲノム進化を考える上でも重要な貢献だと思う。この分野の発展は止まらない。
2023年7月4日
昨年1月、メリーランド医科大学で、10種類の遺伝子操作をによって、急性慢性拒絶反応を抑え、さらに感染性のウイルスをノックアウトしたブタの心臓が57歳のDavid Bennettさんに移植された。世界初の異種心臓移植と大きな注目を集め、期待通り急性の拒絶反応を乗り越えたブタの心臓が人間で働き続けられることを証明したが、50日目に急性の拒絶反応に見舞われ、移植後60日後に亡くなった。
今日紹介する同じメリーランド医科大学病理からの論文は、この患者さんの治療中及び死後の様々な所見を総合して、臓器が拒絶された原因を探った研究で、6月29日の The Lancet にオンライン掲載された。タイトルは「Graft dysfunction in compassionate use of genetically engineered pig-to-human cardiac xenotransplantation: a case report(コンパッショネート治療として人間に移植された遺伝子改変ブタ心臓の機能異常のケースレポート)」だ。
この治療の経過、剖検などについては昨年の7月、The New England Journal of Medicineに掲載され(vol 387;1)、急性拒絶を完全に抑え込むことに成功し、ほぼ1ヶ月正常にブタ心臓が機能したこと、しかし予期せぬ急性の拒絶反応により、心臓機能が失われ患者さんが死亡するまでの詳しい経過が示された。
この研究では経過中及び死後に行った全ての解析をまとめ、最終的に対応できなかった拒絶反応の原因と対策を明らかにしようとしている。すなわち、予測できなかったことをリストし、次の移植に備える研究と言える。
まず遺伝子改変のおかげで抗体による急性の拒絶反応は抑え込むことが出来、バイオプシーで異常な血管内皮は1%に抑えられていた。しかし、強い免疫抑制剤の量を落とし、さらに低ガンマグロブリン血漿のためにガンマグロブリン投与を行った直後に、浸出液による心臓浮腫と、その後の線維化が進み、心機能を維持できなくなっている。
病理的には心機能変化をもたらせたのは、ブタ心臓内の毛細血管網の破壊で、ほぼ半分の内皮が変性していた。残念ながら、この変化をもたらせた特定の原因を絞ることは出来なかったが、いくつか予想できなかった結果がリストできた。
- 完全な免疫抑制を試みているが、移植後20日からミコフェノール酸モフェチルに代えてタクロリムスに切り替えることで、免疫抑制が不十分になった。また、CD40抗体によるB細胞抑制も完全とは言えなかった。このように異種移植での免疫抑制法についてはまだまだわかっていない。
- ウイルス遺伝子を完全に除去したとは言え、ブタサイトメガロウイルスやロソウイルスがPCRで観察された。すなわち、遺伝子改変によるウイルス除去は完全ではないことがわかった。その結果潜在ウイルスが移植後再活性化され、血管障害を起こした可能性は否定できない。
- これに関して、拒絶がガンマグロブリン治療直後に起こったことは、再活性化されたウイルスへの結合による抗体依存性細胞障害が誘導された可能性がある。従って、ガンマグロブリン療法は避ける方がいい。
以上のことから、次の移植では、
- 潜在ウイルスの可能性を徹底的に検証する。
- ガンマグロブリン療法は避ける。
- CD40など抗体と様々な免疫抑制剤を組みあわせた、至適免疫抑制法を開発する必要がある。
を重点的に調べる必要があることを述べている。
次の移植がいつになるかはわからないが、臨床で1例から学ぶことの重要性を改めて実感した。
2023年7月3日
ChatGPTに出会ってから、これまで以上に哲学や人間の脳について考えることが多くなった。いろいろ考えを書き留めたいのだが、毎日ノンバイアスで論文紹介を続けていると、時間が取れないことが多い。そこで、論文紹介に名を借りてとりとめもないことをかきとめることになるが、その例が6月28日の記事になる(https://aasj.jp/news/watch/22412)。この時は、deep learningと物理法則についての考えを論文紹介にかぶせて書き留めたのだが、今日は「ChatGPTと実験哲学あるいは合成哲学の可能性」(https://aasj.jp/news/philosophy/22100)で書いた延長で考えてみたい。
取り上げたのはトルコ・Antalya Belek大学からの論文で、数学能力が音楽教育により高まる可能性を、文献サーチにより確かめたメタアナリシス研究で、Educational Studies にオンライン掲載された。タイトルは「Let me make mathematics and music together: A meta-analysis of the causal role of music interventions on mathematics achievement(数学と音楽を一緒に勉強する:音楽教育が数学能力に影響することについてのメタ解析)」だ。
まず、研究について簡単に紹介しておく。音楽教育が数学能力を高めるのではと言う考えはこれまでも繰り返し調べられている。関連してそうな論文をいくつかのキーワードで検索すると1975年から2022年までになんと4736もの論文がヒットし、この中から厳しい基準を通過した55編の論文のデータを解析し直し、様々な音楽教育と数学の能力の相関について、
- 数学と音楽を統合して一緒に教育した場合はっきりと数学能力上昇に寄与する。
- 統合型教育でなくても、楽器の演奏や音楽を習うだけでも数学能力上昇一定の影響がある。
- 音楽教育は様々な数学能力の中でも、算数の能力に最も効果がある。
結果は以上で、人間の学習過程で影響し合う能力が存在し、数学と音楽がその例であることを示した論文だ。ではなぜこの論文を取り上げる気になったのか。これは、GPTが言語経験に限定されて形成されている点で、これまで哲学や脳科学で議論されてきた脳研究の新しい方向性を開いたと感じるからだ。
勿論GPTをはじめとする大規模言語モデルが人間の脳と同じだと言っているのではなく、逆に同じでないが一つのアスペクトを代表できているからこそ、これをスタートラインとして、合成的に人間の脳が考えられるのではと思っている。
例えばWolframさんのWhat is ChatGPT doing?を読んで、GPTが計算が出来ないことを知って感心した。既に議論した様に、GPTは、経験だけで可能な知性というヒュームの経験論だけでなく、言語だけで可能な知性や理性というヴィトゲンシュタインの提起した問題を検証できる可能性を秘めている。すなわち、GPTに出来ないことを明確にしていくことで、人間の知性や理性の条件を理解することが出来る。例えば、実際の視覚、聴覚、触覚を抜きにした知性の限界を見極められる可能性がある。おなじように、計算が出来ないというWolframさんの指摘は、言語経験による知性の限界の検証として大事だ。
限界を明確にした上で、現在Wolframさんは、Wofram/alphaとGPTを統合したAIを模索しているそうだが、もしこれが可能なら、GPTに原理的に出来ないことを見極め、それを補う新しいAIとGPTをネットワークでつなぐことで新しい知性を構築できる可能性がある。
このようなネットワークを考える時、今日紹介した様な異なるモダリティー間の連結を調べる教育の研究はおそらく重要なヒントになると思う。現在人間の知性の様々なアスペクトがAIとして表象できないかという試みが進んでいる。今日紹介した論文では、音楽と算数が扱われているが、それぞれの能力をAIとして実現する試みは当然存在するので今後も紹介していく。
Deep learningと言う様に、AIは学習の問題で、方法論の限界から現在では個別の能力について学習を重ねAIを構成している。生成AIはこの学習モデルを比較的統一された方法論に集約した点で、今後個別のAIを結合する可能性を促進した様に思う。とすると、個別に学習されたコンパートメントがどう関連し合えるかをつなげる方法の研究開発は、今後最も重要な課題になるだろう。その時、今日紹介した論文の様に、人間の教育(学習)についての膨大なデータをメタ解析することは、AIから人間の脳を知るための重要なヒントを与えると思う。
とりとめもない話だったが、これからもAIの未来の方向性について論文を紹介できたらと思っている。
2023年7月2日
GPCRは、細胞内のG蛋白質を活性化することでシグナルを伝える受容体で、私たちは400種類の臭い受容体として働くGPCRに加えて、様々な機能を担う300種類のGPCRを有している。この300種類はG蛋白質を活性化する点では共通だが、刺激を受ける細胞外部分とその機能は極めて多様で、直接リガンドと結合してシグナルを伝える分子の他に、GPCR自体がリガンドも持っており、例えばトロンビン受容体の様に、トロンビンによりリガンドが切り離されることで活性化され、シグナルが入るGPCRまで存在する。
問題は多くのGPCRが身体の中で合成された分子に反応するだけでなく、例えば麻薬に反応するGPCRのように、様々な外来分子にも反応することで、それぞれの受容体の刺激物質を特定することは簡単でない。このためには、300種類全ての受容体を別々に導入したレポーター細胞が用いられ、様々なGPCR活性化分子をスクリーニングする体制が出来ているが、コストと時間がかかる。
今日紹介する米国エール大学と中国・復旦大学からの論文は、人間が持つ300種類のGPCRに対する活性化物質を一本のチューブで検出する方法の開発で、7月6日 Cell に掲載された。タイトルは「Highly multiplexed bioactivity screening reveals human and microbiota metabolome-GPCRome interactions(高度に多重的GPCRスクリーニング系によりヒトや細菌叢の代謝物とGPCRの相互作用が明らかになる)」だ。
これまでもGPCRにより転写される標識分子にバーコードをつけることで、どのGPCRが活性化されたのかを調べる方法は開発されていた。ただ、この研究では人間が持つ314種類のGPCRと、バーコードされたレポーターを別々の細胞に導入し、転写されたRNAから活性化されたGPCRを特定できる系を作り上げている。これまではGPCR活性化による蛍光分子発現の様に、見ることで検出してきたGPCR活性化も、バーコードを用いた読む検出計に変わったことがわかる。
300種類以上の細胞を用意するのは大変だが、一度出来てしまうと一本のチューブに全ての細胞を入れて、刺激分子の溶液を混ぜ、その後でRNAを読むだけでどのGPCRが活性化したかがわかる。事実この系に、例えばケモカインなど既にわかっている分子を加えると、特異的な反応が検出できることがわかる。勿論300種類全ての細胞を一本のチューブに入れると、どうしても感度は低下するが、それでもこれまで知られていなかったことが、このスクリーニングから明らかにされた。
まず我々の身体の中で特定された約1000種類の代謝物の中にGPCRを刺激する分子があるか調べて、ドーパミン受容体やヒスタミン受容体が様々な代謝物で活性化されること、あるいは様々なペプチドと反応するGPCRを特定している。
中でも面白いのは、我々の細菌叢が分泌する分子のなかに、GPCRを活性化する分子があるか調べたスクリーニングで、400種類の細菌培養上清をスクリーニングし、これまで指摘されてきた腸内細菌叢から分泌されるヒスタミン受容体刺激に加え、あえて皮膚の細菌によるFPR2刺激が白血球浸潤を促す可能性など、18種類のGPCRとの相互作用が示された。
この研究ではこの中から、歯周病菌P.gingivalisにより白血球の炎症を誘導するCD97活性化に着目し、メカニズムを詳しく解析している。結果、P. gingivalisが分泌する分解酵素ジンジパインKによりCD97の細胞外ドメインが切断されることでGPCRシグナルが入ることを明らかにしている。P.gingivalisが強い炎症を誘導する歯周病菌であることを考えると、この発見は重要だと思う。
実際には、テクニカルにもまだままだ問題はあるが、全GPCRについて一度に調べられることは重要で、ここでも見る(蛍光)から読む(バーコード)の変化が進んでいるのがわかる。
2023年7月1日
昨年6月GLP-1受容体作動剤が糖尿病治療のみならず、やせ薬としても大きな効果があることを示した大規模治験論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/19826)、その後も相次いで同じ作用を持つ薬剤のやせ薬としての効果の報告が続いた。昨日の日経新聞を読むと、米国では一般の人もやせ薬に注目する様になり、この結果ノボノルディスクやイーライリリーの株が大きく値を上げているらしい。
人間の欲望を考えると、当然第二第三のやせ薬の開発を狙うのは当然で、その候補として注目されているのがGDF15だ。今日紹介するカナダ・マクマスター大学からの論文は、GDF15の作用をマウスを使って厳密に調べ、食欲抑制のみならず、筋肉でのエネルギー消費を維持することで、健康的なやせ薬としての可能性があることを示した研究で、6月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「GDF15 promotes weight loss by enhancing energy expenditure in muscle(GDF15は筋肉でのエネルギー消費を高めて体重減少を促進する)」だ。
GDF15についてはこれまでも何度も紹介してきたが、例えば抗ガン剤で食欲が低下する重要な原因となっている(https://aasj.jp/news/watch/14484)。これを逆手にとって、GDF15を投与して食欲を抑えやせ薬として利用する可能性が追求され始めているが、GDF15が実際には多彩な作用を持つこと、脂肪肝を逆に誘導する可能性が指摘されたりして、今後臨床へと発展させるためには、これらの問題を視野に入れたGDF15投与実験が必要で、この課題にチャレンジしたのがこの研究だ。
GDF15作用解明を難しくしているのが、食欲が落ちた結果のダイエット効果と、それ以外の効果を調べる必要がある点で、このためGDF15群はpair-fedと呼ばれる、前の日低下した分を次の日に摂取させる方法を用いている。
まず、GDF15を毎日一回注射すると、40日で体重は24%減少する。一方pair-fedグループでも体重変化は少ないものの、脂肪食でも体重の増加はない。すなわち、ダイエット効果に加えて何らかの効果がある。問題はGDF15の受容体GFRALが神経細胞特異的である点で、脂肪細胞や筋肉細胞にGDF15は直接作用できない。
そこで、食欲抑制中枢以外の作用点を探ると、自律神経を介して働いていることを突き止める。しかも、脂肪細胞への作用ではなく、筋肉細胞のアドレナリン受容体のシグナルを介してエネルギー消費が維持されていることを突き止めた。さらに詳しく調べると、筋肉がβアドレナリン受容体からのシグナル刺激を受けることで、脂肪代謝上昇、酸素消費量上昇、そしてCalcium futile cyclingとして知られるカルシウムの筋小胞体への移動が誘導され、その結果カロリー制限により抑制されるエネルギー消費が維持できることを示している。
まとめてしまうと、GDF15はまず食欲抑制を通してカロリー制限を可能にし、その結果脂肪代謝が高まり、インシュリン感受性も改善する。加えて、通常カロリー制限ではエネルギー消費も低下してしまうが、自律神経刺激を介して筋肉での酸素消費量を高め、筋小胞体へのカルシウム移動を誘導、ATPを消費して体重低下や代謝改善を助けるというシナリオになる。
後は人間でも同じような結果を予想できるか、さらに副作用がないかだが、臨床データベースを探して、GDF15血中レベルと筋肉での代謝上昇の遺伝子発現が相関すること、さらに非アルコール性脂肪肝とGDF15血中濃度は逆の相関を示し、GDF15が脂肪肝の原因になる可能性は少ないことを確かめ、臨床応用への可能性を示して終わっている。
しかし、食欲がつよく抑えられるとすると、食べて痩せるというのとは違ってしまうので実際健康な人に普及するかは疑問だ。