1月22日 女の涙の神経科学(12月号 PlosBiology 掲載論文)
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1月22日 女の涙の神経科学(12月号 PlosBiology 掲載論文)

2024年1月22日
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生命科学の場合、論文だけでなく、使った写真や内容を表紙として掲載したいというのは誰もが願っている。幸い私たちの研究室でも、6回表紙に採択され、そのときの表紙は現役を退いた今も事務所に飾っている。といっても、表紙になるかどうかは編集者の決定事項で、論文の善し悪しとは全く関係ない。実際、山中さんが2007年に iPS の論文を発表したときの Cell の表紙は細胞死の様子を捉えた論文の写真が使われていた。そのため、私が現役の頃は表紙にしたいと思える美しい写真が論文にあるかどうかが重要だったが、最近は内容をわかりやすく伝えるイラストも使われるようになってきた。もう一度時間を戻して、Cell が山中さんの論文を表紙のイラストとして表現するとしたら、どんなイラストになるだろうか。

PlosBiology12月号の表紙。

上に示したのは12月号 PlosBiology の表紙で、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文が紹介されている。女性の涙を嗅いだ男性の脳が変化しているのを表現しているイラストで、私もこの表紙に惹かれて読んでみた。タイトルは「A chemical signal in human female tears lowers aggression in males(人間の女性の涙には男性の攻撃性を抑える化学シグナルがある)」だ。

涙の効果についての研究は特に動物で行われており、いわゆるフェロモンを通した行動制御に関わることが知られていたらしい。ただ、人間には鋤鼻器官が存在せず、視覚を通して涙に動かされることはあっても、涙中の化学物質が直接作用することはないと考えられてきた。

この研究では、20代の女性の涙を大量に集め、涙を浸ませた布を嗅いだときに起こる感情変化を調べている。動物実験から、涙物質は攻撃性を抑えることがわかっているので、これを人間でも調べる方法をまず開発している。実際には、男の被験者がゲームの中でお金をだまし取られる状況をつくり、その相手にどれだけ復讐をするか調べることで、攻撃性を測定、復讐回数を攻撃性に換算している。

さて結果だが、本当かと目を疑うほど驚く。ゲームでの話だが、涙を嗅いだときは、食塩水を嗅いだときと比べて、攻撃性が明らかに抑制されている。一方、それぞれの臭いの感知については差はない。

繰り返すが、本当かと思うほど驚く結果でおもしろいが、ここで論文を終わっていたら、奇をてらった論文で終わってしまう。幸い、この研究ではさらに脳の興奮レベルに追及を進め、この差を客観的に調べようとしている。

まず涙物質を感知するシステムが存在するのか調べるため、64種類の嗅覚受容体をそれぞれ発現させた細胞を用いて、涙物質による刺激実験を行い、4種類の嗅覚受容体が涙物質に反応することを確認している。人間には400種類の嗅覚受容体が存在し、ここで調べたのはその1/5だが、それでも大変な実験だ。この結果は涙の中に確かに臭いを特異的に刺激する物質が含まれていることを示している。

その上で、攻撃性を誘導したときの脳の反応を機能的MRIでモニターして攻撃性とともに上昇する数カ所の脳領域を特定している。この中には攻撃性に関わる領域として知られている前頭全皮質や島皮質等が含まれており、これらの領域の興奮が涙を嗅ぐことで抑制されることを明らかにしている。

最後に、これらの領域と機能的に結合している脳領域を調べ、涙を嗅ぐことによって左島皮質と扁桃体の結合が高まることも示している。すなわち、涙は脳のネットワーク結合を変化させることが出来る。

結果は以上で、涙物質が実際に存在することを嗅覚受容体を用いて明らかにした実験などから、ただ面白いだけでなく、体系的に研究が行われているのはわかる。ただ、女性の涙とそれを感知する男性という組み合わせでしか研究が行われていない点など、まだまだ研究としては甘いように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ