1月26日 画期的細胞系譜研究システムの確立(1月24日 Nature オンライン掲載論文)
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1月26日 画期的細胞系譜研究システムの確立(1月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024年1月26日
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血液発生の研究では、幹細胞から分化細胞までの細胞系譜とその間の細胞動態は極めて重要なテーマで、このために様々な細胞系譜追跡法が開発されてきた。特に最近ではバーコードを細胞に導入したり、あるいは細胞内に導入した標識遺伝子に変異を蓄積させて分化を調べるイベント記録法などが開発されている。

しかし、遺伝子導入が必要な方法はヒトでは使えない。そこに single cell テクノロジーが登場し、単一細胞レベルでゲノムに積み重なった変異をマーカーとして利用する方法が開発された。ただ単一細胞からのDNAに存在する変異を安定的に検出することは簡単でない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、一つの細胞に数百から1000個近く存在するミトコンドリアゲノムに注目し、この変異のパターンを用いて細胞系譜を追跡する方法を開発した研究で、これが普及するとヒトの発生や、幹細胞システムの系譜や動態、そして老化の理解が大きく進むと期待できる画期的研究で、1月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Deciphering cell states and genealogies of human hematopoiesis(ヒト造血系の細胞の状態と系譜)」だ。

ミトコンドリアは細胞内で独立して分裂し、除去されることから、その過程で変異が起こっても、それを細胞系譜と対応させるのは難しいと考えれて来た。しかし、全の変異は統計学的過程だと考えると、数百個あるミトコンドリアに重なった変異を把握できれば、変異の統計学的分布を細胞系譜の標識として使えることは間違いない。

とは言っても技術的には大変で、一個の細胞にバーコードをつけた後、ミトコンドリア、ゲノム、RNAライブラリーを個別に作成し、それぞれを、ミトコンドリア変異、クロマチンの状態解析、そして遺伝子発現解析に使うのだから、細胞処理から配列けってまでの実験だけでなく、情報処理技術の開発も必要で、多くの困難を乗り越えて結実した研究だ。

方法を検証するために骨髄中のCD34陽性細胞を7000個ほど調べると、全体で4831個の異なる変異を特定できており、十分細胞系譜カバーできることが明らかになった。

時間とともに蓄積してきた変異を調べ直して細胞系譜を正確に追跡できるとなると、人間の発生、成長、老化、そして疾患解析と、その活用は無限に拡がる。そんな未来を示すために、この研究では人間の造血に関する従来の疑問を見事に解き明かしている。

いろいろ実験が行われているが、ここでは私たちの骨髄ではどのぐらいの数の幹細胞が働き、また幹細胞間の多様性はあるのかについての結果を照会する。

1)2人の若者の骨髄から幹細胞を純化し、それぞれ5000個程度の細胞でミトコンドリアの変異を調べると、若者では多くの幹細胞クローンが働いて、分化した細胞を作り続けていることを明らかにしている。

2)このように造血は維持には多くのクローンが働いているが、各細胞の転写因子発現を調べると幹細胞間の多様性を認めることが出来る。そのうえでそれぞれの幹細胞から分化細胞への系譜を追いかけると、分化する方向にバイアスが見られる幹細胞と、平等にほとんどの細胞を分化させる幹細胞に分かれることが示されている。おそらく、クロマチン構造の細胞ごとの小さな変化が、分化のバイアスを決めている可能性が高い。

3)骨髄で働く幹細胞クローンの減少、さらにはY染色体喪失が老化による造血変化として着目されているが、最後に76歳、78歳の高齢者の骨髄を調べている。高齢者の骨髄でも数多くのクローンが働いていることは確かだが、その中にクローンサイズが大きく拡大した数個の優性クローンが目立つことが明らかになった。これらの遺伝子発現を調べると、骨髄造血での適応性が高いクローンが急速に拡大していることがわかる。一方、Y染色体欠損を調べると、優勢になったクローンで欠失の確率が高い。ただ、それ以外のクローンでも見られることから、Y染色体は骨髄肝細胞増殖にはネガティブに働き、これを失ったクローンがより増殖して優勢なクローンになることがわかる。このように、これまでの方法では見つからなかった老化による優性クローンの出現をほとんどの高齢者で追跡できることがわかった。

かなり省略して面白い結果だけ紹介したが、標識遺伝子を導入せずにこれだけ精密な細胞のクローン解析、系譜解析が可能になったことが重要で、今後様々な組織へと研究は進むと思うし、特に発ガン領域での利用が期待できる画期的方法だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ