12月1 9日 多発性骨髄腫の細胞レベルの多様性を定義する(Nature Medicine 12月号掲載論文)
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12月1 9日 多発性骨髄腫の細胞レベルの多様性を定義する(Nature Medicine 12月号掲載論文)

2018年12月19日
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多発性骨髄腫は、レナリドマイド、プロテオソーム阻害剤、CD20抗体などの登場で、比較的長期に維持が可能になった疾患の一つだが、根治にまでは至らず、長い期間病気をコントロールすることができても、最終的に再発が避けられない。これは体内に存在する腫瘍自体が極めて多様化しているからだろうと考えられている。もともと多発性骨髄腫は病気としても多様で、はっきりした症状がないにも関わらず、形質細胞の単一クローンが増殖して抗体を分泌し続けるmonoclonal gammopathy、より悪性で骨髄にも腫瘍細胞が存在するが、急速に増えるのではないくすぶり型のタイプなどの多様なステージが存在していることが知られ、腫瘍細胞自身でもその多様性が指摘されていた。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は腫瘍細胞の多様性を調べるにはうってつけの方法、バーコードを用いたsingle cell RNA profileを用いて骨髄から精製した形質細胞を調べた研究でNature Medicine 12月号に掲載された。タイトルは「Single cell dissection of plasma cell heterogeneity in symptomatic and asymptomatic myeloma (無症状性および症状性の骨髄腫に見られる形質細胞の多様性を単一細胞レベルで解析する)」だ。

この研究では症状、無症状を問わず形質細胞の異常増殖が明らかなmonoclonal gammopathy(MG)、くすぶり型骨髄腫 (SM)、悪性化した多発性骨髄腫、そしてprimary light chain amyloidosisと呼ばれるアミロイドーシスを主症状とする病型、および正常人の形質細胞を集め、単一細胞レベルのRNA解析を調べ、発現する遺伝子から細胞の多様性を調べている。

病型を問わず調べた全ての細胞(2万個で患者さんごとの検査数は少ない)をクラスター解析すると、29種類のタイプに別れることが明らかにされ、確かに多様だ。このうち数の多いのは正常のC1,C2型で正常形質細胞に相当し、残りの27種類のクラスターが腫瘍細胞に対応する。まず正常と腫瘍増殖を分けるのが、CCND1、CCDN2、のサイクリン、ヒストンメチル化酵素NSD2、そしてFGFR3の発現上昇で、特にサイクリンD1についてはこれまでの研究と同じだ。そして、ほとんど症状がないMGタイプから必ず腫瘍性の細胞が見られることが確認された。

それぞれの病型について詳しく解析しているが、
1) 多様なクラスターそれぞれに特徴的な遺伝子がある(例えばC26,29にはWntシグナル異常)。今後個々の特徴について調べる事で、新しい標的が特定できる可能性がある。
2) 今回の解析で明らかになったうち、LAMP5の転写を調節する分子の異常の存在が示唆された。
3) これらの多様性は、必ずしもコード遺伝子レベルの異常を反映するのではなく、ノンコーディングの変異、エピジェネティックな変異が存在する可能性を強く示唆している。
4) 同じ免疫グロブリン発現から追跡できる各個人の腫瘍細胞の多様性をこの方法ではっきり示せる。また、治療後に残る腫瘍細胞のタイプもはっきりと同定できる。
5) この患者さんで多様ではあっても、MGとSMとの違いが明確に定義できる。
6) 末梢血中に流れる腫瘍性細胞は、骨髄に存在する細胞と多様性の面でもほぼ同等で、特に白血病化したものではない。
などで、実際には複雑すぎて、まとめるのが大変という感じの論文だ。ただ、これまで専ら遺伝子だけから見られてきた骨髄腫の多様性を知る上でかなり重要なツールだと思う。今後は、病気のコースの予測、及び治療標的にこの方法がどこまで迫れるのか明らかにされないと、結局解析して納得しただけに終わる。ぜひ機能的な研究へ進んで欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月18日 統合失調症とビタミンD(12月6日号Scientific Reports 掲載論文)

2018年12月18日
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旅行中であまり論文が読めず、軽めで済ましている3日目で、明日からは正常に戻すつもりだ。ただ、帰国の朝、ついに一匹の虎が水を飲んでいる姿を目撃し、写真に収めることができたことを報告したい。

といっても、今日紹介するオーストラリアクイーンズランド大学からの論文は旅行とは無関係で、新生児期のビタミンD不足が統合失調症に寄与しているという簡単だが、重要な研究で、12月6日のScientific Reportsに掲載されている。タイトルは「The association between neonatal vitamin D status and risk of schizophrenia(新生児期のビタミンDの状態と統合失調症リスクとの関連)」だ。
これまでもビタミンD欠乏が脳の回路形成に影響して統合失調症の重要なリスクファクターになることは何度も指摘されていた。ただ、この研究は統合失調症の診断がついた患者さんの新生児期の血中ビタミンDを、ろ紙に染み込ませて保存している血液に遡って測定し、その相関を見ている点だ。

デンマークは国民の健康状態をゆりかごから墓場まで記録し続ける先進国だが、ずっと以前からデンマーク全ての新生児の血液をろ紙に染み込ませて保存していることに本当に頭が下がる。そして、希望に合わせてそれを利用させてくれる点だが、この研究はデンマークとオーストラリアの合同チームになっているとは言え、コレスポンデンスがオースとラリで、ある意味で重要な研究と思えば外国にも開かれている点だろう。本当に徹底した政策を続けていると思う。


さて結果だが、新生児のビタミンD濃度は20mm/Lから50mm/L以上に5段階に分けられるほど大きく変わっている。そして、5段階のうち4段階まですなわち20ー30mm/Lまでは特に統合失調症の発症頻度と相関しないが、最も低いグループは45%も統合失調症のリスクが高まるという結果だ。

新生児のビタミンDの殆どが母親から来ることを考えると、ビタミンD不足については、公衆衛生でも重要項目として対応して行くことが重要であることがわかる。特に、貧困が原因のビタミンD不足が起こらないようきめの細かい公衆衛生行政が必要になるだろう。病気が起こらないようにするのが、一番重要な公衆衛生行政であることは明らかなのだが、病気の予防をトクホにまかせ、診療報酬からしか医療費に切り込むアイデアがないわが国も、デンマークの徹底性に見習ってもいいのではないだろうか。私たち老人ではなく、未来の国民からまずこれを徹底させることが重要だと思う。。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月17日:オウムのゲノム(Current Biology オンライン版掲載論文)

2018年12月17日
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昨日述べた理由で、今日もちょっと食い足りない論文かもしれない。
人間だけでなく多くの動植物のゲノムがあきらかになってきた最近では、少々ゲノムが読めましたという論文は余程のことがない限り論文にはならないように思う。少なくとも、いわゆる機能ゲノミックスを組み合わせてシナリオを作らないと、レフリーも面白いと認めてくれない。もしゲノム解読だけで勝負しようとすると、進化の話を持ってくるしかないが、この時機能ゲノミックスがないと、どうしてもゲノムの比較から勝手な結論を求めてしまって、説得力がないことがしばしばだ。

今日紹介するオレゴン州立大学とサンパウロ大学からの論文はまさに典型で、インコのゲノム解読をなんとか面白い論文にしようと努力はしているが、説得力の点では物足りない研究だと思う。タイトルは「Parrot Genomes and the Evolution of Heightened Longevity and Cognition(オウムのゲノムと長寿と認知能力の進化)」で、12月17日号のCurrent Biologyに掲載された。

さて私事になるが、今日は残念ながら虎に出会うことができなかったが、インドの森ではこれまで見たことのない多くの鳥に出会うことができる。この鳥の中の鳥、百鳥の王とは何かを考えると、個人的には雄大なワシが頭に浮かぶが、総合力ではオウムが王様のようだ。まず長生きで、脳が大きく、複雑な社会体制を形成すると同時に、賢いだけではなく、複雑な社会を形成し、道具を使う能力もあり、もちろん複雑な音声を発生することができる。そこで、この研究では他の鳥と比べることで、機能ゲノミックスを省いて、長生きの問題と、脳の発達の問題が解けるかチャレンジしている。

まずゲノム全体の特徴を調べ、鳥全体の進化から見た時、人間と同じようにかなり後から進化してきたのがオウムで、人間の進化で見られるようにオウム特異的な遺伝子重複も見られることを示して、人間と同じような真価の道筋をとったのではないかと示唆している。

その上で、次になぜ長生きかについて、同じように長生きの鳥と比べることで、遺伝的共通項が見つかるか調べている。ハトなど長生きの鳥が23種類選ばれているが、それぞれは全く別々に進化している。しかし、それぞれの進化で選択されたと考えられる遺伝子を拾い出すソフトを使ってリストされた遺伝子を調べると、その多くが

これまで長生きに関わるとされてきた分子が長生きの鳥で共通に選択されてきたことがわかる。言ってみれば機能ゲノミックスは、系統関係とこれまでの研究を合わせて代わりにするというやり方になる。このリストされた遺伝子の中で、著者らはテロメアを維持するTERTが長生きの鳥で選択されていること、TERTの活性が上がることで危険性が高まる癌性の増殖を止めるための分子群が共進化していることを示し、鳥の場合TERTが長生きの進化の核になっていることを示唆している。

他にも、活性酸素を抑える遺伝子群も選択されて協力して寿命を延ばしていると考えられる。

次に脳が大きくなり知能が高まったのかについては、軸索の伸長に関わるPLXNC1が重複し、また軸索伸長に関わる細胞骨格の遺伝子軍が選択されていることをしめし、これが脳の発達に重要だったのではと結論しているが、これ以上の実験はしていない。さらに、オウムへの進化で新たに生まれた遺伝子が存在することを示し、これらが賢いオウム誕生に大きな役割を果たしたとしている。

以上が結果で、機能ゲノミックスがないと、結局主張が通らないというはなしになるが、とは言えオウムなどのトリでは、モデル動物がいるわけではないので、機能的な研究ができるのか、雑誌の編集者も難しいところだと思う。しかし、ゲノムが解読されたことで、オウムと人間の進化を比べることは、間違いなく独立した進化系であることを考えると、今後重要になると思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月16日 :コーヒーの成分がパーキンソン病の進行を止めるかもしれない。(Current Biologyオンライン掲載論文)

2018年12月16日
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実は、野生の虎が見れるかもしれないとう言葉に誘われて、インドの若い研究者に生命科学の過去から未来について、いつもの話をしたあと、虎の保護区にやってきた。仕事があるので、結局1日フルにサファリができるだけだが、虎に出会える幸運を信じている。ただ、覚悟はしていたが、ロッジに落ち着いてみるとネットの入りが悪いので、iPadにダウンロードできている論文の中から選んで紹介するので、食い足りない論文になるかもしれない。

今日は米国アカデミー紀要にRobert Wood Johnson医学校から発表されたパーキンソン病につながるシヌクレインの蓄積を抑える作用のあるコーヒーに含まれる化合物の話を選んでみた。タイトルは「Synergistic neuroprotection by coffee components eicosanoyl-5-hydroxytryptamide and caffeine in models of Parkinson’s disease and DLB (コーヒーに含まれるeicosanoyl-5-hydroxytryptamideとカフェインはパーキンソン病とレビー小体痴呆のモデルで神経細胞保護のために協調的に働く)」だ。

パーキンソン病の原因としてシヌクレインがリン酸化され沈殿する事で炎症が誘導され、これが黒質の神経細胞死を誘導することが考えられている。この時、シヌクレインのリン酸化を低下させるのがPP2Aと呼ばれる脱輪酸化酵素の働きだが、この働きを高めるのがPP2Aのメチル化で、PME-1と呼ばれる酵素により行われている。このPME-1のメチル化活性を、コーヒーの成分であるeicosanoyl-5-hydroxytryptamide(EHT)とカフェインがともに高める作用があることが知られていたが、この研究では両方の量をかなり減らして投与するとき(EHT12mg/kg, カフェイン50mg/Kg)、EHTとカフェインが両方協力してシヌクレインのリン酸化を低下させ、沈殿を防ぎ、パーキンソン病の進行を抑えてくれるかを確かめようとしている。

結果は期待通りで、
1)使った用量では単独では全く効果がないが、両方を毎日食べさせると神経症状が改善する。
2)これは、シヌクレインの脳内での蓄積が抑えられた結果で、
3)シヌクレインを注射する実験系でも、リン酸化を外してシヌクレインの除去につながり、
4)効果を示すメカニズムは、期待通りPP2Aの活性を高めてシヌクレインの脱リン酸化を高める結果で、
5)PP2Aの活性化は、両方の化合物によってPME-1によるPP2Aのメチル化が高まる結果だ。
という絵に描いたような話だ。

この結果にもとずいて、コーヒーを飲むことはパーキンソン病の発症や進行を抑えると結論している。これが全くガセネタというわけではないのは、もともとコーヒーを飲んでいる人にはパーキンソン病が少ないという統計があった。これまでその理由は全てカフェインの効果とされていたが、この研究ではEHTとカフェインが両方含まれているから効果があると結論している。

実際に使われた量を50kgの人間に換算しなおすとEHT600mg, カフェイン2.5gを1日摂取することになる。マウスは食事に混ぜると毎日食べていたようだが、もし安全なら合剤を処方する治療として、是非治験をやってほしいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月15日 心房細動にボトックスが効く(Heart Rhythm オンライン掲載論文)

2018年12月15日
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私の歳になると、だれもなんらかの不具合を抱えるようになるのか、病気の相談を受けることも多くなった。臨床の現場にいるわけではないので、一般的知識を提供できるだけだ。問題は、最近になると大きな病院でまだ現役という同級生はほとんどいないので、紹介する医師を探すのに苦労する。このように、よく相談を受ける病気の一つが、心房細動で、特にアブレーションと呼ばれる異所性に電気活動の巣になっている領域を電気的に除去する治療を受けた方がいいのか、これは安全な治療なのかなど、何回か聞かれた。基本的には受けるように勧めるが、一定の率で再発は避けられないようだ。

同じ心房細動をきたす危険性の多いのが心臓手術で、心臓の外科手術の後にはベータブロッカーを手術前後に投与して心房細動の発生を防ぐことがルーチンになっている。今日紹介するロシアのシベリア地区3病院と、米国の4病院という不思議な取り合わせのグループがHeart Rhythmに発表していた論文は皮膚のしわ取りに用いられるボトックスを手術後心筋の周りの脂肪組織に注入することで、心房細動の発生を強く抑えることができることを示した論文で、今後術後だけでなく、一般的な心房細動にも利用されるのではないかと期待できる方法の開発研究だ。タイトルは「Long-term suppression of atrial fibrillation by botulinum toxin injection into epicardial fat pads in patients undergoing cardiac surgery: Three-year follow-up of a randomized study (心臓手術後の心房細動の発生を心臓の周りの脂肪組織にデトックスを注射することで長期間抑えることができる)」だ。基本的には外科医の関心事で一般の人には関係がないのだが、シワ取りのボトックスを心臓にという意外性もあるので紹介することにした。 この研究では、バイパス手術を受ける患者さんで、心房細胞の既往がある60人を、無作為に30人づつに分け、心臓バイパス手術の間に、心臓の周りの脂肪組織4箇所に、ボトックスあるいは偽薬を注射し、その後の心房細動を含む心房性の頻脈のが起こるか、30日目、1年目、3年目で比べている。

結果は上々で、偽薬群では手術直後から頻脈の頻度が持続的に上昇を続けるのに、ボトックス群は1年目まで全く発症がない。ボトックスを注射した群ではその後遅れて頻脈が発生するが、発生率は低く、2年半以降に頻脈が起こる新たな患者は見られない。発生が見られなくなる3年目で最終結果見ると偽薬群は50%の頻脈の発生率だったが、ボトックス群では頻度は半減し25%で止まっていることがわかった。また一般的頻脈だけでなく、心房細動に絞っても見ているが、ボトックス群は半分以下に抑えられている。さらには術後発生した心臓発作が偽薬群では2名発生したが、ボトックス群では全く出ていないことも記載されている。大成功といえる結果だ。

次に、心房細動が起こりやすいリスクファクターを調べると、なんと糖尿病がダントツで高いリスクファクターで、次が男性のほうが術後の頻脈が起こる確率が高いことがわかった。したがって男性で糖尿病の心臓手術にはボトックスを考えたほうがいいという結果になる。

結果はこれだけで、最初はボトックスの本来の機能である神経活動抑制作用を用いて心臓手術後短期に起こってくる頻脈を抑制しようとした研究だったが、期待以上で、長期の結果もはっきりと改善したという結論になる。残念ながら、現在の投与法では、一般のアブレーションには利用できない。メカニズムを解明して、カテーテルで投与できるプロトコルが開発されたら、かなり期待できると思うが、可能だろうか。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月14日 ガン免疫の初期に効果を発揮する抗NKG2A抗体(12月13日号Cell掲載論文)

2018年12月14日
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本庶先生のノーベル賞受賞特集の最後は、ガン免疫の新しいチェックポイントに関する研究を紹介する。

ガン免疫と一口に言っても、実際には数多くの過程の集まりで、全体を頭に入れて考えることが重要だ。まず最初はガン特異的抗原が免疫系に利用できる形でガンから提供される必要がある。この時ガン抗原はガン細胞に直接提示される場合もあり、また樹状細胞により抗原が提示される場合もあるが、後者の場合成熟した樹状細胞がガン組織に集まってくる必要がある。こうして提示された抗原によってT細胞が刺激されるが、ここでアジュバントなどを持ちいると、自然免疫の活性化が起こって、より強い免疫のブーストがかかる。ここで刺激を受けたリンパ球の一部は、次に所属リンパ節に移って記憶細胞として分化し、例えば転移巣など原発とは異なるガン組織にも移動してガンを殺す。今回ノーベル賞に輝いたチェックポイントは、この長い過程の比較的後期に起こってくるリンパ球の疲弊を防ぐ役割を持つ分子だが。しかし、治療標的はこの長い過程のすべての段階に存在する。

今日紹介する論文も昨日と同じで、オランダからの研究でより初期のガン抗原で免疫された時点でのチェックポイントについての研究で12月13日号のCellに掲載された。タイトルは「NKG2A Blockade Potentiates CD8 T Cell Immunity Induced by Cancer Vaccines (NKG2Aの阻害は、ガンワクチンにより誘導されるCD8T細胞の免疫を高める)」だ。同じ号に、他のグループからの同じ方向性の論文が発表されており、結果もだいぶ違うのだが、こちらの方が優れていると思ったので、ライデン大学の論文を紹介することにした。

この研究の発端は、ガンがHLA-Eと呼ばれるマイナー組織適合抗原を発現し、またCD8T細胞が、HLA-Eに結合するNKG2Aを発現しているガン患者さんの予後が悪いという発見だ。全く、PD-1とPD-L1のチェックポイントコンビと同じだ。このもう一つのチェックポイントは、これまでNK細胞のチェックポイントに関わると考えられてきたが、この研究ではガン組織で免疫刺激が起こるときに、CD8キラー細胞を特異的に抑えるための機能が最も重要であることを示している。しかも、NKG2A陽性細胞の殆どがガン組織で育ってきたことを示すCD103を発現し、免疫されたあとまだ時間が経っていない細胞であることもわかった。

そこで、ガンのワクチンの研究に使われるモデルマウスで、ガンを移植してからワクチンによる免疫を行うと、腫瘍組織のCD8T細胞のNKG2A発現が高まり、キラー活性が抑えられることが明らかになった。すなわち、免疫初期に働く重要なチェックポイントであることがわかった。また、ガンの方のHLA-Eは炎症によって誘導されることも明らかになった。

そこで、NKG2Aに対する抗体を用いて 、ワクチンの効果が高まるかを調べると、比較的免疫の後期に作用するPD-1抗体では全く効果がないのに、NKG2A抗体は根治はできないが、ガンの増殖を強く抑えることができることを明らかにしている。

結果は以上だが、今後ガンに対するワクチンの重要性が高まることを考えると、この発見は重要だと思う。NKG2Aについてはすでにヒト化した抗体が利用されているようだし、HLA-Eに対しても抗体療法の治験が始まっているようだ。これらの治験と、今回の発見は無関係に行われているが、安全性などがわかった上で、ガンの免疫が成立する過程で使える抗体として期待できると思う。
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12月13日 腫瘍浸潤性T細胞はガンを殺せるのか?(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2018年12月13日
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ノーベル賞記念に、ガン免疫論文紹介を続けよう。チェックポイント治療やCAR-T治療が注目される前から、一貫して癌に対するキラーT細胞はガンを完全に治せるという信念のもとに、自己のT細胞によるがん治療を開発してきたのがSteven Rosenbergだろう。特に最近になって、ガンに浸潤しているT細胞(TIL)を増殖させて患者さんに戻すTIL療法の成功例についてトップジャーナルに発表し続けており、このブログでも紹介してきた。しかし、実際に追試してみるとなかなか上手くいかないという話も耳にするので、まだまだ標準医療として認められるまでには至っていない。これが可能になるためには、TILの中に抗原に反応する受容体が発現されているのかモニターする必要がある。

今日紹介するオランダ癌研究所からの論文はまさにこの課題に取り組んだ研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「saiLow and variable tumor reactivity of the intratumoral TCR repertoire in human cancers(ヒト腫瘍浸潤T細胞のT細胞受容体レパートリーは反応性が低く、反応も一定していない)」だ。

これまでTILの研究はまずガン組織に浸潤しているT細胞を増殖させ回収してから、特異性などが調べられていたが、これではバイアスがかかるとして、この研究ではTILを増殖させずに、組織から回収したT細胞を一個づつ別々にTcRを特定、そのTcRをレトロウイルスに組み込んで、もう一度正常細胞に戻し、TcRの主要反応性を調べるという、大変手のかかった実験をしている。

まずメラノーマ患者さんの55個のTILからTcRを分離することに成功し、そのうちの15種類のTcRを正常細胞に発現させて腫瘍に対する反応を調べると、多くは低い活性しかないが、それでも60%のTcRがガンに対して反応することを確認している。すなわち、メラノーマの場合TILは間違いなくガンに反応する。

そこで次に悪性度の高い、チェックポイント治療が効き難い漿液性卵巣癌で同じ実験を行なっている。まず、治療前のガンからTILを分離、37個のTcRを特定するのに成功している。その中の20種類のTcRを正常細胞に導入してがんに対する反応を調べると、今度はたった1種類のTcRしか反応しなかった。すなわち、ほとんどのTILはガンとは無関係ということになる。

そこで、さらにもう一例の卵巣がんで同じ検査を行い、今度は51種類のTcRが分離され、T細胞もPD−1を発現して活性化されているように見えるのに、ガンに対しては全く反応できないことが分かった。すなわち、反応は患者さんによって一定しない。また2例の直腸がんでも同じ検査を行い、1例では何種類かのTcRが反応したがもう一例では全く反応するTcRがなかった。

結果は以上で、実験には手間がかかるが、TILのがんに対する反応性を、TILを増やすことなく特定することができること、そしてタイトルにあるようにTILが必ずしもガンに反応するわけではないことが綺麗に示された。今後、同じ方法が試験管内やアジュバント注入などで活性化したT細胞にも適応できるはずで、免疫のモニタリングという点では大きな進歩だと思う。もちろん、一般臨床に用いられる方法ではないが、TIL療法やチェックポイント治療の実験的研究には、かなりのパワーを発揮してくれるのではないだろうかと、期待している。その結果、免疫治療もより確実になっていく。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月13日:クリスパーによるT細胞活性調節因子のクローニング(12月13日号Cell掲載論文)

2018年12月12日
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本庶先生は受賞講演を、ガンの免疫治療は始まったばかりだと述べて締めくくったそうだが、当然の指摘だろう。おそらく、本庶先生もPD-1で話が終わったかのような感がある我が国のガン免疫研究の停滞ぶりを憂いてこんな話をしたのだと思う。何らかの形でガンの免疫に関わる論文は、今やトップジャーナルの少なくとも20%は下らない勢いだし、肥満がチェクポイントに及ぼす影響までNature Medicineに掲載されるほどだ。ともかく、考え付くことはなんでもやられているのが実情で、2番煎じと言われようが全く気にしないフィーバーぶりだ。

そんな一例が、12月13日号のCell に掲載されていたので紹介しよう。カリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文でタイトルは「Genome-wide CRISPR Screens in Primary Human T Cells Reveal Key Regulators of Immune Function (ヒトの一次T細胞を用いた全ゲノムレベルのクリスパースクリーニングにより免疫機能の重要な調節因子が明らかになる。)」だ。

ノーベル賞受賞理由にも詳しく述べられていたが、T細胞活性化には抗原刺激だけでは活性化が不十分で、抗原と同時にco-stimulatory分子によるアクセルを蒸す必要がある。勿論免疫反応は上がりっぱなしでは大変なことになるので、次にCTLA4やPD-1をはじめとする抑制分子により、反応が収束するようにできている。PD-1やCTLA-4はその中でも効果が高いブレーキ役だが、もちろん他にもさまざまな分子が存在している。また、アクセルからブレーキへの転換も、細胞内の転写調節で起こることが予測できる。従って、アクセル局面とブレーキ局面で働く分子を網羅的に同定し、免疫治療の効果をさらに高めようとする試みが行われるのは当然のことだ。

この研究ではこの分子スクリーニングをクリスパーを用いて行なっている。言ってみれば流行りのシステムを2つ組み合わせた研究と言えるかもしれない。もちろん、さまざまな改良を加えている点、ヒトの正常T細胞を用いている点は、はっきりと臨床応用を視野に入れているのがよくわかる。おそらく条件ぎめに時間をかけていると思う。その結果この研究では、Cas9は普通行われる遺伝子導入ではなく、組み換えタンパク質を細胞へ電気ショックで導入している。、ガイドRNAはレトロウイルスベクターを用いて8万種類ぐらい導入している。 これにより、原理的に2万種類の遺伝子がノックアウトされた細胞ができるが、この細胞集団を刺激して増殖する分画と増殖できない分画に分け、それぞれで濃縮された遺伝子ノックアウトを調べている。増殖した細胞に濃縮されるのは、ブレーキ役の分子で、逆に増殖しない細胞で濃縮するのはアクセル役の分子になる。

こうしてリストされた遺伝子の効果を、なんとバーコードを用いたsingle cell profilingで確かめており(もともとレトロウイルスで導入したガイドも検出されるので、確かにクリスパーと相性がいい)、流行りに敏感な研究グループだとわかる。この研究では、ノックアウトすると細胞がより増殖するブレーキ役の遺伝子を重点的に調べ、最終的に4種類の分子を特定している。リストされた遺伝子を改めてノックアウトすると、T細胞の増殖が高まるだけでなく、キラー活性も高まっていることから、これらの分子はT細胞全体の活性化に関わっていることがわかる。

さらに、別のスクリーニングを行い、T細胞の活性を抑制するシグナルに対抗する分子のスクリーニングにも利用できることまで示しているが、今の所ではこれらの分子が臨床に使える標的としてどう発展するのかははっきり示せていない。個人的には、結局それほど内容のない研究で終わっているように感じたが、それでもCellは論文を掲載しており、現在のガン免疫研究の過熱ぶりがよくわかる。このように、我が国の静けさをよそにがん免疫治療のフィーバーは当分治りそうもない。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月11日 神経芽腫の予後を決める分子マーカーの根本的見直し(12月7日号Science掲載論文)

2018年12月11日
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神経芽腫は小児の悪性固形腫瘍の中では最も多いガンだが、病気の経過がきわめて多様で、転移まで見られるのに自然に消えてしまう症例から、ほとんどの治療に反応せず命を失うケースまで多様だ。1980年代には早期診断が重要と、ガン由来の尿中排泄化学物質をマーカーとして子供の集団検診が行われ、たしかに発見率は上昇したが、治癒率はほとんど変わらないという結果を受けて、現在は集団検診は中止されている。すなわち、早く発見できても、発見された時には将来の経過が決まっていることを示唆している。、従って現在最も重要なのは、臨床経過の予想を適切に行うことで、これにより自然治癒する患者さんに意味のない化学療法を行うことを避け、一方本当に必要な患者さんにはできるだけ早く必要な治療を行うことができる。

この分子マーカーとしてこれまで最も利用されてきたのhが、MycN遺伝子の増幅だが、増幅があっても必ずしも悪性とは限らないことがわかっていた。その後ゲノム解析が進むと、臨床経過を予測する分子マーカーとしてALKやRas, p53などが挙がってきているが、臨床経過を完全に予測することはこれまでできていなかった。

今日紹介するドイツ・ケルン大学からの論文は200例を越す治療前の神経芽腫患者さんのゲノム解析を行い、臨床経過を予測するための分子マーカーを発見しようとした研究で、これまでの研究とは大差ないが、予後を決めるのがテロメアを維持するテロメラーゼ活性が高いかどうかで決まることを示した研究だ。論文のタイトルは「A mechanistic classification of clinical phenotypes in neuroblastoma (神経芽腫の臨床経過をメカニズムに基づいて分類する)」で、12月7日号のScienceに掲載された。

神経芽腫のゲノム解析としては特に変わったことをしているわけではないが、予後に関わる遺伝子変異の組み合わせを観察する中で、ガンの臨床経過を決めるのは、これらの変異があるかないかではなく、これらの変異によってテロメアの長さを維持する分子の発現が誘導されるかどうかだと着想する。この着想の背景には、2015年10月にこのブログで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4231)、ハイリスクの神経芽腫の患者さんではテロメラーゼのゲノム遺伝子の再構成が見られるという同じグループの先行研究があり、その後もテロメアの維持と様々な遺伝子変異の関係を調べてきたのだと思う。そして、テロメアの維持に関わるゲノム遺伝子の変化だけではなく、その発現についても調べて、MycNなどこれまで危険因子としてリストされてきた遺伝子変異は、なんらかの形でテロメアの維持に収束することで予後に関わることを明らかにしている。

そこで神経芽腫の臨床経過を先ずテロメアの維持に直接関わるテロメラーゼやALTの活性化と相関させてみると、悪性の経過を取る神経芽腫はほぼ全てテロメアが維持されている一方、テロメアが維持できないガンでは経過は良好でほとんど死亡する患者さんがいないことを見出す。また、これまで臨床経過と関わるとされてきたRas やp53は、テロメアが維持されているグループでは、より悪性度の指標になるが、テロメアが維持できないガンでは、Ras/p53変異はほとんど経過に影響ないことも示している。

以上の結果から、神経芽腫の臨床経過に影響する遺伝子変異は多様なので、明確な分類には使いにくいこと、しかし、最初にテロメラーゼやALTの活性化などを調べてテロメアが維持できるかどうかを比べることで、臨床経過をほぼ確実に予測できる。その上で、さらなる修飾因子としてRasやp53の変異を付け加えることで、テロメアを維持している神経芽腫の悪性度をさらに詳しく分類できるという結果だ。

テロメアはガンにとって最も重要な因子の一つなので、どうしてこんなことがこれまで行われなかったのか不思議だが、ぜひわが国の子供でも、遺伝子検査とともにテロメア維持について調べ、こ分類が正しいかどうか確かめてほしいと思う。もしこの論文の通りなら、かなり確実で簡単な予後診断ができることになり、無駄な治療をさけ、治療の必要な場合は、迅速に行うことができるようになると期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月10日:メトトレキセートの厄介な副作用(1月10日号発行予定Cell掲載論文

2018年12月10日
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メトトレキサートは私が医師として働いていた時から利用されていた葉酸拮抗剤で、主に白血病、リンパ腫などの血液のガンに使われるが、リュウマチにも使われる薬剤だ。抗ガン剤だけに、もちろん様々な副作用が知られており、最も恐ろしいのは間質性肺炎だとされてきている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、小児のガン治療にしばしば使われるメトトレキサートに、脳内のオリゴデンドロサイトの増殖を抑える働きがあり、その結果投与をやめた後も何年もに渡ってミエリンの形成が抑制され、その結果様々な脳症状の原因になることを示した重要な研究で1月10日発行予定のCellに掲載された。少し先の発行で、紹介が早すぎるとも思ったが、重要な論文なので是非紹介することにした。タイトルは「Methotrexate Chemotherapy Induces Persistent Tri-glial Dysregulation that Underlies Chemotherapy-Related Cognitive Impairment (メトトレキサートの化学療法は3種類のグリア細胞の持続的な異常を誘導し、化学療法が原因の認知障害の原因になる)」だ。

小児の腫瘍は、大人と比べると化学療法で治療できる確率が格段に高い。ただ治療によってガンが撲滅されても、脳になんらかの異常を示す患者さんが多いことが知られていた。しかし、放射線療法でも脳機能の異常がみられることから、細胞増殖が抑制された結果として、メカニズムを詳しく調べる研究は少なく、ましてや副作用を軽減するための方策についての研究は皆無と言ってもよかった。

この研究では、3歳の時メトトレキサートの大量療法を受けた子供がその後他の原因で亡くなった際の剖検時、メトトレキサートの脳への長期的効果を調べている。驚くことに、神経繊維が走っている白質特異的にオリゴデンドロサイトの数が激減していることが明らかになる。一方、神経細胞が集まっている灰白質ではほとんど差が無い。

そこで、マウスモデルを用いてメトトレキサートがオリゴデンドロサイトの増殖の異常を誘導するメカニズムを調べ、1週間ごと3回の注射で1ヶ月以上持続するオリゴデンドロサイトのリクルートが低下し、これが未熟幹細胞の増殖阻害、幹細胞からの分化誘導の亢進と、そして最終段階の成熟過程の抑制が複合して起こることを明らかにする。その結果、脳神経のミエリン化が阻害され、マウスは運動障害や不安症などを示すようになる。

この原因がオリゴデンドロサイト自体の問題か、脳内の環境の問題か調べるために、幹細胞の移植実験を行い、メトトレキサートにより脳内の環境が長期に異常になり、それがメトトレキサートにより活性化されたミクログリアのせいで起こることを明らかにする。

その上で、ミクログリアの増殖を抑えるc-fmsに対する阻害剤PLX5622を投与してメトトレキサートを投与した後服用させたマウスを用いて調べ、完全ではないにせよ、ミエリン化が正常化し、マウスの症状も改善することを示している。

以上が結果で、極めてオーソドックスな研究で、私が現役の時代から十分テクニカルに可能だったのにもかかわらず、今ようやく詳しい研究が行われたのに驚いた。この研究の重要性は、副作用を指摘するだけでなく、メカニズム解析を通して対処方法を示した点で、患者さんにも利用できるだろう。癌治療の副作用と諦めず、ぜひ効果を確かめてほしい。
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