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4月14日 デニソーワ人は南アジアまで進出していた(5月2日発行予定Cell 掲載論文)

2019年4月14日

最初デニソーワ洞窟で見つかった指の骨からその存在が確認されたデニソーワ人も、その後の研究で他の個体も発見され、ゲノムの解析が続いている。ただデニソーワ人の骨は今のところシベリアのこの場所以外では見つかっていない。しかし、現代人に受け継がれているデニソーワ人のゲノムを調べると、シベリアからアジアにかけての民族のゲノムにはほんの少ししか残っていないのに、なんと遠く離れたパプア・ニューギニアの民族では5%前後のゲノムがデニソーワ人由来であることが明らかにされている。この結果は、なぜメラネシアだけにこれほどのデニソーワ人ゲノムが維持されることになったのかという人類史の大きな謎を残した。

今日紹介するニュージーランド・Massey大学を中心とする国際チームの論文は、インドネシアに属する南の島々の住人161人の全ゲノムを新たに解読し、すでにデータベースに預けられているゲノムと合わせて解析することで、デニソーワ人の足跡を追いかけた研究で、5月2日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Multiple Deeply Divergent Denisovan Ancestries in Papuans (パプア人には多様な複数のデニソーワ人からのゲノムが存在している)」だ。

この研究では、多くのパプア人ゲノムとすでに存在するアルタイ洞窟のデニソーワ人ゲノムを統計学的に比べて、デニソーワ人ゲノムがメラネシアに伝わってきた様子を明らかにしようとしている。ただ、パプア人にはネアンデルタール人ゲノムも混じっており、確実にデニソーワ人から由来する遺伝子断片を特定する必要がある。この研究のハイライトは、確実にデニソーワ人由来と確定できる遺伝子断片を何千個もリストすることに成功したことだ。

このようにデニソーワ人由来であることがはっきりした長い断片を、元のデニソーワ人ゲノムとの違いを比べると、今度はデニソーワ人から流入したゲノムが多様化していくプロセスを追いかけることができる。この方法で、デニソーワ人とパプア人は最初は3万6千年前、次は2万8千年前の、少なくとも2回交雑を行なっていることが明らかになった。

それぞれのデニソーワ人ゲノムの地理的分布をさらに統合して、最終的に次の結論に到達している。
1)交雑が行われた時間帯や地理的分布から考えて、間違いなくデニソーワ人はメラネシアに存在していた。とすると、起源はともかく、デニソーワ人は海を越えてシベリアとメラネシアに分布できる能力を持っていた。
2)パプアでは、デニソーワ人は少なくとも3万年前、おそらく1万4千年前まで独立して生存していた。
3)交雑の様態から考えている、パプアに移動したホモ・サピエンスとデニソーワ人は、完全に独立して暮らしていた。

これ以外にも、デニソーワ人由来の免疫系遺伝子を含むいくつかの遺伝子が、パプア人の生存に貢献したこと、なども示されているが、なんといってもデニソーワ人が1万4千年前までパプアに生息していたという結論だけで十分だろう。

彼らがいつパプアに来たか調べるために、フローレンス人のゲノム断片が見つからないかなど探索はしているが、現在のところホモ・サピエンス、デニソーワ、ネアンデルタールのゲノム以外は見つかっていない。しかし、ジャワ原人、フローレンス人、あるいは最近発見されたフィリピン原人など、アジアの島々はアフリカに並んで、新しい人類研究の現場になること間違い無い。まず次のデニソーワ人の骨がこの領域から発見されることを期待している。

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