宇宙飛行士はもうすでに何百人にも達しており、今や一般の人の宇宙飛行も視野に入ってきているようだ。まだまだトップジャーナルを賑わすというところまではいかないが、宇宙飛行による医学実験の論文も着実に増えてきている。それでも宇宙飛行士の数は人口のほんの一部で、また特殊な訓練を受けているため、宇宙飛行自体の影響を純粋に取り出して調べるのは簡単でない。
今日紹介するコーネル大学を中心とした研究グループからの論文は、一卵性双生児で共にNASAのミッションに参加しているペアのうち、一人が1年の宇宙飛行、もう一人が地上勤務についているという条件を選んで、宇宙飛行の身体への変化を調べた論文で4月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「The NASA Twins Study: A multidimensional analysis of a year-long human spaceflight (NASA 双生児研究:1年にわたる宇宙滞在の影響を多面的に解析する)」だ。
一卵性双生児で、共に宇宙飛行士の訓練を受けているという2人なので、かなり純粋に宇宙飛行の影響を調べることができそうだ。実際、飛行前の検査では、ほとんどの項目で違いはない。しかし、よくここまで徹底的に解析を行ったと思う。生化学、脳科学、エピゲノム、遺伝子発現、免疫機能、代謝機能、腸内細菌、プロテオミックス、循環生理、テロメアまで飛行前後は言うに及ばず、飛行中まで詳しく調べており、大変な研究だと思う。実際、長い長い論文で、データも多く、読むのに苦労した。
もちろん全部紹介する気は毛頭ないので、興味を惹いた話だけを列挙しておこう。
- リンパ球の遺伝子発現の変化を見ているが、フライト中に遺伝子発現は確かに変わるが、地上に戻ると正常化する。さらに、ワクチンに対する免疫反応は、ほぼ同じレベルで保たれる。
- 驚いたのは、フライト中にテロメアが長くなることだ。この原因はよくわからないが、フライト中に血中の葉酸値が低下するので、これが原因かもしれない。
- 大便を採取して細菌叢まで調べており、フライト中にバクテリア種の変化が見られるが、これは地上に戻ると元に戻る。
- 無重力状態で骨のカルシウム代謝が変化する事は予想されているが、尿中のコラーゲンの分泌も上昇する。特に血管の構成成分であるCol3Aが分解されているとすると、注意が必要。
- 当然のことながら、体液代謝の変化が起こり、そのバイオマーカーとして尿中のアクアポリン2の量が上昇する。他にも、レニンアンギオテンシン回路に関わるタンパク質の尿中の上昇も見られる。
- 一旦長くなったテロメアは、地上に戻ると今度は急速に短くなり、これはなかなか回復しない。原因も含めて今後追及が必要。
- テロメア同様、ゲノムの不安定性を示す転座や欠失はフライト中に上昇し、帰還後も元に戻らない。
- これまで指摘されていたように、乳頭浮腫、遠視、綿様スポット、脈絡膜のシワなど様々な眼科的変化が起こる。特にいくつかの症状は地上に戻っても継続するので、今後の重要な問題になる。
- 無重力による循環動態の変化は最も研究されている重大な問題で、普通下肢に停留する2リットルもの体液が上部に移行する。この状態が続くことで、血管の慢性的変化が誘導されることになり、同じ変化が今回も見られている。
- 驚くことに、帰還後炎症性のサイトカインの上昇が見られる。
- 認知機能が帰還後低下する。ただこの長期の影響については不明。
短くと思ったが、すでにこんなに長くなった。はっきり言って、一般の人にはあまり関係のない話だが、要するに宇宙飛行には健康リスクが伴うことを、一卵性双生児の宇宙飛行士ペアという稀有の機会をとらえて調べ抜いた研究グループに脱帽。