光を感知する分子を用いて生体機能を調節する光遺伝学は、何も神経操作に限った手法ではないが、何と言ってもチャンネルロドプシンを特定の神経細胞に導入して神経興奮を短い時間間隔で変化させる技術のインパクトはダントツで、クリスパー/Casと並んで、ノーベル賞を受賞するのが時間の問題だろうと思える研究領域だ。
光遺伝学の難点は、光で刺激するためどうしても動物を光ファイバーで繋ぐ必要があり、自由に動けるといっても限界がある点だ。そのため目的によっては、光刺激の時間的特性を犠牲にしても、動物を拘束しない方法、例えば磁場を用いて神経を刺激したり、化学物質を用いる「化学遺伝学」などが開発されてきた。
今日紹介するハワードヒューズ財団の独自研究施設、ジャネリア研究所からの論文はこの化学遺伝学による神経操作法を飛躍的に高めるための開発研究で4月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Ultrapotent chemogenetics for research and potential clinical applications (研究及び臨床応用を目指した超高性能の化学遺伝学)」だ。
もちろんこれまでもcloza;ine-N-oxideに反応する受容体を用いた化学物質による神経操作法が開発されていたが、特異性も含めて様々な問題があり、新しいプラットフォームが待たれていた。この研究では、1)人間に投与してもほとんど副作用がない、2)脳へ速やかに移行する、3)血中濃度を長期間維持できる、という条件で、α7アセチルコリン受容体をベースに突然変異を導入し、最終的に禁煙のために使うVareniclineに極めて特異的に反応できるプラットフォームを開発した。
あとはこのシステムがどのように使えるかを示す目的で、マウスやサルを用いた実験を行なっている。
まずこのシステムが一番期待される、神経活動の抑制効果を調べる目的で片側の黒質のGABAニューロンにこのシステムを導入し、遺伝子興奮が下がるとマウスがくるくる回り出すという行動を用いてこのシステムの効果を調べ、低い濃度でも注射後20分で効果が発揮され、4時間続き、濃度が下がると行動は完全に元に戻ること、他の神経作用はほぼないことを示している。
次にvareniclineの方を改変して、新しいシステムにより高い結合力を持つリガンドを開発し、彼らが817と番号をつけたこのシステムにさらに100倍以上高い特異性を持つリガンドを開発している。
つぎにこのリガンドにフッ素18を結合させ、このシステムを導入した神経細胞を脳内でイメージングできるかを調べている。画像で見る限り、受容体が導入された領域だけでポジティブ画像が得られ、特異性が高いことが確認できている。
他にもサルの実験、海馬の神経興奮を抑える実験などを示しているが、割愛していいだろう。要するに、極めて特異性の高い、しかも副作用の心配が少ないリガンドを用いて神経を興奮させたり、抑制したりする方法が開発できた。
著者らは、この系を外科的に人間の脳に導入して、1)鎮痛剤では治せない痛みを抑制する、2)局所性の巣てんかんを手術なしで抑制する、3)舞踏病などの不随意運動の抑制などに利用できるのではと考えているようだ。この論文を読むと、確かに実現性は高いと思う。いよいよ、光遺伝学や化学遺伝学も臨床応用が始まる予感がする論文だった。