CDBの職を辞した後、生命科学の過去、現在、未来を考えてきた過程を、一種のノートとして3月まで在籍していたJT生命誌研究館のウェッブサイトに書きためてきた(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/)。おそらくしばらくはこのまま閲覧可能だと思うが、いつかは削除されると思うので、AASJサイトで閲覧できる形にして、再掲を予定している。
これまで5年にわたって書きためてきたノートのほとんどは、生命科学の現在、および未来について考えるためにまとめてきた。研究館を辞したのを機会に、生命科学の誕生に至る過去について是非考えてみたいと思い、過去の哲学書をもう一度読み直してみようと考えている。そしてこの作業から出てくるノートを「生命科学の目で読む哲学書」と題して、書きためて行こうと計画している。
哲学といっても、そこは生命科学者だった私が独断と偏見で読むわけで、決して堅苦しいものにはしないでおこうと決意している。是非、これまで通り多くの方に読んで欲しいと望んでいる。
本日より、新しいホームページに変わりました。一見したところ何も変わっていないように見えますが、バナーを大きく整理しました。右には、「生命科学の目で読む哲学書」および「西川伸一のジャーナルクラブ」を追加し、「論文ウォッチ」以外は全て整理しました。
生命科学の目で読む哲学書については、4月中旬以降原稿を入れていきますので、ぜひお読みください。
今後もぜひ多くの人に読んでいただけるホームページにしていきますのでよろしく。
遺伝子ノックアウト技術が完成して、多くの研究者が遺伝子ノックアウト競争を繰り広げた時代、それに関わった若手研究者の恐れは、ノックアウトしても動物に何の変化も出ない可能性だった。実際、かなりの割合でこのようなことが起こるのを、私たちの世代は目にしてきている。このような場合、生命は複雑な代償システムを備えており、一個の遺伝子が欠損しても、他の遺伝子でカバーできるようになっていると説明されて来た。私自身も、この説明で納得してしまって、では何故普通は発現していない遺伝子が発現して代償が起こるのか考えてみることはなかった。
今日紹介するドイツ・バードナウハイムのマックスプランク研究所は、この皆が納得してその理由を問い直すことのなかった問題に挑戦した研究で4月4日号のNatureに掲載された。タイトルは「Genetic compensation
triggered by mutant mRNA degradation (遺伝的代償は変異mRNAの分解により誘導される)」だ。
繰り返すが、この研究のハイライトは、これまで真剣に考えられなかった遺伝子の代償がなぜ起こるのかという問いに取り組んだ点だ。Stainierはゼブラフィッシュの遺伝子変異を用いた血管発生の研究を長年続けており、いつも同じ問題に直面していたはずだ。考えてみると、エピジェネティックな調節といえども普通安定で、一つの遺伝子の機能が消えたからといって、おいそれとその機能を代償できる遺伝子が誘導されると考えるのは確かにおかしい。
この研究ではゼブラフィッシュで代償性が見られる遺伝子の変異が持っている共通性を調べ、例えばmRNA内の変位で誘導される代償性遺伝子の転写は、外来遺伝子によるタンパク質の発現では抑えられないこと、また変異を持つmRNA自体が転写されないと、代償性遺伝子誘導がないことを突き止め、代償性遺伝子の誘導は、変異遺伝子のmRNAが細胞内で分解される時だけ起こること、またプロモーター活性を介する転写レベルで起こることを明らかにする。そして機能のないmRNAの分解に関わるUpf1をノックアウトすると、この代償性遺伝子誘導が起こらないことを突き止める。
さらに、代償性に誘導される遺伝子はほぼ全て、mRNAの分解された断片に相同性を持っていることを明らかにしている。
ここまでくると、mRNAの断片が相同性を持つ遺伝子のエピジェネティックな制御を変化させることで、代償性の遺伝子誘導が起こることを誰でも思いつく。この研究では、メカニズムとして分解されたRNA断片が分解に関わる分子を核内にリクルートし、相同性を持つ遺伝子のヒストンを転写誘導型に変える可能性の例と、mRNA断片が遺伝子発現を抑制するアンチセンスRNAをブロックする両方の例を挙げて、いくつかのメカニズムで代償性の遺伝子誘導が起こることを示唆している。
私たちはノックアウトの代わりに、抗体を用いて遺伝子機能をブロックする実験を行なっていたが、この方法だと確かにあまり機能が代償されることはほとんどなかった。この論文を読むと、当時感じていた疑問に対して充分納得できる回答が得られた気がする。
もちろん個人的な感慨にとどまらず、この結果は人間の遺伝病の表現の多様性理解する上でも重要な結果だと思う。深く物事を考えるStainierらしさが出ているという印象を強く持った。