ミクログリアは発生の極めて初期に他の血液細胞系列から分離することで形成され、それが長期間脳の貪食細胞として機能している。この貪食機能は、老化とともに低下し、例えば沈殿アミロイドタンパクの除去機能低下が老化とともに発生する一つの原因は、このミクログリア機能の低下に起因するのではないかと考えられている。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、ミクログリアが老化に伴って貪食機能を低下させる分子メカニズムを特定しようとする研究で4月11日号のNatureに掲載された。タイトルは「CD22 blockade restores homeostatic microglial phagocytosis in ageing brains (CD22阻害は老化脳でのミクログリア貪食機能のホメオスターシスを回復させる)」だ。
この研究では現在盛んに用いられるクリスパー/Cas9と薬剤の標的になりそうな遺伝子の機能をノックアウトするためのガイドRNAライブラリーを用いて、ミクログリア細胞株での貪食を抑える分子を探索し、その中から老化とともにミクログリアで発現が上昇する遺伝子を海馬から集めたミクログリアで調べている。
普通このようなスクリーニングでは、多くの分子がリストされてくるのだが、この研究は幸か不幸か、なんとこの基準に合う分子として、シアル酸と結合する能力がある細胞表面分子CD22だけが残っている。実際、若い時のミクログリアには全く発現がなく、老化とともにミクログリアで発現してくる。
そこで、CD22に対するリガンド(シアル酸をN-acetyllactosaminと結合させた分子)で処理すると、貪食能を強く抑えることができる。もちろんCD22が欠損したマウスではこのようなことは起こらない。以上の結果から、CD22がシアル酸が結合したリガンドで活性化されることで、貪食能が低下することが明らかになった。
次にこの逆、すなわちCD22のシアル酸結合を抗体で阻害する実験を行うと、ミクログリアの貪食を高め、脳からのミエリン分子の除去が高まることを示している。また、抗CD22抗体投与ではなく、CD22がノックアウトされたマウス脳もミエリン沈殿を除去する力が高いことを示している。すなわち、老化に伴ってCD22がミクログリアに発現してシアル酸からのシグナルを受けてしまうことで、貪食能が低下することが示唆された。
同じ抗体の老化マウス脳への投与を1ヶ月間連続的に行うと、ミクログリアの発現している遺伝子が、若いミクログリアタイプに戻ることが明らかになった。そこで、CD22ノックアウトマウスで老化に伴う学習能力の変化を調べると、正常マウスでは老化により失われる学習能力(迷路テストで調べる)がなんと正常に近いことも明らかにしている。そして、この記憶の正常化は、海馬の活動細胞の上昇と並行していることを明らかにしている。
すなわち。CD22の発現と活性化によりミクログリアの貪食能が低下、脳内に沈殿する様々なタンパク質を処理できなくなることで、老化に伴う海馬の神経活動が低下するが、この異常はCD22に対する抗体で正常化することができるというシナリオだ。
CD22に対する抗体はすでにリンパ性白血病の治療に用いられており、明日からでも治験ができそうだが、B細胞への影響を考えると、やはり脳内への持続注入が安全だろう。これがヒトで可能か、そう簡単ではないような気がする。本当は、なぜCD22が老化とともに発現するのかを明らかにして、それを標的にしたほうがいいような気がする。