カテゴリ:論文ウォッチ
7月21日:腸内細菌と直腸がん(7月17日号Cell誌掲載論文)
2014年7月21日
直腸がんでも他のがんと同じようにrasやp53の変異が見られるが、直腸がんに特徴的な変異もある。その筆頭がAPCと呼ばれる遺伝子だ。生まれつきこの遺伝子の機能が阻害されている方では、腸に多数のポリプが出来る。もう一つ、比較的大腸がんによく見られる変異として知られるのが、DNAのミスマッチ修復(DNAが複製されるときの間違いを直す修復機構)に関わる、MSH2、MLH1などの変異で、ミスマッチ修復分子とAPCの遺伝子変異は実に5割以上の患者さんに見られる。実際、両方の遺伝子に変異を持つモデルマウスでは、多発性ポリプが起こり、直腸がんの頻度も格段に上がる。私自身は、ミスマッチ修復がうまく行かないことで突然変異が増えてガンになると単純に思っていた。しかし今日紹介する論文はMSH2遺伝子が直腸がん発生に予想外の方法で関わることを示しており、発ガン過程が一筋縄でいかないことを再確認した。7月17日号Cell誌に掲載されたトロント大学からの論文で、「Gut microbial metabolism drives transformation of Msh2-deficient colon epithelial cells (Msh2を欠損した大腸上皮は腸内細菌の代謝物によりガンに転換する)」がタイトルだ。元々このグループは。腸内細菌が発ガンに関わる可能性について研究している。ただ、APC遺伝子のみ変異があるマウスで腸内細菌叢を変化させても、ポリプやガンの発生に影響がない。そこでこのAPCとMSH2両方の遺伝子の機能が阻害されたマウスを用いて調べると、今度は腸内細菌の関与がはっきり認められ、抗生物質で腸内細菌を除去するとポリプの数は減少し、がん発生もMSH2変異がないグループと同じ程度まで低下する。即ち、MSH2遺伝子欠損の発ガンへの影響はこれまで考えられて来たように突然変異が上昇するためではなく、腸内細菌を介して上皮細胞の増殖が上昇するためであることがわかった。次いでこの現象の分子基盤を研究し、腸内細菌が炭水化物を処理する際に代謝物ブチル酸が腸管で造られ、それがMSH2の欠損した上皮細胞に働くと、βカテニンと呼ばれる腸上皮細胞の増殖に必須分子が活性化し、この結果上皮細胞の異常増殖が誘導され、ガンになることを明らかにしている。なぜこれまでんミスマッチ修復酵素として知られて来た分子欠損が、細菌代謝物ブチル酸に依存した細胞増殖につながるかなど、まだ完全に解明できていない部分もある。しかし、MSH2遺伝子欠損が大腸がんに多い理由や、食生活が欧米型になることでなぜ大腸がんが増えるのかなど幾つかの疑問に答えてくれる面白い研究だった。ブチル酸を造る菌は特定出来ている様なので、これらの細菌を特異的に除去することで、大腸がんの発症率を大きく下げることが出来るようになるかもしれない。ヒトでも同じ事が言えるのか、是非研究を発展させて欲しい。
7月20日:糖尿病にFGF(Natureオンライン版掲載論文)
2014年7月20日
糖尿病の中に、インシュリンは分泌されても骨格筋などの組織がそれに反応しないため血糖が低下しないインシュリン抵抗性の糖尿病がある。脂肪形成に関わる核内受容体PPARγ分子がこの過程に関わることが明らかにされてから、この分子に対する標的薬が,最初我が国主導で開発され、一時次世代の糖尿薬としてもてはやされた。しかしその後様々な副作用が明らかになり、現在はほとんど使用されなくなっている。例えば武田薬品のアクトスは同社の稼ぎ頭として大きく貢献した。しかし膀胱がん誘発の危険があることを指摘され、またそれを同社が隠していたとしてルイジアナ州連邦裁判所が賠償支払いを最近命じるなど、副作用を巡って暗雲が立ちこめている。ただ、PPARγ研究をリードして来たエバンスさん達にとっては残念な結果だったに違いない。この分子を活性化する薬が間違いなくインシュリン抵抗性を改善できるなら、この分子の下流で働くよりインシュリン感受性に特異的な分子を見つけて、同じ効果を得られないか調べたのが今日紹介するソーク研究所、エバンスさん達の論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Endocrinization of FGF1 produces a neomorphic and potent insulin sensitizer(ホルモン化したFGF1は新しいタイプの効果の高いインシュリン感受性増強を誘導する)」だ。この研究では、FGF1分子をノックアウトすると強いインシュリン抵抗性が出ること、またFGF1分子の発現がPPARγ分子により調節されているという2つの結果から、PPARγによるインシュリン感受性上昇がFGF1によるのではないかと仮説を立て、FGF1投与でインシュリン感受性を上昇させ糖尿病を防げないか検討している。結果は予想通りで、高カロリー食により誘導した肥満マウスや、遺伝的な肥満マウス、糖尿病マウスの全てでインシュリン感受性を上昇させ、血中グルコースを低化させることに成功している。元々FGF1は様々な細胞を活性化することが知られており、副作用が心配される。ただ増殖因子として働くときはヘパラン硫酸と結合することが必要で、遺伝子工学的に造らせホルモン化したFGF1にはその作用が低いと期待される。これを確認するため、長期投与実験を行い副作用を調べているが、マウスモデルではPPARγ刺激剤などで見られた副作用は認めていないと言う結果だ。基礎研究の応用段階で転んでも、そのままあきらめなずにもう一度基礎に帰ってやり直す、絵に描いた様な研究で、臨床応用も期待できる。更にFGF1遺伝子を遺伝子工学的に短くして、増殖因子活性を弱めた分子は、より強いインシュリン感受性上昇を引き起こすことを示している。エバンスさんは核内受容体研究のリーダーとして世界を引っ張って来た大御所だが、大御所の粘りを感じる研究だった。
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7月19日:通院を減らす工夫(7月16日アメリカ医師会雑誌)
2014年7月19日
症状の中でも痛みは厄介だ。持続的に続くだけでなく、時間によって大きく変化する。その度に何が起こったのか不安が深まる。最終的にモルフィネの使用に至るまで様々な鎮痛剤が開発されているが、不安になると医師の一言に頼りたくなる。実際症状を聞いてもらって対応してもらうと、精神的にも少し痛みも緩和することを多くの人は経験していると思う。私も若い時尿道結石の痛みに襲われたとき、尿中に潜血を認めて尿道結石であることがわかると、痛みがずいぶん楽になったことを覚えている。今日紹介する論文は、局所、全身を問わず慢性の筋肉や骨格の痛みを訴える患者さんの痛みに対して、自動電話やインターネットで対応できないか調べたインディアナ大学医学部の研究で、7月16日号アメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは、「Telecare collaborative management of chronic pain in primary care: a randomized clinical trial(一次医療機関に通院する患者の慢性的痛みを通院なしに協調して治療する)」。研究は慢性の筋骨格痛に悩む患者さん250人を無作為に2群にわけて、これまで通り開業医さんに通院して治療を受ける群と、定期的な電話やインターネットの聞き取りを受ける群に分けた。後者は、最初の1ヶ月は毎週、次の3ヶ月は2週間に一回、そして残りの8ヶ月は月一回、自動応答電話かインターネットを用いて痛みや、他の症状、不安感など22項目にわたる質問に答える。この結果は、医師と看護婦さんのチームが検討し、得られた結果に応じて鎮痛剤を選び処方する。同時に、大きな変化があった場合は看護婦さんが電話で話を聞いて突発的な問題が発生していないか調べる体制をとっている。1、3、6、12ヶ月目にインタビューを行い痛みの改善度、治療に対する満足度などを調べている。結果はかなり劇的で、普通の通院治療を受けていた群と比べて、BPIと呼ばれる指標(治療前は5.3程度が、遠隔ケアを受けたグループでは3.57に低下したのに対し、対照群では4.59にとどまっている。なによりも、満足度が高く8割の患者さんがサービスに満足している。他にも、看護婦さんの電話も痛みの緩和に役立つようだ。きめ細かくケアしているようだが、選んだ薬剤にはそれほど大きな差がないことから、精神的なケアも大きいことがわかる。この治験のポイントは、痛みと言う症状に対し、遠隔ケアを用いることで、チームによる一元的対応が可能になっている点だ。症状に痛みの占める割合は高く、医師に対する不満足の大きな原因になる。自動応答やインターネットでも定期的に自分の症状を聞いてもらい、それに対して医療側からリスポンスがあることで大きな満足が得られることは、高齢・過疎化の進む我が国にも参考になると思う。とは言え、我が国でこの様な治療を行おうとすると、遠隔の聞き取り、看護婦さんのコールなどを治療として認定し、通院しないことをインセンティブとして診療報酬システムに組み込んで行く必要がある。その時、この様な痛みの遠隔緩和ケアを、一元的対応と遠隔ケア導入のための例題として取り組んでみる価値は大きいと思う。日本医師会の理解も必要だ。
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7月18日バイオペースメーカー(7月16日Science Translational Research掲載論文)
2014年7月18日
神戸市の企業誘致を手伝うため、世界のペースメーカーの6−7割を占めるメドトロニック本社を訪れたことがある。その時、埋め込み式ペースメーカーで将来他社に遅れをとるとは思わないが、もしペースメーカー細胞移植や遺伝子治療でペースメーカーが再生することになれば、太刀打ちできないのでこの分野の研究にも力を入れていると聞いた。破壊の上にイノベーションが起こることをよくわかっている会社だと感心したことがある。この時の会話が現実になりそうな前臨床研究が7月16日Science Translational Researchに発表された。Cedar-Sinai心臓研究所からの仕事で、「Biological pacemaker created by minimally invasive somatic reprogramming in pigs with complete heart block (完全房室ブロックブタのペースメーカーを最小限のリプログラミングで誘導する)」だ。このグループはTbx18と呼ばれる転写因子遺伝子を導入するだけの単純な方法で、心筋がペースメーカーに変化することを昨年発表していた。今回の研究はその延長で、ヒトへの応用に向け完全房室ブロックを実験的に引き起こしたブタにNOGAと呼ばれる機器を用いてアデノビールスベクターに組み込んだTbx18を右室上部後方に注入しペースメーカーが回復するか、またその機能は正常ペースメーカーと比べた時遜色がないか調べている。最初の前臨床研究としては結果は期待以上だろう。遺伝子導入2日目からペースメーカーが誘導され、自律神経による支配や、運動負荷などに対する反応などほぼ正常のペースメーカーと遜色ない機能を発揮する。また心配された不整脈を発生させると言うこともないようだ。他にもビールスはほとんど心筋に導入され、他臓器に遺伝子が導入される程度は極めて低い。問題はこうして誘導されたペースメーカーの機能は8日目がピークで、その後低下し始めることだ。即ち本当の意味でリプログラムされたわけではなく、導入した遺伝子が働いている時だけ機能を発揮する点だ。この細胞をiSANと呼んでいるが少し誇大広告気味と言わざるをえない。しかし、一つの遺伝子を導入するだけでこの位の効果があるなら、より安定な遺伝子導入法もあるだろう。このグループは短期的効果を逆利用して、感染などにより一度ペースメーカーを外す必要が出た患者さんに先ず利用しようと計画している。論文の調子から見て、臨床研究は近い予感がする。
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7月17日:捏造に刑事罰を?(7月号British Medical Journal記事)
2014年7月17日
もちろん小保方問題に触発された企画ではないと思うが、7月号のBritish Medical Journalに論文捏造に刑事罰を科すべきかどうかについて識者の賛成と反対の意見が出ていた。賛成意見を述べているのはトロント小児病院のBhuttaさん、反対意見はオタゴ大学内科のCraneさんだ。是非紹介したいと思ったのは何よりも両方の意見がこれまでの捏造についての包括的知識に基づいて述べられている点で、決して一つの事件を巡って議論が行われているわけではない点だ。どうしたら知識が得られるのか?実際には捏造に関して多くの論文やレポートが出ている。誰でも手にすることが出来るはずで、我が国でこの問題を真剣に議論しようと考えている皆さんはこの記事に引用されている文献に目を通して欲しい。とはいえ、かく言う私もこの問題が起こるまでは捏造問題を考えたことはなかった。ただ今回の問題を考える意味で、最近になって例えば優秀(に見える?)若者が主役になった点ではよく類似している大阪大学医学部での捏造事件の資料を集めたりし始めた所に、この記事を目にした。この2人の意見を読んで先ず驚いたのは、1977年まで論文撤回が一回もなかったこと、その後撤回された論文は2400に及び、大体20000編の論文の内1編は撤回されることだ。しかし2000年に入って撤回論文数はうなぎ上りで、1970年代の10倍には達しているようだ。これは撤回論文の話で、捏造になるとその数は10倍になるのではないだろうか?はっきり根拠はないが、研究者に本音の調査を行ったFanelliさんの調査では、2%の研究者がデータを加工した経験があると言っており、捏造データの数はもっと多いかもしれない。実際3月14日ここで紹介した治験論文の9割で何らかの間違いがあることを知ると、この分野の論文をどう信用していいのか途方に暮れる。しかし、電子媒体のなかった私たちの頃でも、顕微鏡像を出す時どうしてもきれいな写真を探したことは間違いがない。調査によって、捏造が日常茶飯事になっていることを理解した上で、Bhuttaさんは、捏造が患者さんや社会の大きな損失につながる以上、刑事罰を科すべきと論じる。ここで問題にされたのは、3種混合ワクチンが自閉症の原因になると言う研究や、鬱病の薬剤でGSKが副作用を隠した例を挙げている。そして、捏造を起こした人達のその後を調べると、多くは復権を果たしており、その結果捏造リスクは低いと勘違いしてしまうことを指摘している。いずれにせよ、刑事罰にすることでどのケースにも一定の基準が適応できると言うわけだ。実際、阪大のケースと、東大分生研のケースではペナルティーの重さが全く違う。この様な差は一般には受け入れ難いだろ。飲酒運転と公務員処分に関してコンセンサスを得た時の様な一律のルールを造ることが必要だと思う。一方Craneさんは、刑事罰を科するのは間違っていると論じている。理由は明確ではないのですこしまとめにくい。強いて言えば、捏造は余りにも日常茶飯事で、患者さんの命に関わる例から、ほとんど個人的な事件まで多様で、法律を造るのは不可能だとしている。そして例として、筑波大学医学部・東邦大学の麻酔科に勤務していた藤井医師が172編の論文を撤回した話に触れている。即ち、論文がないと職を失うと言うプレッシャーで、術後の吐き気の数を書き換える様な小さな捏造の刑事罰をどう定義すればいいのかと問うている。最後に捏造問題が最近急増している理由は、研究社会の格差問題であることを指摘し、この問題に私たちは真剣に取り組むべきとしている。では私はどうかだが、Craneさんの意見に賛成だ。ただ、一元的に捏造に対処することは重要だ。その意味で、英国にはUK Research Integrity Office,米国にはUS Office of Research Integrityがあるが、この様な機関を我が国も活用すべきだと思う。しかし我が国ではどの部署がこの組織に当たるのだろう?
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7月16日:ゲノム・友情の絆(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)
2014年7月16日
「え!ウソ!」と思わず首を傾げたくなる論文だ。今日紹介するエール大学からの論文のタイトルは「Friendship and natural selection(友情と自然選択)」で、私たちが友情を感じる相手を決める行為に遺伝的影響があることを示す研究だ。驚くことに、これまでも友人を選ぶ時遺伝的相性があることを示す研究があったようだ。しかしこの研究ではGWASとして知られる全ゲノムレベルの多型を調べて特定の形質との相関を見る方法を用いている点で、一部の遺伝子にだけ着目したこれまでの仕事とは異なる。研究では、心臓疾患と遺伝子の関係を調べる目的で行われた約50万の一塩基多型(SNP)検査を受けた約1900人の中から、友人関係にある組み合わせと、そうでない組み合わせを選び出し、友人を選ぶ時遺伝的な相性を自然に選んでいるのかどうかを調べている。結果はイエスで、全SNPを含んだ計算から得られる相性が優位に友人同士で高い。さらに、個々のSNPの類似性について見てみると、友人同士は似たSNPは特に類似性が高く、離れているSNPではより違いが際立っていることがわかった。平たく言うと、友人同士だと、似ている部分も似ていない部分も極端にはっきりすると言う結果だ。このよく似ているSNPがどの遺伝子に相応するかを調べると、臭いに関わる遺伝子が集まっている。逆に似ていないを方を調べると、免疫関係の遺伝子が集まっている。言って見れば臭いで友人を選び、免疫では補い合うと言うよく出来たシナリオだ。更に計算を繰り返し、これらの相性の遺伝子群は進化としては新しい形質だとまで結論している。面白い結論だが、後は信じるかどうかだけだ。この論文を読んで最初に頭に浮かんだのは、もしこんな論文の査読をするはめになったらどうするかという疑問だ。データはチェックするには大きすぎるし、数理とは元々合理性を確かめることが目的で、仮説に影響されるためなかなか妥当性がないとは指摘しにくい。実際には、これが実社会にどのような効果を及ぼすかと言う実体部分がないと本当の評価は難しい。おそらく掲載するかどうかの判断に迷うだろう。ただ間違いなく「自然選択」だという結論には反論するだろう。というのも、この研究で選ばれた友達同士のグループ自体多様なはずだ。従って、友人として選ばれても、選ばれなくても結局多様な集団はそのまま残るはずだ。選択のしようがない。まあ、この部分について改訂を求めて掲載を許可するだろうなと思った。しかしはっきり言ってふざけた仕事だ。ではなぜ掲載を許可するかと言うと、ゲノムと社会の関係を先取りしているように見えるからだ。このホームページも含めて、ゲノムと言うと健康や医学に役に立つと宣伝される。しかし、私はもっと違った、おそらく文明的意味があるはずだと思う。私の親世代まで、自分のゲノムを調べることは出来なかった。死ねば火葬場であらゆる情報とともにこの世から消える。しかし、これからはゲノムも含めて情報だけはこの世に残る。もちろん残したくないと思えば消せば良い。親世代に全く不可能だったことの実現がそこまで来ているのだ。ゲノムを比べ合って相性を見る。まじめにやると困るが、そんなゲームで遊ぶ時代が来るのは大歓迎だ。
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7月15日:オランダ人のルーツ(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)
2014年7月15日
私たちはともするとヨーロッパをひとくくりにしたがるが、ワールドカップサッカーを見ていると、ヨーロッパからのチームは体型や顔だって一様でないのがわかる。歴史を見ても、ローマに支配され、その後神聖ローマ帝国が支配すると言ったように、最も権力のある体制だけを見てしまうが、これでは各地域の住民の歴史は消えてしまう。ましてや、記録のない紀元前の話になると、これまでの歴史学では太刀打ちできず、一足飛びに考古学の領域になってしまう。ヒトゲノム解読以降、このギャップをゲノムによって埋める研究が急速に進んでいる。今日紹介する論文は、明確にオランダ人の祖先を持つと考えられる人769人について全ゲノム解読を行い、オランダ人とは何かを明らかにしようと全オランダのゲノム研究者が協力して進めた研究で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Whole-genome sequence variation, population structure and demographic history of the Dutch population(オランダ人の全ゲノム配列上の多様性、集団構造、人口動態の歴史)」だ。このプロジェクトでは250組の家族が選ばれ、トリオ解析、即ち両親と子供の全ゲノムを解読している。プロジェクトがよく設計されていると思うのは、トリオだけでなく、子供が一卵性双生児の場合、あるいは2卵生双生児の場合も選ぶことで、様々な問題に答えが出るように計画されている点だ。この結果、ヨーロッパの中でもオランダ人集団は確かに独自の遺伝的集団を形成していることがわかる。これほどの数を調べることで、多くのオランダ人が持つ特有の遺伝子、即ちオランダ人の祖先から受け継いでいる部分からごく最近の変異までを時代別に特定することが出来る。驚くことに、小さなオランダでも北から南にかけて遺伝的多様性が緩やかな勾配を持って変化しており、集団間の移動に文化的・地理的な制限が生まれていることを見ることが出来る。とは言っても、地理的に大きな集団移動を強いられることもある。オランダでは紀元前5000年から紀元前50年までの約5000年間に、海岸線の位置の大きな消退が繰り返され、それに伴って北の海岸から中心部への移動が繰り返されたことがゲノムから読み解ける。だが、なぜ人口2000万に満たないオランダがどうしてサッカーがあんなに強いのかを知りたいといった理由がない限り、遠いオランダのことだ、知ったことでないと思われるだろう。しかしこの論文のもう一つの目的は、現在個人サービスが始まっている一塩基多型アレーを用いたゲノム解析サービスの精度を上げることだ。例えば、親と子の違いのほとんどは父親の精子に蓄積する多型で、20−70の変異が新しく子供に現れることや、地域特異的な共通性をカタログ化することで、多型による遺伝子予測の精度が格段に上がることが示されている。もちろん1000人ゲノム計画を始めとする国際的なデータベースは利用できるが、地域について、しかも親子のデータを集めたデータベースは、比べ物にならないくらい役に立つことが示されている。翻って我が国を見ると、様々な企業が遺伝子解析サービスに名乗りを上げている。しかし、この論文からわかることは日本人とは遺伝的に何かについての信頼できる全ゲノム配列解析レベルのパネルがないと、これらのサービスの予測精度を挙げることは出来ないことだ。また全ゲノム配列解析と言うと、東北バイオバンクがあるが、その解釈にも、北から南まで日本人とは何かを知るためのよく計画されたデータベース作りが欠かせないはずだ。しかし文科省などのサイトから見る限り、全国のゲノム研究者が集まって日本人とは何かを調べているプロジェクトはなさそうだ(間違っていたら指摘して欲しい)。何かちぐはぐな印象を受ける。ゲノムから新しいビジネスや文化を生み出すことを真剣に考えるなら、日本人と日本をゲノムから読み解くことが重要だ。
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7月14日:科学界の格差問題(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)
2014年7月14日
理研の顧問も辞めて自由になったのだからもっと発言して欲しいと促される。もちろんそのつもりだが、自分の思いつきをちょっと話して、「いいね」をもらえば済むこととは思っていない。私は今回の問題を、1)マスメディアの情報だけに依存して独自の情報源を持たない政治家や役人による科学行政、2)論文を読まずプレス発表を鵜呑みにして報道するメディア、3)そして連帯感のない格差社会を最終的に求めて来た科学者の3者が作り上げた構造問題ではないかと感じている。そして科学界の格差は、自分は正しく他人は間違っていると主張して、相対的に物事を考えない大部分の科学者により支えられていると感じている。しかしこれは全て私の思いつきで、作り話にすぎない。従って、この仮説が正しいか、よく調べて行く必要がある。思い返すと、リーマンショックが起こった時個人の責任追及を含めて、メディアは責任追及の先頭に立った。しかしそんな嵐の中でも、しっかりとショックに至った構造問題の冷静な分析が行われ、5年位してから多くの本が書かれている。私が読んだ本で言えばLuigi Zingalesさんと言うアメリカ在住のイタリア人経済学者の書いたA Capitalism for the Peopleと言う本はそんな一つだ。リーマンブラザーズを初めとした投資銀行と、政府の政策、その出先としてのファニー・メイやフレディ・マックといった政府系金融機関、そして勝ち抜け型の経済システムを持ち上げたメディア、学会誌、これらが持たれ合って全く罪悪感なしにデータの捏造を行い庶民の資産を吸い上げて行ったのかがよく分析されている。以前触れたThomas Pikettyレポートもその一つだ。これらの分析の重要性はどうすれば構造を変えられるかについて提言まで至っていることだ。小保方問題でどこからも前向きの提案が出てこないのは、この構造についての分析が本当は出来ていないからだ。とは言え、8月1日には経営コンサルタントの波頭亮さんと対談するつもりだ。少しづつ調べたことを基礎に、前向きの提案はして行きたい。前置きが長くなったが、科学界のもう一つの構造的格差は男女格差だろう。私も現役の時、採用時に女性を優遇するしかないと考えて来たが、我が国の状況ははっきり言って未開国と言えるだろう。事実途上国を含め外国でセミナーをしても、女性が多いのに気づく。一度ポルトガルのG研究所で1週間集中講義をしたが、その受講生20人中19人が女性だった。ただ私が進んでいると思っている欧米各国もこの構造問題を追及する手を緩めていないようだ。今日紹介するアメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載されたボストンにある研究所からの論文は、アメリカ生命科学界における男女格差の構造的問題を調査している。タイトルは「Elite male faculty in the life science employ fewer women(男性エリート教授は女性をあまり雇用しない)」だ。まさにタイトルが示すように、これまでのジェンダーギャップについての一般的調査ではなく、エリート、即ち勝ち抜け研究者の女性差別について調べている。確かにアメリカの会議に出ると、女性が活躍している点では我が国は足下にも及ばないことを感じる。事実大学院生の数で見るとアメリカはほぼ男女同数だ。しかし、ポスドク、テニアポジションと地位が上がって行くと女性の数は減り始める。それでも大学や研究所でファカルティーと呼ばれる地位に就く女性は全体の3割いる。また、エリート研究者に与えられるハワードヒューズ財団助成金も、約3割に与えられており、アメリカ生命科学界の女性シェアはほぼあらゆる分野で3割を超えるようになっている。ただ確かに、フルプロフェッサーや、アカデミー会員、ノーベル賞やラスカー賞など大きな賞の受賞者を見ると、2割前後に低下する。これも時間が解決すると考える向きもあるが、この研究では、このギャップを発生させるパイプラインの漏れを更に追求している。そして「漏れ」の原因になる一つの要因が、男性エリート研究者の研究室では女性の雇用が少ないという事実を見つけ出した。女性エリート研究者にはこの様な傾向は見られない。重要なことは、アメリカでも次世代のファカルティーはエリート研究室から排出される確率が高いことだ。とすると構造的に格差は維持されるか場合によっては拡大すると言う結論だ。そして、結果男女格差構造はこの雇用部分を意識的に変えることでしか変わらないと言う提言を行っている。たいした調査ではない。しかし構造を分析して提言する健全さを見習うべきだろう。
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7月13日:ウズラの第3の目(Current Biology7月7日号掲載論文)
2014年7月13日
現役を退いてから医学・生物学全般に「物知り」になろうと努力しているが、知らないことは沢山ある。日照時間に合わせた毎日のリズムを作るために鳥類では松果体に光を感じる細胞があることは知っていたが、これとは別に季節を感じるための光受容体を他の場所に持っていて、甲状腺刺激ホルモンを介して生殖行動を支配しているらしい。このことは1935年から知られているようで、当時の研究ではガチョウの頭を黒い布で覆って光が感知されていることを確認している。他にも、雀の頭皮に墨を注射すると言う想像力に満ちた研究も行われており、この分野では当たり前のことだったようだ。今日紹介する論文は名古屋大学の吉村さん達の研究で、この反応にこれまで同定されていた短波長の光に感受性のある色素OPN5を発現している細胞が関わっていることを証明した研究で、Current Biology7月号に掲載された。この号の表紙は、国会図書館から借りて来たウズラの美しい日本画を使っており、人目を引く。タイトルは「Intrinsic photosensitivity of a deep brain photoreceptor(脳幹部の光受容体はそれ自身で光感受性を持つ)」だ。元々吉村さん達はOPN5に注目して研究を続けていたようだ。この研究はその延長で、OPN5を発現している細胞が光に反応する細胞か、この分子が光による甲状腺刺激ホルモン分泌に関わるかを調べた研究だ。先ずパッチクランプと呼ばれる一個の神経細胞の活動を調べる方法で、確かに光に反応して興奮することを明らかした上で、次にOPN5の遺伝子発現を局所的に押さえると、光刺激に反応した甲状腺刺激ホルモンの分泌が少し低下することを示している。結果はこれだけの短い論文だが、季節の移り変わりがはっきりした日本のウズラについての仕事だと思うと、勉強をした気持ちになる。しかし本当に光が届くのかと心配にもなるが、よく考えればどんな鳥も頭は小さい。十分届くのだろう。6月22日黒いカラスと灰色のカラスの話を紹介した。1935年の実験で黒い布がこの細胞の活性を抑制するなら、この細胞の活性をこの2種類のカラスで調べれば面白いだろうな?季節のない赤道付近の鳥は?などと連想は果てしない。
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7月12日血液に流れる乳がん細胞を利用し尽くす(7月11日号Science誌掲載論文)
2014年7月12日
最近乳がんのことで相談されることが多く、気になって論文を他の分野より詳しく読むことが多くなった。そして実感するのは、研究が急速に進展していることだ。何年か前、友人で細胞学者のNさんから奥さんの乳がん転移がみつかり、どう対応すべきか相談されたことがある。東京新橋の地下にあるワインバーだったが、当時は全く知識を持ち合わせず根拠のない励ましの言葉をつぶやくのが関の山だった。しかし今なら知識はある。お金はかかるが、日本がだめならアメリカだってある。もっと具体的なアドバイスが出来る様な気がする。特に今注目しているのがCTC(循環腫瘍細胞)だ。5月18日初診時の乳がん患者さんの血中にすでにがん細胞が流れており、それを定量的に数えることが出来ることを紹介した。さらに6月15日、肺小細胞性未分化ガンを抹消血から取り出して、マウスの中で増やす技術についても紹介した。抹消血から完全ながん細胞が分離できることは恐ろしいことだが、裏を返せば戦う相手を捕まえて調べることが出来ることを意味する。今日紹介するマサチューセッツ総合病院・ハーバード大学の論文は抹消血から乳がんを回収して、試験管内で増殖させる方法の開発を目指した研究だ。研究には抹消血中にがん細胞が流れていることが確認されている転移乳がんの患者さんが選ばれている。がん細胞はこのグループが独自で開発したミクロ流体工学デバイスを用いている。この方法は製品化されてはいないが、前回紹介したCTC採取法と比べるとコストは安そうだ。研究のハイライトはこのがん細胞の培養法を開発したことだ。3次元培養法でほぼ無限に培養できるが、樹立できる確率は36例中6例だった。一旦培養が出来ると、試験管内の薬剤感受性検定など様々なテストに使うことが出来る。また、マウスの中でも増やすことが出来るようだ。成功率はまだ2割を切っているが、必ず培養法は改善される。マウスであれば、正常乳腺上皮や腸管の幹細胞を1個から増やすことが出来る。おそらく、培養に用いるサイトカインとともに、幹細胞を見つけて、あるいは幹細胞へと戻してから培養する方法などが開発され、近い将来転移がんであれば末梢血から取り出して、薬が効くかどうかを調べることが出来るようになるはずだ。我が国の現状から見てうらやましいと思ったのはマサチューセッツ総合病院ではルーチンに25遺伝子、100種類の突然変異についてテストが終わっていることだ。この程度のことは日本でも出来るようにするのが重要だろう。抹消血から腫瘍が培養できると、更に詳しい検査が可能になる。1000種類の突然変異を補足して次世代シークエンサーで配列を決める方法を用いて転移性を獲得する過程で起こって来た突然変異について詳しく調べている。専門的になるのでこの説明は省くが、この結果に基づいて様々な薬剤をテストし、新しい転移がんの治療法が見つからないか調べている。その結果、試験管内での転移がん細胞の性質から考えられる3−4種類の新しい薬剤を提案することが出来ている。もちろんこのお薬を患者さんに使ったのかどうかはわからない。しかし自分のガンを知って戦うことが間違いなく可能になっていることを実感する。これからは友人に聞かれてもエビデンスに基づいて励ますことが出来ると思うが、我が国でも最新のエビデンスに基づいてがんと戦える日が来るよう支援したい。
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