6月30日:魚の発電装置(6月27日号Science誌掲載論文)
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6月30日:魚の発電装置(6月27日号Science誌掲載論文)

2014年6月30日
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電気ウナギ、電気ナマズ、しびれエイは知っていたが、今日紹介する論文を読むまで魚類の発電機構が進化上で6回も独立に発生しているとは知らなかった。事実しびれエイと電気ウナギは種として5億年前に分離している。6月27日号のScience誌にミシガン大学から発表された論文「Genomic basis for the convergent evolution of electric organ(電気装置進化のゲノム基盤)」は、この独立した進化にメカニズムの共通性があるかどうかを調べている。研究では、先ず電気ウナギの全ゲノム解析を行い、ゲノム遺伝子構成について決めている。この結果に基づき、次に発電を行うelectrocyteと呼ばれる細胞が集まる発電装置特異的に発現している遺伝子を、電気ウナギ3種及び電気ナマズ、elephant fishで網羅的に調べている。全ての種で電気装置は筋肉が変化して起こる。6回も独立して筋肉細胞から進化することから考えると、電気装置の進化に共通の分子機構があることが予想される。予想通り、ほとんどの電気装置で発現が変化する遺伝子は共通だ。この研究から見えるシナリオは次の様なものだ。先ず筋肉分化の早い段階で筋肉への分化を抑制する転写ネットワークが生まれる。こうして出来た特殊な細胞に絶縁のための特殊コラーゲン、電気を貯めるための電圧依存性のイオンチャンネルの発現が上昇し、電池としての機能を構成する。平行して筋繊維の収縮に関わるカルシウムチャンネルを抑制し、電池細胞自体に形態の変化が起こらないようにする。さらに、インシュリン様増殖因子発現を上昇させ細胞のサイズを増大させ、電池機能を高める。よく出来たシナリオだと感心する。とは言ってもかなり複雑な過程が進まないと電池は出来ないようだ。これら分子発現の変化をもたらすゲノム上の変化は何か、これらのプロセスはどの順番で起こったのか、何が選択圧として働いたのか、疑問は尽きない。しかし次世代シークエンサーが確かに時代を変えている。もうすぐ日本進化学会が高槻で行われるが、我が国でこのツールがどれほどの拡がりを見せているのか調べてみたい。
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6月29日:耳鳴りの効用(Brain Research7月号掲載論文)

2014年6月29日
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実を言うと熊本大学にいた1990年前後から耳鳴りが始まり現在に至っている。といっても結局は耳鼻科に相談することもなく、現在まで放置して来た。ただ少しずつ聴力も低下を続け、今年はじめに補聴器を買うはめになった。考えてみると、40歳に入ってすぐからこの耳鳴りとつき合っていることになるが。持続的にキーンと言う音がする割には、コンサートも楽しんでいるし、眠りが妨げられるわけでもなく、なんとか付き合える。たとえ末梢にある有毛細胞の異常で音が発生しているとしても、聴覚中枢に連結するネットワークがなんとかバランスをとって気にならないようにしているのだろうと一人で納得して来た。生物学的には面白い現象のはずだが、この一年いろんな論文に目を通して来たが、耳鳴りについての研究を読んだのは今日紹介するイリノイ大学の研究が初めてだ。タイトルは「Alteration of emotional processing system may underlie preserved rapid reaction time tinnitus(感情処理システムの変化が耳鳴り患者の反応時間の迅速性維持に関わる)」で、Brain Research7月号に掲載された。研究では、正常人、耳鳴り患者、耳鳴りはないが聴力障害のある患者さんに気持ちのいい音、不快な音、あるいは感情に影響のない音を聞かせて、それに対する反応を自覚的、あるいは機能的MRIを使って調べている。詳しいデータがわかりにくい表で示されており、しっかり数字と付き合う忍耐力はないので、本文と図を見た上で理解出来た範囲で紹介する。この研究で感情に影響する音を選んで反応を調べているのは耳鳴りに感情に関わる脳の辺縁系が関わっていることを示唆する研究が既に数多く発表されているためだ。ただ、これまでの研究は辺縁系の一つ扁桃体の活動が耳鳴で高まると報告されて来た。しかしこの結果はこの研究で調べられた中程度までの耳鳴り患者では確認されていない。代わりに、全ての例で海馬傍回と島皮質の活動が上昇していることが検出されている。異常な音が持続して聞こえるなら脳のどこかが興奮するのは当たり前と言わず、もう少し聞いて欲しい。この論文を読んで一番感銘を受けたのが、耳鳴りのおかげで、聴力障害があっても不快な音、快適な音などの感情に影響する音に対する反応が正常人と同じレベルに保たれていると言う結果だ。一方、耳鳴のない同じ程度の聴力障害患者では、同じ音に対する反応が低下している。もちろん耳鳴り患者さんにも聴力障害はあるので、感情への影響のない普通の音を聞かせると、聴力障害の影響がそのまま現れ、正常人と比べると反応が遅い。即ち、感情に影響する音に対しては、聴覚の低下を耳鳴りが補っていてくれると言う結果だ。これまで耳鳴りを悪い状態としてだけ見て来たが、効用もあるようだ。これを私流に都合良く解釈して終わる。耳鳴りのおかげで、聴力が落ちても音楽などの感情的な音に十分反応できる。耳鳴りのおかげで、海馬傍回、島皮質などに新しい回路が開発され、少々の刺激に耐える強さが身につく。おそらくこの結果、世間から聞こえるブンブンうなる雑音には影響されないようになる。耳鳴りはありがたい。
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6月28日:1000人のお母さんに聞く(Food Quality and Preference誌7月号掲載論文)

2014年6月28日
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実を言うとNPO活動の一環として日本の若いお母さん達にエビデンス(証拠)がしっかりした情報を提供できる仕組みを考えている。一方個人的には21世紀について本を書いており、ちょうど哲学・科学を問わず絶対的「真実」が存在しないことを率直に認めた英国のデビッド・ヒュームの哲学について書いている所だ。両方に共通なのは、科学的エビデンスとは何か?如何にすれば科学者社会から生まれるエビデンスを大衆が共有できる情報(コモンズ)にするか?と言う問題だが、この問題を考えるため本や論文に目を通しているうちたまたま目に留まったのが今日紹介するコーネル大学からの論文で、Food Quality and Preference誌7月号に掲載されている。タイトルは「Ingredient-based fears and avoidance:antecendents and antidotes(食品添加物に対する恐怖と忌避:バイアスと対抗手段)。」だ。日本ではあまり騒がれていないが、コーンシロップとして様々な食品に甘みをつけるため添加される異化性糖は健康に良くないと言う意見がアメリカではネットに溢れている。実際googleでhigh-fructose corn syrup(HFCS)を検索すると、トップ10には全てHFCSが健康を害すると言うサイトで占められる。HFCSはトウモロコシなどからのでんぷんをブドウ糖へと変換してから、甘みの強い果糖に変換したもので、欧州と比べるとアメリカの糖需要の大きな割合を占めるようになっている。危険か危険でないか、どちらの意見についても私自身でまだ調べていないので今日は論文の紹介だけに留める。この研究では約1000人の子供を持つお母さんから聞き取り調査をして、HFCS添加について心配しているグループとあまり気にしていないグループについて調査を行っている。結論は、1)HFCSを避けているお母さんはその危険を誇張して伝える傾向にある、2)HFCSを避けるお母さんの情報ソースはテレビよりインターネットで、それも自分で決めた結論を支持する意見をインターネット上で探す傾向にある、3)自分の属するグループ(レファレンスグループ)からの影響は部分的、4)不健康な食品に入っている添加物が問題のない食品にも添加されていると、その食品の評価が下がる、5)HFCSの歴史や一般的な使用について説明を受けると不安は和らぐ、の5項目にまとめられる。他にも、HFCS添加を懸念するお母さんの多くが糖全般の添加について心配していること、アメリカのHFCSが遺伝子組み換えトウモロコシを利用していることに対する懸念、などが背景にあることも指摘している。その上で、開発の歴史を含む正確な情報を常に開示するしか懸念に答えることは出来ないこと、そしてリスクを議論する時にはそのメリットも同時に議論する冷静さが必要であると提言している。一面だけを取り上げて議論したがるのは我が国も同じで、私たちも大いに参考になる調査だ。私が一番興味を持ったのは2番目の結論で、インターネットが自分の好きな意見を探すための情報ソースになっている点だ。これはインターネットを使って情報提供をしたいと思っている私には重大な警告になる。ヒュームのようにそれが人間だと言って済まさないため「さてどうするか?」まだまだ考えなければならないことは多い。
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6月27日:細菌ダイエット(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2014年6月27日
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昨年9月9日、このホームページで肥満と腸管の細菌叢に深い関係があり、細菌叢を変化させることで肥満を防ぐことが出来ることを示す論文を紹介した。最近のこの分野の進展は著しく、なぜ細菌叢の変化が代謝や食欲の変化につながるのか理解が急速に進展している。この進展を受けて、肥満のような生活習慣病に対して便移植による治療が行われていると聞く。この勢いを見ていると、いつか遺伝子操作を行った細菌を使ったダイエットが始まるのではという印象を持っていたが、案の定この可能性を試すバンダービルト大学の研究がJournal of Clinical Investigation誌に発表された。タイトルは「Incorporation of the therapeutically modified bacteria into gut microbiota inhibits obesity(治療目的で遺伝子操作したバクテリアを腸管細菌叢に導入すると肥満を阻止する)」だ。これまでの研究で、Nアセチルメタノラマイド(NAE)という代謝産物が食欲抑制効果を持つことが知られていた。この前駆物質(NAPE)は食事をとると合成が上昇する一方、高脂肪食をとると合成が低下することがわかっていた。この研究では、これを補うためNAPEを大量に合成できるよう大腸菌を改変し、マウスに投与して肥満予防効果があるか調べている。結果は、8週間水に混ぜてこの大腸菌を投与したマウスでは食欲が抑制され、高脂肪食をとらせても肥満にならないと言う結果だ。生きた大腸菌のおかげで、投与を止めても最低4週間は腸内細菌叢に住み着いて効果を発揮すると言う結果だ。また肥満のモデルマウスに投与すると体重増加を抑制できるので、遺伝的要因が疑われる肥満にも効果があると言う結果だ。この研究は全てマウスモデルで行われている。しかし予想通りの結果が得られており、前臨床研究としては期待できる結果だ。ではどのような条件が整えばこの様な治療の臨床研究が受け入れられるのか?遺伝子組み換え食物でも議論が続くことを考えると、ハードルは高い。今後他の病気に対しても腸内細菌叢を標的にする治療開発が進むはずだ。我が国でも早めの議論が必要だろう。
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6月26日:ポリプからがん(Nature Communicationsオンライン版掲載記事)

2014年6月26日
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「え?ポリプ?ポリープの間違いでは?」と言われそうなタイトルだ。英語で書くとポリプもポリープも同じpolypで、語源も同じだ。ただ混乱を避けるためか、ポリプについてはヒドラと呼ばれることが多い。ヒドラはギリシャ神話の怪物が語源で、これだと胃や腸に出来るポリープと区別できる。ポリプの再生の研究は古い。1740年代、トレンブリーが部分だけではなくポリプ全体が部分から再生することを示し、カソリックも巻き込んだ大騒動に発展する。おそらく当時発展途上にあった自然史思想の形成に大きく貢献したことは間違いがない。歴史はこの位にして、今日紹介する論文は再生力にすぐれ無性生殖でほぼ無限に生きることが可能なヒドラにもがんがあるかどうかについて研究しているキール大学からの研究で、Nature communicationsオンライン版に掲載された。タイトルは「Naturally occurring tumors in the basal metazoan Hydra(最も原始的後生動物ヒドラに自然発生する腫瘍)」だ。トレンブリーの時代と同じで、この研究はがんの本質を問うポテンシャルがある。先ず単細胞動物にがんが存在するかと考えると、原理的に考えにくい。当然個々の細胞と個体の運命が分離した多細胞体性が生まれて初めて、個体とは無関係に増殖するがんと言う概念が成立する。ヒドラは多細胞体性が成立した後の最も原始的な生物と言えることから、ヒドラにがんが存在するかどうかは面白い問題だ。このグループは私たちのがんの原因になるがん遺伝子がいつ進化するかを調べ、後生動物には既に存在することから、ヒドラにもがんがあっていいと探していたようだ。期待通り、形の変わったヒドラを見つけ調べてみると普通の細胞とは異なる細胞の塊が見つかったことからこの研究が始まっている。一体この細胞はどこまでがんなのか?増殖、細胞死、浸潤性、遺伝子発現、起源などを調べている。結論としては、がんの正体は雌の生殖細胞の分化が途中で止まったことで増殖が促進した異常細胞で、高い増殖能、細胞死の抑制、浸潤性、正常細胞の増殖抑制能などからがんと言っていい結果だ。しかしがんの根本問題を問うならもう少し深い議論をすべきだと言うのが私の印象だ。まず、遺伝子変異が起こっているのかどうかが明らかでない。現在がんの発生素地として必ず遺伝子の変異があると考えるのが普通だ。しかし、生殖細胞など元々増殖能の高い多能性の細胞は遺伝子変異がなくても腫瘍形成能を示す。ES,iPSなどがテラトーマを造るのがその例で、この場合ゲノムの変異はない。そう考えると、ヒドラの腫瘍がどちらに属すのか、もう少し楽しい議論をして欲しいと思う。事実生殖細胞由来と言うのは意味深だ。多能性と腫瘍性、今大流行りの問題のルーツがここにあるかもしれない。ただ、がんを考えることで個体と細胞との関係が見えてくる。その意味でも、原始的動物でのがんの研究は重要だ。
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6月25日:食道がんの発生までの遺伝子変化(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2014年6月25日
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食道がんになったと言う話を周りでよく聞く。皮膚と比べても、食道は毎日の食事の入り口として常に強い刺激を受け続け、下からは胃酸など消化液の刺激にも耐え続ける必要がある。事実、慢性的な刺激と食道がんとの関係は古くから調べられており、奈良の茶粥と食道がんなどはその例だ。このことから、最終的な食道がんが出来るまでに、刺激に反応する前癌状態から始まる長い過程があると考えられていた。その代表が、バレット食道と言われる状態で、通常は表皮の様な構造をした食道粘膜が腸の様な上皮に変わる状態だ。今日紹介する論文はこの前癌状態、更に進行した高度の異型細胞形成、そして食道がんまでの過程で起こる遺伝子の変化を調べた研究で、ケンブリッジ大学を中心とした英国グループから報告されている。タイトルは「Ordering of mutation in preinvasive disease stages of esophageal carcinogenesis(前癌状態から食道がんまでのがん発生過程の突然変異の順序)」だ。食道がんのゲノム解析はこれまでも報告されているが、この研究でも先ず22例の食道がんの全ゲノム解析を行い、正常細胞とどこが違うのかを確認している。この中から食道がんで頻度が高い遺伝子変異をリストし、バレット食道細胞と食道がんでこれら遺伝子の変異に特定の違いがあるか調べている。先に述べたように、食道がんは刺激からがん化まで段階的に進むがんの典型と考えられている。しかし遺伝子で見ると、全く予想に反してp53,SMADと呼ばれる遺伝子以外の変異は全て前癌状態から見られることが明らかになった。前癌状態とがんの間に位置すると思われる異型性が強くなったバレット食道を比べると、異型性の低いバレット食道には見られなかったp53遺伝子が先ず変異を起こすことで、異型性の強い細胞が生まれ、そこにSMAD4と言う遺伝子の変異が重なると食道がんへと段階的に発展することが明らかになった。この遺伝子の変異パターンから、バレット食道状態は、一般的にがんに必須と言われる細胞増殖を促進するドライバー遺伝子により誘発され、そこに細胞死を抑制するp53が加わることで悪性への転換が進むようだ。重要なのは、細胞増殖促進と細胞死の抑制と言うがん化に必要な基本過程はバレット食道の段階で全て終わっている点だ。とすると、バレット食道の早期診断が重要になるが、この研究では食道全域から細胞をまんべんなく集めてくる食道スポンジと言う技術を開発し、内視鏡では見落とされる悪性化が始まったバレット食道細胞を早期に発見できないか調べ、この方法によって異型性が強くなった細胞に起こるp53突然変異の8割以上が診断できることを示している。ゲノム研究によってがん早期診断の可能性がまた一つ生まれた。残念ながら、今のところp53変異に対抗できる方法は一部の遺伝子治療を除いて開発されていない。とすると、出来ればバレット食道の初期に見られる変異を指標にして早期診断を行い。異型性転換が起こらないようにモニターしながら予防して行くのが最善の策かもしれない。いずれにせよ、がんを知って初めて戦略を構想できることがよくわかる仕事だ。
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6月24日:難治性ネフローゼ児に対するリツキシマブ治験(6月23日号The Lancet掲載論文)

2014年6月24日
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まだ現役の頃、神戸先端医療財団の井村先生から、The LancetやThe New England Journal of Medicineなどの臨床のトップジャーナルでの日本からの論文のシェアがかなり低いことを聞いていたが、現役を退いてから欠かさず臨床の雑誌にも目を通すようになるとそのとおりだと実感する。しかし治療を求めている患者さんがいる限り、様々な治療法の科学的検証は必須で、雑誌もいい論文が投稿されるのを待っているはずだ。一つの施設が大きくない我が国では、優れた臨床研究を行うためには多くの施設の協力が重要だ。今日紹介する論文は、神戸大学小児科を中心にした共同治験グループが6月23日号のThe Lancetに発表した論文で、難治性のネフローゼ症候群にリツキシマブ(抗CD20抗体)が効果があるかどうかを検討している。タイトルは「Ritsuximab for childhood-onset, complicated, frequently relapsing nephritic syndrome or steroid dependent nephorotic syndrome: a multicentere, double-blind, randomized, placebo-controlled trial(小児期に発病した難治性の再発を繰り返す、あるいはステロイドに依存性のネフローゼ症候群に対するリツキシマブの治験:多施設、二重盲検、無作為化、偽薬対照群を設定した治験)」だ。ネフローゼは小児期に多い腎臓疾患で、病理的にハッキリとした異常がないのにも関わらず高度の蛋白尿により、低タンパク血症や浮腫が起こる病気だ。半分以上の症例でステロイドホルモンがよく効き治癒するが、一部はステロイドホルモンから離脱が難しかったり、離脱しても再発するため、治療法の開発が求められていた。この研究では、この様な難治性の患者さんを厳格に選び、半分にリツキシマブを週1回、4回投与、もう一方には偽薬を点滴している。評価は再発が起こるかどうかで、再発した時点で患者さんは通常の治療に戻るように計画されている。多施設治験にしては最終参加者が全体で48人と少ないとは思うが、結果は明確だ。1年の経過観察で再発しなかったケースがリツキシマブ投与群では6/24, 偽薬投与群では1/24で、再発までの平均日数も267日に対して101日と大幅に改善し、また服用するステロイドホルモンも減らすことが出来る。ここからわかるのは、この治療では完治は困難かもしれないが、再発までの期間は大幅に延ばせることだ。リツキシマブ投与群で白血球減少などの副作用が強く見られているが治療に難儀すると言うほどではなさそうだ。ただ予想通り、この抗体を投与するとB細胞数がほとんど0になり、投与期間中そのまま続く。もちろんこの効果を期待しての治療なので当然なのだが、やはり感染には注意が必要だろう。残念ながら、投与を止めるとB細胞が増加を始め、それに合わせて再発例が出始める。事実19ヶ月までにはリツキシマブ投与例でも全員再発したと記載されている。現在リツキシマブは500mgが20万円と言う高価な薬剤だ。今後更に長期観察を行い、腎不全などを防ぐ効果があったのかなど調べられるだろう。しかしB細胞を消し去る力は絶大なので、今後投与の仕方の工夫など様々な可能性があると思う。残念ながらリツキシマブは米国で開発された抗体薬だ。次は是非我が国発の薬剤の治験についての我が国発の論文を読みたいものだ。
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6月23日:神経活動を光に変える(6月19日号Cell誌掲載論文)

2014年6月23日
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これまでこのホームページでも幾度か紹介したが、光を当てて神経を興奮させるOptogeneticsが脳研究で大流行りだ。今日紹介する論文を発表したスタンフォード大学のKarl Deisserothはこのテクノロジーを現在使われる様な形に完成させた生みの親だ。ほかにも3次元脳構造をそのまま組織観察できるようにしたCLARITYと呼ばれるテクノロジーを開発するなど、溢れるアイデアでこれまで出来なかったことを可能し、今やこの分野のスターと言っていい。6月19日号のCell誌に掲載された「Natural neural projection dynamics underlying social behavior(社会行動の背景にある神経投射の自然動態)」とタイトルのついたこの論文では、これまで不可能だった神経投射の活動を記録するための新しいテクノロジーを新たに開発し、社会行動を支配する脳の活動について調べている。この論文のハイライトはもちろん、fiber photometryと名付けられたこの研究室から生まれた3番目のテクノロジーだ。遺伝子工学的に特定の細胞にだけ発現する極めて鋭敏なカルシウムセンサーを、脳内に埋め込んだ400ミクロンの光ファイバーを通して励起し、それによって生まれる光を同じファイバーを通して検出することで、標的とする神経細胞の全活動を高感度に持続的に検出できるようにする技術だ。光ファイバーを含む全ての検出装置はマウスの自由な動きを阻害しないように設計されており、行動に関わる神経活動を研究するには理想的なシステムだ。この研究では、同じケージで育ったマウスに示す社会的行動がどの部位の神経興奮を起こすかこのテクノロジーを用いて調べ、腹側被蓋から側座核と呼ばれる領域に投射する神経が興奮することを確認している。次に、この興奮パターンを見ることで社会行動を予見できるか調べた上で、お得意のOptogeneticsを使ってこの部位に刺激を与え、社会行動を誘導するかどうか確かめている。結果は、この領域を刺激することでマウスの行動を操作することが可能で、この過程に1型ドーパミン受容体が関わることが明らかになった。神経活動の記録や操作は従来電気的に行われて来た。この研究は、これまでの方法が全て光に置き換わった新しい時代の到来を告げるものと言える。それだけではない。研究自体としても、生命活動の記録、記録に基づく予測、そして活動の人為的操作による仮説の確認という3種の神器が全て揃っており素晴らしい。テクノロジーは一見ハイテクに見えるが、実現したい目的があって、それを達成するために必要な最高のテクノロジーを妥協することなく開発する開拓者魂を感じる。CRISPRもそうだが、科学領域での技術開発は止まること無く加速していることを実感する。
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6月22日:種の分化:好みか環境か?(6月20日号Science誌掲載論文)

2014年6月22日
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ダーウィンの進化論では、種間に生じた多様性の中で、生殖能力(即ち子孫を残す能力が高い形質)を持つ個体が選ばれて新しい種を創るとされている。この際の選択の基準は専ら環境への適応の観点で決まるとされて来た。しかし脳が関わりだすと話は簡単ではない。例えば、世界各地に中国人街や時によっては日本人街がある。このことは人間自体が作り出した言葉や習慣が、人間自身の生殖行動を規制することを表している。皮膚の色による人種差別もそうだ。深読みすればこれに似た問題を研究しているのが今日紹介するスウェーデンウプサラ大学からの論文で10月20日号のScience誌に掲載された。タイトルは「The genomic landscape underlying phenotypic integrity in the face of gene flow in crows(遺伝子の流入があっても形質の安定性が維持される過程に関わるゲノム背景)」だ。わりと世界中を旅しているので、私も黒くないカラスが世界中にいることは知っている。しかしヨーロッパに2年以上滞在し、その後幾度となく長短の訪問を繰り返したにもかかわらず、ヨーロッパのからすは2種類に分かれていて、例えばドイツには黒いからすしかいないが、ポーランド国境近くからポーランド、スウェーデンには頭と羽が黒く、残りは灰色のカラスが中心になるとは知らなかった。この2種類は、種が分かれているかどうかの境目で、両方の重なる生息域では交雑があることがゲノムからわかっている。これまでのゲノム研究からも、両者のゲノム上のちがいはほとんどないことが明らかになっていた。ではなぜ見た目にはっきりと区別がつく2種類の性質が維持されるのか?これを研究するために、両者が重なる生息域及び分離が進んだ生息域からカラスを60羽集めそのゲノムを読んで比べている。専門的な話は全て飛ばして結論をまとめると次のようになる。予想通り、両方のカラスのゲノムは極めて類似しており、一塩基レベルの変異SNPも900万種類弱見つかるが、そのほとんどはどちらかのカラスに特異的と言うわけではない。しかし全ゲノムを見て行くと、この900万弱のSNPの中に、分布がどちらかに大きく偏るものが80個前後見つかる。これを詳しく調べると、そのほとんどが羽のパターンを決める色素細胞の活性や分布に関わる遺伝子と、視覚に関わる遺伝子の近傍に集中している。この分離がはっきりした遺伝子部分を指標にカラスの系統関係を調べると、両方のカラスの性質を系統的に完全に分離できると言う結果だ。パターンを認識する視覚機能と、見られるパターンを造る色素形成能力に関わる遺伝子が変化することで、戻すことが出来ない認識パターンの分化が始まっているようだ。ウソみたいなよく出来たシナリオだが、環境より自分の身体自体が種分化の選択圧として働き始めている一つの例かもしれない。とは言え両方が重なる生息域では交雑が起こっているようで、この様な分離が進んだ部位にも一定の遺伝子流入を見ることも出来る。まだまだ身体的交雑可能性が残っている点でも私たちの皮膚の色に対する傾向と同じだ。カラスは賢くてヒトに近いと言うが、この先に私たちの克服すべき性(さが)の進化が理解できるかもしれない。
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6月21日脂肪組織と炎症(7月1日号Cell Metabolism掲載論文)

2014年6月21日
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ずいぶん昔のことになるが、Peter Libbyさんのセミナーを聴いて、動脈硬化が慢性炎症として理解されているのを知った。その後あれよあれよと言ううちに、糖尿病からメタボまで、全て背景に炎症があるとされている。事実2型糖尿病のマーカーとして炎症生のサイトカインが使われているのを聞くと、私の様な素人には説得力のある話だ。しかし皆が納得したことについては必ず警告が発せられる。これが科学だ。今日紹介するテキサス大学からの論文は、「炎症は悪だ」とするこれまでのドグマに一石を投じた研究で、7月1日号Cell Metablismsに掲載された。タイトルは「Adipocyte inflammation is essential for healthy adipose tissue expansion and remodeling(脂肪細胞の炎症は健全な脂肪組織の拡大とそのリモデリングに必要とされる)」だ。全てマウスでの話であることを先ず断っておく。研究では様々な遺伝子改変マウスが用いられている。新しく脂肪細胞が増殖すると従来の細胞から区別できるマウス、そして脂肪細胞特異的に炎症が抑制されている3種類のマウスを使って、脂肪細胞の炎症が抑えられることでどのような変化が起こるか調べている。全ての動物モデルで脂肪細胞の炎症が抑えられると、確かに脂肪組織の発達、特に脂肪細胞の増殖が抑制され、体重の増加も抑えられる。脂肪が減って体重も下がるとは一見素晴らしいように思えるが、大阪大学の松澤先生達によりその機能が明らかにされて来たアディポネクチンは低下し、血中グルコースが上昇し、インシュリン抵抗性の糖尿病と同じ状態に陥る。さらにこの状態で高脂肪食を取ると、脂肪組織に脂肪が蓄積されない代わりに、肝臓に貯まり始めると言う結果だ。結論的には、炎症は脂肪細胞の増殖と脂肪組織のリモデリングに必要で、この正常な脂肪組織の発達が無いと、脂肪を脂肪細胞に蓄積し代謝することが出来なくなり、行き場を失った脂肪が肝臓に蓄積されるとともに、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンが低下し、インシュリン抵抗性の糖尿病状態が引き起こされるようだ。昔、松澤先生から良い太り方は健康だと言う話を聞いたが、この仕事はそれを裏付けるように思う。ただ、ヒトでもそうなのか、慢性的炎症の長期的効果はどうかなど調べることは多いはずだ。いずれにせよ、「脂肪細胞は悪だ」と言う話は疑った方が良さそうだ。
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