6月20日エビデンスを巡る科学者の戦い(6月19日号Nature誌レポート)
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6月20日エビデンスを巡る科学者の戦い(6月19日号Nature誌レポート)

2014年6月20日
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失われた細胞を移植で取り戻すと言う再生医療の考えは大変わかり易い。私自身、日本で最初の京大再生研の設立に関わった時、目的がわかり易すぎることを心配した。当時クローンヒツジ・ドリーの研究により、ほ乳類体細胞がリプログラムすることが明らかになった。とすると、一つの体細胞から他の体細胞が発生しても問題ない。この風潮を受けて、当時血液が神経になったり、神経が血液になったり、果ては血液が卵子になると言った論文がNature, Cellなどのトップジャーナルに掲載された。全て論文は取り下げられてはいないが、今となっては誰も見向きもしない。これが研究者ソサエティーの強さだ。しかし一般人、特に病気に悩む人となると研究を本当に評価する手段が無いため、少しでも報道された可能性にはわらをもすがる気持ちで期待を寄せ続ける。一方科学者も、可能性としては何が起こっても否定は難しいと考えるようになっているため、ある治療に全く合理性がないと突っぱねることが出来にくい状況が生まれている。我が国でも期待だけ持たせて助成金をもらおうとする研究者に対して、当時文科省ライフ課課長の石井さんの発案で、臨床応用が可能であるとエビデンスがあるプロジェクトだけを選んで推進しようと再生医学実現化ハイウェイプロジェクトが生まれ、私はディレクターを務めた(当然全ての責任は私にある)。苦労したがこのプロジェクトのおかげで、網膜色素細胞移植、角膜内皮移植、パーキンソン病へのドーパミン神経細胞移植は軌道に乗ったと喜んでいる。しかし、わかり易さを悪用して様々な幹細胞移植が世界中で横行していることも確かだ。私を始め多くの研究者は、多くの計画にはエビデンスが無いと思っても冷ややかに眺めるだけの傍観者になりがちだ。そんな無気力を跳ね返し、エビデンスの無い幹細胞治療を阻止すべく果敢な戦いを繰り広げたのがイタリアの幹細胞研究者だ。6月19日号のNature誌はこの戦いについてレポートしている。タイトルは「Taking a stand against pseudoscience(ニセ科学に抵抗する)」だ。発端は、2009年イタリアにスタミナ財団が設立され、骨髄の間葉系幹細胞をレチノイン酸などの含まれるカクテルで培養すると神経へと分化して筋ジストロフィー、パーキンソン病、脊髄性筋萎縮症に効果があると発表して患者さんを集めだしたことに始まる。イタリア厚生省も最初は怪しいと活動停止命令を出し、加えてミケーレ・デルッカを中心に科学者もエセ科学を許すなとキャンペーンを続けた。2012年ミケーレ達とギリシャで行われたヨーロッパの若手研究者のサマースクールに参加したとき、イタリア研究者の強い決意と熱い気持ちに圧倒されたのを思い出す。しかし患者さんの中には治療可能性を閉ざすものとして学界に強い不信感を持つ人達もいる。驚くことに、イタリア政府は患者さんのロビーに押されて昨年5月に臨床研究のために4億円の助成を決定する。この時からミラノのエレナ・カッターノ、ミケーレなどイタリア幹細胞研究者はあらゆるメディアを通したキャンペーンを行い、また様々な法廷闘争を始める。国際幹細胞学界もイタリア研究者を強く支持するメッセージを出し、世界が連帯していることを示した。そしてようやくスタミナ財団に対してEU法廷がこの治療を進めるにはエビデンスが無いと言う判決を下すに至った。これが記事の内容だが、残念ながらほとんど我が国で報道されていない。患者さんの立場に立つと言うことは自分のまわりだけで済ませられることではない。間違いは間違いと一人でも被害が無い様努力することだと彼らの情熱から学ぶことが出来る。知ってもらいたかったのは、この戦いのために、ミケーレ、エレナ他イタリアの主立った幹細胞研究者は、学生、患者団体、政治家、市民運動団体など様々な所に出かけて講演や意見交換を行っている。ただ一つだけ彼らが避けたことがある。それがテレビへの出演だ。もちろんベルルスコーにが全て牛耳るメディアを信頼していないこともあるだろうが、この様な戦いをテレビで感情的に訴えることの危険性を知っているからだ。集会を繰り返し不正を正すなどといった運動形態は我が国では遠い昔の観がある。しかし熱意があれば草の根運動も捨てたものでないことをイタリア魂は示してくれた。翻って考えると、小保方問題もテレビなどの既存のメディアへの過信から始まっている。イタリア人研究者の連帯と熱意に加えて、その冷静さから学ぶ所は多い。最後に少しだけイタリアの幹細胞について私の経験を紹介しておく。2006年キーストンシンポジウムで山中さんのiPSについて初めて聞いた時、友人のイタリア人ジュリオ・コスがこれで政治が変わると喜んだ。イタリアではバチカンの影響でES細胞の研究が禁止され、多能性幹細胞について研究が不可能だった。ジュリオの言葉は山中さんのおかげでようやくイタリアでも多能性幹細胞研究が出来ると言う喜びを素直に表したものだった。ES細胞研究は禁止でもイタリアでも幹細胞研究は盛んだ。今日の記事で紹介したミケーレ・デルッカは遺伝子治療と細胞治療を組み合わせた遺伝的皮膚疾患の臨床研究を行い、世界をリードしている。
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6月19日:中国科学の自信(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年6月19日
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昨日China Knowledge Resource Integrated Databaseと言う組織から、中国からの論文の質について評価を依頼するアンケート調査がメールで送られて来ていた。メールでの調査依頼につき合う時間は無いので、いつも通り放置したが、しかし自国の科学技術論文の評価を知るにはなかなかいい方法だと思う。これまでこのホームページでも紹介したように中国の科学力は様々な分野で急速に上昇しており、面白いと思う論文が増えただけでなく、若いグループが躍進していることを感じる。それを裏付けるようにこの中国の自信をのぞかせる論文が米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されていたので紹介する。タイトルは「China`s rise as a major contributor to science and technology(主要な科学技術提供国としての中国の興隆)」で、自信がはっきり示されている。著者はミシガン大学の著明な中国人社会学者で、現在は中国アカデミーのメンバーとしても活躍している。論文では、1)中国の科学技術者の数が急速に増大しており、2020年には世界一になると思われること、2)医師や弁護士の収入が科学技術者よりはるかに良いアメリカと比べると、科学技術者が優遇されていること、3)学士、博士取得者が急増していること、4)科学技術への投資がすぐにGNPの2%に達しようとしていること、5)引用回数の多い科学技術論文の数が既に我が国を追い越し、ドイツや英国のレベルに達しつつあることを示している。調査に利用した国勢調査の信頼性など幾つかの問題はあるが、論文の数やインパクトについてはトムソンロイターのデータを利用しているので誰がやっても同じだろう。私も同じ実感を持っており、失脚から回復する度に大学改革を行おうとした鄧小平の科学技術立国政策が着々と実を結んでいるのを実感する。更に言うと、中国科学界は若返りが進むと同時に、特にアメリカに膨大な数の中国人研究者が滞在しており、レベル底上げと国際性に貢献している。いずれにせよ、ここまでなら我が国の政府も含めてどの国でも分析をしているはずで、なるほどで終わる。しかし最後のセクションは我が国にも参考になる。中国科学の興隆を示した後、助成のほとんどが行政からのトップダウンマネーであることが様々な問題の温床になっていることについても分析している。はっきりした実体はつかめていないようだが、トップダウンシステムが中国で捏造、盗作、汚職を生む温床になっており、この様な行為が増加傾向にあることを指摘している。その原因として、行政の評価はどうしてもマニュアル中心になるため、論文の数、インパクトだけが評価されてしまうことを指摘している。これは我が国も耳を貸すべき提言だ。これを裏付けるため最後の図で、捏造、盗作、汚職の記事がグーグルニュースに何回現れたかを示している。2011年は捏造が1170、汚職が530、盗作が98と言う数に上り、科学不正の問題への関心の高さを語っている。おそらく私に送られて来た外国人から中国の論文について評価を依頼するアンケート調査はこの構造問題に対する中国政府の一つの改善案かもしれない。もちろん外国人に聞いた所で、評価の構造が変わらない限り根本的な改善が可能かどうか疑問だ。ただこれは対岸の話ではない。小保方問題に揺れる我が国も、構造問題としてもう一度助成のあり方を考え、様々な試みを進める時期が来ていると思う。
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6月18日:バイオニック膵臓(6月15日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年6月18日
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AASJチャンネルでI型糖尿病について対談した時を含めて、これまでこの病気については細胞移植、分子シャペロン、免疫抑制療法などの進展について主に紹介して来た。1度紹介したが、血中のグルコースに合わせてインシュリンを注入するポンプを中心に機械に膵臓の代わりをさせる試みも行われ実用化されている。ただ膵臓はインシュリンに加えてグルカゴンと言うホルモンも分泌し、より微妙な血中グルコース調節を行っている。これを機械で行おうとすると、インシュリンとグルカゴンを生理的な割合で投与する複雑なアルゴリズムの下で動く精巧な機械が必要になる。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、携帯型バイオニック膵臓についての報告で6月15日付けのThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Outpatient glycemic control with a bionic pancreas in type 1 diabetes(バイオニック膵臓による1型糖尿病の外来患者さんの血糖コントロール)。結論は、開発中のバイオニック膵臓によって、これまでのインシュリンポンプ以上の精度で血糖を調節でき、また心配する低血糖発作も無いと言う結果だ。期待できる。この論文を特に紹介したいと思った理由はこの結果より、開発中の機械の構成だ。血中グルコース濃度だけでなく、どの程度の食事をするか、運動の仕方など様々な入力を全て統合してインシュリンとグルカゴンの投与量を調節するロボットと言っていい機械だ。これまでつけはずしが出来る血中グルコースセンサー、PCでコントロールできる微小ポンプなどは全て開発されているが、問題は様々な入力を処理できるコンピューターをどうするかだ。これまでのようにわざわざ新しく設計する代わりに、このグループはiPhoneを利用している。センサーやポンプとはブルートゥースなどの無線で連結し、またiPhoneからも様々な入力が可能だ。複雑なアルゴリズムも十分収まるコンピューターの機能も十分で、確かにコストをずいぶん削減できるはずだ。ラジオ少年がパーツを集めて新しい機械を作って行く様子を見ている気がするが、この手作り的医療器械開発の仕方が将来を教えてくれている気がする。現在のバージョンでは、5日間の使用でほとんど問題は出ていないようだが、グルカゴンの寿命が短いこと、またグルカゴンの効果が正確でなくなるのでアルコールが制限されるなどまだまだ改良が必要だ。さらにiPhoneの安定性も問題だ。ただ将来、生きた膵島移植か、完全バイオニック膵臓かを患者さんが選んで、正常人と全く同じ生活を送れる日は必ず来ると確信した。
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6月17日:スペイン風邪再流行の警告(6月11日号 Cell Host & Microbe誌掲載論文)

2014年6月17日
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多くの因子が関わる過程についての未来予測にはシミュレーションが欠かせない。しかしシミュレーションには多くの情報と理解が必要で、どの分野でも可能と言うわけではない。今日紹介する論文は1918−1919年にかけて世界中で5千万人の死者を出したスペイン風邪が再発する可能性をシミュレーションした医科研の河岡グループの研究だ。論文は6月11日号のCell Host & Microbe誌に掲載され、タイトルは「Circulating avian influenza virus closely related to the 1918 virus have pandemic potential (1918年スペイン風邪インフルエンザウィルスと関連するビールスが現在も世界中に拡がっており、世界流行を引き起こす可能性がある)。」だ。繰り返すが、この研究の目的は「スペイン風邪は再燃するか?」を科学的に検証することだ。1918年の医学は現在とははるかに遅れていたとは言え、スペイン風邪は歴史上最悪の世界流行で、再発すれば大問題になること間違いない。ゲノム研究から既にスペイン風邪のゲノムは明らかにされており、A型インフルエンザH1N1であることがわかっている。インフルエンザは人に感染するようになるまでには鳥に保持されていることが知られているので、研究では先ず鳥から分離されたインフルエンザウィルスのゲノム配列をスペイン風邪ウィルスと比べ、似たウィルスが存在するか調べている。次にビールスの活性を決めるそれぞれのユニットごとにスペイン風邪に近い配列を選び、それを集めたスペイン風邪に似たウィルスA1918-likeを作成すると、スペイン風邪よりは活性が弱いが、それでも実験動物の症状を起こす病原ウィルスに転換している。人から人への感染にどの部位が重要かわかっているので、更にこのウィルスを人から人へと感染できるようにアミノ酸を変換し、フェレットで感染を続けて行くと今度は極めて毒性の強いビールスが現れてくる。このビールスを培養細胞で増やして遺伝子を調べると、感染性に関わるHA部分とビールスの増殖に関わるRNAポリメラーゼに新たな変異が特定できる。更にこのような変異は人から人へと伝搬するにつれ蓄積されることもわかった。このように現在自然に存在するビールスのアミノ酸変異が蓄積するだけでスペイン風邪に匹敵するインフルエンザビールスが誕生することが明らかになった。現在自然に存在するビールスの配列を比べると、アミノ酸で数個程度しかスペイン風邪と違わないビールスが世界中に存在している。従って、自然にスペイン風邪型のビールスが生まれる可能性は十分あると言うのが結論だ。実験室で遺伝子改変を行う研究に見えるが、将来を憂いたシミュレーション研究と言っていい。是非行政もこの様な結果を基礎に、対策についてシミュレーションして欲しい。前回河岡さんの仕事を紹介したとき、この様な仕事が出ているのに新しい世界流行を防げなかったとすれば行政の責任だと述べたが、今回もその点を強調したい。幸い、タミフルの効果についても調べられており、有効だと期待できるようだ。1918年当時と比べた新しい手段をどううまく使うか、行政の腕の見せ所だ。金を出して薬を買いあさるのが政策なら、行政など必要ない。
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3月16日:腎臓がんとコレステロール(英国泌尿器科学会誌オンライン版掲載論文)

2014年6月16日
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自慢話から始めたい。卒業してから約7年大学で臨床医として働いたが、あまり役に立たつ医者ではなかったと思う。ただ、一つだけ密かに達成感を得たことがある。それは「瀰漫生汎細気管支炎」で寒冷凝集反応が中程度上昇することを発見したことだ。これは現在この病気の診断基準として採用されているが、診断基準として採用されるまでには私の同僚の平田君や上司の泉さんの努力が必要だったようだ。私自身は結果を見ること無く留学してしまった。20年ほどしてたまたま内科の雑誌を見てこの基準が利用されていることを知ってうれしかった。ただ問題は、なぜ瀰漫生汎細気管支炎で寒冷凝集反応が上昇するか、原因が全くわからなかったことだ(現状は調べていない)。臨床のマーカーにはこんなケースが多くあり、診断的価値が多い場合もある。今日紹介する英国泌尿器科学会誌に掲載されたウィーン大学の論文はそんな典型で、腎臓がんとコレステロール値の相関を調べた研究だ。「Preoperative serum cholesterol is an independent prognostic factor for patients with renal cell carcinoma (RCC)(術前の血中コレステロール値は腎臓がんの予後を決める独立した要因)」がタイトルだ。「え、こんなこと」と思って論文を調べてみると、同じ結果は我が国の東京医大のグループによって今年の1月の雑誌Urologyに発表されている。従ってこの論文はその確認をした論文と言うことになる。残念ながら東京医大の研究には気づかなかった。どちらも読んでみたが結果は同じだが、東京医大の研究はコレステロール値を200mg/mlを基準にとった一方、ウィーン大学の研究は対象に選んだ800名ばかりの患者さんの平均値161mg/mlを基準として設定している。この結果、ウィーン大学の方が相関が強く出ているが、結果は同じでコレステロール値が低いと、予後が明らかに悪いという結果だ。例えばウィーン大学の結果だと、腎臓がん全体で見たときの5年生存率が高いグループで88%に対して、低いグループでは62%と大きな差になっている。東京医大はClear Cell Cancerと呼ばれるがんについて調べているが、ウィーン大学の結果では腎臓がんならどのタイプのがんでもコレステロール値との相関があるようだ。東京医大Gは本当かどうか結論するには慎重なようだが、ウィーン大学はこの相関ははっきりしており予後判断に積極的に利用すべきと結論している。なぜこの様な相関が見られるのか、もしコレステロールの値を高く維持できれば経過を良くすることが出来るのか、寒冷凝集反応のときと一緒でまだわからない。しかしこの現象から新しい治療戦略が生まれるかもしれない。論理で説明できなくとも統計的な関連があればそれを真実として利用して行くしたたかな技術が医学だと実感する。
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6月15日:雄がヒトやサルの進化を引っ張る(6月13日掲載Science誌論文)

2014年6月15日
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ダーウィンの考えた進化は、「子孫に伝わる変異が集団の中でランダムに発生し、その変異の中から生殖能力の高い個体が選択され子孫を作るより高いチャンスに預かること」とまとめられる。単細胞動物だとこの概念は個体の優劣ですむのだが、高等動物になると生殖には雄と雌が必要だ。従って、子孫には雄の精子に発生した変異と雌の卵子に発生した変異が複合し、この変異が子供世代の競争の基盤となる。ではこの時の変異は雄雌どちら側から寄与することが多いのか?もし雄(or雌)からの変異が多いとすると、自然選択で選ばれる変異に雄(or雌)がより多く寄与することになる。この問題はこれまでも様々な種で研究されており、ヒトでは雄の精子に発生した変異が、子供世代の変異に多く寄与することがわかっていた。ただ人間の生殖上の選択圧力とは何かなどと考えだすと混乱するだけなので、人間に近くて、自然選択も観察可能なチンパンジーでこれを確認したのが今日紹介するウェルカムトラスト人間遺伝学センターの研究で、6月12日付けのScience誌に紹介された。タイトルは「Strong male bias drives germline mutation in chimpanzees(チンパンジーの生殖系列の突然変異は雄からの寄与が大きい)」だ。研究は3世代9匹のチンパンジーのゲノム配列を調べ、交叉(乗り換え)と呼ばれる大きな染色体の交換と、遺伝可能な生殖細胞系列の新しい変異の数を調べている。即ち親に無い変異は全て新しい変異になる。結果は予想通りで、親の生殖細胞に10−40個位の突然変異が起こり子供に持ち込まれるが、そのほとんどは雄からで、しかも雄の年齢とともに突然変異の数も増えると言うものだ。この結果をそのまま受け取ると、進化は雄の生殖能力の競争レベルの選択圧を色濃く反映し、雌の競争の寄与は少ないと言うことになる。これを裏付けるように、チンパンジーのX染色体は他の染色体に比べ遺伝子の変異が少ないことがわかっている。多くの動物で雄の形態が大きく変化しているのを見ると、なるほどと納得するが、せっかく読んだのに驚くほどのことは無かったと言うのが正直な印象だ。しかし多くの動物種で、強い雄と言えども群れを支配できるようになるのは生殖可能になってから更に時間がたってからだろう。私たちは変異と言うとすぐに悪いイメージを持つが、進化のためには種内に多くの遺伝子の多様性が生まれることが必須だ。一頭の雄が年齢を重ねて競争を勝ち抜き、その後長く群れを支配するシステムは、わざわざ変異が蓄積してから生殖が始まることを意味し、変異の頻度を上げて進化速度を速めると言う意味では合理的に思える。ゲノム解読は野生動物観察にも大きな変化をもたらしつつある。
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6月15日未明:私の辞任記事

2014年6月15日
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金曜日に事務所で話していた神戸新聞の藤森さんに辞任手続きを見つかってタイミングが良すぎたのか、各紙で私が顧問を辞任することを報道してもらっています。ただ、各紙ニュアンスがそれぞれ違う様なので、今日共同の岩村さんに送ったメールをコピー、ペーストしておきます。 「昨日事務所に遊びに来た神戸新聞の藤森君が私が辞任手続きをしているのを見ていました。もともと辞めた後は年寄りが口出ししないと言う考えから顧問就任は固辞したのですが、請われてそのままになっていました。ただ、顧問と言う立場では当然理研の側にたって発言する必要があります。従って、自由に発言する意味でも顧問を辞めることにしました。ホームページにも書いていますが、今「日本の科学報道を問う」と言う本を準備しています。中では、日本のメディア、政府、研究者の持たれ合い構造を自戒も含めて厳しく分析し、どうすべきかの提言にまで至りたいと思っています。もちろん小保方問題は重要なテーマです。その意味でも、公的な身分は邪魔になります。これが辞任の理由で、改革委員会の考えに賛同してのことではありません。東洋経済のThinkに小保方さんにも触れた文を書きました。小保方さんに触れたので、顧問として少し引け目がありましたが、辞任したのですっきりしています。 西川
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6月14日:パーキンソン病の細胞治療再開(6月12日号Nature記事、ニュースフォーカス)

2014年6月14日
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6月8日、このホームページでパーキンソン病患者さんに移植された胎児中脳のドーパミン産生細胞が10年以上にわたって脳内で生着・機能していることを報告した論文を紹介した。今日紹介する6月12日号Natureに掲載されたニュースの焦点は、同じ治療が全ヨーロッパレベルで再開されようとしていることをレポートしている。タイトルは「Fetal-cell revival for Parkinson’s(胎児細胞がパーキンソン病の治療にリバイバルする)」だ。胎児中脳移植が初めて1987年スウェーデンルンド大学で行われて以降、同じ治療が様々な施設で試みられた。ただ施設間で結果が一定せず、またアメリカから否定的な治験結果が報告されたため、2003年この治療に関わる施設が集まって、治療を一時的に中止し、既に移植を受けた患者さんの経過を先ず見ることを決定した。その後2006年、英国のBakerとスウェーデンのBjoerklundがヨーロッパでこの治療を行った経験を持つ7施設に呼びかけ、これまでの結果を持ち寄り精査し、次に行うべき臨床試験のありかたについて議論を行った。この精査から、まだ初期段階の患者さん、10万個以上のドーパミン産生細胞を投与できた患者さんで細胞移植の高い効果が見られることが確認された。この結果に基づき、7施設共通のプロトコルが決定され、EUの援助で同じプロトコルに基づく治験が、英国、スウェーデン、フランス、ドイツの7施設が協力し、150人の患者さんをリクルートして再開されることになった。この決定を受けて先月我が国も参加したパーキンソン病グローバルフォース会議が行われ、胎児脳以外の細胞を用いた臨床試験も含め治験の実施方法について調整している。再開への機は熟した。7月にはついにケンブリッジ大学で新しいプロトコルに基づく最初の細胞移植が行われることになった。今回対象に選ばれる患者さんは発症後4年、年齢が55歳前後で、不随意運動が無い方に限られている。この結果に応じて対象を拡大した治験が更に行われるだろう。この記事の最後に、モラトリアムが始まった2003年と比べたときのこの分野の進歩について言及し、京大CiRAの高橋チームの臨床試験についても新しい可能性として期待を寄せている。本来なら高橋プロジェクトでも、ヨーロッパで再開される細胞治療研究と同じ対象や検査方法を用いて臨床試験を行うことが望ましい。しかし、我が国で発症後4年と言う初期の患者さんを本当にリクルートできるのか?もちろん、最初は安全性重視のI/II相研究が行われると思うが、来年には用意が全て整うのであれば、出来る限りプロトコルなどを早期に公開して行くことが重要だろう。スウェーデンで始まったパーキンソン病の細胞治療のこれまでの歴史を振り返ると、焦らず騒がず、必要であれば退却もいとわず、しかし着実に前進するBjoeklundさん達の長期的視野と熱意を感じる。現役時代プログラムディレクターとして10年近くCiRA高橋プロジェクトを見て来た私は、高橋さんも同じようにサルを使った安全性を保証するための実験を地道に繰り返し、現在のプロトコルを完成させて来たのを知っている。時間がかかってもいい。是非多くの国と協力して、世界の標準治療を開発して欲しい。
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6月13日:IGF1陽性の乳がんは食事療法の効果がある(Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention誌6月10日号掲載論文)

2014年6月13日
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肥満と乳がんの発生や予後との関係はこれまでの疫学的研究から指摘されている。しかしダイエットが乳がんの予後に影響があるかどうか、研究は行われて来たが確かな証拠を得ることは出来ていなかった。最近IGF1(インシュリン様増殖因子)に対する受容体(IGF1R)の発現と乳がんの予後に相関があることがわかって来たため、肥満と乳がんを結びつける一つの要因がIGF1システムではないかと疑われた。今日紹介する論文は、この可能性を確かめるために行われたカリフォルニア大学サンディエゴ校のグループによる介入試験で6月10日号のCancer Epidemiology,Biomarkers & Preventionに掲載された。タイトルは「Risk of breast cancer recurrence associated with carbohydrate intake and tissue expression of IGF1 receptor (IGF1受容体を発現する乳がん患者の炭水化物摂取と再発率とは相関する)」だ。この調査はステージI-IIIの乳がんの患者さんに治療後、低脂肪、低炭水化物食を処方するグループと、それ以外のグループにわけ再発を調べている。このダイエットプログラムでは大体25g/日程度の炭水化物削減が行われている。さて結果だが、従来の研究と同じでIGF1Rの発現が高いと予後は悪い。次にIGF1Rの発現の低いグループと高いグループに分けて予後を調べてみると、IGF1Rの低いグループではダイエットの効果は全くないが、IGF1Rの高いグループがダイエットをするとダイエットをしないグループに比して再発率が1/5に低下し、IGF1R発現の低いグループと同じ再発率に戻ると言う結果だ。要するに、がんのIGF1R発現を調べて、高い人にはダイエットを勧めれば再発をかなり防げると言う結果だ。今日紹介したのは遺伝子の発現で、遺伝子自体の突然変異ではないため、エクソーム解析ではわからない。しかしこの研究もまた、がんを知って戦うことの重要性を示している。残念ながら我が国ではエクソームや遺伝子発現を網羅的に調べてがんを知って戦うことはほとんど行われていない。しかし技術は既に完成しているので、誰もががんと戦うために相手をしっかり知ることの出来る医療システムのために私も微力を尽くしたいと考えている。この論文を読んだ同じ日、Nature誌6月12日号に「Cancer-gene data sharing boosted(がん遺伝子データの共有が加速している)」というレポートが出ていた。アメリカ最高裁は最近遺伝子配列自体に特許性を認めないという判決を出した。これにより、これまでMyriad社(BRCA1特許を持つ)などの独占性が排除され、遺伝子検査の利用が加速すると考えられる。この記事では、アメリカでこれまで会社に蓄積されたデータは公共の利用に供すべきであるとする運動が始まっていると報じている。もちろん、Myriadがすぐにこの要求に応じるとは思えないが、記事ではプライバシー保護を名目に公開されなかった個人ゲノムのデータは今後パブリックな利用を進めるため公開される方向に進むと言う予想している。今日紹介したように、がんを知ることは自分のためになる。ただ、その結果が集まると、更に病気の理解が深まり、回り回ってまた個人に帰ってくる。このサイクルをスムースにするためのアイデアを生み出すことが私たちNPOの主要な課題だと自覚している。
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6月12日:オキシトシン:若返りの秘薬?(Nature communications6月10日号掲載論文

2014年6月12日
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オキシトシンは不思議なホルモンだ。ここでも既に媚薬、あるいは自閉症の治療に用いられている例を紹介した。これはオキシトシンが脳に働いて社会性を促進するのに関わると考えられているからだ。ただオキシトシンは脳にだけ働くわけではなく、そもそも子宮収縮を促し分娩を助けているし、乳腺の平滑筋に作用し、乳汁分泌を促進させる。最近の研究をフォローしていないが、脊椎動物でも有額類だけが持つかなり新しく獲得されて来たホルモンだ。しかしオキシトシンの作用はこれにとどまらないようだ。今日紹介する論文は、オキシトシンが筋肉幹細胞の自己再生に関わることを示すカリフォルニア大学バークレー校からの仕事で、Nature Communications6月10日号に掲載されている。タイトルは、「Oxytocin is an age-specific circulating hormone that is necessary for muscle maintenance and regeneration(オキシトシンは年齢に応じて筋肉の維持と再生に関わるホルモンである)」だ。前にも紹介したように、若いマウスと老化マウスの血管をつなぐと、筋肉を含め老化マウスの体内の様々な幹細胞が活性化される。この研究はこの若返り物質を探索することから始まっている。筋肉は一度出来ると再生しないと思っている人もいるかもしれないが、実はれっきとした幹細胞が存在しており、それが無くなると筋肉はやせ細って行くことがマウスの実験からわかっている。この研究は、先ずオキシトシン受容体が筋肉の幹細胞に強く発現していること、オキシトシンは老化とともに血中濃度が1/3にまで減少すると言う観察にはじまっている。この結果が示唆するオキシトシンが筋肉幹細胞に働いて筋肉組織維持に働いている可能性を研究している。結果は予想通りで、オキシトシンを投与すると筋肉組織の減少を止めることが出来る。このメカニズムを調べるために、筋肉幹細胞の組織内、試験管内での増殖を調べると、オキシトシンは増殖促進に大きな効果があり、このシグナルには細胞内のERKシグナル分子が関わることを明らかにしている。さらに、オキシトシンが欠損したマウスでは、筋肉は正常に発生できても、成長後筋組織が早期に減少し始めると言う結果も示されている。この論文を見る限り、少なくともマウスではオキシトシンは筋肉の若返りホルモンと言えるだろう。社会性を上げ、出産授乳を助け、更には筋肉の老化を防ぐとなると夢のホルモンになる。ただあまりうまい話だと、必ず裏があると思うのは悪いクセだろうか。折しも同じ週アメリカ医師会雑誌のJAMA internal medicineに、高齢でスタチンを服用を始めると、身体機能が低下することが報告されていた(JAMA Intern Med, 2014, 2266)。スタチンも一種夢の薬だった。とは言え、やはり私も含めて高齢者の期待に答える話だ。いくらFDAが認めているとは言え、すぐに投与試験とは行かないだろうが、筋肉障害の同じ様なことが人間でも起こるのか、少なくとも血中濃度や、試験管内での反応を調べるのはやさしい。是非研究の進展を期待する。
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