11月5日 相分離によるタイトジャンクション形成(10月31日号Cell掲載論文)
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11月5日 相分離によるタイトジャンクション形成(10月31日号Cell掲載論文)

2019年11月5日
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11月29日5時半ぐらいから、最近多くの論文が発表されている、相分離による分子機能についてジャーナルクラブを提供する予定にしている。これは、昨年までJT生命誌研究館で一緒だった平川さんから是非ジャーナルクラブで取り上げて欲しいというリクエストに応えたもので、実際には物理化学的な側面は無視して、相分離がどれほど流行っているのかを紹介できたらいいと思っている。

いずれにせよ、相分離はスーパーエンハンサーやクロマチンの濃縮など、特定の分子が濃縮される過程を、一定の濃度に達すると周りの液相から分離して自然に濃縮する、相分離をおこすタンパク質固有に備わった性質で説明しようとするもので、おそらく生命現象の様々な過程に利用されていると思う。全く根拠はないが生命が生まれる時も、この過程により様々なタンパク質が濃縮されたのかもしれない。その意味で、当分は相分離に関わるタンパク質探しと相分離調節機構を調べる研究は続くだろう。

今日紹介するドイツ・ドレスデンのマックスプランク分子細胞生物学・遺伝学研究所からの論文は接着に関わるタンパク質が濃縮されているタイトジャンクション形成にZO1、ZO2タンパク質の相分離が関わることを示した研究で10月31日号のCellに掲載された。タイトルは「Phase Separation of Zonula Occludens Proteins Drives Formation of Tight Junctions (閉鎖帯タンパク質の相分離がタイトジャンクションの形成を駆動する)」だ。

この研究ではタイトジャンクション(TJ)ができる時、閉鎖帯タンパク質、ZO1とZO2が相分離するのではという仮説から入り、まずZO1/2が経口標識された細胞を作り、細胞質のZosの濃度を測ると、TJでは80倍に濃縮されることを確認、相分離が存在すると確信している。

次に、TJを作らない細胞で大量にZosを発現させると、期待通り細胞質内で相分離した液滴を形成する。また、アクチンの重合を阻害すると、それまで線状に分布していたZO1が水滴状に変わることを示して、アクチンによりこの分布が決められていることを示している。そして、精製してきたZosタンパク質が一定の濃度になると試験管内で相分離した液滴を作ることを明らかにする。

この一連の実験が、この研究のハイライトで、あとはZosタンパク質が相分離する様々な条件を探り、最終的に細胞膜状でTJが形成される過程を解析している。これは詳細に及ぶので全部省いて、最終的に到達したシナリオを最後にまとめると次のようになる。

まずZO1/2は細胞同士の接着班が形成されるとそこに急速に集められる。そして一定の濃度に達すると相分離を起こすが、この時リン酸化や2量体形成などを通じた相分離を止める仕組みをZOsは持っており、タンパク質が開いた構造をとるようにこの過程を調節することで相分離に必要な閾値が決められる。

一旦ZOsが相分離を始め足場が形成されると、クロージンやオクルージンなど、亡くなった月田さんたちがクローニングしたタンパク質が分離した液滴に集まる。これにより重要な分子が、TJ部分に相分離した足場に濃縮して最終的にアクチンなどと結合することで連続したTJを形成する。

月田さんや竹市さんから、美しい接着部位の細胞構造の写真を見せられてきたが、確かに相分離を頭に入れると構造がより理解できる気がするから不思議だ。

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11月4日 ハンチントン病の進行を遅らせる治療法開発(10月30日 Nature オンライン掲載論文)

2019年11月4日
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ハンチントン病はトリプレット・リピート病と呼ばれる神経変性疾患で、ハンチンティン(HTT)と名付けられた分子のリジン繰り返し部分の数が増大する結果、細胞内でタンパク質が沈殿し、それが処理できなくなって神経変性が始まる病気で、現在のところ治療法はない。私の現役時代、変性した神経細胞を移植して治療する研究もフランスで行われていたが、まだまだはっきりした結果は出ていないのではないだろうか。

今日紹介する上海の復旦大学からの論文は、この病気の治療に新しい光明を届ける研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Allele-selective lowering of mutant HTT protein by HTT–LC3 linker compounds(HTT-LC3リンカー化合物を用いてHTT変異タンパク質特異的に除去する)」だ。

この研究のアイデアは、オートファジーを調節するLC3分子とHTTを結びつけるリンカー化合物を使って沈殿したHTTをオートファジーで除去しようというものだ。これまで、特定のタンパク質をユビキチン・リガーゼと結合させプロテアソームで分解させるリンカーは色々開発されており、例えばサリドマイドや、現在骨髄腫の治療に用いられるレナリドマイドなどがその例だ。ただ、この方法はリピート回数が増えた変異タンパク質にうまく適用できないようだ。

そこでファゴゾームに取り込めば処理できるのではと考え、3375種類の化合物をスライドグラス上に貼り付けたマイクロアレーを作成し、その中で変異型HTTとオートファジーを起動する標識LC3を結合させる活性のある化合物を探索し2種類発見する。こうして見つかったリンカー分子との構造的類似性からさらに2種類の化合物を特定しているが、確率としては結構高いという印象を得た。

あとは患者さん由来の培養細胞を用いた実験、変異型分子を発現するショウジョウバエやマウスを用いた実験系で、これらの分子が確かにHTTをオートファゴゾームで処理して、細胞内で除去できることを示している。

そして、同じ化合物がリジンの繰り返しの延長した他のタンパク質の処理も誘導できることを脊髄小脳運動失調症の細胞を用いて証明している。

以上が結果で、今後化合物を至適化することは必要かもしれないが、今後の可能性をうかがわせる素晴らしい研究だと思う。何よりも、トリプレットリピート病一般の治療に発展する可能性はあるし、さらにはT細胞内でタンパク質の沈殿ができるタンパク質なら同じようなリンカーを開発できる可能性も示している。臨床研究が開始されることを期待する。

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11月3日 脳は夜洗われる(11月1日号 Science 掲載論文)

2019年11月3日
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2013年、睡眠は脳内のリンパ管などの脳脊髄液排出機構を拡げて、覚醒時に脳に蓄積した老廃物が排出されるのを助ける役割があることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/608)。すなわち、脳に溜まったゴミが夜洗われていることを示唆している。そして、この洗濯がうまくいかないとβアミロイドが蓄積しているという論文も発表されている(http://aasj.jp/news/watch/8330)。ただ、このことを人間で調べることは簡単でない。

今日紹介するボストン大学からの論文は脳の洗濯が人間でも起こっているか、MRIと脳波計を用いて、睡眠中に脳の神経活動、血流量、そして脳脊髄液の流れを同時計測して調べた研究で11月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「Coupled electrophysiological, hemodynamic, and cerebrospinal fluid oscillations in human sleep(人間の睡眠中には電気生理学的活動、血流動態、そして脳脊髄液振動が同調している)」だ。

この研究の鍵は、機能MRIで通常の脳内血液のヘモグロビンを造影剤のように用いて測る血流量、血液量、酸素代謝などが反映されたBOLDの計測と同時に、脳室に焦点を当てて脳脊髄液の流れを同時に測定できるようにした点だ。残念ながら、具体的な方法については理解していない。しかしMRI検査というと受ける側にいる私から見ると、脳波と機能MRIを同時に、しかも睡眠中に測定できていること自体驚きだ。

しかしこれが可能になるといつ脳脊髄液の流れが活発になるかを見ることができる。脳脊髄液は常に動いているが、MRIのシグナルとしては小さな波として現れる。ただ、覚醒時には振幅が小さく、周波数が高い振動が持続的にみられるが、ノンレム睡眠に入ると振幅が大きく、ゆっくりした周波数の波が現れることがわかった。また、これが脳脊髄液の流れを反映していることも脳室の入り口での測定で確認しており、この結果からノンレム睡眠に入ると大きな流れが生じることを示している。

次に、脳脊髄液の大きな流れと、BOLDの変化、そして脳波の変化の時間的関係を詳しく調べ、まずノンレム睡眠に入ることで、脳波にslow デルタ波が発生すると、BOLDが急速に低下する。その後数秒して、今度は脳脊髄液の大きな振動が始まることを示している。

結果は以上で、残念ながら何故このような関係が成立するのかについてははっきりしないが、現象論的には鍵となる要因が明らかになった。今後動物実験で、脳波の変化から脳脊髄液の変化までの過程に関わるシグナルを明らかにする必要があるだろう。何れにせよ、寝ている間に脳が洗われているという概念はますます現実味を帯びてきた。

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11月2日 麻疹感染の恐ろしさ (11月1日号Science掲載論文)

2019年11月2日
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麻疹ワクチンの接種率が低下して、多くの先進国で麻疹感染は3倍に増え深刻な問題になっている。世界全体で見ると毎年7百万人の麻疹患者が発生し、そのうち10万人が亡くなっている。風邪は万病の元というが、これまでの研究で麻疹に感染すると、免疫機能が低下して、他の感染症リスクが高まる可能性が示唆されていた。ただ、細菌やウイルスに対する人間の抗体を網羅的に調べる良い方法がなかったため、深く検討されたことはなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文はVirScanと呼ばれる新しいテクノロジーを使って麻疹感染前と感染後の抗体反応性を網羅的に調べた研究で昨日Scienceに掲載された。タイトルは「Measles virus infection diminishes preexisting antibodies that offer protection from other pathogens(麻疹ウイルス感染は他の感染源から身を守る抗体を低下させる)」だ。

この研究で用いられたVirScanはファージウイルスの外殻に、ヒトが感染する様々な病原のペプチド断片を発現させ、網羅的に感染症に対する抗体を調べる方法で、この論文を読んで初めてその存在を知った。抗体でファージを濃縮して、それを増幅してから、コードしている病原体の抗原を遺伝子配列からリストするなかなか優れた方法だと思う。

この方法を用いて、子供のコホート研究中にはしか感染が起こったケースを選んで、抗体がどう変化したか調べている。驚くことに、麻疹に感染すると、病原体に対する抗体が強く低下する。これは、抗体レバートリーの多様性の低下と、個々の抗体の量の低下を伴っている。しかし、IgMやIgG全体にはほとんど変化ない。一方、シーズン中に感染しなかった子供では全くこのような変化は起こらない。

もう少し抗原を絞って感染前に存在していた病原に対する抗体の変化を調べると、麻疹感染では急速に抗体価が低下する。すなわち麻疹だけでなく他の病原体に対する免疫力が低下する。麻疹はCD150を介して細胞に感染するので、これらの変化は感染の歴史を記憶して、骨髄で長い期間抗体を作り続けてくれる、感染防御には最も重要な細胞が失われることが、この背景になると考えられる。

実際このように失われた病原への抗体を再構築するには、新しく感染を経験して記憶細胞を残していくことが重要であることも、麻疹感染で抗体のレパートリーが失われた患者さんを長期追跡することで確認している。すなわち、短期間で回復してくる抗体は4種類の一般的な病原に対する抗体だけで、全ての記憶が戻るには長時間かかる。そして、その中には病原細菌も含まれている。

実際の実験の詳細は省いてしまったが、要するに麻疹の感染は、その子供がそれまで獲得してきた感染源に対する記憶を全て消し去ってしまうという恐ろしい感染症であることがわかる。CD150を発言するT細胞もあるので、同じことはT 細胞免疫でも言えるだろう。この場合はガンに対する抵抗力すら含まれることになる。

しかし、ワクチン接種では全くこのような変化は起こらない。したがって、麻疹感染をワクチンで前もって防いでおかないと、麻疹だけでなく、その後多くの感染症にかかりやすい状態が生まれることになる。その意味で、ワクチン接種の重要性を全ての人に理解されるまで繰り返し訴えていく他ない。

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11月1日 Amgen抗ras(G12C)薬についての基礎データ (10月30日 Nature オンライン掲載論文)

2019年11月1日
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Rasはおそらく半分近いガンでドライバーとして働いているのではないだろうか。当然多くの努力が抗ras薬の開発に向けられたが、立体構造上あまり化合物の入る深い溝がないため、臨床で利用できる化合物の開発はほとんど失敗してきた。実際、様々な抗ras化合物の論文がトップジャーナルに発表されたが、ほとんどは論文のための論文で、臨床現場に移行することはなかった。

これに対しガン治療薬開発に関して今年最大のトピックスは、アムジェンが開発したAMG510で、KRAS(G12C)型の変異に限るとはいえ、初めて臨床で効果が示された抗ras化合物になった。今日紹介するアムジェンからの論文は、この化合物の前臨床および臨床データの一部の正式な開示で、この薬の特徴を知るためには重要なデータだ。タイトルは「The clinical KRAS(G12C) inhibitor AMG 510 drives anti-tumour immunity (臨床的にKRAS(G12C)の阻害剤として認められたAMG510はガン免疫も誘導する)」だ。

この論文は、すでに臨床で成果を収めたAMG510に関心が高まっているので、この化合物の可能性についていくつか皆さんにお見せしましょうと行った雰囲気で書かれている。

まず、なぜAMG510がこれまでうまくいかなかった安定な抗ras活性を示すのかについて、ARS1620化合物とKRAS(G12C)との結合の立体解析から、95番目のヒスチジンの作る溝に、芳香化合物が結合することを発見し、AMG510を至適化できたことを示している。知財についてはよくわからないが、おそらくこの点については特許化されて、独占が可能になっているのではないだろうか。

その上で、AMG510ははKRAS(G12C)だけにしか効果がないこと、そしてERKのリン酸化を抑制して増殖シグナルを抑えること、そして100mg/kgの量では耐性が現れるが、200mg/kgだとほとんど治癒に近いところまで持っていけることを示している。

このような結果をもとに臨床治験が行われたが、その最初のフェーズで180mgおよび360mgを投与した患者さんで腫瘍が縮小しているCT写真が示されている。

ただデータを見ると、いつかは耐性を持った細胞が出てくると誰もが心配する。そこで、一般抗がん剤カルボプラチンおよびMEK阻害剤との併用療法によって、効果をさらに高められることを示し、耐性の問題も投与法や併用を追求することで対応可能であることを示している。

そして最後は、AMG510がガン細胞を特異的に障害する結果、免疫反応をたかめるので、PD−1に対するチェックポイント治療を組み合わせると、長期間再発を抑えられることを示している。不思議なことに、下流のMEK阻害剤よりはるかに免疫効果が高いので、ガン免疫を考える上でも重要なデータになっている。

以上、はっきり言って初期の治験の結果以上に、今後期待が持てますよということを巧みに示した論文だ。この論文を読むと、フェーズ3の計画はかなり凝ったものになるような気がする。これについてはジャーナルクラブを企画したい。

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10月31日 肝硬変に見られる遺伝子変異(10月24日 Nature オンライン版掲載論文)

2019年10月31日
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単一あるいは少数の細胞のゲノムを詳しく解析することが可能になってわかったことは、前癌状態は言うに及ばず、正常組織でも、突然変異の蓄積と、変異を持った細胞同士の競合により、増殖力の高い細胞に組織が置き換わっているという発見だ。しかしこの段階から実際のガンが発生するまでにはかなり大きの変化が必要であることもわかってきた。このため、ガンに至るまでのできるだけ多くのステップを特定してそこでの変異を調べることが重要になる。

その意味で肝硬変は同じ組織にガンと硬変巣が同時に存在する確率も高く、また肝硬変での細胞障害とそれを埋める増殖の繰り返しがガン発生に必須の過程と考えられていることから、前癌状態からガンまでの過程を調べる目的にかなっている。

今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、アルコール性、非アルコール性の肝硬変組織切片から様々な場所を切り出し、それぞれのゲノムを調べ、肝臓ガンと比べた研究で10月24日号のNatureに掲載された。タイトルは「Somatic mutations and clonal dynamics in healthy and cirrhotic human liver (正常および肝硬変の組織の突然変異とクローン動態)」だ。

研究では5人の健常人、9人の肝硬変の患者さんの組織から100−500個ぐらいの塊を顕微鏡下で切り出し、突然変異解析を行い、同じ組織で見つかった肝臓ガンおよび、一般の肝臓ガンのゲノム解析と比べている。

基本的には解析した遺伝子配列の解析の問題なので詳細を省いて、重要な点だけを列挙すると次のようになる。

  • 中年以上の肝臓では正常組織でも1000を超す様々な変異が存在するが、大きな変異は肝臓では起こらない。
  • これと比べると肝硬変組織では場所と組織によるが、点突然変異、欠失挿入、そして大きなコピー数の変化まで変異の数が倍近くになる。しかし、ガン細胞と比べると変異数はまだ半分以下にとどまっている。
  • 30種類のガンのドライバーやガン抑制遺伝子を選んで、各部位内、部以外との関係を調べると、他の組織と様々なガン遺伝子の変異がすでに始まっているが、特定のクローンが増殖している様子は認められなかった。ただ、膵臓ガンで高頻度に見られるクロモスプリシス(http://aasj.jp/news/watch/5918)が、肝硬変のプロセスでも起こることがわかった
  • 突然変異の原因は、ガンと同じで細胞の増殖時のエラーや、転写時のストレスなどが存在するが、多くの症例で様々な外因性の因子により誘導された変異が見られる。例えば、ポーランドから来た患者さんではアリストロキア酸の汚染による変異が見られたり、あるいはアスペルギールスに対するアフラトキシンの毒性による変異も認められている。中には、B細胞が増殖して紛れ込んできたため、極めて多くの変異が存在するクローンが見つかることもある。
  • 肝硬変巣にはTERTの変異は認められないが、肝ガンでは認められるので、重要なドライバーの一つはテロメアの調節と考えられる。

以上が結果のまとめだが、結果から見えるのは肝硬変から肝ガンまでの道のりは長いことだろう。正常でも年齢とともに変異が積み重なるが、肝硬変が始まると増殖依存性の変異をはじめ様々な変異の蓄積が始まる。ただ、肝ガンに発展するのはほんの一部で、肝硬変はまだまだ前癌状態と呼ぶには役者不足という結論だろう。

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10月30日 新しい抗インフルエンザ薬 (10月23日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年10月30日
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今年もインフルエンザシーズンが近づいてきたが、米国CDCのガイドラインは予防はワクチン、健康人が感染した場合は経過観察を推奨しており、わが国で普通に処方されるタミフルなどの抗インフルエンザ薬は、入院が必要な重症患者や、様々なリスクを抱えている患者さんに限るよう推奨している。これは耐性ウイルスの出現などを考えての措置だが、実際タミフル耐性ウイルスの出現は、利用度の極めて高いわが国に最も多い。

とはいえ、一旦流行が始まると、いくら健康だからといって発熱している患者さんに対して、医師もこのガイドラインを守って静観するのは通常難しい。すなわち、インフルエンザ感染後に利用できる抗ウイルス特効薬は今も求められている。昨年塩野義製薬からゾフルーザが新しい抗インフルエンザ剤として発売されたのもこの要求に応えたものだ。しかし、耐性ウイルスの出現など抗インフルエンザ薬は常に課題を抱えており、完璧な薬はまだ開発されていない。

今日紹介するアトランタ・ジョージア州立大学からの論文は、RNAのアナログを用いてウイルスRNAに多数の突然変異を誘導することで、耐性の出にくい抗インフルエンザ薬開発が可能と着想して研究を進め、経口摂取可能な化合物を同定した報告で、10月23日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Characterization of orally efficacious influenza drug with high resistance barrier in ferrets and human airway epithelia (経口投与可能なフェレットや人の気管上皮での耐性の出にくい抗インフルエンザ薬)」だ。

これまで発売されているタミフルやリレンザはノイラミニダーゼ阻害剤で、ウイルスの感染を阻害する。またゾフルーザはウイルスmRNA 複製阻害剤だが、それぞれウイルスタンパク質を標的にしているため、変異による体制の出現はどうしても避けられない。

このグループは核RNAに導入されて遺伝子配列を狂わせる核酸アナログを探索してすでにN-hydroxycytidine(HNC)がこの目的に利用できることを示していた。HNCは全てのインフルエンザウイルスに効果があるが、経口摂取の場合サルでは血中濃度が上昇しなかったので、さらに至適化を進め、サルでも高い血中濃度に達することができるEIDD-2801を合成した。

この化合物合成がこの研究のすべてで、あとは、この化合物が抗インフルエンザ薬として働けること、そして何よりも耐性ウイルスが出にくいことを調べる実験を行なっている。サルで血中濃度が十分上昇できることを確かめた後は、フェレットを用いたインフルエンザウイルス感染系、およびヒトの気管上皮を用いた培養系でこの化合物がウイルス特異的に作用し、期待通りウイルスRNAに変異を誘導して機能を失わせること、その効果はタミフルより高いこと、ホストの細胞には影響がないことを確認した後、ウイルス感染細胞を長期間低濃度のEIDD-2801と培養する実験系で、耐性ウイルスが全くでないことを確認している。

以上が結果で、一般の人にはわかりにくいと思うが、期待どおり化合物にたどり着いた気がする。実際には、わが国でも同じ原理に基づく肝炎ウイルス薬リバビリンなどが開発されているが、薬剤の使いにくさや、催奇形性から通常の使用には用いられないで非常時のストックとして維持されている。この薬剤も治験の結果同じ運命にならないとはいえないが、もし期待通りなら、なぜわが国でもインフルエンザにたいして普通に使える化合物の探索ができなかったのか残念な気持ちがある。いずれにせよ、抗インフルエンザ薬はうまくいけば大きな市場になること間違い無い。

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10月29日 神経変性の進展パターンは予測できる(12月4日号 Neuron 掲載予定論文)

2019年10月29日
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昨年の11月にパーキンソン病は盲腸で作られたシヌクレインが自律神経を通って脳に伝播する可能性を示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/9180)。最初は驚くが、よく考えてみると狂牛病のプリオンは腸管を通って脳に伝播することはわかっている。このように、最近脳神経の変性を誘導する変性タンパク質は神経ネットワークを通して伝播し、神経細胞を障害していくと言う考え方が広く信じられるようになっている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、もし神経ネットワークを伝って変性タンパク質が伝播するなら、神経変性疾患が最初に始まる場所と今後犯される場所を予測することができるはずだと言う着想に基づき患者さんの脳イメージを分析した研究で12月4日号のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Patient-Tailored, Connectivity-Based Forecasts of Spreading Brain Atrophy (脳萎縮の拡大を患者さんごとに神経結合に基づいて予測する)」だ。

この研究では症状から病気の拡大の様子が比較的明確にフォローできる前頭側頭型認知症と、原発性進行性失語症の患者さんを対象に、変性部位をMRIをもちいて特定、それを脳の各部位の連結性に基づいて作成されたネットワーク地図の上にマップして、変性の始まりと、拡大を脳領域の連結マップから説明できるか調べている。

まず変性の始まる場所(エピセンター)をネットワークから計算すると、変性が最も強い場所ではないが、それに隣接する場所を特定することができる。このエピセンターを起点にして、病気の拡大のモデルを作成し、実際に病気が1箇所から始まるのか、あるいは複数の箇所から始まるのか計算すると、1箇所から始まると考えるのが最も実態に合う。

とはいえ、このモデルが適用できない患者さんも2割程度存在する。面白いのはこれらの患者さんは、未だ変性が強くないことが多い。すなわち、一様に病気が進行しないため、統計的に予測がつきづらいステージがある。あるいは、遺伝的突然変異のケースもエピセンターを特定しにくい。すなわち、特定の1箇所から始まる場合が多いが、他のモードも確かに存在することを示している。

神経結合を通って伝搬する場合、伝搬先の神経領域から今度は2次的に新しい領域へ伝搬することになるが、エピセンターを含めて各領域での変性は一様ではない。このため、エピセンターが常に変性が最も強いと言うわけではなく、その近くに最も変性の強い場所が存在することが多い。また、変性の伝搬も一様に時間経過とともに進むのではなく、新しいノードの特性に合わせて進展が多様化する。他にも色々データは示されているが、以上の原則で変性が拡大するケースが多く、それに基づいて個々の症例での病気の進展を理解できることも示している。

以上、モデルに基づく解析から、これまで考えられていたように神経変性の多くは、どこか1箇所で始まり神経結合をベースに伝搬すると言う可能性を支持する研究だが、これによって患者さんのMRI画像を解釈できる面白い方法を提供していると思う。重要なのは、各患者さんの変性がこのモデルに従うかどうか?、従う場合今後どう進展するか?、を予測できる点で、今回は全く触れられていなかった症状の進行との対応がついてくると、言語などの高次機能について極めて面白いことがわかる予感がする。

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10月28日 腸内細菌叢が胸腺での発生を促すT細胞(10月25日号Science掲載論文)

2019年10月28日
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免疫系の発生初期から腸内細菌叢が反応のバランスを調整することがわかってきたが、この中で不思議なMAITと名付けられたT細胞も浮き上がってきた。MAITはmucosal associated invariant T細胞の略で、腸内で細菌が作るビタミンB2前駆体を結合したMR1マイナー組織適合性抗原に反応して増殖することが知られている。重要なのは、MAITはこの抗原だけで誘導され、抗原非特異的に多発性硬化症、1型糖尿病をはじめとする様々な自己免疫反応を抑制してくれることで、増殖のための抗原特異性が決まっているので、うまく調節すれば臨床的な価値も高い。

ただMAITという名前から、腸内で分化するのかと思っていたが、今日紹介するフランス・キュリー研究所からの論文はこの細胞が胸腺内で発生するだけでなく成熟して末梢に出ていくことを示した研究で10月25日号のScienceに掲載された。タイトルは「Microbial metabolites control the thymic development of mucosal-associated invariant T cells (細菌由来の代謝物がMAITの胸腺での発生を調節している)」だ。

MAITは腸内細菌叢のB2前駆体依存的に発生してくるので、腸内細菌の存在しない無菌マウスを腸内細菌叢の存在するマウスと一緒に飼育し始めてMAITの数を調べると、まず胸腺でMAITが増殖し、さらにIL17を産生する細胞への分化も胸腺内で起こることが明らかになった。

すなわち、バクテリアが作るB2前駆体が血中を通って胸腺に到達し、MAITの発生分化を促すことになる。実際、B2前駆体合成経路のないバクテリアを植えてもMAITは増殖しない。以上のことから、胸腺内にはB2前駆体を補足してMR1とともに提示してMAITを刺激する細胞の存在があることを示唆している。

そこで様々な組織の細胞を採取してMAITを刺激すると、胸腺細胞が最も刺激能力が高いこと、そしてこの理由は未熟T細胞であるdouble positive細胞が最もB2前駆体提示能力が高いことを明らかにしている。また、皮膚にB2前駆体を貼り付ける実験でも同じように胸腺細胞はMAITを刺激できることから、腸内細菌叢で作られたB2前駆体が循環を通って胸腺に入り、そこで発生分化を誘導することを証明している。

ただ、B2前駆体だけを無菌マウスに注射するとMAITは除去されるので、おそらく細菌が産生する他の因子と一緒に胸腺に到達した時、抗原としてMAITの発生分化を刺激すると考えられるが、この因子が何かを特定できていない。

以上の結果から、胸腺内のMAIT発生分化をコントロールする可能性は少し見えてきたように思える。もともと細菌とともに暮らす私たちなのでもう一つの因子は満ち足りていると思える。とすると、皮膚にB2前駆体パッチを貼り付ける方法でMAITを増やし、自己免疫病を抑えることも可能になるかもしれない。

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10月27日 病気治療のための化合物探索の重要性(米国アカデミー紀要および10月16日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年10月27日
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金曜日、こちらの頼みごとがあって理研創薬・医療技術基盤プログラムのディレクターを務められている後藤先生と久しぶりにお会いして、食事をする機会があった。まだ現役の頃お願いしたFOPも、9年をかけて着実に治療薬に向かっていることをお聞きして本当にありがたく思った。ただ、FK506を開発された後藤さんとしては、日本の製薬やアカデミアが、細胞、抗体、核酸薬へとシフトし、化合物開発に関わる人が急速に減っているのを心配しているとおっしゃっていた。

確かに、CMLに対するグリベックの組み合わせを除くと、ガンに対する化合物を開発してもほとんどは再発を許してしまうことなど、化合物開発の研究者の意欲を低下させる報告が多いことも確かだが、最近のアムジェンのRAS阻害剤のように、化合物開発にはまだまだ多くの期待が寄せられていることも確かだ。

そこで最近読んだ中から化合物開発として面白いと思った論文2編を今日は紹介する。

最初はオーストラリアクィーンズランド大学からの論文で、何とオーストラリアで発見された青カビ族から麻薬作用物質を発見したという研究で米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「A tetrapeptide class of biased analgesics from an Australian fungus targets the μ-opioid receptor (オーストラリアの真菌由来の作用の限られたテトラペプチド型鎮痛剤はμオピオイド受容体に作用する)」だ。

鎮痛剤の切り札モルフィネは植物アルカロイドだが、同じ受容体に作用するナイン性のオピオイドは全てペプチドだ。このグループは同じようなペプチドを動物以外から分離するプロジェクトに関わっていたと思われるが、幸運にも青カビ族から3種類のテトラペプチドを分離し、全てが低いながらもμオピオイド受容体を活性化できることを発見する。そして、一つのテトラペプチドをさらに至適化してbilorphinと名付けたテトラペプチドを合成する。こうしてできたbilorphinは他の麻薬と異なり、βアレスチンがオピオイド受容体に結合して、受容体の感受性を下げる働きが極めて低いことを発見する。すなわち、中毒症状が出にくい麻薬が開発できる可能性を示唆している。最後にbilorphinを経口投与可能なbilactorphinを合成するところまですすんでおり、まさに、バクテリアや真菌から新しい生物活性物質を分離すると言う古典的方法が、今も十分役立つことを示している。

しかし真菌から麻薬が分離できると言うのは驚きで、その筋の人たちにの手に渡ったら大変なことになるのではとちょっと心配もしている。

もう一編はシカゴにあるノースウェスタン大学からの論文で、正常の酵素の活性を高める化合物でパーキンソン病の症状を抑えることができることを示した研究で10月16日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A modulator of wild-type glucocerebrosidase improves pathogenic phenotypes in dopaminergic neuronal models of Parkinson’s disease (野生型のglucocerebrosidaseの活性を高めることでパーキンソン病モデルのドーパミン神経の異常を改善できる)」だ。

Glucocerebrosidase(G BA)はリソゾーム病の原因遺伝子の一つだが、この変異はパーキンソン病の重要なリスク遺伝子で、しかも酵素活性自体、他の原因によるパーキンソン病でも活性が低下していることが知られている。この研究では、まずGBAに変異をもつパーキンソン病の患者さんからiPSを作成、そこからドーパミン神経を誘導して、ドーパミン神経細胞の様々な異常を特定、それを正常化できる化合物S-181を作成している。そして、この化合物が正常のGBAを安定化することで、細胞レベルの病理を改善すること、またGBAには突然変異を持たないパーキンソン病由来のドーパミン神経の異常を改善することを示している。

最後にマウスを用いて、この化合物が脳へ移行できること、人間と同じGBAの変異を導入したマウスのシヌクレインの蓄積を抑えることを示している。

以上が結果で、突然変異を正常化できなくとも、残っている正常遺伝子の機能を高める化合物により病気の進行を抑えられることを示しており、多くの分子について同じような研究が行われ、遺伝子治療ではない化合物による治療が開発されることを期待する。

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