2023年4月7日
我々の頃の病理学では炎症とは、痛み、腫れ、熱感の3症候から定義すると習ったが、今ではこのような症候学に、分子メカニズムが被せられ、もっと複雑な分子ネットワークについて習っているのだと思う。いずれにせよ、痛みを考えると炎症もストレス反応で、神経を巻き込んだネットワークの存在が想定できる。
炎症の痛みは、炎症によるさまざまな局所変化が末梢神経の痛み受容体を刺激するからだが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、痛み刺激がいくつかのメカニズムを通して樹状細胞を刺激し、炎症を誘導するという逆の回路についての研究で、3月31日号 Science に掲載された。タイトルは「Multimodal control of dendritic cell functions by nociceptors(樹状細胞の侵害受容による複数の回路による制御)」だ。
この研究ではNaV1.8侵害受容体陽性末梢神経と樹状細胞の共培養を用いて、末梢神経の刺激により、樹状細胞の炎症性サイトカイン分泌を促進して、特にバクテリアなどの細菌感染に備えている可能性を発見する。
次に、この末梢神経による樹状細胞活性化に神経と樹状細胞の直接接触が必要であることを培養実験で確認し、樹状細胞が活性化されるメカニズムを調べ、最終的に3種類の経路を介して神経が樹状細胞を刺激していることを明らかにしている。
最初の経路は、神経興奮がそのまま樹状細胞の膜脱分極を誘導する経路で、この結果樹状細胞の自然免疫反応を高め、IL6、IL12、IL23などのサイトカインの組織への分泌が高まる。
2番目の経路は、刺激により末梢神経細胞から分泌される CCL2ケモカインにより、樹状細胞は刺激神経に引き寄せられ、局所炎症状態を維持する。
最後に、同じく刺激された末梢神経は神経ペプチドの一つCGRPを分泌し、これが直接樹状細胞に働いて、自然炎症分子のもう一つの柱IL-1βの分泌が促進される。
以上の3経路により、痛み刺激は局所炎症を維持する働きがあることを、皮膚をモデルに生体内で確かめている。実際、CCL2ケモカインが欠損したマウスでは、皮膚炎症が低下するだけでなく、接触過敏免疫反応も低下することを示している。
以上のように、炎症が痛みを誘導するだけでなく、痛み自体も樹状細胞を通して局所炎症を促進することが明らかになった。この結果は、痛みを抑えることが炎症を抑えるためにも重要であることを意味しており、炎症の制御に関する新しい治療法の開発にもつながる気がする。
2023年4月6日
今、カントの著作やカントに関する評論などを読み漁っているが、つくづく感じるのは、哲学の世界では、最終的に何らかの結論を出さざるをえないという縛りがさまざまな無理を産んでいる、という実感だ。いつになるかわからないが、これについては科学との比較でまとめるつもりだ。面白いことに、同じような感覚を、最近流行りのChat-GPTなどの、 GPTとその基盤のAIについても感じる。すなわち、結論までのプロセスがわからないことと、必ず答えを出そうとする点で、人間の最も高次な活動である哲学とAIの共通性に少し驚いている(もちろん自動運転で答えが出ないことは困ることは間違いない)。ただ、コンピュータでないと解析できない膨大なデータをどう扱えばいいのかについては、特に科学の世界で厳しく吟味する必要がある。
今日紹介するオランダ神経科学研究所からの論文は、大人の神経細胞も増殖能を持つかという点についてsingle cell RNA sequencing (sRNAseq) を用いて行われた解析データを再検討し直して、sRNAseqの問題を詳しく検討した研究で、4月2日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Mapping human adult hippocampal neurogenesis with single-cell transcriptomics: Reconciling controversy or fueling the debate?(大人のヒト海馬での神経生成についてのsingle cell転写マッピング:神経幹細胞の存在についての論争を調整できるか、あるいは火に油を注ぐか?)」だ。
sRNAseqは間違いなく21世紀を代表するテクノロジーで、生命科学に大きな確信をもたらしている。しかし、一個の細胞から大量のデータを取り出し、しかもそれを数千から数十万個の細胞で解析する必要があり、コンピュータによるデータ解析なしには成立し得ない。さらに、得られたデータの解析のために、さらにAIなどが使われ、細胞の特定が行われる。その結果、一定の解析手法で得られたデータを再検討することなしに、どうしても結論を導き出してしまう。
この研究では、人間の海馬神経は増殖している、あるいは増殖していないという相反する結果を報告した論文のデータをもう一度さまざまな視点で再解析し、なぜこのような違いが出たのかについて詳しく検討している。
ここでは、神経細胞の sRNAseq解析が陥るさまざまな問題についてわかりやすく解析しているので、ぜひ多くの方に直接読んでもらいたいと思うが、
- 解析できる細胞数が足りないために起こってくる問題。
- 神経細胞全体の代わりに、核内のRNAを調べるために起こってくる問題、
- 死後脳や病気の脳を用いざるを得ない制限の問題、
- 増殖細胞のような稀な細胞を特定するときに現在使われるデータ処理法に潜む問題、
- 例えば Radial glia 細胞や神経前駆細胞といった増殖とリンクする細胞を特定するときの分子マーカーの問題、
- 解釈にはどうしてもそれまでの知識が必要で、我々はマウスのデータに依存しすぎている問題、
などを詳しく、批判的に検討し、さらにこれらの問題を解決するため、例えば ヒトの胎児のデータ、あるいは霊長類のデータとの比較の重要性などの道筋を示している。
その上で、異なる結論を持つ論文のデータを再検討し、データ自体は全く違っているわけではなく、結局確実に増殖している細胞が存在するかどうかはどちらのデータでも明らかではないが、間違いなく未熟な神経細胞がどちらのデータでも見つかることを示している。結論としては、人間の海馬で神経細胞の再生が行われているかは、まだ検討が必要だが、その可能性は高いということになる。
今後もコンピュータに任せざるを得ないデータを、一つの視点から常に解析し直すことの重要性を、科学界は率先して示していってほしいと思う。
2023年4月5日
昨日は、ガン周囲組織の好中球の中にはガンの免疫療法を助ける集団が存在し、この集団をコントロールすることで、よりガン障害効果の高い新しいガン免疫治療を開発できる可能性を示した論文を紹介した。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、同じ好中球が回り回って膵臓ガンの代謝システムをプログラムし直すのに手を貸しているという話で、膵臓ガン特異的代謝を標的にした治療開発にも、ガン組織中の好中球の役割を理解することの重要性を示した研究で、3月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ornithine aminotransferase supports polyamine synthesis in pancreatic cancer(オルニチンアミノ転移酵素は膵臓ガンのポリアミン合成をサポートする)」だ。
このグループは、膵臓ガン特異的な代謝経路を探索し、それを治療標的にしようと研究を行ってきて、細胞増殖などに必須のポリアミン合成経路が、膵臓ガンでは、通常のアルギニンからオルニチン、ポリアミンという経路ではなく、グルタミンからオルニチン、ポリアミンという経路にプログラムし直されていること、しかもグルタミン経路を抑制しても、すぐにはアルギニン経路にスイッチできないことを突き止めていた。
すなわち、この経路を膵臓ガン特異的治療標的にできる可能性が示されたので、この研究ではアイソトープを用いた代謝実験で、オルニチンとポリアミンの一つプトレシンが、膵臓ガンだけでグルタミンから合成されることを確認し、なぜこのような代謝経路のスイッチが起こるのかを調べている。
このようなスイッチは正常の膵管上皮では見られない。そこで、膵臓ガン発生に関わる変異Rasの役割を調べると、Rasの下流で活性化される Klf6転写因子を介して、グルタミンからオルニチンを合成する酵素OATの転写が高まっていることを発見する。実際、Ras変異がない膵臓ガンではグルタミン経路へのスイッチは見られない。
しかし、変異Rasに依存するガンは数多く存在し、代謝を比べてもアルギニン経路を主に使っているので、Rasの活性化だけでは説明がつかない。そこで、膵臓ガン周囲組織でアルギニンが減っているのではないかと着想し調べると、アルギニンがガン周囲組織でほとんど存在しないことを確認する。そして、直接示してはいないが、これは白血球でアルギニン経路が高まっている結果で、このアルギニン欠乏に対応するため、膵臓ガンでグルタミン経路へのスィッチが起こると結論している。この結果を見ると、ガンと好中球の関わりがいかに複雑化を思い知るし、膵臓ガンの場合アルギニンをめぐる競争の中で新しい性質を獲得してしまったことが、膵臓ガンの超悪性化に関わっているとすら思えてくる。
ただ、治療という立場からみると、好中球のおかげで膵臓特異的で、正常組織では存在しないアキレス腱が生まれたことになる。そこで、この経路に関わるOAT1を阻害して膵臓ガンの増殖を抑えられるか試験管内や生体内の発ガン実験で確認している。また、この増殖抑制が、おそらくポリアミンの低下の結果発生するエピジェネティックな転写の再プログラムによることも示している。
以上が結果で、結局、なぜ膵臓ガンだけでガン細胞のアルギニン欠乏が起こるほどの白血球浸潤が起こるのかについてはよくわからなかった。しかし、この経路だけを標的にしてガンの根治は難しいとしても、ガン特異的な一つの標的が見つかったことは大きい。納得できない部分も多いが、膵臓ガンの基礎、臨床の両方で新しい方向が見えたような予感はする。
2023年4月4日
これまで紹介したガン免疫に対する好中球の役割を調べた論文のほとんどは、好中球はガン免疫を抑える方向に働くとする結果だった様に思う。例えば、治療の難しい膵臓ガンの場合、間質に好中球が多いとキラーT細胞のガン組織への移動が阻まれることから、好中球をガン組織に入れない方法の開発が行われている。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、好中球も様々なタイプがあり、ガン免疫が成功するためには、ガン免疫を助けるタイプの好中球の参加が必要であることを示した研究で、3月30日号 Cell に掲載された。タイトルは「A neutrophil response linked to tumor control in immunotherapy(好中球の反応は免疫治療でのガン制御と関わる)」だ。
この研究ではマウス肺がんモデルを用い、ガン免疫を高めるCD40抗体治療効果を調べていたところ、治療がうまくいった全てのケースで、CD40刺激後2日目に強い好中球の浸潤が起こっていることを発見した。
すなわち、ガン免疫を助ける好中球が存在することを強く示唆しているので、single cell RNA sequencingを用いて好中球を詳しく分類すると、全体で7種類の好中球に分けることが出来、ガンに対する免疫を助けるタイプはシアル酸結合レクチンSiglecの発現が高い集団であることを確認する。逆にSiglec発現の低い好中球はこれまでガン免疫を抑えると考えられていたタイプに対応することも示している。
さらに、ガン免疫を助ける好中球と、抑える好中球は、かなり早い時期から分離しており、ガン局所での免疫反応が始まると、ガン免疫を助けるタイプの未熟好中球のガン組織への浸潤が促進され、それが成熟することで、 ガン免疫を助けることを明らかにしている。
このSiglec発現の高い好中球がガン免疫を助けるメカニズムについては、インターフェロンにより誘導される分子の発現が高いことに着目し、好中球のインターフェロンに対する反応性を変化させた遺伝子改変マウスを用いて、免疫細胞から分泌されるインターフェロンにより誘導される分子が働くことにより、ガンを傷害するだけでなく、ケモカインを発現してガン局所の免疫を高める効果を持つことを明らかにしている。
最後に、Siglec 発現好中球がガン局所で誘導されるメカニズムについては、まずガンに対する免疫が起こることが必須で、この時樹状細胞のIL12によりT細胞が活性化し、この結果インターフェロンが分泌される結果、好中球がガン免疫に動員されることを示している。
以上が結果で、基本的にはガン免疫が高まってすぐの反応で、もっと長いスパンで見たとき同じような好中球がリクルートされ続けるのか明確ではない。ただ、人間の症例を検討して、末梢血のSiglec発現の高い好中球が高い患者さんでは免疫治療による予後が良いことをデータベース解析から示しており、うまくいった場合はガン免疫を促進してくれる好中球が持続的にリクルートされてると期待できる。いずれにせよ、細胞の機能を一つのステレオタイプに押し込めることの間違いを思い知らされる論文だった。
2023年4月3日
アルツハイマー病(AD)の最初の引き金になると考えられているアミロイドβに対する抗体レカネマブは、細胞外の沈殿型アミロイドβと結合してミクログリアで処理されることで除去を促進し、蓄積を抑えるのがメカニズムだと思う。ただ、ADの神経変性の直接の引き金になるTauの蓄積に対しても抗体治療が可能であることが動物実験で示されており、これはTauが細胞外に吐き出されたあと、他の神経へとプリオンの様に進展するのを防ぐからだとされてきた。この場合も、防御の主役はミクログリアになる。
ところが今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、抗体がFcレセプターを介してミクログリアの処理を高めるのではなく、抗体とともに細胞内に入ったTauを細胞質のTRIM21分子を介して分解することで病気を防ぐことを示した研究で、3月31日号の Science に掲載された。タイトルは「Cytosolic antibody receptor TRIM21 is required for effective tau immunotherapy in mouse models(細胞質に存在する抗体結合分子TRIM21がマウスモデルのTau免疫治療に必要)」だ。
TRIM21は細胞質に存在するユビキチンリガーゼで、抗体と結合している分子を認識してユビキチン化し、それをプロテアソームに分解させる機能を持っている。通常はウイルスに対する防御機構の一環と考えられる。このグループは、沈殿型Tauがプリオンの様に他の神経に感染するとき、抗体があるとウイルスと同じように分解処理する結果、ADの進展が防げることがTauに対する抗体治療のメカニズムではないかと考えた。
そこで、Tau/抗体複合体を培養神経細胞に加え細胞学的に調べると、細胞外で形成されたTau/抗体結合体が神経細胞にも取り込まれ、TRIM21と近接して存在すること、また抗体が存在することで、細胞質内での分解を促進し、Tauのプリオン様作用を抑え、細胞内でのTau沈殿を抑制することを明らかにしている。
これまでTauに対する抗体は、Fcレセプターを介すると考えられてきたので、抗体Fcに変異を導入、Fcレセプター結合性、あるいはTRIM2結合性を変化させる実験を行い、TRIM21との結合がTau伝搬阻止の主役であることを確認している。そして実験の締めくくりとして、マウスのTauによるADモデルにTRIM21ノックアウトを導入し、抗体治療にはTRIM21が必須であることを、短期・長期の抗体投与実験で明らかにしている。
最後にこれが人間でも可能であることを示すために、ヒトiPSから神経細胞を誘導し、TRIM21がヒト神経でも働いて、ウイルス/抗体コンプレックスの処理に関わることを明らかにし、おそらくTauの伝搬でも同じ効果を持つことを示唆している。
以上が結果で、これまで全てのTau処理をミクログリアの作用と考えてきた私にとっては、大変面白い論文だった。
2023年4月2日
これほど免疫システムによるガンの抑制が当たり前になっていても、免疫サーべーランスという言葉は耳慣れない人も多いのではないだろうか。しかし我々の世代にとっては、ガンと免疫というと免疫サーベーランスがまず結びついていた。免疫サーべーランスの概念は、おそらくオーストラリアのバーネットが最初に提唱したのではと思うが、我々の身体で日々発生している突然変異によるガン細胞を、免疫システムが見つけ出して殺すことでガンの発生を抑えているという考えだ。
確かに最近の疫学では、免疫不全症の人ではガン発生率が1.4倍になるという結果は、これを示唆しているが、思っているほど効果が高いわけではなく、また免疫システムが完全に欠損したマウスでも発ガン頻度が高くなかったことから、免疫サーべーランスの概念はあまり注目されなくなった。
今日紹介するスローンケッタリング ガンセンターからの論文は、ガンの転移巣の活性化には免疫サーべーランスが関与する可能性を示唆する研究で、3月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「STING inhibits the reactivation of dormant metastasis in lung adenocarcinoma(STINGは休止期転移肺腺ガンの再活性化を抑制する)」だ。
このグループは、既に静脈注射して各組織に播種された後もほとんど増殖せず組織で静かにしている転移ガンモデルを完成させている。実際、例えば現在の乳ガン治療では、ステージ1でも、既に各組織に転移があると想定して治療を行うが、これは初期からガン細胞が転移しており、何らかのきっかけで再活性化が起こるのを何年も待っていることがあると考えられる様になったからだ。
このグループが完成させた休止期転移モデルでは、免疫系とNKが存在しないマウスでは休止期に維持できないことから、休止期を外れたガン細胞を殺して、休止期を維持しているのが免疫サーベーランスであると結論し、このモデルで免疫サーべーランスを逃れる要因を、転移巣から増殖した細胞と休止期細胞から外れたばかりのガン細胞の遺伝子発現を比べ、また発見された遺伝子を改めてCRISPR/Cas9でノックアウトする実験から、自然免疫に関わるDNA センサーであるSTING分子であることを突き止める。
そして、ガンが休止期から外れて増殖期に入るとSTINGが発現し、これがガン細胞中のDNA断片を認識して自然免疫のスウィッチを入れるとともに、NK細胞の標的分子や、クラス1MHCの発現を上昇させ、免疫系により除去されることを明らかにする。
このシナリオを確認するため、STINGをノックアウト、あるいは強発現させる実験を行い、STINGが発現しているガン細胞は、免疫サーべーランスに発見され除去されることを明らかにする。
一方、ガンの方はサーべーランスを逃れるため転移巣ではSTINGをエピジェネティックに抑制しているが、これにはTGFβも関与すること、また増殖が始まるとエピジェネティックな抑制が外れSTINGが発現すること、そして増殖が続くと今度はSTINGがDNAメチル化により抑制を受け、サーべーランスを受けなくなることを明らかにしている。
最後に、STING刺激を高める薬剤を投与することで、転移巣の再活性化をつよく抑えることも可能であることを示し、医療へのトランスレーションの可能性を示唆して論文を終えている。
さすがTGFβシグナルの大御所Masagueの研究室だけあり隙の無い研究だが、これが肺ガン特異的な現象なのか、あるいは乳ガンや前立腺ガンなどでも言えるのか、是非知りたいところだ。
2023年4月1日
老化が進む一つの原因が、老化した細胞が組織に長期間残ってしまうことで、新陳代謝を妨げ、慢性炎症状態が維持されるからだとする考えは広く受け入れられている。これを防ぐには、老化細胞を速やかに除去するsenolysisと呼ばれる過程を高めることが重要で、様々な方法が開発されてきたが、senolysisが生理的に行われているのかはよくわかっていない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、senolysisが人間の皮膚で起こっており、キラー活性を持つCD4T細胞が老化細胞が発現するサイトメガロウイルス抗原を見つけて除去しているという研究で、3月30日号の Cell に掲載された。タイトルは「Cytotoxic CD4 + T cells eliminate senescent cells by targeting cytomegalovirus antigen(細胞障害性CD4T細胞がサイトメガロウイルス抗原を標的にして老化細胞を除去する)」だ。
おそらく化粧品会社の最も重要なターゲットの一つは、皮膚の老化を遅らせることだと思う。この研究では、皮膚の中でも真皮に存在する線維芽細胞に焦点を当て、様々な年齢の皮膚バイオプシー標本から老化細胞の数を算定している。
結果はちょっと複雑で、若者と比べると確かに年齢とともに老化細胞の数は上昇するが、50歳を超すとほとんど年齢と比例しなくなる。おそらく単純に時間とともに起こる変化とは別の変化が、老化細胞の数に関わると考え、真皮に存在する血液細胞と老化細胞の相関を調べると、細胞障害性の機能分子を発現するCD4T細胞が多いほど老化細胞が少ないことに気づいている。
さらにCD4T細胞を分離した同じ人から、線維芽細胞を調製し、分裂抑制により老化させ、CD4T細胞と共培養すると、CD4T細胞は老化細胞のみを殺す活性があることを見いだしている。
次に、このCD4T細胞が老化細胞のどの抗原を認識しているのか探索し、老化した線維芽細胞ではクラスII-MHCとともに、サイトメガロウイルスグリコプロテインの発現が高まっていることを発見する。そして、CD4T細胞がウイルス抗原を発現している線維芽細胞を傷害する活性を持ち、抗原受容体もウイルスペプチドとクラスII-MHC複合体と結合していることを確認している。
結果は以上で、では本当にサイトメガロウイルス特異的CD4T細胞が皮膚の老化を防いでいるかどうかは、人間についての状況証拠だけでは結論できないだろう。おそらくシステムをマウスに完全に移して、皮膚の老化が防げるか、さらに他の臓器でも同じことが言えるかが結論できるのだと思う。
これで証明されると、あなたのCD4T細胞を活性化しますと言ったサービスも可能になるかも知れない。
2023年3月31日
今回のコロナパンデミックで有名になったmRNAワクチンにも使われている脂肪膜は、核酸だけでなく細胞内への蛋白質デリバリーにも使えそうだが、実際には簡単ではなく、合成コストが低く細胞特異的デリバリーを可能にする方法はまだまだ開発途上と言える。
今日紹介するMITからの論文は、バクテリアが持つPVCと呼ばれる一種のファージの様な蛋白質を注射するシステムを改変して、細胞特異的な蛋白質デリバリーを可能にする技術の開発で3月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Programmable protein delivery with a bacterial contractile injection system(バクテリアの収縮による注射システムを利用したプログラム可能な蛋白質デリバリー)」だ。
全く知らなかったが、バクテリアは他の細胞をアタックするために、16種類の蛋白質と、中に詰め込むトキシン蛋白質が一つになった遺伝子セットを持っており、これが発現すると中に細胞を殺すトキシンが詰まったファージウイルスの様な注射システムが合成され、標的の細胞に結合すると、注射器の様に全体が収縮して内部のトキシンを細胞の中に注射、細胞を殺すことで、邪魔者を排除している。
この細菌由来注射器はそのままで昆虫細胞には取り付けるので、試験管内で昆虫培養細胞に加えると、極めて効率よく細胞を殺すことが出来る。また、中身遺伝子を蛍光蛋白質GFP遺伝子に代えると、GFPだけが注射器内に取り込まれ昆虫細胞に注入されるので、中身を自由に代えることが出来る。
従ってあとは、哺乳動物の細胞に対して反応し、また特定の細胞だけにとりつく様特異性を代えることが出来るか?が重要な開発ポイントになる。
細胞にとりつく部分はPVC13蛋白質が対応しているが、このままでは哺乳動物には取り付けない。そこでこれにリンカーを結合させ、アデノウイルスの一部、あるいはEGF受容体に対する模倣抗体(DARPin)を結合させ、試験管内で調べると、人間の細胞でも、表面に発現している標的分子の発現特異的に、蛋白質を導入できる。
同じようにして、特異性の異なる一本鎖抗体ナノボディー遺伝子をPvc13に結合させると、それぞれの抗体が認識する分子を発現する細胞にだけ、蛍光蛋白質をデリバーできる。すなわち、抗体さえあれば特定の細胞だけを標的にすることができる。
最後に、生体内でも蛋白質を導入できるか、脳内へPVCを注射して調べると、アデノウイルス分子を使った場合、神経細胞特異的に蛋白質を導入することが出来ること、また導入された蛋白質は2−3日で消失するため、極めて短期間だけ細胞を操作できることなどを示している。
以上が結果で、バクテリアでシステム全体を合成できること、細胞特異性を付与しやすいことなどを考えると、かなり有望な蛋白質デリバリーシステムになる気がする。しかし、地球上の生物を探せば、まだまだ面白いツールが掘り起こせることが間違いないことを教えてくれる論文だ。
2023年3月30日
昼夜のサイクルに会わせた概日周期を刻む体内時計のメカニズムはバクテリアにも存在する。これは、生物が地球のリズムに合わせるための必須のメカニズムで、その分子基盤もよくわかっており、真核生物の複雑な分子相互作用と比べると、極めて単純だ。
今日紹介する米国のBrandeis大学からの論文は、バクテリアの概日周期を刻む時計メカニズムの代表と言えるKaiABCシステムと呼ばれる3つの蛋白質からなる時計システムの進化を、系統構造学を駆使して探った研究で、3月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「From primordial clocks to circadian oscillators(原始型時計から概日周期への進化)」だ。
まずKaiABCシステムがどのように概日周期を刻むのかを見ておこう。基本的にはKaiC分子のリン酸化と脱リン酸化のサイクルを昼夜の周期に会わせたシステムを作ることで時計が形成される。まず、KaiCとKaiAが結合すると、KaiCの構造が変化し、KaiCの自己リン酸化が進んでいく。これが飽和するのが12時間だが、この時、KaiBがKaiCのリン酸化の程度に応じてKaiAの結合を阻害する方向に働き、今度は脱リン酸化を助ける。KaiCは12個の分子が集まっているため(12時間に合わせたわけではないと思うが)、この過程が時間をかけて進むため、3種類の分子だけで地球の自転に会わせたサイクルが完成している。
このように単純な分子から形成されているとは言え、3種類の蛋白質が最初から同時に存在するはずはない。そこで、この進化を探るため、個の分子の進化を探ってみると、まずKaiCとKaiBが30億年前に発生した後、現在のKaiAが参加するシステムが形成されるのは約10億年前までかかっている。すなわち、BC2種類の分子相互作用システムが、最終的にABC3分子システムに進化している。
そこで、まずBC2分子システムで時計機能を再構成できるのか調べる中で、20億年前に進化したKaiCrsシステムに着目した。このKaiCはABCシステムのKaiCと異なりAループと呼ばれる部位が飛び出している。またKaiCは自己リン酸可能を持つので、このRS型ループがKaiC同士を密接に結合させ、他の分子の助けなしにリン酸化を進めるのではと着想し、実験的に確かめている。すると、まさにこのRS型Aループ構造があるだけで、KaiA依存的なKaiCよりスピードの速いリン酸化が起こる。
KaiA依存システムではKaiCリン酸化が飽和するのに大体12時間ぐらいかかるのに対し、KaiCrs自身は1時間でリン酸化が飽和する。
次にリン酸化分子が時計システムを作るためには脱リン酸化が必要だが、これ自体もKaiC分子の酵素活性により起こるが、この過程はまずKaiBがKaiCに直接結合することでKaiCのATP分解活性が高まること、さらにKaiBの結合はKaiCがADPと結合しているときのみに起こることを明らかにしている。すなわち、KaiAの代わりに、細胞内のATPとADP濃度の変化により、リン酸化されたKaiCとKaiBとの結合が調節され、脱リン酸化が進むことが示されている。
少しわかりにくくなったが、要するに自己リン酸化、脱リン酸化反応をおこすKaiC単独の複合体が、概日の細胞の活動によって変化するATPとADP濃度の変化を取り込むため、KaiBを巻き込んで、単純な時計システムを完成させる。ただ、ATP/ADP濃度は温度などにも強く影響されるので、より安定な時計システムを完成させるため、リン酸化と脱リン酸化をKaiAとKaiBの競合に夜システムに変えることで、安定な概日周期が完成したというストーリーになる。
分子構造の解析が中心の論文なのにそこをすっ飛ばして紹介したが、クライオ電顕の威力が進化研究に発揮された面白い研究だった。
2023年3月29日
ナノポアというと単一DNAの配列決定に利用されるモダリティーと思うほどゲノム研究で普及しているが、原理を考えてみると、穴=ナノポアが塞がれた時の電気信号の差を記録していくという意味では、様々な用途に利用できる。実際、アミノ酸配列を読もうとする研究も進んでいることを以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18292)。いずれの場合も、ナノポアをペプチドやDNAが順番に通っていくドライバーを利用する系だが、穴を塞ぐという点だけに注目すれば用途は広がる。
今日紹介するニューヨークのシラキューズ大学からの論文は、ナノポアを特定のタンパク質のセンサーとして使うための条件を調べた研究で、3月20日 Nature Communications にオンライン掲載された。タイトルは「A generalizable nanopore sensor for highly specific protein detection at single-molecule precision(単一分子レベルで特定のタンパク質を検出する汎用可能なナノポアセンサー)」だ。
このグループは大腸菌の ferric hydroxamate uptake component A(FhuA) と呼ばれる分子をナノポアとしてタンパク質との相互作用を調べ、これをナノポアとしてタンパク質全体をキャプチャーするセンサーとして使えるのではと考えた。ナノポアは脂質膜の中に埋め込み、脂質絶縁体の中での伝導性を持つ穴を形成させ、穴が塞がれたときに起こる伝導性の変化を調べるのだが、ナノポア自体は FhuAも溶液の中から特定のタンパク質に結合する能力はない。したがって、FhuAにタンパク質と特異的に結合して補足し、ナノポアと反応させるための分子を融合させる必要がある。
この研究ではSUMO、 WDR5、そしてEGFRの3種類のタンパク質を同じナノポアで検出しているが、それぞれのタンパク質を細くするため、一本鎖抗体(ナノボディー)や、たんぱく質と結合する分子を補足のために FhuAと結合させ使っている。
この条件でナノポアにたんぱく質溶液を加えると、溶液中のタンパク質がナノポアとついたり離れたりし、結合したとき穴が塞がれ電流が定常の40pAから、塞がれ方に応じて0pAまで低下することがわかる。また、このように設計したセンサーは、溶液中のタンパク質と結合解離を繰り返すので、濃度に応じてナノポアを防ぐ頻度、時間が変化する。実際のデータを見るのが最もわかりやすいが、ナノポアセンサーだけで目的のタンパク質を感度よく検出できる。
3種類のタンパク質を例に具体的実験結果を述べると、SUMO分子やEGFR分子では穴が完全に塞がれ、電流は完全に遮断されるが、WDR5では完全に塞がれないため、40pAが30pAに低下する。
一方、遮断される時間はSUMOやWDR5では一定で、同じように分子がナノポアと反応しているのがわかるが、EGFRでは、時間の長い反応と、短い反応に分かれ、構造的に2種類の反応様式をとることがわかる。
最後に、他のタンパク質として牛血清アルブミン溶液に、SUMO分子を加えたときにも検出可能かどうかを調べ、ノイズは増えるが、ナノポアの伝導性の変化は十分検出可能であることを示している。
以上が結果で、抗体を用いて化学的に検出するELISAや、物理的変化を利用してタンパク質の結合を検出する plasmon resonance法やisothermal calorimetry に代わるかどうか予測するほど知識はないが、DNA配列決定現場でのナノポアの活躍を見ると、将来性はあるように感じる。なんといっても、一分子レベルで、パラレルに検出が可能だし、将来はウイルス全体といったさらに大きな分子複合体の検出も可能になるかもしれないと期待している。