4月20日  自由に進化させられるサイトカインの設計(4月14日 Cell オンライン掲載論文)
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4月20日 自由に進化させられるサイトカインの設計(4月14日 Cell オンライン掲載論文)

2022年4月20日
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IL-2はT細胞の増殖を誘導するインターロイキンとして最も古くから利用されており、現在でもガンのキラー細胞試験管内増幅に利用されている。ところが、IL-2を生体内に投与する治療は行われていない。というのも、キラー細胞だけでなく、抑制性細胞、NK細胞、果ては単球までが刺激され、作用が多様すぎてコントロールがきかない。これは、IL-2に対する受容体が3種類もあり、その発現の違いにより、IL-2への様々な感受性が生まれるためだ。従って、IL-2やIL-15分子を変異させて、それぞれの受容体の刺激の仕方を変化させる、人工リガンドを用いて、キラー細胞だけ(https://aasj.jp/news/watch/9537)、あるいは抑制性T細胞だけ(https://aasj.jp/news/watch/14564)を増殖させる方法の開発が続けられ、実際に人体に投与するところまでこぎ着けている。

このように既存のインターロイキンに変異を導入する代わりに、それぞれの受容体に対する結合力の異なる抗体を用いて受容体からのシグナルを自由に調節できないか調べたのが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文で、4月14日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Facile discovery of surrogate cytokine agonists(サイトカインに代わる作用分子の簡単な開発)」だ。

これまでサイトカイン受容体に対する抗体を用いて、サイトカイン自身に代わるアゴニスト効果を得る研究は行われてきている。ただこの研究では、通常の抗体を用いず、抗体の重鎖変異部分(VH)だけを用い、VHをファージディスプレイと呼ばれる方法を用いて進化させ、これをリンカーで結合させることで、サイトカインの代わりにならないか調べている。

まずIL-2について可能性を調べている。IL-2は α、β、γ の3種類の受容体から出来ているが、細胞内へのシグナルは β、γ 受容体が集まることで発生する。そこで、βに対するVHと γ に対するVHをリンカーで繋いで、両分子を近接させる可能性を探っている。実際には、βに対する65種類のVH、γに対する50種類のVHを選んだ後、配列からそれぞれ4種類、6種類に絞り、全ての組み合わせで人工リガンドを作成、細胞の増殖に必要なSTAT5活性能力を指標に10種類に絞って、様々な活性を調べている。

当然膨大な結果なので、要点をまとめると次のようになる。

1)刺激により誘導される転写因子を調べると、IL-2に比べて多様な刺激が発生している。例えば、STAT5は活性化されているが、STAT1は全く活性化されないといった変化が、VHリガンドでは得られる。

2)この違いは、VHリガンドにより誘導される β、γ 受容体の構造が大きく異なることに起因している。すなわち、受容体の集り方を変化させることで、細胞内のシグナルを変化させられる。

3)その結果として、T細胞やNK細胞の異なる活性を引き出すことが出来るリガンドを設計できる。例えば、NK細胞だけを強く活性化したり、エフェクターT細胞やメモリー細胞を別々に刺激することが出来る。

今後、β に対するVHだけを組み合わせたり、γ に対するVHだけを組み合わせたりすることで、さらに自由に活性を調節できる可能性がある。

これを示すために、この研究では β に対するVHに、IL-2とは異なるIL-10受容体に対する抗体を組みあわせるリガンドを作成し、これによりCD8は増殖させるが、CD4は全く増殖しないリガンド作成に成功している。

また、2つのインターフェロン受容体に対する異なる結合力を持ったVHを組みあわせたリガンドを設計して、抗ウイルス活性ではインターフェロンに匹敵するだけでなく、問題になる炎症性サイトカインをほとんど誘導しない新しいリガンドの作成にも成功している。

以上が結果で、VHを徹底的に進化させた後(あるいは、進化の結果、袋小路に入った受容体システムの進化を巻き戻しているのかもしれない)目的に合った分子を選択することで、従来の方法より遙かに自由にシグナルを設計できるリガンド作成方法が可能になったことを示す、重要な研究だと思う。

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4月19日 体細胞突然変異は寿命のバロメーター(4月13日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月19日
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昨日は気管上皮細胞に蓄積する突然変異を single cell レベルの全ゲノム配列決定法を用いて調べる研究を紹介した。単一細胞の突然変異を特定できるレベルまで、極微量DNA解析法が進展してきていることを示しているが、対象にする細胞数が多くなければ、単一細胞にこだわらなくても、突然変異の蓄積を調べる方法がある。英国サンガー研究所で開発された方法で、固定された組織から特定の細胞片を切り出して、そこから作成したゲノムライブラリーの配列から、ゲノムあたりの突然変位数を調べる方法だ(Nature Protocols vol16, 841,2021)。この方法だと、DNA が分解していないフレッシュな組織をすぐ固定することが出来れば、いつでもゲノム解析を行うことが出来、今後研究対象を拡大するのに役立つ。

今日紹介するのは、同じサンガー研究所からの論文で、この方法を使って様々な哺乳動物腸管のクリプト組織の突然変異を測定し、突然変異の起こりやすさと寿命や動物のサイズとの相関を調べた研究で4月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Somatic mutation rates scale with lifespan across mammals(体細胞突然変異発生率が哺乳動物の寿命と対応する)」だ。

この研究では16種の哺乳動物について、死の直後大腸バイオプシーを行い、フレッシュな組織を固定保存した後、大腸の一個のクリプト組織をレーザーで切り出し、ゲノム解析に供している。一つのクリプトは、多くの場合一つのクローン由来と考えられるので、変異が薄まらず検出することが出来る。

16種類の哺乳動物には、定番のヒトやマウスに加えて、キリン、ライオン、トラ、イルカ、キツネザルなど、フレッシュな標本採取に苦労したと思われる動物が含まれている。おそらく、様々なところに網を張り巡らせて、動物が死亡した直後の穿刺針によるサンプリングを行っていると想像する。さらに、この中にはガンが起こりにくい動物として有名で、最近熊本大学の三浦さんの研究で、その原因が自然炎症メカニズムの欠損にあることが明らかになったハダカデバネズミも含まれている。

サンプリングと言い、方法開発と言い、大変な努力の結果の論文だが、結果は極めてシンプルだ。

1)異なる年齢でサンプリングが出来た、ヒト、犬、マウス、ハダカデバネズミでの突然変異蓄積は、昨日の論文と同じで、完全に年齢と比例する。

2)突然変異の起こり方は、ほとんどの種で同じだが、マウスやフェレットのように活性酸素によるダメージの多い動物がいる。またこのような動物は突然変異の蓄積率が高い。

3)これまで突然変異修復力と動物の大きさに相関があると考えられてきたが、全く存在しない。

4)一方、突然変異蓄積率と寿命はほぼ完全な負の相関が見られる。すなわち、突然変異が起こりやすいほど寿命が短い。

以上が結果で、特に4番目の結果は老化を考える上で極めて重要だと思う。実際データを見ていると、突然変異が2000から4000になったぐらいで、ほとんどの動物が死亡するという現実が示されている。

これまで突然変異は、ガンの発生を促すことで寿命を縮めるという意見もあったが、ハダカデバネズミもガンになりにくくても、突然変異は蓄積し、寿命を迎える。何故マウスと比べ、変異蓄積率が低いのかは研究が必要だが、この低い突然変異率が長寿をもたらしている。しかし、変異が一定のレベルに達すると、もはや戻ることは出来ない。

変異の蓄積により、多くの幹細胞システムで、クローン増殖が起こることが示されているが、おそらくこのような細胞に置き換わってしまうことで、システムの維持が不可能になるのだろう。

人間社会で、多様性を維持できず、特定の集団が優勢になると、組織が維持できなくなるのと同じだ。

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4月18日 単一気管支基底細胞の全ゲノム解析からわかること(4月11日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2022年4月18日
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我々の細胞が様々な要因で突然変異を蓄積していることはよく知られているが、これらはほとんどガン細胞の解析から生まれた結果で、正常細胞でのデータはほとんどない。というのも、突然変異は細胞ごとに異なるため、解析に必要な細胞数を増やせば増やすほど、個々の突然変異は薄まってしまう。そのため、元々1個の細胞由来のガン細胞では詳しい突然変異解析が可能だが、正常組織では難しい。

では正常細胞での突然変異解析はどうすればいいのか?結局、個々の細胞を別々に解析して、集団解析から得られる正常ゲノムと比較するしかない。この目的のために、単一細胞の核を抽出し、その中に含まれる全てのDNAを増幅する方法が開発され、血液やバイオプシーサンプルについて、解析が行われ、確かに正常細胞でも突然変異が蓄積していることが確認できるようになった。

今日紹介するニューヨーク・アルバートアインシュタイン医科大学からの論文は、気管支からブラッシングと呼ばれる方法で気管細胞をこそぎとった後、基底細胞を培養して、健常単一細胞を調製、そのゲノムを細胞ごとに解析し、正常細胞で起こる突然変異を調べた研究で、4月11日 Nature Genetics に掲載された。タイトルは「Single-cell analysis of somatic mutations in human bronchial epithelial cells in relation to aging and smoking(ヒト気管支上皮細胞の老化と喫煙に関わる単一細胞突然変異解析)」だ。

私が医学部を卒業したころでも、すでにガンの確定診断に気管支鏡下のブラッシングを用いていたが、おそらくそのときに、ガンの疑いがない反対側でもブラッシングを行い得られた細胞を培養して集めた研究だ。従って、31人の参加者のうち15人が肺ガンと診断されている。この中で12人が喫煙歴なしの方だが、このグループでガンと診断されたのは1例だけで、残り13例は全て喫煙者だ。

いずれにせよ、ブラッシングから、培養、そして単一細胞ゲノム解析と、苦労をいとわずやり遂げたことがこの研究のハイライトになる。その結果、正常サンプルが得られにくい肺でも、正常細胞での変異蓄積様態がわかった。

1)変異は年齢とともに蓄積する。喫煙歴の全くない人では28変異/年の率で蓄積する。

2)これに対して喫煙者は予想通り変異が倍加しており、平均で91変異/年に達する。これは正常のほぼ3−4倍だ。

3)変異の種類を調べると、喫煙者では、喫煙特異的な変異が、老化に伴う変異にかぶさる形で増えているのがわかる。

4)この程度の細胞数の解析では、発ガンに関わる遺伝子の変異が発見されることはない。ただ肺全体では、当然発ガン遺伝子の変異も上昇していると考えられる。

5)この研究で最も驚くのは、喫煙年数と変位数は比例して上昇するが、タバコの量とは必ずしも比例しない点だ。生涯喫煙数を示すPack-yearsという指標(例えば1日1パック(20本)を40年続けると40になる)でみると、40までは変位数の上昇と比例するが、それ以上になると逆に減少傾向が出ている。ひょっとしたら、他の障害の結果修復機能が高まるのか、不思議な現象だ。

以上が結果で、予想通りの結果とともに、タバコの量についての意外な結果が明らかになった。ただ、数は少ないので、もう少し調べていく必要があるだろう。いずれにせよ、大変な実験に脱帽。

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4月17日 細菌が食欲を調節する新しいメカニズム(4月15日 Science 掲載論文)

2022年4月17日
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腸内細菌叢は食に反応して増殖様態を変化させるが、その変化が今度は食欲を調節するという可能性が最近取り沙汰されている。例えば、細菌により合成される短鎖脂肪酸が腸管のブドウ糖合成を活性化して、これが門脈迷走神経系を介して脳に働くという間接的な話に加えて、なんと大腸菌により合成されるペプチドが、直接視床の神経に働いて食欲を調節するという話まで出てきている。

今日紹介するパストゥール研究所からの論文もその一つになると思うが、なんと細菌由来の muramyl di-peptide(MDP) を認識する細胞内センサーNOD2が視床の抑制ニューロンに発現し、腸で分解されたMDPを感知して食欲を抑制するという研究で、4月15日号の Science に掲載された。タイトルは「Bacterial sensing via neuronal Nod2 regulates appetite and body temperature(Nod2を介するバクテリアの感知が食欲と体温を調節する)」だ。

NOD2 には個人的な思い出がある。京大時代の大学院生だった小倉君が、留学先で NOD2 がクローン病の原因遺伝子の一つであることを発見して Nature に論文を発表したという連絡を受け、それまでは外国でなんとかやっているのかどうかと心配していたので、本当にほっとした。このバクテリアセンサーNODについての研究は、Nod-like receptor 分子ファミリーとインフラマゾーム概念確立へと発展しているが、NOD1、NOD2は最も古典的なバクテリアセンサーだ。

NOD2 は NLRP と異なり、カスパーゼ活性はないので、NFκB などの経路を介して細胞の機能を調節する。センサーとしてバクテリア由来 MDP が特定されているので、もっぱら腸内細菌叢のセンサーとして機能していると考えられてきた。ところが最近になり、NOD2 と様々な神経疾患との相関が発見され、神経機能にも何らかの貢献があるのではと考えられるようになっていた。

そこでこの研究ではまず脳で NOD2 が発現しているかどうか調べ、特に視床や視床下部での発現を確認する。NOD2 は細胞内で発現しているので、もしこの分子が働いているとすると、内因性のリガンドが存在するか、MDP が脳に到達する必要がある。MDP を経口投与する実験から、MDP が脳に到達することを確認し、腸内細菌叢由来の MDP が、脳の NOD2 を直接刺激できることを示している。

次は脳内の NOD2 機能だが、NOD2ノックアウトマウスでは、メスで成熟後食欲増加、それに伴う体重増加が見られ、また高齢になった後は自律神経茂樹による体温の低下が抑制されることを発見し、食欲と体温の調節が腸内細菌叢により行われる可能性を示している。

この発見が研究のハイライトで、後は細胞特異的遺伝子ノックアウトや、神経細胞の電気生理などを組み合わせ、NOD2 は視床下部抑制性ニューロンに働き、その興奮性を抑える働きがあること、そしてこの結果として、食欲が抑制され、体温低下を誘導したりする作用があることを明らかにしている。

なぜメスだけで、しかも特定の年齢でこの効果が見られるのかについては、明らかにエストロジェンとの相互作用が示唆されるが、メスで MDPペプチドが視床下部に集まること以上の解析は出来ていない。

結果をまとめると、腸内細菌由来 MDP が、血管を通して脳内の NOD2 を刺激するという話になり、想像をたくましくすると、女性ホルモンにより起こる食べ過ぎを、バクテリアが MDP・NOD2 を介して抑えてくれて肥満を防いでいるという話で、面白いが、人間でも同じことがいえるのか、せめて脳の遺伝子発現だけでも示してほしかった。

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4月16日 CAP-1002(ヒト心臓由来培養細胞製品)でドゥシャンヌ型筋ジストロフィーの進行を抑える( Lancet vol399, 1049 掲載論文)

2022年4月16日
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ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーはジストロフィン遺伝子の変異により、筋肉が徐々に変性することで起こるため、根本的な治療法はジストロフィン分子の発現を回復させることだ。このHPで紹介したエクソンスキップ遺伝子治療(https://aasj.jp/news/watch/7160)など、臨床試験も始まっており、結果が待たれる。

一方で、筋肉変性を遅らせる治療も行われており、主に炎症を抑える目的でステロイドホルモンを用いると、病気の進行を2.8〜8年抑えられることも示されている(https://aasj.jp/news/watch/7744)。他にも、ウロリチンなども動物実験では効果が示されている(https://aasj.jp/news/watch/15383)。

今日紹介するカリフォルニア大学デービス校を中心にした研究グループからの論文は、Capricor Therapeutics が開発したCAP-1002を用いて炎症や線維化を抑え、重症の筋ジストロフィーの患者さんの腕や心臓の機能を維持して自立を図ることを目的とした治験研究で、3月号の The Lancet に掲載されたので、少し遅れたが紹介する。タイトルは「Repeated intravenous cardiosphere-derived cell therapy in late-stage Duchenne muscular dystrophy (HOPE-2):a multicentre, randomised, double-blind, placebocontrolled, phase 2 trial(Cadiosphere由来細胞を繰り返し静脈注射する末期のドゥシャンヌ型筋ジストロフィー治療(HOPE2):二重盲験多無作為化プラセボ対照施設治験)」だ。

CAP-1002 は2人のヒト心臓から Capricor Therapeutics 社が培養株として樹立した細胞治療剤だが、心臓細胞を再生させるのではなく、この細胞がエクソゾームを通して吐き出すmiRNAを用いて、炎症や線維化を抑える効果を利用している。おそらく筋肉に親和性があるため、筋肉や心臓での細胞変性を遅らせる効果がある。

この研究はこの治療法の最終段階治験で、既に歩けなくなった患者さんの腕の筋肉機能低下を遅らせるとともに、心筋の変性を抑えることを目指している。

最終的に20人の患者さんを無作為化し、12人を偽薬、8人をCAP-1002 群にわけ、3ヶ月に1回細胞を静脈注射し、12ヶ月後の病気の進行を PUC1.2 と呼ばれている方法で調べている。

数値で表されているので、実感については私も評価できないが、スタート時点で80点だった機能が、対照群では29.3に低下するが、CAP-1002 群では65.5にとどまり、71%進行を遅らせることが出来ている。一方さらに重要な心臓機能では、ほぼ100%進行を遅らせることが出来たという結果だ。

注射しているのは他人の細胞になるので、高率にアレルギー反応が見られるが、最終的に治療中断を余儀なくされたのは1例にとどまっている。

以上が結果で、高い効果が期待できるという結論になると思う。

正直なところ、エクソゾーム、miRNAといった原理を聞くと本当にうまくいくのかと疑いたくなるのだが、最終治験にまで持ってきた努力が報われた結果だと言える。このグループはおそらく遺伝子治療の対象にはなかなかならないことを考えると、期待は大きい。

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4月15日 強皮症の細胞基盤(4月14日号 Cell 掲載論文)

2022年4月15日
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自己免疫病の中でも強皮症は最も研究が遅れている病気ではないだろうか。文字通り全身の皮膚でコラーゲンが沈着し固くなるのが主症状だが、レイノー現象と呼ばれる血管病変が見られること、肺や腎臓など全身の線維化が見られる病気で、現在では強皮症(scleroderma)の代わりに、全身性強皮症が正式名になっている。

最終的には線維芽細胞の異常と、マトリックスの沈着が起こるのだが、その引き金になるおそらく自己免疫反応についてはよくわかっていない。基本的には、おそらく血管内皮の異常な活性化が引き金になって起こる細胞浸潤と、血小板凝集により、炎症性サイトカインが分泌され、線維芽細胞の活性化が起こると考えられてきた。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は、この難しい病気に、single cell RNAseq を使って解析を試みた研究で44月14日号 Cell に掲載された。タイトルは「LGR5 expressing skin fibroblasts define a major cellular hub perturbed in scleroderma ( LGR5発現線維芽細胞は強皮症で傷害される主要な細胞のハブだ)」。

要するに患者さんの皮膚バイオプシーから細胞を取り出し、single cell RNAseq(scRNAseq )で、存在する細胞を徹底的に分画し、性状と比べた研究で、詳しい解析は出来ているのだが、細胞レベルの現象論で止まっているため、メカニズムには切り込めていない。ただ見えてきた現象から、線維化の起こり方に関して、ユニークな面白いアイデアが示されている。

まず皮膚に存在する免疫細胞だが、正常皮膚と比べるとインターフェロン γ 分泌T細胞が上昇、NK細胞が上昇などが観察でき、また抗 RNA ポリメラーゼ自己抗体の量などとも相関している。ただ、この研究では免疫炎症反応のさらに下流、線維芽細胞に焦点を当てて解析を行い、免疫系の引き金については解析していない。

これまで線維化組織を見る場合、線維芽細胞については myofibroblast と呼ばれる活性化型の増加がもっぱら注目されてきた。確かに相対的に myofibroblast の増加が観察されているのだが、この研究が着目したのは、この研究で初めて存在が認識された LGR5 陽性の線維芽細胞集団だ。

LGR5は、幹細胞領域では最も有名な分子で、腸管を始め上皮臓器の幹細胞特異的に発現し、Wntシグナルを高めている。この意味で、LGR5が線維芽細胞に発現していること自体が驚きだが、この研究のハイライトは強皮症皮膚でこのLGR5細胞の数が著しく低下しているという発見だ。

線維化というと、我々は線維芽細胞増殖とすぐに結びつけるのだが、逆に数が減っている細胞に注目したのがこの研究のミソだ。そして、遺伝子発現、エピジェネティックスなど様々な方法を重ね合わせて、このLGR5陽性細胞が強皮症では、形態的には周りに伸ばした細胞突起が減少し、さらに遺伝子発現でも細胞外マトリックスの合成が上昇し、それを分解する酵素の低下がおこる、リプログラミングが進行していることを明らかにしている。

詳細を省いて紹介したが、要するにLGR5陽性細胞は、多くの皮膚細胞と相互作用して正常皮膚を健康に保つための調節細胞として機能し、異常な線維化を防いでいるが、この細胞が自己免疫反応の結果、急速に減少し、線維化を抑えられなくなるのが強皮症ということになる。

Regulatory fibroblastとも言える面白いアイデアだが、これが正しいかどうかは、実験的に確かめる必要がある。ただ、正しいとすると、新しい介入方法が生まれると期待できる。

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4月14日 幻覚剤がうつ病に効くメカニズム:フロイトの世界がよみがえる(4月11日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年4月14日
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昨年ScienceやNature Medicineが選んだ2021年10大ニュースの中に、違法ドラッグである幻覚剤がPTSDやうつ病に高い効果を示すことを示した臨床治験論文が選ばれていたのをみて驚いた人は多いと思う(https://aasj.jp/news/seminar/18575)。 PTSDにはセロトニン放出刺激剤で、エクスタシーという名で知られる MDMA 、うつ病にはシビレタケなどから抽出されるシロシビンが用いられた治験だが、いずれもこれまでの治療法では到達できなかった高い効果を示しており、患者さんの数を考えると10大ニュースに選ばれて当然と納得する。

今日紹介する英国インペリアルカレッジからの論文は、重症うつ病に対するシロシビン治験の機会を捉えて、安静時機能的 MRI 検査を行い、安静時に活動しているネットワークを調べることで、シロシビンの効果の、脳科学的メカニズムを明らかにしようとした研究で、4月11日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Increased global integration in the brain after psilocybin therapy for depression(うつ病のシロシビン治療後に見られる脳全体の統合性の増加)」だ。

この論文を理解するためには、安静時 fMRI で調べることが出来るいくつかの脳内ネットワークについて知っておく必要がある。fMRI は脳血流を指標に、脳の活動を調べる検査だが、通常は何かの課題を行っているときの脳活動が対象となる。これに対し、安静時により神経活動が上昇している領域の存在が明らかにされ、さらに活動している領域の同調性から、安静時に活動している複数の神経ネットワークが特定された。

最初に発見されたのが default mode network(DMN) で、その後の研究で外界から切り離されぼんやりと自己に向いている精神活動に関わっていると考えられるようになった。

これに対し、行動のプランニングの思考作用に関わる executive network(EN) や、DMN と EN のスイッチに関わる salience network(SN) が知られている。

個人的な印象になるが、この研究領域の面白さは、自己に向いたネットワークとか、自己と外界のバランスのスイッチなどと言った、なんとなくフロイト時代の力動研究を彷彿とさせる点にある。当然、自分と未来について深く考え込む、うつ病患者さんの脳内の力動を説明する可能性があるとして研究を惹きつけてきた。しかも、うつ病患者さんでは DMN 活動が高まっていることが発見され、まさにフロイトの力動が研究対象になった気がするほどだ。

この研究の目的はシロシビンの効果を調べることではなく、治験を利用して、シロシビンが DMN の活動を変化させ、自己に向かう力動を抑えることが、うつ病症状の軽減につながることを証明することだ。このため、シロシビンの無作為化二重盲験を受ける前後で、患者さんの fMRI を測定し、DMN とEN、SN を測定している。

さらに、DMN の活動を数値化するために、DMN が脳全体から切り離されてモジュール化している程度を表す Brain modularity という指標を開発している。基本的には DMN が高いと、brain modularity も高いと考えればいい。

結果は期待通りで、

1)これまでの治験結果と同じで、シロシビンは従来使われてきたセロトニン再吸収阻害剤と比べて、効果がすぐに現れ、しかも長期間持続する。

2)治療前と治療終了1日後の fMRI を比べると、brain modularity が低下している。すなわち、DMN の活動が低下している。

3)一方で、EN や SN の活動は高まっており、シロシビンにより力動が外界に向けられたことがわかる。

4)brain modularity 指標は、うつ病の重症度指標と強い相関を示し、検査に用いることが出来る。

この結論には私の勝手な脚色が入っているが、それでも著者の言いたいことは伝えていると思う。ようするに、シロシビンにより、セロトニン受容体を強く発現している DNM が強く刺激されることで、他の脳領域との結合が再回復して、脳全体に統合し直されることが、シロシビンの長期効果につながるという解釈だ。

幻覚剤から見ると、外界から遮断された安静時でも、幻覚剤は自己に向く回路を外界へとつなぐため、幻覚や気分高揚が得られるのだろう。

このように安静時 fMRI の研究は、フロイトが生きていたら大喜びすること間違いない面白い領域だと思っている。

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4月13日 統合失調症発症を後押しする遺伝子変異を探す(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月13日
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全ゲノムにわたって、遺伝子多型と病気との相関を調べる手法が開発されて、これまで多くの研究が発表されてきたが、この試みは終わることがなさそうだ。というのも、基本的に統計学的情報処理が必要な場合、より精密な多型のマッピングには、できるだけ多くの対象を調べる必要があり、最初に行われた研究と比べると、10倍、100倍の対象者を集めた研究が始まり、新しいフェーズに入った印象がある。

対象者が増えることで、これまで発見が難しかった分子機能変化に直結する rare variant と呼ばれる、頻度が少ない変異も見つかってくる。なかでも、自閉症の科学で紹介したように(https://aasj.jp/news/autism-science/15576)、両親、兄弟には存在せず、自閉症を発症した場合にのみ存在するde novo変異が続々見つかり、発症メカニズムの理解に一歩近づけたのではと期待している。

今日紹介する、米国MITの Broad 研究所を中心にしたチームが4月8日 Nature にオンライン発表した論文では、統合失調症について、分子の機能異常を誘導し、病気発症に強く関わる rare variant の特定を試み、10種類の変異を発見したという研究だ。タイトルは「 Rare coding variants in ten genes confer substantial risk for schizophrenia (10個の遺伝子の希なコーディング領域変異が統合失調症の重要なリスクになる)」だ。

同じグループは、この論文と一緒に、統合失調症のコモンバリアントを新しく定義し直す研究を行い、282個の多型を特定している。これらのコモンバリアントは、一種の統合失調症発症に必要な受け皿のようなもので、発症への寄与はたかだか24%ぐらいと考えられる。この上に、エピジェネティックス、個人史などの条件が積み重なるが、この研究では、コモンバリアントだけでなく、より強いリスク因子となる、分子機能の変化につながる遺伝子変異を特定しようとして、なんと3万人近い患者さんのエクソーム配列を決定し、この中から、統合失調症に関わる可能性が高い遺伝子を、様々な統計学的手法とデータベースを組みあわせてリストしている。

エクソーム検査で分子機能が喪失する変異は、実際には何百も発見されるが、 denovo 変異も含めていくつかの基準を組みあわせて、統合失調症に相関する変異を探すと、まず52個まで絞ることが出来る。さらにその中から、発病リスクがオッズ比で3−50倍という10個の遺伝子と、これほどではないが相関がはっきりした32種類の変異が特定された。しかし、3万人の患者さんからようやく10個かと思うと、途方もない作業であるのがわかる。

統合失調症発症に強く関わると考えられる10個の遺伝子について特徴をまとめると、

1)変異はフレームシフトなどで、完全に機能を喪失させる遺伝子である。

2)これまで rare variant として特定されていた SETD1A が含まれている。

3)GRIN2A などシナプス機能、特にシナプ後シグナルに直接関わる遺伝子が含まれている。

4)これらの遺伝子の一部は発生期に発現がつよく、統合失調症の受け皿形成に関わると考えられるが、多くは生後の発生期で発現が上昇する。

5)コモンバリアントの多型部位と重なる変異も存在する。

6)多くは、神経発達異常で見られる変異とも重なる。

などが明らかになった。この研究では明らかになった変異の機能を調べるところまで入っていないが、10個、さらに32個でも変異マウスを作成したりする機能研究が可能な範囲に来ている。勿論まだまだ道は険しいが、着実に理解が進んできたという確信が得られた。

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4月12日 Rouran(柔然)民族の大移動で生まれたアバール王国(4月14日号 Cell 掲載論文)

2022年4月12日
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青銅器時代に始まるユーラシア大陸全体にまたがる民族大移動は、人種と文化の混合を促進し、ユーラシアの文化を形作ってきた。この過程は、遺物や記録だけでなく、発掘される人骨から得られるゲノム解析により、詳しく追跡できる。例えば、ウクライナのステップで始まったヤムナ民族のヨーロッパやインド、シベリアへの移動は、文化とともにインドヨーロッパ語をユーラシアの主要言語とした(https://aasj.jp/news/watch/11355)。

このように東アジアと、ヨーロッパでは常に民族の行き来があったが、この過程については、2018年コペンハーゲン大学を中心にする研究グループによりNature に論文が発表され(Nature 557,369,2018)、ユーラシア全体から得られた137体の古代人ゲノム解析により、ユーラシア全体にわたる民族の交流が明らかにされている。有名どころでは、中国本土を常に悩ませた匈奴は、ヨーロッパのゲノムの量で、2種類のグループに分かれることや、民族移動で有名なフン族は、匈奴に占領された時に流入した匈奴の男系ゲノムがスキタイ人に流れ込んで形成されたことなどが示されている。

今日紹介するドイツ・ライプチヒのマックスプランク進化人類学研究所からの論文は、西暦300〜500にかけてモンゴルを支配したRouran(柔然)と、600年より少し前から800年まで、カルパチア盆地を支配したアバール王国が同じ民族によることを示した論文で、何千キロにもわたる民族の流入を見事に示せる古代ゲノム研究のパワーを見せつけている。タイトルは「Ancient genomes reveal origin and rapid trans-Eurasian migration of 7 th century Avar elites(古代ゲノム研究により、7世紀アバール王国貴族達の起源とユーラシアをまたいだ急速な移動を明らかにした)」だ。

モンゴルは匈奴、鮮卑に続いて柔然が支配するが、500年後半にチュルク民族に滅ぼされる。この時、柔然からカルパチア盆地へ移動して出来たのがアバール帝国だとされてきた。

この研究ではアバール帝国とその前後の古代ゲノムと、モンゴル地域で柔然時代を含む様々な時代のゲノムを採取、これらを比較することで両者の関係を調べている。

結果は単純明快で、アバール王国貴族のゲノムは、ほぼ完璧にモンゴル地区のゲノムに一致し、勿論柔然時代のゲノムと一致する。

柔然時代のゲノムサンプルが少ないため、100%柔然由来と言うわけにはいかないとは思うが、特にアバール王国前期のゲノムは、ヨーロッパのゲノムとの交雑がほとんどないため、アバール王国がモンゴルに存在していた民族の移動により形成されたことは明らかになった。

面白いのは、アバール王国前期から後期にかけて貴族のゲノムを比べると、少しづつは現地の民族との交雑が進むが、小数の例外を除くと柔然ゲノムが保たれている。おそらく貴族については、現地との交雑を進めず、モンゴルから同族をリクルートして血筋を優先していた可能性があると結論している。

同じことはインドに移動したヤムナ民族が、言語と血筋をカースト制度で守った例もあるので、貴族や王族の血筋がどう守られたにかを知ることも、歴史理解にいかに重要かがわかる。

一方アバール王国周辺では、柔然の移動によりゲノムが多様化しており、アバールの征服による、基本的には男からの一方的なゲノム流入が見られることも示している。

結果は以上で、あまり知らなかったモンゴルや、ハンガリー地域の歴史に私たちを惹きつける論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月11日 脳構造データベースを統合データベースに発展させる(4月5日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年4月11日
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昨日は脳の構造の特徴を自動的に数値化して、人間の脳の成長から老化までの平均軌跡を割り出すとともに、最終的には誰でもが利用できる検査にするための取り組みを紹介した。今後、ゲノムや、病気、あるいは性格、運動や感覚能力、などなど様々な機能と相関させていくことで初めてこの方法の真価が定まっていくのだろう。

確かに素晴らしいプラットフォームが出来ると期待されるが、ほとんどの研究者はそこまで待てず、独自の方法で脳構造と様々なパラメーターとの相関の研究を進めている。

今日最初に紹介するオランダ・ユトレヒト大学を中心に、なんと163の研究施設が集まって発表した論文は、人間の一生で起こる脳構造の変化とゲノムとを相関させた研究で、脳の構造変化を定義できれば、構造に関わる遺伝子、そして今度は遺伝子を手がかりに、行動変化まで相関させていける可能性を示している。論文のタイトルは「Genetic variants associated with longitudinal changes in brain structure across the lifespan(一生涯を通して起こる脳変化と相関する遺伝的変異)」で、4月5日 Nature Neuroscienceにオンライン掲載された。

昨日紹介した論文と同じで、脳のMRI画像を経時的に様々な年齢層で撮影する大規模コホート研究参加者のデータを使っているのだが、この研究ではゲノム解析との相関を調べることに焦点が当てられ、脳構造については施設間で同じ方法を共有して、データをとっており、世界共通のデータ処理方法開発という目的はない。

ただ、脳各部のサイズ、及び皮質の白質など、15種類のパラメーターを設定し、各年齢層で異なる時点で測定を行い、年齢とは関係なく検出される脳各部の構造変化に加えて、年齢による変化をパラメーターとして抽出できる。

脳構造の経時変化だが、昨日紹介した結果と特に変わるところはない。ただ、脳の各部について調べているので、年齢とともに減少が激しいのが、海馬、続いて視床と小脳ということもわかる。

最終的に、各部のサイズやサイズ変化と相関する多型を15種類発見している。このうち年齢とは無関係に脳構造と相関する遺伝子は、脳発生に関わる遺伝子と考えられるが、G蛋白質共有受容体やカドヘリンが含まれている。

一方、年齢により起こる変化の大きさの多様性と相関する遺伝子は、APOEを筆頭に、アルツハイマー病やうつ病などの精神疾患に関わる遺伝子がリストされるが、構造との相関が明らかにされたのはこの研究が初めてという多型が多い。これらの遺伝子セットの中には、黒質や中脳核の発生に関わる遺伝子が含まれるのも、パーキンソン症状などを考えると納得の結果だ。

特に注目されるのが、構造変化の仕方の多様性に関わる遺伝子が、うつ病、統合失調症、認知症、不眠だけではく、身長、BMIや喫煙歴などとも相関する遺伝子と重なる点で、このような重なりを基盤にして、構造、分子機能、そして行動まで相関を調べる研究へと発展すると思う。

このような可能性を先取りしたのが英国バーミンガム大学を中心にしたグループが3月30日、JAMA Psychiatryにオンライン発表した論文で、炎症、統合失調症、そして脳構造の3者を関連させようとする研究で、タイトルは「Inflammation and Brain Structure in Schizophrenia and Other Neuropsychiatric Disorders A Mendelian Randomization Study (統合失調症及び他の神経変性疾患における、炎症と脳構造の関与。 メンデル無作為化研究)

元々神経変性疾患だけでなく、統合失調症でも炎症が一つの要因になっていることが知られている。そこで、この研究では炎症マーカーとしてIL6シグナルを選び、UKバイオバンクでMRI画像が得られる対象者でIL-6シグナルを調べることで、病気、脳構造、そして炎症を結びつけようとしている。

結果だが、20000人レベルの脳画像を、IL6レベルと相関する多型と比べ、多くのIL6と相関するゲノム多型が、構造変化とも関わることを特定している。他のサイトカインでも同じ検索を行っているが、これほど多くの多型が認められるのはIL6だけになっている。

このゲノム多型を仲立ちとして、IL6レベルを脳各領域と相関させると、実に多くの領域がIL6の量と、正あるいは負の相関を示す。大脳皮質については、IL6と負の相関を示す。

次にIL6のシグナルレベルに関わる遺伝子が実際に対応する脳領域で発現していることを、脳の遺伝子発現データベースから確認し、またこれら多型に関わる遺伝子がIL6と相関することも確認している。

以上のことから、IL6レベルに関わる遺伝子が、様々な領域の脳構造を決めていると結論している。ただ、年齢別に相関を調べてはいないので、IL6のレベルが何時脳構造に影響しているのかはわからない。

おそらく、発達期などで何らかの原因で炎症が誘導されると、その程度が遺伝的に決定され、その結果として脳の構造変化が起こるというシナリオになる。実際、IL6レベルに関わり、中側頭回で発現が強い遺伝子は、てんかんや、認知症、統合失調症と相関している。

以上のように、構造と遺伝子の相関、そして遺伝子と病気の相関から構造と病気の相関を推察する、あるいは特定のサイトカインシグナルと遺伝子の相関と、遺伝子と脳構造の関わりから、サイトカインと脳構造の相関を特定し、さらに病気にまで拡大する、2つの論文を紹介した。

この先には、この2日の研究を合わせると、脳構造がわかると、病気のリスクとメカニズムが誰でも知ることが出来るという目標を目指して研究が行われているのがわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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