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5月11日:ゾウリムシの自己(Natureオンライン版掲載論文)

2014年5月11日
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今日は少し難しい話だが、誰でも知っている生物ゾウリムシの話だ。皆さんはゾウリムシはどれも同じだと思っているだろうが、本当は奇数(O)と偶数(E)と呼ぶ2種類が存在している。ゾウリムシで雄、雌にあたる組み合わせだ。更に驚く事にそれぞれのゾウリムシには核が二つあり、生殖核(小核),栄養核(大核)と呼ばれている。ゾウリムシが活動するために働いているのは栄養核だけで、栄養核にある遺伝子だけが転写、翻訳されている。一方生殖核は生殖時まで全く動かず、活動は抑制されている。またO,Eの区別があっても生殖核ゲノムには差がなく、栄養核が出来る時にこの差が新しく継承される。言って見れば私たちの身体の体細胞と生殖細胞の区別が、継承されるゲノムに存在するのではなく、遺伝子編集で接合の都度それぞれ独自の型を持った栄養核へとリプログラムしている。接合が起こると生殖核が活性化され、減数分裂(2つになる)し、2つの核の一つを互いに交換。交換後、2つの核を融合。そして出来た新しい生殖核から新しい栄養核の形成と古い栄養核の消去。この過程で遺伝子編集を行うという複雑な過程が進む。あまり研究者はいないのではと思われるだろうが、ゲノム解析が容易になった事で急速に研究が進んでいる生物だ。今日紹介する研究は先ず、E,Oの区別が接合後も片方の細胞だけに継承されるメカニズムを明らかにしようと試みたフランスからの研究で、Nature オンライン版に掲載された所だ。タイトルは「Genome-defence small RNA exapted for epigenetic mating-type inheritance(ゲノムを守るためのsmall RNAは接合タイプのエピジェネティックな継承にも流用されている)」だ。研究では先ずE型でだけ発現している遺伝子mtAを特定し、これらの遺伝子をきっかけに、なぜ接合後、片方がE、もう片方がOになるメカニズムを追求している。詳しい実験は省いて最終結果だけを紹介しておく。先ずこmtAはE型個体の繊毛に発現されており、O型だけを選んで接合するための必須分子だ。E型だけにmtAが発現している事は、当然栄養核の遺伝子の違いを反映している。即ちE型だけでmtA遺伝子の転写が起こっている。ではなぜE型でだけで転写が起こるのか。調べてみると、転写を指令する遺伝子部分(プロモーターと呼ぶ)がE型では正常なのに、O型ではプロモーター部分の特定部分が除去されてしまって機能しない事がわかった。ではなぜこの差が生まれるのか。実はゾウリムシの生殖核には栄養核にはない短い配列が何万も存在している。一部は生殖核の活動を押さえるために存在する生理的な配列で、残りはトランスポゾンと呼ばれる機能のない動く遺伝子だ。この挿入配列のため正常の遺伝子がズタズタに中断されており、そのままでは遺伝子が機能せず転写が起こらない。そのため生殖核から栄養核が出来るとき正確に一つ残らず削除される。このとき栄養核に必要な部分とそうでない部分を決め、介在配列を除去するために極めて巧妙なメカニズムが働いている。まず接合が起こると生殖核から全ゲノムをカバーする短いRNAが転写される。つぎにこのRNAは栄養核のDNAと反応し、結合するRNAは古い栄養核とともに全て取り除かれる。この引き算の結果栄養核に必要でない部分のRNAだけが残るが、この残ったRNAが今度は生殖核が栄養核になる時生殖核由来のDNAと反応し、反応部分を除去する。これにより、生殖核ゲノムから栄養核に必要な配列以外は全て正確に排除される。ゾウリムシで自己を決めているのは栄養核の遺伝子で、生殖核の遺伝子はこの編集過程を経て前の栄養核と同じ自己遺伝子だけを発現するようになる。このメカニズムを、生殖核ゲノムを交換した後も、E型はE型、O型はO型だけになるために使う。即ち、生殖核のmtA遺伝子のプロモーターの端にある短い介在配列がE型では自己(栄養核にある)として認識され除去されないが、O型では他(栄養核にない)と認識され除去される。結果、生殖核の遺伝子配列は同じでも、E型ではmtA遺伝子のプロモーターが長いまま、O型では機能のない短いプロモーターが常に自己として栄養核に再生産される。このようにゲノムは同じでも、異なる遺伝子の発現パターンを安定に継承するためのメカニズムなので、この論文は「エピジェネティックな継承と」タイトルをつけている。生物の多様性に本当に感心する。しかし、私の説明ではチンプンカンプンだと立腹されている読者を感じる。生命のメカニズムを知るためには、かなりの予備知識が必要な事も多い。是非リケジョのメンバーにゆっくり話して見たいテーマだ。
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5月10日:手術中流れ出した自己血液をその場で再利用する心臓手術(6月発行予定Anesthesia and analgesia誌掲載論文)

2014年5月10日
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読んで驚いたので紹介しておく。体外循環システムを使う心臓手術には大量の血液が必要だ。しかし我が国でも輸血用血液は慢性的に不足している。また、輸血自体保存による血液の変化で問題が起こる。これに対応するために手術中に出血した自分の血液を回収して使ったらと誰でもが考える。私は自分で手術をした経験がないが、横で見ていてやはり手術をしながら血液も回収してと言うのは手間がかかり過ぎ、手術がおろそかになる危険もある。とは言え背に腹は代えられなく、これに挑んだのが今日紹介する論文で、6月に出版される麻酔科の雑誌Anesthesia and Analgesiaに掲載された。タイトルは「Impaired red blood cell deformability after transfusion of stored allogenei blood but not autologous salvaged blood in cardiac surgery patients (心臓手術の際、保存他家輸血では起こる赤血球の形態異常は術中回収自己血輸血では見られない)」だ。2−3時間体外循環が必要な心臓手術を、術中回収自己血のみ、他家血主体+自己血、自己血主体+他家血の組み合わせで行い、術中及び術後1、2、3日で以上赤血球の数を調べている。結果は明瞭で、術中回収血液だけで十分手術が可能な事だけでなく、他家輸血で起こる以上赤血球の出現はほとんどなかったと言う結果だ。私は我が国でどの程度この方法が使われているのかよく知らないが、「モッタイナイ」の思想が血液ドナー不足を補ってくれる事は間違いない。保険収載を是非考えるべきだと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日:シロクマの進化(5月8日号Cell誌掲載)

2014年5月10日
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ゲノム研究によって生物の種が分岐する過程がかなりの確度で理解できるようになって来た。分岐してそれほど時間がたっていない生物種を選んでゲノムを比べる事が今世界中で行われている。例えば、私たちとネアンデルタール人やデニソーバ人のゲノムを比べる事で、40万年前に分岐した後も交雑が起こっていた事などが確認できた。今日紹介する研究はシロクマとヒグマのゲノムを調べて、両者が分岐した後シロクマがより極地に適応して行った過程を明らかにしようと試みている。深センにあるBGIとアメリカやデンマークのグループの共同研究で5月8日号のCell誌に掲載された。タイトルは「Polulation genomics reveal recent speciation and rapid evolutionary adaptation in polar bears(集団ゲノム科学によりシロクマの種分化は最近起こり、また急速に適応進化を遂げた事が明らかになる)」だ。研究では世界各地からシロクマ、ヒグマのDNAサンプルを集め、全ゲノムを解読後、様々な情報処理方法を駆使して種分化の様々な問題にチャレンジしている。結果をまとめると、シロクマとヒグマが分岐したのは以外と新しく、約50万年前と計算できる。私たちがネアンデルタール人と別れた位の時間なので、人間とクマの比較は今後重要になるのではないだろうか。シロクマは30万年前急速に数が減少している。すなわち強い選択圧にさらされその間に極地への適応が進んだようだ。極地へと完全に移動するのは大体10万年前後で、それ以前にはシロクマからヒグマへの遺伝子流入が見られる。一方、ヒグマの集団サイズは比較的安定に保たれ、その後10万年位に急速に増大している。次に極地への適応に必要だった遺伝子を明らかにするため、ヒグマから大きく変化している遺伝子、即ち選択圧にさらされた遺伝子をリストしている。先ず、ApoB、LDLなど悪玉コレステロールと関わるとして心配する遺伝子がリストされてくる。シロクマの皮下脂肪は厚く、血中コレステロール値は高い性質に一致する変化だ。脂肪の高い食事を処理し、寒冷に耐える身体を作る事が極地への適応に重要であった事がわかる。一種適応的動脈硬化を起こしているように思えるが、事実それに対応するように心筋の機能に関わる遺伝子が変異しており、その中には心筋症の原因である事がわかっている遺伝子も含まれている。最後に無論メラニン産生に関わる遺伝子も変化する。私はこの分野は少しわかるが、色素に関わる遺伝子の中には生命機能に重要な物が多い。しかしシロクマではうまく重要性の低い遺伝子が選ばれ変異している。いずれにせよ40万年と言う短い期間にこの様な大きな動物が大きな遺伝子変化を遂げる事が出来たのには感心する。今後極地で埋もれた熊の化石などが得られる事だろう。事実70万年前の馬の化石の全ゲノムが解読されている事を考えると、進化研究にとってわくわくする情報が出てくる期待がある。この論文を読んでもう一つ感心したのは、北京ゲノム研究所(BGI)の躍進だ。神戸にも支所があり、日本でも安価にゲノムシークエンスを提供するので重宝されている。多くの人は安いシークエンスサービス会社と誤解しているかもしれないが、この研究所の活動はサービス提供を超えて拡がり、素晴らしい研究集団が生まれている事を感じる。Nature communication誌の最新号にはやはりGDIからクモゲノムの研究が発表されていた。ゲノム情報処理を実際に行うなかでしかゲノムから様々なヒントを得る能力がある人材は育たない。翻って我が国を見ると、この分野でのシェアはどんどん落ちており、人材が枯渇して行く心配が大きい。この分野では中国の力と戦略性に脱帽する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日:臍帯血幹細胞の試験管内増幅(5月8日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)

2014年5月9日
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山中iPS論文の影響は多能性幹細胞へのリプログラミングを超えて拡がりを見せている。4月26日に紹介した分化した血液細胞の幹細胞への若返りの論文を読むと、長い伝統を誇る血液幹細胞研究分野でも理屈はともかくリプログラミングを試してみることも有りかなと言う気持ちにさせる。今日紹介する論文もそんな一編で、ヒストン脱アセチル化阻害剤(HDACI)が染色体のリプログラムを介して臍帯血の試験管内増幅を可能にする事を示す論文だ。NYマウントサイナイ病院からの論文で5月号のJournal of Clinical Investigationに掲載され、「Epigenetic reprogramming induces the expansion of cord blood stem cells(エピジェネティックリプログラミングにより臍帯血幹細胞の増幅が誘導される)」がタイトルだ。タイトルにリプログラミングと書かれていても、山中さんのように多能性細胞に発現する遺伝子を導入したわけではない。VPAと呼ばれるヒストン脱アセチル化阻害剤(HDACI)を使って、DNA鎖とヒストンの結合を強めるアセチル化を阻害する事でヒストンの結合を弱め、遺伝子の転写を促進する方法が使われている。乱暴に言うと、DNAの転写を全般的に高めただけの方法だが、がんの治療などにも利用されている。実験自体は簡単だ。通常血液増殖因子を用いて臍帯血を試験管内で増殖させると、幹細胞が失われて行く。この系にVPAを加えて効果を見たのが研究の骨子だ。結果は期待以上で、VPAを加えた時だけ血液幹細胞が維持され増殖する。示されたデータのほとんどは、機能的幹細胞が確かに増幅している事を示すための実験結果で、これでもか、これでもかと実験が行われている。最終的には免疫不全マウスに注入したとき長期にヒトの血液細胞を造り続ける幹細胞の頻度が測定され、幹細胞が30倍に増幅している事を確認している。そしてiPSと同じ様なメカニズムが臍帯血増幅にも働いている可能性を示している。もちろんヒストンがゆるみ、遺伝子発現が乱されるだけでもリプログラミングと言ってもいいのだが、この論文ではVPA処理によりESやiPSに発現するOct4, Sox2, Nanogの多能性因子が発現し、更にこの発現を止めると臍帯血の増幅が出来ないことを示している。無論、ES/iPSまで戻るわけではないが、この結果に基づいて、たしかに「リプログラミング」がこの現象のメカニズムである事を強調している。骨髄移植と比べると臍帯血移植はドナーの負担がなく、骨髄ドナーが慢性的に不足している我が国で特に普及が著しい。しかし得られた臍帯血中の血液幹細胞の数が少ないため、成人の骨髄移植には一人のドナーからの臍帯血では足りないと言う問題がある。もしこのような簡単な方法で幹細胞が増幅するなら、臍帯血移植の用途は格段に拡がり、特に我が国が受ける恩恵は大きい。もちろん問題もある。多能性因子の発現により安全性が損なわれないか。VPA処理自体は特異的なリプログラミング誘導法ではない。なぜ都合よく多能性に関わる遺伝子が選択的に発現するのか、STAP細胞と同じ様な問題が残る。他にも私がレフリーなら、成人の骨髄細胞でも同じ事が言えるのか、マウスではどうかなど情報を求めるだろう。とは言え、4月26日に紹介した論文も含め、培養血液幹細胞による骨髄移植の実現は確実に近づいている事を実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

第19回未承認薬等検討会議 (厚労省)

2014年5月8日
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4月22日に掲題「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」が開催され、昨年8月1日~12月27日に募集した「第3回開発要望(第1期)」(なお、今回から随時受け付けが加味され、短期間に集中的に応募を求めた第1~2回開発要望とは募集方法が変えられた。)の応募結果が報告された。

今回は約40の学会や団体から80件の要望と、募集期間の長期化にも拘らず、これまでの開発要望募集に比べて数分の一と大幅に減少している。この内、未承認薬8件と適応外薬2件の計10件については、今回から導入された「優先的に取り扱う対象」とされている。この数字を同検討会議は「未承認薬の問題が解消してきたことが実感できる」と評価しているが、応募対象薬物に対する厳しい条件から、条件を満たす候補薬物は世界を見渡しても見つけにくくなっており、そのとおりなのであろう。

いわゆる「ドラッグラグ」の解消を目的にした、過去5年間の厚労省と未承認薬等検討会議の尽力の成果であるが、「開発の必要性あり」とされたそれぞれ候補薬物の評価書の詳細、精緻、的確な内容とその後の開発と承認の結果を見ると、各難病治療の第一人者や開発経験者による審査体制の構築・確立も大いなる成果に挙げられる。

一方、我が国にも治療方法や治療剤が全くない数千種の稀少難病と数百万人のそれらの患者が存在するが、乏しい国内に対して欧米にはこれら稀少難病に対する新しい原理や機作に基づく候補化合物や稀少薬指定され治験中の薬物が多数存在し、バイオベンチャー各社において活発に開発が進められているものの、海外で既登録が要件とされこれら物質の応募は門前払いされるため、本未承認薬等検討会議で審理されることはない。今回構築された世界に誇りうる高度な当該審査とフォロー体制をもってすれば、他国でのデータ、審査と承認を要件とする現在の未承認薬等検討会議での採択条件を緩和し、開発中の稀少難病治療用薬物に対しても我が国独自の基準と能力で審理・判断して選択し、「開発の必要性あり」との決定も十分できるものと思われ、またこの決定を拠り所に開発に踏み出すベンチャー企業が現れるのを期待できる。

小児の稀少難病は、殆どが進行性であり、治療方法もなく日々悪化をおそれて生活し介護されている。遺伝性の疾病であることが多く、人種や環境に関係なく等しく一定の確立で発症して、国内のみならず世界中の難病患者と家族が治療薬の出現を熱望している。遺伝性疾患であることは、ゲノム創薬や分子標的薬など最新の創薬手法に馴染むとされ、創薬研究や薬効評価の対象の一端に何れかの稀少難病も加えられることを切望する。アベノミクスで成長戦略を担う日本版NIHにおけるテーマとしても取り上げて欲しい。因みにここ数年に出現した国内の新薬ブロックバスターは稀少難病治療薬で占めており、世界的にもブロックバスターのかなりが稀少難病治療薬である。

この機会に参考資料として、 以下に厚労省が発表した第1回~第3回未承認薬等検討会議での検討結果と進捗の纏めを引用します:

(1)第1回未承認薬等検討会議(募集期間:2009.6.18~8.17)。応募374件、評価186件、開発要決定(未承認薬57件:適応外薬129件)。

開発・承認状況:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000035155.pdf

(2)第2回未承認薬等検討会議(募集期間:2011.8.2~9.30)。応募290件、評価140件、開発要決定(未承認薬20件:適応外薬60件)。開発・承認状況:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000044392.pdf

(3)第3回未承認薬等検討会議(募集期間(第1期):2013.8.1~12.27)。応募80件。募集結果:

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000044388.pdf    (田中邦大)

5月8日:自閉症の遺伝性に関する大規模調査研究(5月7日号アメリカ医師会雑誌(JAMA)掲載)

2014年5月8日
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このコーナーでも何度か自閉症の遺伝子研究について紹介して来た。ただ遺伝子研究の結果を正確に解釈するためには、発生・成長過程での環境要因をしっかり調べる必要がある。また治療のヒントを得るためには環境要因の分析が欠かせない。当然これまでも家族内での発生や、一卵性双生児間の一致率など様々な調査が報告されている。一卵性双生児の一致率を調べたある調査では90%と言う数字も示されており、自閉症の発症に一定の遺伝子の組み合わせが関わる事は間違いがない。今日紹介する論文は、自閉症の遺伝性や環境要因の寄与を調べるため自閉症児の家族内発生を調べたスウェーデンの調査研究で、5月7日JAMA誌に掲載された。タイトルは「the familial risk of autism(自閉症の家族リスク)」だ。この論文によると、これまでに行われた自閉症の家族内発生調査としては最大規模の調査で、1982年から2006年までに生まれた約350万人の子供について、2009年時点で自閉症スペクトラム障害及び自閉症と診断が確定している約32,000人の患者さんの家族についての調査を行っている(ここではまとめて全て自閉症と記した)。しかしこれまで指摘されているように1%近い発生率は高く、重点的取り組みが必要な病気である事が理解される。さて調査では一卵性双生児、2卵性双生児、両親が同じ兄弟、母親が同じ兄弟、父親が同じ兄弟、従兄弟の中に自閉症児がいる場合、自閉症が発症する頻度を調べている。結果は予想通りで10万人が一年間に発症する率に換算すると、それぞれ153.0, 8.2, 10.3, 3.3, 2.9, 2.0になっている。この数字からわかるのは、遺伝子の共有率が下がるほど発症率が低下しており、遺伝的要因は明らかだ。例えば両親が同じ場合は、2卵生双生児同士も、兄弟同士も遺伝子の一致率は同じだ。8.2 vs 10.3という発症率はこの結果と合致する。これらの結果を元に遺伝子を共有している場合の遺伝率を計算し直すと、自閉症で約50%になる。以前の一卵性双生児についての研究は一致率が90%から40%までふれていたが、今回の大規模調査の結果は低い方の結果を支持する物だ。この50%と言う数字を、「50%も遺伝性があるのか」ととるか「50%しか遺伝性がない」ととるかで気持ちは大きく異なる。これまでの自閉症遺伝子の研究から、自閉症発症には何百もの遺伝子が関わっている事が知られている。このため遺伝的な変化を正常化させる事は不可能に近い。とすると、自閉症発症を早く予測して適切な治療で発症させないことが対策の中心になる。その時、50%しか遺伝性がないという結果は重要だ。即ち、環境要因で十分発症を止める可能性がある事を示している。残念ながら今日紹介した研究ではどのような環境の差があるのかについては詳しい解析はなされていない。しかしこの研究に参加した子供と家族は登録され詳しい解析が可能だ。同時に、ゲノムを調べる事で、従来の自閉症遺伝子についての結果を更に深く理解する事が可能になる。このようにゲノムの21世紀だが、ゲノム以外の正確な情報をどれほど集められるかがゲノムを様々な性質に結びつけるための鍵だ。ゲノムも含めた人間についての情報の統合が今世紀初頭の大きなトレンドになっている事を確信する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日:iPSから精子誘導(5月22日発行予定Cell Report掲載論文)

2014年5月6日
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以前にも小保方さんのSTAP細胞についてこのコーナーで取り上げた時に書いたが、ESやiPS細胞応用にとって最も重要な課題は、分化細胞の誘導法の確立だ。これには大きく分けて2つの方法がある。一つは発生過程で起こっている事を完全に再現するために理詰めで検討を重ねる方法だが、時間をかけた粘り強い実験が必要で、かかる費用も大きい。一方経過を気にせず目的の細胞が得られればよしとするアプローチで、典型的な方法がいわゆる動物体内でテラトーマ(奇形種)を形成させる方法だ。事実テラトーマの中には多くの分化細胞が含まれている。今日紹介する論文は後者の方法でES, iPSから生殖細胞の誘導を試みた研究で、5月22日発行予定のCell Reportに掲載されている。カリフォルニア大学サンフランシスコ校からの研究で、タイトルは「Fate of iPSCs derived from azoospermic and fertile men following xenotransplantation to murine seminiferous tubules(無精子症患者と正常人由来のiPSをマウスの精管に移植した時の運命)」だ。研究の目的はY染色体の遺伝子に突然変異を持つ無精子症患者の分化異常部位を特定する事が目的で、いわゆる疾患iPSを用いたメカニズム解析の研究に分類できる。無論メカニズムを解析するためには精子への分化を再現する必要がある。このグループも最初はこれまで開発していた試験管内誘導法を用いている。正常と無精子症患者由来iPSの精子への分化を試験管内で誘導した後、分化異常が見られるかどうかを調べ、正常と比べた時無精子症患者のiPSは確かに分化異常がありそうだと言う所までこぎ着けている。ただ試験管内の方法では効率が悪すぎると思ったのだろう。マウスに移植して精子分化を誘導できないか試行を繰り返し、ついにこの論文で示された極めて簡便な方法を開発する事に成功している。私も極めて単純な方法だと納得するが、ある意味で乱暴な方法だ。即ちマウス精子が造られる精細管内のマウス精子を薬剤投与により除去し、空になった精細管に直接ヒトES or iPSを注入するだけでいいらしい。精細管に注入するための一定の技術は必要だが、後は待つだけの単純な方法だ。驚くのは、精細管に注入するとテラトーマは出来ずほとんどの細胞が精子分化の方向に動く。本当かなと思わずにはいられないが、精細管の外へES細胞を移植した場合は、テラトーマが出来るので、やはり精細管はかなり特殊な環境を提供しているようだ。この様な簡単で精子分化に特異的な方法が開発できると、疾患メカニズム解析はかなり楽になる。無精子症iPSを精細管に移植すると、数は少ないが未熟な生殖細胞の分化マーカーを発現している細胞を観察できる。こうして出来た細胞の多くで染色体全体にわたるDNAメチル化が見られる事から、確かに精子分化が進んでいる事が確認できる。しかし更に分化が進んだ細胞に関しては全く観察する事が出来ない。これらの結果から無精子症患者では未熟な生殖細胞は数は少なくともなんとかできるが、それ以降の分化が阻害されていると結論している。しかし初期段階の分化も効率が悪いのは何故か?正確にはどの分化段階が障害されているのか?など、「一見使い易そうに見える系だが、結局メカニズムの特定に使えるほどの精度はないのでは?」と勘ぐりたくなるのは専門家の悪いクセだ。しかしiPSでもSTAPでもナイーブに発想する事が成功につながる事は多い。簡単な方法の開発を素直に喜ぼう。
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5月3日:老化とY染色体(4月28日号Nature Genetics掲載論文)

2014年5月3日
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論文を乱読していると自分が何も知らなかった事を思い知る。現役最後の2−3年、長崎大の宮崎先生と共同で行った高齢の被爆者の方の骨髄異形成症候群の研究を通して血液の老化について勉強したが、それでも加齢に伴い男性ではY染色体の欠失した血液細胞が増加するなど全く知らなかった。今日紹介する研究は、この高齢者男性の血液細胞に見られるY染色体欠失が私たちの身体にどのような影響を及ぼすのかを調べた研究で、スウェーデンのウプサラ大学のグループが4月28日発行のNature Medicineに論文を発表した。タイトルは「Mosaic loss of chromosome Y in peripheral blood is associated with shorter survival and higher risk of cancer (抹消血細胞で見られるY染色体欠失は寿命とがんリスクと関連している)」だ。ウプサラ大学では長期にわたって男性のコホート追跡を行っているが、追跡に参加した70−83歳の男性1141人から血液を採取、DNAアレーを用いて全ゲノムレベルで大きな変異が起こっているかを調べている。これまでの報告通り、確かにY染色体欠失は頻度が高く、大体1割程度の参加者で見られている。研究ではこの検査の後、参加者を追跡して、生存率、がんの発生率などを調べ、驚くべき結論に至っている。Y染色体欠損が見られたグループは正常と比べると寿命が5.5年短く、しかも血液に限らずあらゆるがんの発生が増えていると言う結果だ。参加者の中から数人を選んで経過観察中にY染色体を欠失した血液細胞の数がどのように変化するか調べているが、全員でY染色体の欠失した細胞の急速な増加が見られ、追跡中にがんが発生している。この結果が示唆するのは、Y染色体を欠失した細胞が正常の細胞を駆逐して行くと言う恐ろしい可能性だ。   なぜこのような事が起こるのか。一つの可能性は血液で見られたのと同じY染色体欠失が身体のあらゆる組織で起こっており、Y染色体を欠失して増殖力が旺盛になった細胞が最後はがんになると言うシナリオだ。事実多くのがんでY染色体の欠失が起こっている事が知られているらしい。もう一つの可能性はY染色体欠失を持つ異常細胞が増えた結果、免疫機能が障害され抵抗力が低下する結果がんが多発すると言う可能性だ。いずれにせよ恐ろしい。しかしここまで結果がはっきりしているのなら、70歳以上のリスク管理に役立つだろう。とは言え自分が検査を受けるかどうか、少し勇気が必要だ。
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5月2日:進む多発性硬化症治療薬の治験(The Lancet Neurology5月号掲載2論文)

2014年5月2日
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現役を退いてから読む論文の数は増えているが、一種乱読で特に焦点を当てて読んでいるわけではない。それでも最近多発性骨髄腫に対する治療薬についての論文が目につく印象がある。このコーナーでも既にフィンゴリモド、スタチン、ベンズピレンについて紹介した。もちろん患者さんにとっては検証がすんだ治療薬は多いほど望ましい。今日も新しい薬剤についての治験研究を2編紹介しよう。いずれもThe Lancet Neurology5月号に掲載された論文で、一編はJohn Hopkins大を中心に行われた超除放性インターフェロンβの第3相治験、後の一編はロンドン大学を中心の抗CD25抗体ダクリツマブの第2相治験についてのレポートだ。タイトルはそれぞれ「Pegylated interferon beta-1a for relapsing-remitting multiple sclerosis(ADVANCE): a randomized, phase3 double blind study(多発性硬化症の再発—寛解時期ペグ化インターフェロンβ1aの効果:2重盲検無作為化第三相試験)」と「Daclizumab high-yield process in relapsing-remitting multiple sclerosis(SELECTION): a multicentre, randomized, double-blind extension trial(多発性硬化症再発・寛解期のダクリツマブの高効果治療(SELECTIOO):他施設、無作為化、2重盲検、継続治験)」だ。   最初の論文では最終的に1500人余りの多発性硬化症(MS)患者さんをランダムに3グループに分け、超除放性のインターフェロンβ1a(IFβ1a)を無投与、2週間に1回投与、4週に一回投与の3群にわけて48週間投与、再発率、障害の進行、MRI検査による新しい病変の出現を調べている。結果は1年に換算した再発率が対照群の0.39に対して、それぞれ0.26、0.29、症状が進行した率は、0.105に対して、0.068, 0.068、新しい病変の数では10.9個に対して3.6,7.9個と投与群で著明な効果が見られている、普通のIFβ1aに関しては既に治験が終わっており、ほぼ同様の効果が見られる事がわかっているが、毎日注射が必要だ。一方この超除放性IFβ1aは2週間に1回注射すればよく、患者さんの負担の軽減になること間違いない。副作用については、注射部位のはれ、インフルエンザ様症状、頭痛、発熱だが、ほとんどの患者さんは48週まで治療を続ける事が出来ている。   2編目の論文は一種の第2相試験だが、投薬中止の影響についても調べている点がユニークだ。これまでもMSには様々な抗体薬が使われている。CD25抗体はIL-2の受容体の一部で、NK細胞に強く発現しており、NK細胞の活性を押さえて治療を計ると言うのが基本的アイデアだ。この研究は第2相治験ですでに効果が見られたと思われたダクリツマブの治験を延長して、薬効を更に詳しく調べる目的で行われている。このため、最初の治験に続いて薬剤を投与し続けるグループ、薬剤を中止して様子を見たあと、また投与を再開するグループ、そして新たに抗体投与を始めるグループの3群を新たに設定して2年間の経過を見ている。結果は明確で、抗体を続けていると再発率や新しい病巣の出現は押さえられるが、中止すると再発率が上昇する。また、抗体の効果は中止後12週位で見られるようになり、中止した結果NK細胞が再度上昇する。一方、治験延長後から抗体投与を行うと、それまで高かった再発率が低下する事も確認された。   以上まとめると両方の薬剤ではっきり効果が見られている。うれしい事だ。少し残念なのは投薬を中止するとMSが再発する事で、この薬剤では完治を望む事が難しい点だ。除放性のIFβ1aも同じだろう。とすると、どうしても副作用との戦いになる。次のターゲットとして是非完治を目指した戦略の開発をお願いしたいと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日:神経性炎症(Nature オンライン版掲載論文)

2014年5月1日
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組織が障害を受けたとき痛みなど複雑な感覚を伝える侵害受容体はもともと血管や白血球を刺激して炎症を誘導する働きがある事が知られていた。今日紹介する論文はこの延長にあり、痛みというより皮膚のかゆみと角質化の促進を症状とする乾癬発症にこの神経系が重要な役割を演じている事を示している。ハーバード大学のグループがNatureオンライン版に発表した論文で「Nociceptive sensory neurons drive interleukin-23 mediated psoriasiform skin inflammation(侵害性の感覚神経はインターリューキン23を介して乾癬性皮膚炎症を推進する)」がタイトルだ。   まず断っておくがこの仕事は全てマウスの実験モデルでの話だ。マウス皮膚にIMQという化学物質を塗布すると人間の乾癬とよく似た症状を誘導できる事が知られている。症状が似ているだけでなく、IL-23が炎症の引き金として関わる点でもよく似ている事から、乾癬モデルとして広く使われるようになっている。この研究ではこのモデルを使って、乾癬に侵害性受容神経が関わっていないかを調べている。感覚神経と炎症を結びつけるのは一見突拍子もなく思えるが、実際麻酔や神経ブロックで感覚神経機能を抑制すると乾癬が改善する事が知られていたようだ。予想通りマウスモデルでも、侵害性神経の機能をブロックした後IMQを塗布すると炎症は起こらない。一方、血管の収縮に関わる交感神経をブロックしても何の効果もなく、侵害性神経が特異的に関わっている。この観察を入り口として実験を進め、到達した結論は次の様なシナリオだ。残念ながら乾癬の本当の引き金はよくわかっていないが、最初の刺激に続いて侵害性受容体が刺激される。この神経は皮膚に常在する樹状細胞と結合しており、次に樹状細胞のIL-23分泌を誘導する。IL-23は次にやはり皮膚に常在するγδ型T細胞を刺激し炎症性のサイトカインIL-17、IL-22分泌を誘導する。この結果局所に炎症細胞が集まり、また炎症領域も拡大すると言うシナリオだ。乾癬の誘導と言う視点から見ると神経が悪い事をしているように見えるが、おそらく特定の場所から離れる事のない神経を最初の引き金にすることで、炎症の局所性を確保するという特殊な系が生まれたのだろう。実際、全く移動性のない神経、少しは移動できる樹状細胞、もう少し動けるγδ型T細胞、そして自由に身体を移動する様々な炎症細胞と連鎖反応が拡がり、一定の範囲の炎症をひきおこす過程はその巧妙さに唸らずにはおられない。事実神経細胞だって元は普通の細胞から進化して来た。乾癬はそんな進化の過程を教えてくれる病気かもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ
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