過去記事一覧
AASJホームページ > 2016年 > 2月 > 3日

2月3日ジカ熱についての総説(1月27日号The New England Journal of Medicine掲載論文他)

2016年2月3日
SNSシェア
NPOの藤本理事からジカ熱についての解説を要請されたので、以下に記載する。
    WHOがようやく重い腰をあげてジカ熱についての緊急事態宣言を発令した。昨年5月ブラジルで感染者が報告されてからすでに中南米20カ国以上で流行が見られ、おそらく合衆国にも広がっているのではと懸念されている。WHOの緊急事態宣言を受けて、我が国のメディアも一斉にジカ熱について報道している。今年初めから医師・医学研究者を対象はとした国際誌では、一般メディアに先立ちジカ熱についての総説が掲載されるようになっている。今日はこれら最新の総説を参考にして、ジカ熱についてまとめておく。今回読んだ総説は、NIHのFauciが1月27日号のThe New England Journal of Medicineに発表した「Zika virus in the Americas – Yet another arbovirus threat (アメリカのジカウイルス 新たなアルボウイルスの危機)」、ScienceのスタッフライターVogelが1月7日号Scienceに発表した「A race to explain Brazil’s spike in birth defects (ブラジルで急上昇した先天異常を解明するための競争)」、そしてジョージタウン大学のLuceyがアメリカ1月27日号医師会雑誌に発表した「The emerging Zika Pandemic. Enhancing preparednesss(ジカ熱の世界流行が始まった。準備を急げ)」の3編だ。
ジカ熱ウイルス   黄熱病、デング病、西ナイル脳炎ウイルス、日本脳炎と同じフラビウイルス(黄熱病の黄色=flaviから名付けられ、1本鎖RNAウイルス)の仲間で、1947年ウガンダのアカゲザルから分離された。ジカ熱ウイルスをはじめこれらのウイルスは昆虫、特に蚊により媒介されることから、Anthropod-borne(節足動物により媒介される)という意味のアルボウイルスと総称されている。ヒトへの流行の報告はこれまで数えるほどしかなく、通常はヤブ蚊の仲間ネッタイシマカと野生の猿の間を行き来して維持されてきたと考えられている。従って、今回のような大規模な流行が起こるということは大変なことが起こり始めていることを意味している。アルボウイルスは、数千年前ネッタイシマカが飲み水に使う貯水槽で繁殖するようになることでヒトへ感染するようになったと考えられている。その後、馬や豚のような家畜への感染性を獲得することで、他の種類の蚊によって媒介されるようになり、例えば日本脳炎では豚とコガタアカイエカを行き来して保持されたウイルスがヒトに感染して流行した。ジカ熱は現在Aedes Africanus種の蚊が媒介しているが、北米にも生息するAedes albopictusが媒介するようになれば流行が拡大すると懸念されている。
病態  ほとんどは感染しても、顕在化することがないと言われている。症状が出る場合はデング熱と同じで、発熱、筋肉痛、眼痛、虚脱感、そして丘疹が現れる。フランス領ポリネシアで流行が見られた時の経験では、症状は軽度で、安静にするだけで回復する。ただ、ポリネシアの流行ではギランバレー症候群と呼ばれる運動神経や中枢神経の炎症による麻痺が73人に見られている。
確定診断   現在のところ、デング熱などと確実に鑑別診断するにはPCRを用いた遺伝子診断しかない。血清中の抗体も診断に用いられるが、デング熱ウイルスとの交差反応があるため、確実ではない。
小頭症との関係   ギランバレー症候群発症を除くと、症状は軽い感染症であることから、WHOも取り組みが遅れたと考えられる。しかし、ジカ熱ウイルスに感染したと思われる母親から生まれた子供の中に小頭症が多発することが報告されるようになり、事態は急変する。ジカ熱の報告から現在までブラジルでは4000例以上の小頭症児が報告されたが、これは流行前の20倍に相当する。 1)ポリネシアの流行でも神経障害をもった12例の子供の誕生が報告されていること、 2)今回ブラジルでは超音波で小頭症と診断された胎児の羊水中、あるいは生後すぐ死亡した新生児の脳にジカウイルスが検出されたという報告があること  から、ジカ熱ウイルス感染が小頭症の原因と考える状況証拠は揃ってきている。とはいえ、ジカ熱の感染を特定するための確定診断方が普及していないため、疫学的調査は完全でなく、ジカ熱ウイルスを小頭症の原因として確定するまでには至っていない。   この相関を明らかにするための決め手は、ウイルス感染の確実な診断に基づく疫学調査と、ジカ熱ウイルスが脳発生過程に影響を及ぼすことを直接示す実験研究だ。疫学調査には、PCRを用いた診断法や、特異抗体による一般検査の開発が急務になる。   実験的研究では、マウスの脳に感染することまでは確認できているが、満足できるモデルはまだ完成していない。個人的意見だが、直接胎児の脳にウイルスを注射する研究も必要かもしれない。   動物実験の代わりに現在進んでいるのが、ES細胞や神経幹細胞から脳組織を発生させ、そこにウイルスを感染させ、脳の構造形成への影響を調べる研究だ。もしこれが可能になれば、ジカ熱は幹細胞が貢献する最初の感染症になるかもしれないが、おそらく時間がかかると思う。
当面の対策   これまでWHOは感染対策を各国の衛生当局に委ねていたが、診断法の開発普及などは先進国の援助なしに進められない。その意味で今回WHOが緊急宣言を出して、流行の拡大防止と収拾に乗り出したことは大きい。ただ、今日の日本経済新聞では「WHOが先手を打った」と書いているが、今日紹介している総説では、逆に深刻さの理解が足りず腰が重すぎると批判されている。   当面取り得る対策として、 1)現在の流行を支えるネッタイシマカを撲滅すること、 2)蚊帳を始め蚊に刺されない予防を徹底すること、 3)正確な情報の提供、 4)感染地域への旅行の自粛   などだが、今年ブラジルでオリンピックが行われることを考えなければならない。もし感染が終焉しない場合はオリンピック中止に追い込まれる可能性もある
我が国での流行  ここからは私の判断だが、野生の猿とネッタイシマカによりウイルスが維持されている限り、我が国での流行の心配は少ない。ただ、昨年デングウイルスを持つネッタイシマカの生息が東京で確認されたことを考えると、蚊と人間の間でウイルスが維持される形の一過性の流行はあるかもしれない。我が国で最も重要な対策は、医師の教育、一般への情報提供、確定診断に基づく感染モニター、そして中南米の流行を収束させるための援助ではないかと思う。
以上、皆さんも知識を仕入れて準備を怠らないように。
カテゴリ:論文ウォッチ
2016年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
29