今日紹介するドイツライプチッヒ・マックスプランク人類進化研究所からの論文は、私たち現代人の先祖からネアンデルタール人に流入した遺伝子の痕跡もあるはずだと求め続けた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Ancient gene flow from early modern humans into eastern Neanderthals (初期現代人から東部ネアンデルタール人への遺伝子流入の痕跡)」だ。
この研究が行われたマックスプランク人類進化研究所は、言うまでもなく、クロアチアで発見されたネアンデルタール人のゲノム解析を成し遂げ、ネアンデルタール人の遺伝子が私たち現代人に流入していることを突き止めた研究所だ。もちろん逆の可能性についても同じデータを使って調べていたはずで、ヨーロッパでの現代人とネアンデルタール人との交流は一方向に限られていたようだ。今回の研究ではこれまで現代人との交流があまりないとされてきたアルタイ地方で発見されたネアンデルタール人のゲノムに注目し、ネアンデルタール人の遺伝子の流入がないアフリカ人のゲノムと比較することで、私たちの先祖からネアンデルタール人への遺伝子流入の痕跡がないのか探索している。
基本的に研究はゲノム情報を比べる数理的な研究で、アルタイ地方のネアンデルタール人に現代人から流入したと想定できるアフリカ人特有のゲノム断片をリストし、この分布を他の古代人ゲノムや現代人ゲノムと比較することで、遺伝子流入の時期を数理的に研究している。 数理的な詳細を全て省いて(数理的手法の妥当性には私自身も完全に理解できているわけではない)結論だけをまとめると、次のようになる。 1) まず、東部ネアンデルタール人には確かに、現代人の先祖から遺伝子が流入している。この流入は、西部ネアンデルタール人やデニソーワ人には認められない。 2) 西部のネアンデルタール人から現代人にゲノムが流入したのは、5万年前の話だが、東部ネアンデルタール人への現代人ゲノムの流入は10万年から20万年前の間に起こっている。 3) この交流はおそらくネアンデルタール人と現代人が分離した後、アフリカを離れる前、あるいは離れようとする時期に今の北アフリカや、イスラエルで起こったと考えられる。 4) 流入した遺伝子には言語に関係するFoxP2遺伝子も含まれる、 5) アルタイのネアンデルタール人は小さな集団で、他の古代人から孤立して維持されてきたことで、流入の痕跡がより鮮明に研究できる。 遺伝子流入と表現すると生々しくはないが、今流入の痕跡として見えているのは、ネアンデルタール人男性が現代人の女性を犯し、また私たち祖先の男性がネアンデルタール人女性を犯した結果と言っていいのではないだろうか。もちろん、ネアンデルタール人女性を現代人の集団が受け入れていないという証拠はないが、女性が囲われた考えるより、暴力的な交流から生まれた子供がそれぞれの集団で維持され、遺伝子が流入した可能性が最も高いだろう。とすると、10万年以上前には存在した現代人からネアンデルタール人への遺伝子流入が、5万年前のヨーロッパでは存在せず、ネアンデルタールから現代人への方向性だけになっていることは面白い。どのような生活の変化がこの差を生み出したのか、ロマンに満ちた研究分野が開いて行く気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ