例えば「アルコールフリービールは妊娠中でも飲んで良いでしょうか」という質問を見たとき、私ならどう答えるだろうかと考えてしまった。個人的には、アルコール0なら他の食品や飲料と同じで問題はないと思う。しかし、もしノンアルコールビールとビールとの共通の製造法に何か落とし穴があったとしたらどうしよう、などと考えだすと、結局明確な答えがないことに気づく。即ち、特定の食品の一個一個の安全性が科学的に示されない以上、妊婦さんの心配を科学的に取り除くことはできない。
同じことがMRI検査にも言える。もちろん放射線を使う検査は、妊婦さんは止む得ないとき以外避けたほうが良い。しかし放射線は使わないとはいえ、強い磁場や電磁波、さらには高い騒音にさらされるMRI検査は大丈夫かどうか、はっきりと妊婦さんに答えることは難しかった。
今日紹介するカナダトロントにある聖ミカエル病院からの論文は、この問題に答えるために、妊娠初期3ヶ月にMRI検査を受けた妊婦さんから生まれた子供を出産時から4歳児まで追跡して、MRIを受けなかった妊婦さんから生まれた子供と比較した研究で、9月6日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Association between MRI exposure during pregnancy and fetal and childhood outcomes (妊娠中のMRI検査の胎児期及び幼年期への影響)」だ。
結論は極めて明快で、妊娠3ヶ月までの胎児が、様々な外界からの刺激に対して最も過敏性の高い時期にMRIを受けた場合でも、胎児の成長、発生異常、成長異常、ガンの発生率などで、MRIを受けなかった妊婦さんの子供と特に大きな差異はないという結果だ。これで「MRIは妊婦さんにも安全ですよ」と言うことができる。
この調査で追跡したMRIを受けた妊婦さんは約1700人で、さらに大きな規模での研究が行われると、確実に妊婦さんをさらに安心させられるだろう。また、この研究では小さな変化を詳しく調べるということは行っていないので、影響が0であるとまでは言えないのが難点だ。
ただ研究対象が500人程度しかいなくとも、統計学的に優位な異常を発見することは可能だ。この研究では、単純なMRI検査だけでなく、ガドリニウムによる造営MRI検査を行った妊婦さんについても同じ調査を行っており、胎児の発生異常では受けなかった妊婦さんと変わりはないが、4歳までにリューマチや炎症性の疾患の頻度が高まることを報告している。このことから、妊婦さんはどの時期でもできるだけガドリニウム造影検査は避けたほうが良いことわかる。
妊娠すると、これまで当たり前に行ってきた様々な生活習慣に対して急に疑問が生まれてくる。こんな妊婦さんの不安を取り除くために、これからも科学的なコホート研究が行われることを期待したい。
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