このため1996年に最初にこのガンが記載されて以来、最も感染率が高い地域では95%以上、全タスマニアで80%の個体が20年で失われてしまっている。この結果から、ほとんどの生態学者はタスマニアデビルは間違いなく絶滅する運命にあると考えていた。
ところが今日紹介するワシントン大学を中心とする米・英・オーストラリアからの論文は、ひょっとしたらタスマニアデビルは絶滅を免れるのではないかという可能性を示唆する研究で8月30日号のNature Communicationsに掲載された。 この研究ではタスマニアデビルの個体調査を行っているわけではないが、おそらくサンプルを集める過程で、タスマニアデビルはしぶとく生き残っているという印象を持ったのではないだろうか。このしぶとく生き残るのではという期待の根拠を求めたのがこの研究で、タイトルは「Rapid evolutionary response to a transmissible cancer Tasmania devils (個体間で転移するタスマニアデビルのガンに対する反応の進化)」だ。
この研究では1999から2014年にわたって、ガンが蔓延するより前と後で約300個体からの細胞サンプルを収集、細胞から得られるDNAの多型を制限酵素切断と次世代シークエンサーによる配列決定を組み合わせた方法で解析している。著者らによると、この方法で全ゲノムの1/6の領域について多型を調べることができるようだ。
こうして得られた多型の中から、ガン蔓延前後で大きく保有率が変化し、同じ変化がタスマニアの3地域で共通して見られる多型を検索し、変化の極めて大きな2つの領域を特定している。すなわち、この領域が変化することで、ガンに対する抵抗性が進化したのではないかと提案している。
結果はこれだけで、あとはこの領域内あるいはその近くに存在する遺伝子の全てが免疫か発がんに関わる遺伝子であることを強調しているが、残念ながらどの多型がガンに対する抵抗性に関わっているかまでは特定できていない。
研究としてはかなりしり切れとんぼで、もう少し深く追求してほしいというのが本音だが、いずれにせよ20年で集団内の遺伝子多型の比率がこれほど大きく変化できるなら、おそらくタスマニアデビルも絶滅を免れるのではと期待が膨らむ論文だった。
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