これが現実のものになったことを示す2編の論文が9月22日発行のCellに掲載されたので今日、明日と紹介したいと思っている。最初の論文はMITのJaenisch研からの論文でゲノム各領域のDNAメチル化・脱メチル化操作についての論文だ。タイトルは「Editing DNA methylation in the mammalian genome(哺乳動物ゲノムのDNAメチル化を編集する)」だ。
CRISPR/Cas技術が登場した時から、ついにエピジェネティックス操作が可能になると期待していたが、熾烈な競争の中でDNAメチル化操作については大本命のJaenischから論文が出たのは納得だ。実際、彼はTALEを使ってDNAメチル化操作にチャレンジしており、すべての準備ができていたのだろう。
方法は、DNA切断活性を亡くしたCas9にDNAメチル化酵素Dnmt3、あるいはメチル化DNAを水酸化して最終的に脱メチル化をするTet1を結合させ、これをガイドRNAで目的の領域にリクルートし、その場所のメチル化・脱メチル化を行う方法だ。
実験ではES細胞を使って、この方法で特定のゲノム領域のメチル化・脱メチル化を操作できること、そしてこれまで彼らが確立してきたTALEを使う方法に比べてCas9では特性がダントツに優れていることを示している。
この後、実際にこの方法を試す実験が続くが、これに選んだモデルはJaenischがDNAメチル化について最も知識のある研究者であることを如実に語っている。
最初に、成熟後、神経の増殖を押さえるメカニズムとしてメチル化されている神経増殖因子のプロモーター部位を、Tet1-Cas9で脱メチル化する実験を行い、増殖しない神経細胞で狙った部位のDNAを脱メチル化できることを示している。
次に選んだのが、プログラミング研究の最初、H.Weintraubが用いたMyoDによる線維芽細胞から筋細胞への分化の系で、この場合はプロモーターから離れたところに位置するエンハンサー特異的に脱メチル化を誘導し、MyoDを発現させることができること。ただ、これだけでは筋肉分化が起こらず、他の部位の脱メチル化が合わさることが必要であることなどが示されている。
次がクロマチンの離れた部位同士の相互作用を調節しているCTCF結合部位をメチル化することで、エンハンサーの働きが他の遺伝子に拡大するかどうか調べている。クロマチン構造については以前書いた記事を参考にして欲しいが(http://aasj.jp/news/watch/3533)、この実験から染色体の3次元構造も意のままに操作できる時代が来るのではないかと期待させる結果だ。
最後はメチル化によりインプリンティングされている遺伝子を標的にする実験を行い、細胞レベルだけでなく、生きたマウスの脳細胞でDNA脱メチル化が可能であることを示している。
具体的なデータは、チャンピオンデータが提出されているなといった感を持たないわけではないが、それでも発生学者の夢が現実になりつつあることを実感する。iPSもクローニングも、最終的にはこの技術で置きかわるだろう。ウォディントンのエピジェネティックランドスケープにはただ上から下へ流れる川があるだけだが、ついに川の流れが操作できるようになった。
余談になるが、我が国では学者もメディアも、遺伝子編集としか考えないCRISPR/Casが、遺伝学だけのツールではないことも実感する研究だ。この広がりを考えると、今年もこの技術はノーベル賞第一候補だろう。
カテゴリ:論文ウォッチ