この研究の主目的は、サルにも光遺伝学が使えることを示すことだ。実際、遺伝子操作が簡単なマウスで開発された技術をそのままサルに応用するのは簡単ではない。特に光遺伝学の場合、光に反応するチャンネル遺伝子を特異的な細胞に発現させることが必要だが、これを確かめるためにはかなりの数の動物が必要になる。ところが、倫理的な問題は棚上げにして、問題を実験コストに絞っても、サルを使うハードルは高い。今後、CRISPR技術などが使われ、特異的神経の光遺伝学を同じ条件で使うための系統が整備されるように思うが、繁殖の問題を含めまだまだ時間がかかる。
そこでこの研究では個体ごとに目的の脳細胞に遺伝子導入を行う方法を用いて、ある程度納得のできるレベルで光遺伝学が使えれば良いと割り切って研究を行っている。そのため、まずドーパミン神経細胞で遺伝子発現の特異性がよく研究されているTHプロモータを用いてCreリコンビナーゼを発現させ、この Creにもう一つのベクターを使って導入したチャンネルロドプシン(ChR2)遺伝子を活性化型に変えるという方法で、個体間で導入効率にばらつきのない、95%レベルの特異性を実現している。
研究自体は、この方法で確かにChR2遺伝子がドーパミン神経細胞に発現し、光によってドーパミン神経だけが興奮していることを示した後、行動実験を行っている。
ドーパミン神経は、期待が実現した時に興奮して満足感を与える報酬回路に関わることが知られている。研究では、まずサルにご褒美を与えると同時に光刺激をすることで、ドーパミン神経がより強く興奮することを示し、報酬系を光が刺激していることを確認している。
次にサルに2枚の図を見せて、片方を選んだ時にはご褒美だけ、もう片方を選んだ時にはご褒美と光刺激を加えて、どちらを選ぶか追跡すると、光刺激を受ける方を選ぶようになることを示し、今回用いた光遺伝学で操作したドーパミン神経への光刺激が、確かに報酬系を活性化していることを示している。
もちろん同じ実験をマウスで行っても、論文はCellには掲載されないだろう。話は簡単だが、サルで行ったところが評価されている。実際、報酬系を調べる実験は、サルでないとできないレベルの実験だ。マウスではできなかった多くの実験がこの技術を待っている。その一歩が始まった。
さらにこのような研究から、脳細胞へ遺伝子導入する時の効率や、新しい手法が開発されることも期待される。その結果、脳細胞を標的にする遺伝子治療に対して重要な情報をもたらせてくれるだろう。期待したい。
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