この最大の理由は、クロマチン構造を調べる様々な方法が、発生初期の各細胞で使いにくいことがある。個体発生では遺伝子は全く変化せず、遺伝子発現を調節するクロマチン構造だけが変化することから発生=エピジェネティックスの問題だと言えるし(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/)、発生段階でのゲノム全体にわたるエピゲノムが示されてきた。しかし、これまでのエピゲノムマップは一定数以上の細胞が得られる培養細胞を中心に行われ、実際の胚細胞、特に細胞数の少ない初期発生については、調べたくても調べる方法がなかった。
今日紹介する中国精華大学とノルウェーオスロ大学から別々に9月22日号のNatureに発表された論文は、少ない細胞数で染色体沈降法を用いてゲノム全体のクロマチン構造を調べる方法を開発し、H3ヒストンのK4me3状態を比べた研究だ。オスロ大学の論文がおそらく先に投稿され、同じ研究を行っていた精華大学が大至急論文を書いたと思われる。今回は、わかりやすさの点も含めて精華大学からの論文を紹介する。タイトルは「Allelic reprogramming of the histone modification H3K4me3 in early mammalian development (初期哺乳動物発生でのH3K4me3ヒストン修飾の対立遺伝子それぞれのリプログラミング)」だ。
すでに述べたが、両方の研究とも、そのハイライトは200個程度の細胞があれば、正確にゲノム全体のヒストン標識を解読できる独自の方法の開発だ。これは小さな改良の積み重ねだが、発生研究にとっては重要だ。ただ、示された結果は、卵が一回、2回、3回と分裂する過程でH3K4me3型のヒストン修飾がどう変化するかを調べた現象論的研究と言える。
通常の体細胞では、プロモーター近くのH3K4me3型ヒストン修飾が存在することが遺伝子転写に必須の条件だ。したがって、胎児ゲノムが発現し始める初期過程でH3K4me3を調べることは重要だ。
この研究からわかった結論をまとめると次のようになる。
1) H3K4me3の分布は受精後から2細胞期の間にグローバルに変化する。
2) 卵、精子はそれぞれの発生過程で体細胞とは完全に異なるユニークなH3K4me3パターンを獲得している。
3) 精子は、ゲノム全体にわたってH3K4me3が低下しており、発生によりプロモーター部位がH3K4me3に変化する。
4) 卵子は、体細胞とは全く異なるH3K4me3の分布を示し、これはDNAのメチル化部位と強く相関する。
5) これらの配偶子型ヒストン修飾は、2細胞期後期から4細胞期にかけてリプログラムされる。この引き金は、分裂ではなく、胚のゲノムからの転写が関わることも示している。
これ以外に最も重要な発見は、もともと転写オン型のヒストン修飾と考えられているH3K4me3は、卵型の場合転写抑制に関わることだろう。またこのような卵型のヒストン修飾は哺乳動物からしか見られないようだ。
現象論だが面白い。一般の人は、一回の分裂でこれだけ大きな変化が起こって初めて発生が正常に進むと理解してもらったらいい。今後他のヒストン修飾がわかってくると、発生=エピジェネティックスが最もよくわかる発生段階として研究が進むと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ