同じように、酒は人類とともに進化し、その多様性は各民族の文化の一部を担ってきた。だからこそ、酒の話題になると誰もがウンチクを語りたがり、話が終わりなく続く。驚くのは、この多様性の全てが、発酵に関わる出芽酵母C.Cervisiaeの多様性を反映していることだ。
この多くの酒好きのウンチクをさらに深めてくれる論文がビールの国ベルギーから9月8日号のCellに発表された。タイトルは「Domestication and divergence of saccharomyces cervisiae beer yeasts(ビール酵母S.Cerevisiaeの利用と多様化)」だ。
この論文では様々な酒類の発酵に使われる酵母157種類についてゲノムを調べ、酵母ゲノム変化と、そこから醸し出される酒の特徴とを相関させようとした研究だ。したがって、この論文はゲノムについての研究とはいえ、自然科学の研究というより、文化人類学についての研究と言っていい気がする。実際、特定の生物のゲノムを100や200解読したからといって、Cellの編集者の支持は得られないだろう。まさに、誰もがウンチクを語り始める酒についての核心に迫る面白さがあるから、この論文がレフリーや編集者に支持されたのだろう。おそらく編集者が全くの下戸ならこの論文は採択されなかったはずだ。まさに酒好きのための論文で、かくいう私も酒を思い浮かべながら楽しく読んだ。
結論をまとめるとすると、「酒を作る時の酵母には人類の歴史・文化、そして嗜好までもが記録されている」と説明すれば十分ではなかろうか。
ただ、次の酒の席でウンチクを語りたいあなたに、少しだけ知識についてもまとめておこう。
1) 世界中でアルコール醸造のために使われる酵母は、ほんの数種類の先祖から由来している。
2) 中でもビール酵母の多様性は大きく、英国やヨーロッパ本土のビール酵母の多様性は著しい。一方、アメリカのビール酵母は、私たちが感じているように多様性は少ない。
3) 酵母の系統の確率は、17世紀で、微生物学の概念が生まれるより前からそれぞれの土地で、人間の手で系統化された。
4) ビール酵母は醸造から醸造へと培養を続けていくので、すでに胞子形成能力を失っている。一方、ワイン酵母は、ブドウや昆虫とともに自然を生き続けているので、胞子形成能や自然ストレスへの耐性が維持されている。
5) ビール酵母は、2種類の異なる先祖から由来しているが、目的が同じであるため、匂いや味に関わる遺伝子の変化がほとんど同じになっている。
6) ちょっとマニア向けのウンチクだが、ビールだけでなく、日本酒やワインでも嫌う、強いスパイシーでクローバーの匂いは主に4VGという物質由来で、この物質を作る酵素は酵母から除かれていることが多いが、この匂いを特徴とするドイツのヴァイツェンビール酵母では、きちっと維持されている。
他にもスピリットの酵母、日本酒の酵母について面白い話が目白押しだが、もう紹介しきれない。要するに、酒の酵母は文化の歴史を記録しているという話だ。そして、この文化と酵母のゲノムを組み合わせると、新しい味を生み出せる可能性まで示している。ひょっとしたら21世紀のコスモポリタン文化が、この論文から生まれるような気がする。
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