今のところこれらの方法の利用は、遺伝子操作が簡単なマウスに限られているが、CRISPRが組み合わさることで、人間以外であれば、ほとんどの動物でこの技術の利用が可能になると予想される。
この状況をみれば、おそらくCRISPRだけでなく、光遺伝学もノーベル賞の受賞はまちがいないと思う。
この技術の最大の特徴は、神経操作を行いながら、動物の行動を長期間観察できる点だが、睡眠の研究はこの技術の恩恵を最大に生かすことができる分野だ。2014年9月このホームページでも、slow wave sleepを誘導する中枢を、光遺伝学と、薬物による神経操作を組み合わせて解明した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2210)。
ただ、睡眠は一つの睡眠中枢が特定できればそれで話が終わるほど簡単ではない。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、これまで睡眠との関係がほとんど研究されてこなかった腹側被蓋野(VTA)が、覚醒状態を維持する中枢であることを示した研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは、「VTA dopaminergic neurons regulate ethologically relevant sleep-wake behaviors (VTAのドーパミン作動性ニューロンは行動と関連する睡眠—覚醒行動を調節する)」だ。
VTAにあるドーパミン作動性ニューロンは、覚醒時の様々な行動にかかわる領域であることが知られていたが、この研究ではまずVTAの神経活動を蛍光で測定できるようにしたマウスに、睡眠記録のための電極を併設し、睡眠時、覚醒時のVTA神経活動を調べ、VTAドーパミン作動性ニューロンは深いノンレム睡眠時に活動が抑えられることを発見している。
覚醒とVTAの活性が同期していることが分かると、後は、このVTAドーパミン作動性ニューロン(今後VTADNと略する)を抑制、あるいは刺激して睡眠や行動への影響を調べれば仕事は完成する。この研究では、この分野の最新の技術を駆使した一種の物量作戦が繰り広げられている
結果をまとめると、
1) VTADNを抑制すると、脳波でも行動でも確認できる睡眠状態に入る。
2) VTADNを抑制すると、食べ物、異性の存在、あるいは天敵の匂いによる覚醒誘発がいちぢるしく抑制される。
3) 新しい環境(巣が準備できていない環境)でVTADNを抑制すると、本来なら寝るはずのところ、まず寝るための巣作りを始める。
4) VTADNを刺激すると覚醒するだけでなく、巣作り行動もなくなる。
5) VTADNのうち側坐核に投射するニューロンがこの行動にかかわる。
になる。結論としては、VTADN活動は、覚醒と同期しており、睡眠行動を抑え、覚醒を維持するのにかかわるという結論になる。個人的には、巣作り行動が眠りの準備行動として、睡眠と一体化しているのに驚いた。
また、従来の光遺伝学実験から睡眠中枢として他の領域もリストされていることを考えると、睡眠は一つのコントロールセンターで話が終わるものではないことがよくわかった。
しかし、光遺伝学、化学的神経操作、発行による神経活動測定、電極による神経活動測定を組み合わせた今回のような大掛かりな研究を見ていると、我が国で独立したばかりの若手がこの技術を駆使した研究ができるようになっているのか少し心配になる。若手が物量作戦を前に沈没しないでいいような研究助成を望む。
カテゴリ:論文ウォッチ