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今年度の熟年生活講座「脳の進化と意識」7月18日と25日に開催

2017年5月12日
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今年も(公財)神戸いきいき勤労財団主催の熟年生活講座に、西川伸一代表が「脳の進化と意識」との演題で講演いたします。

170718_熟年生活講座

カテゴリ:セミナー情報新着情報

5月12日:大麻成分の一つTHCは脳を若返らせる?(Nature Medicine掲載論文)

2017年5月12日
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   私たちの脳の老化では、神経細胞数が減少するとともに、生きている神経細胞自体の遺伝子発現も変化し、この二つが合わさって物忘れなど様々な認知障害が起こってくる。もちろんこの2種類の要因は相互に関連しているが、脳の老化を防ぐには脳細胞数の減少を抑えるとともに、残っている脳細胞自体の若返りを図ることが重要になる。
   今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は、脳細胞の若返りを誘導する能力がなんと大麻の主成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)にあることを示した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。
   最近になって医療用のみならず、個人の嗜好目的で大麻使用を許可する国や州が増えており、わが国でも話題になっている。ただ、これまでの様々な論文を見ると、少なくとも若年者の大麻常用は様々な脳障害を誘導すると覚悟したほうが良いと思う。一方、難治性のてんかんや疼痛に対して効果があることは科学的に示されているので、医療用の大麻使用には道を開くほうがいいのではと思っている。
   この研究では大麻の主成分であるTHCを2ヶ月齢、12ヶ月齢、18ヶ月齢のマウスに、ミニポンプで連続投与し、28日後に投与をやめる。その後5日待った後、様々な認知機能テストを行うと、驚くことに全てのテストで18ヶ月齢のマウスの成績が上がった。12ヶ月齢のマウスでは、まだ機能低下が強くなく、効果が見られないテストもあるが、やはりTHCは機能改善に働いている。
   最も驚くのは、同じ量を投与された2ヶ月齢のマウスでは、THC投与で逆に機能低下が起こることで、これまで若年者の大麻使用が物忘れにつながるとする従来の結果に一致する。
   これらの結果は、同じTHCも高齢者の認知機能には良い影響、若者には悪い影響があるという、高齢者にとっての朗報と言える。
   このメカニズムを突き止めようと、神経間のシナプス結合を調べると、老化マウスでだけシンプトフィジンの発現が上昇し、スパインの数が増えることがわかった。さらに、THC投与による遺伝子発現の変化を調べると、老化マウス神経細胞の遺伝子発現パターンが、2ヶ月齢のマウスから得た脳細胞の遺伝子発現パターンに近づいてくることが明らかになった。一方、若年マウスの脳細胞で見ると、THC投与により遺伝子発現パターンが老化マウスの神経細胞に似てくることが明らかになった。
   データの解析から、この若返りの分子機構として、サイクリックAMP及び まPK経路が活性化される結果、ヒストンアセチル化に関わるCBP遺伝子などの発現が再活性化され、様々な遺伝子のエピジェネティックス調節が変化した結果である可能性が生まれ、最後にヒストンアセチル化を抑制するAnacardic acidがTHCの効果を完全にキャンセルすることを示している。
   THCはCB1受容体を介して神経細胞を活性化する。面白いことに、CB1ノックアウトマウスは最初認知機能の発達は正常マウスと比べ優れているにもかかわらず、老化すると急速に認知機能が低下するという特徴を持っている。この認知機能の低下に対しては当然THCは何の効果も示さない。
   以上の結果から、老化に伴う神経細胞の変化の多くは、CB1シグナル低下に起因しており、これをTHC投与で補うと、脳細胞が若返り、認知機能が回復するという結果だ。
   高齢者にとっては画期的に思える研究結果だが、ではもっと長期間投与を続けたとき、細胞が力つきることはないのかなど、調べることは多い。ジギタリスもそうだが、細胞は鞭を入れて走りすぎると、結局は力つきる。
高齢者のマリファナ使用解禁の日が来るのははまだまだ先のことだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日:アルツハイマー病患者に見られる睡眠中のミクロてんかん発作(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2017年5月11日
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   一般的に、アルツハイマー病ではタウ蛋白やβアミロイドの沈着により神経死が誘導され、その結果認知機能が進行的に犯されると説明され、また動物実験モデルや病理解析により十分な証拠も上がっているが、病気の進行過程とそれに対応する症状についてはよくわかっていないことが多い。
   実際、アミロイドプラークの量や脳の萎縮程度と認知機能の低下は必ずしも相関しないし、病状の進行もよくなったり悪くなったりと変動し、一本調子ではない。この原因として、例えば介在神経が失われる結果起こる神経細胞の異常活動が認知機能の低下に一役買っているのではないかと考えられてきた。特に動物のアルツハイマーモデルで、睡眠中に神経細胞の過興奮が見られることが示されていた。
   今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、アルツハイマー病の患者さんには頭蓋の外から検出の難しい神経細胞過興奮が存在するのではないかと最初から仮説を立て、2人の患者さんに口腔内から頭蓋の卵円孔を通して留置する電極を設置し、細胞レベルの神経活動を連続的に海馬で記録した研究で、いわば症例報告ではあるが、発見の重要性からNature Medicineオンライン版に掲載された。
   タイトルは「Silent hippocampal seizures and spikes identifyied by foramen ovale electrodes in Alzheimer’s disease(卵円孔電極を用いてアルツハイマー病で記録される自覚されない海馬のてんかん発作と神経興奮スパイク)」だ。
   口から卵円孔電極を脳内に留置するなど恐ろしく聞こえるが、てんかんの診断のために確立した方法で、これにより脳内の神経細胞の活動を連続的に調べることができる。この研究では2人の進行性のアルツハイマー病の患者さんで、これまでてんかん発作の経験が全くない2人を選び、卵円孔電極を留置し海馬局所の神経活動を記録すると同時に、一般的な脳波記録を調べている。
   結果は予想通りで、2人とも一般的な脳波検査ではほとんど異常興奮を検出できないが、神経の過興奮を検出することに成功している。
   もう少し詳しく紹介すると、最初の患者さんでは、覚醒時には通常の脳波計では異常は検出できないが、龍ちゅ電極では1時間に400回程度の過興奮を観察できる。驚くのは睡眠時で、通常の脳波計でも時間あたり50回程度の異常活動を検出できるが、電極からはなんと800回を越す過興奮が観察されている。    もう一人の患者さんでは脳内電極からも覚醒時に異常興奮を検出することはないが、睡眠時には正常脳波計では検出できない過興奮が1時間に200回程度検出されたという結果だ。    最初の患者さんには一般的にてんかんに使われう抗てんかん剤を服用させると、過興奮を止めることができているが、もう一人の患者さんでは副作用で服用は断念している。    結果はこれだけだが、予想どおり海馬神経細胞の過興奮が見られること、しかも記憶が確定するために重要な睡眠時間中に過興奮が起こりやすいことを示すこの結果は今後アルツハイマー病の病態を考える上で極めて重要だと思う。
   この発見が睡眠中の過興奮をうまく抑えて病気の進行を食い止める方法が開発につながってほしいと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日:クモの糸(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2017年5月10日
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クモの巣を見てその美しさと合理性に驚かない人はないだろう。現在地球には46000種を越すクモが存在しているが、ほとんどが何らかの形で糸で餌をからめとるのに使っている。
  しかし今日紹介するペンシルバニア大学からの論文が私にとっては最初のクモの糸についての論文で、その想像を超える複雑さに驚いた。おそらく研究人口が少ないため、論文を目にする機会がそう多くないのだろう。タイトルは「The Nephila clavipes genome highlights the diversity of spider silk genes and their complex expression(ジョロウグモのゲノム解読によりクモの糸の多様性と複雑な発現が明らかになった)」で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。
       もともとこの研究グループがクモの巣に焦点を当てて研究していたのかどうか把握していないが、論文自体はジョロウグモの全ゲノム解読研究で、結果としてクモの最大の特徴である生糸を作るための遺伝子に焦点を当てて論文を構成している。生命誌研究館でも小田グループがクモの発生を活発に研究しており、クモゲノム研究が進んでいることは聞き知っていたが、一般的にクモの巣として知られる美しいネットを作るクモのゲノムはこの論文が初めてのようだ。
   まずゲノムサイズが3.45Gと、人間なみに大きく、遺伝子数も14000存在している。ただ、詳しいゲノム情報はあまり議論されておらず、簡単なゲノムの説明の後直ちにクモが作っていると考えられる生糸(スピドロンと呼ばれている)のゲノム解析に移っている。
   不勉強で、クモの糸は一種類のタンパク質でできているのかと思っていたが、驚くことにジョロウグモには少なくとも28種類のスピドロンの構造遺伝子が存在している。しかも最も小さなタンパク質は408アミノ酸、最も大きいものはなんと5939アミノ酸からなるタンパク質で、その配列は多様だ。
   
それぞれのスピドロンは49種類の繰り返し配列が合わさったもので、それぞれのグループの繰り返し配列自体も著しく多様化しており全部で394種類の異なる繰り返しユニットが特定されている。このうち260ユニットは複数のスピドロンタンパク質に分布している。
   28種類のタンパク質はそれぞれの構造から、これまで明らかになっていた糸のタイプに分類でき、それぞれは粘着性があったり、結節を持っていたり、また今回新しく明らかになったスピドロンの中にはクモ毒に似たものまで存在する。これが本当に毒なら、糸にかかった途端に餌を殺すことまでできることになる。
   要するに、一種類のクモが作るスピドロンは数十種類の基本ユニットを様々な割合で取り込んで作られており、異なる特性を持った20種類を越す生糸が作られているという結果だ。また、この構造の中に、新しいユニット構造を取り込んで、新しい機能が進化し続けている。
   これも不勉強で知らなかったが、この複雑なスピドロンを紡ぐための7種類の器官が存在し、おそらく異なるタイプの糸が紡がれるらしいが、実際それぞれの器官を単離してスピドロン遺伝子の発現を調べると、一つの器官で複数のスピドロン遺伝子が発現している。さらに、クモ毒と思われる配列を持った遺伝子は、毒を作る器官で発現している。他にも、生糸の合成と無関係の組織で発現しているスピドロン遺伝子も存在するが、そこで何をしているのかも面白い課題だ。
   話はこれだけで、確かにクモの糸がこれほど魅力に富む分子かということはわかったが、ゲノムの構造や、それぞれのスピドロンがゲノム上にどう分泌しているのか、そして何よりも、一本に見えるクモの糸がどのように作り分けられ使われているのかなどについては解説すらされておらずちょっと不満が残る。
   各器官での遺伝子発現がこの研究で明らかになり、今後急速に解明が進むのではと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日:マウスガンゲノム研究も結構役にたつ(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2017年5月9日
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ヒトガンゲノム研究が始まってから、マウスをモデルにした研究が一時下火になったような気がする。これは、研究自体が行われたのではなく、ハイインパクトジャーナルのレフェリーが、マウスなどのモデル研究をあまり採択しなかったからかもしれない。しかし、ヒトのガンゲノム研究が進むにつれ、モデルマウスの研究の価値が高まり、特にガンの環境や免疫を調べるため、あるいは発ガン早期の過程を体内で調べる研究にはモデル動物による研究は欠かせなくなっている。
   今日紹介するベルギー・ルーベン大学からの論文はヒトゲノムとマウス発ガンモデルを用いたゲノム研究がいかに相性がいいかを明らかにした論文でJournal of Clinical Investigationオンライン版に掲載された。タイトルは「Comparative oncogenomics identifyies tyrosine kinase FES as tumor supperssor in melanoma (比較ゲノミックスによりチロシンキナーゼFESがメラノーマの腫瘍抑制遺伝子であることを特定した)」だ。
   これまでマウスにガン遺伝子を発現させるモデルでは、ヒトのガンのように、ガンの必須ドライバーや定番のガン抑制遺伝子に加えて多くの遺伝子に変異が見られるという状況が得られないことが問題ではないかと思っていた。
   しかしこの研究では、マウス発ガンモデルでは必要最小限の遺伝子変化しか起こらないことが、発ガンに関わる遺伝子を特定するのに役にたつはずだと着想し、発ガンのドライバー遺伝子変異を持つマウス、あるいはさらにp16やp53などのガン抑制遺伝子変異を持つマウスでガンが発生した時点でヒトガンの場合と同じようにエクソーム配列を決定し、ドライバー以外に変異が導入されている遺伝子を解析している。
   ガン抑制遺伝子変異が揃っている場合でも、ガン発生までに30−50週かかる。すなわち、この間に新しい変異がマウスゲノムに入っていることが期待され,これをヒトと比べることは確かに役に立ちそうと納得できる。
   結果だが、予想どおり、UVにさらされて発生するヒトメラノーマと比べると突然変異の数は少なく、ミスセンス変異の数はたかだか一つのガンで1.3個程度だ。一方、染色体の欠損や遺伝子コピー数の変異は高い確率で見られ、詳細は省くがヒトのメラノーマで報告されている遺伝子変異とほぼ同じ変異が起こることが明らかになった。すなわち、マウスもヒトも概ね発ガン過程は同じで、マウスのゲノム解析から期待どおり発ガンに必要な最小限の遺伝子変異セットが何かをマウスモデルで確認することができる。
   さらにメラノーマでの遺伝子発現を調べることで、これまで注目されてこなかったチロシンキナーゼ遺伝子FESの発現が低下していることを発見し、発ガン過程でFES遺伝子がDNAメチル化により発現が抑制されること、またデータベースを再検索するとヒトのメラノーマでも40%でFESの発現低下が見られること、そしてFesがWnt経路を介してガンの増殖を抑制していることなどを示している。
   実際にはさらに詳細な解析が行われているが、詳細を省いてまとめると、マウス発ガンモデルでのゲノム解析を、ヒトガンのゲノム解析と比べる手法は極めて有用で、これまで見落としてきた発ガン過程に関わる分子を特定できるだけでなく、新しい治療法の開発も期待出来ると結論できる。
   マウスモデルだけで研究を進める時代ではなくなったが、ヒトでの結果を確かめるためにも、動物モデルが必要なくなる日は当分来ないことを確信した。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日:DNA複製が細胞周期に従わなくなったらどうなる?(5月2日号Cell Reports掲載論文)

2017年5月8日
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    私たちのDNA複製はG1期に何千もある複製開始点に複製に関わる分子複合体が集まることで始まる。この複製開始点はORCと呼ばれる分子複合体により認識されるが、このORCに複製に関わるMCMヘリカーゼ複合体を集めてくる主役がCDC6 (AAA-ATPase)とCDT1だ。もちろんこれらの分子の欠損はそのまま死を意味するが、これらの分子の働く時期が狂うと細胞にとっての一大事になる。すなわち、複製は複製開始複合体が形成されるかどうかで決まるため、一回の細胞周期に、複製が一回だけ起こるようにするには、複製開始複合体の開始点への結合が一回だけで終わるように厳しく管理しないと、新しくできた開始点がまた複製を始めてしまう。このため、使ったCDC6やCDT1はDNAから外れると細胞周期の特定の段階のみ働く酵素で分解できるようになっている。分解されるだけでなく、シャペロンであるCDT1にはその機能を抑制するゲミニンが結合して機能を止める。
   今日紹介するスペイン ガン研究センターからの論文は、この複製開始点の細胞周期にリンクした活性を狂わせてみたらどうなるかを調べた研究で5月2日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「In vivo DNA re-replication elicits lethal tissue dysplasias(DNAの再複製が体内で誘導されると致死的な組織形成不全が誘導される)」だ。
   私自身はRe-replication (再複製)というタイトルを見て、「何々」と興味を持って読んでしまったが、要するにCDC6とCDT1を過剰発現させると何が起こるのかという極めて単純な興味に答えた研究だ。もちろんガンではこのような状況が存在するし、また血液細胞ではCDC6がもともと高い。ただ、先も述べたように、細胞に十分量存在する細胞周期特異的なタンパク分解システムが存在するため少々これらの分子を過剰発現させても、細胞はなんとか処理するのではないかと、あえてこのような研究を行う研究者はこれまでいなかったようだ。
   結果は、マウスが成熟後両者の発現を正常の10倍程度高めることができるようにしたトランスジェニックマウスでは、分子を処理しきれず細胞周期にリンクしないDNA複製が起こり、組織の維持が破綻することを示している。
   もちろんこの破綻が細胞内での複製再開によることを示すため、まずトランスジェニックマウスから樹立した繊維芽細胞株を用いて、CDC6,CDT1は細胞周期特異的タンパク分解システムに処理されているが、処理しきれない分子が存在し、開始点へのMCM複合体のロードが2倍に高まっていること、それに合わせてDNA複製フォークの数も上昇していることなどを確認し、CDC6,CDT1両方を発現させた時のみ、再複製を誘導できると結論している。
   あとは様々な段階で両者を体内で発現させた後に何が起こるかを調べている。一番重要な結果は幹細胞についての結果で、両者が発現すると腸管の組織形成が破綻しマウスは死亡する。これ以外にも骨髄、胸腺などで細胞数が減少することが見られる。これは、再複製によりDNAが障害され、細胞死が起こることが主因であることを示しているが、詳細はいいだろう。   要するに、好きな時に細胞周期によるDNA複製の制御を外して、DNA複製を再誘導できる実験系が出来たということだ。結果は予想通りで、驚くほどのことはないが、例えば増殖細胞を特異的に殺して休止期にある幹細胞の機能を見るための幹細胞研究やガン研究に役に立つのではと期待できる。とはいえ、結果はあまりにも予想通りで拍子抜けする。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日:視床の神経活動調整機能 II(Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月7日
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   昨日は、学習したルールを思い起こして行動に移るまでの前頭前皮質の中での神経細胞同士のシナプスリレーを維持するために、視床の背内側核からの刺激が必要であることを示した論文を紹介した。
   今日紹介するバージニア大学からの論文は、学習したルールに従って運動を起こす前に運動皮質前部(ALM)で観察される、いわば行動準備のための神経活動に視床との結合が必須であることを示した研究で、タイトルは「Maintenance of persistent activity in a frontal thalamocortical loop(前頭部の視床皮質ループの持続的活動を維持する)」だ。
   この研究で使われている課題は少し変わっている。まずマウスのヒゲの前方あるいは後方を刺激して、どちらの刺激を受けたかを、鼻先に置かれた左右2つの標的のどちらかを舐めるという動作で表現できるように訓練する。ヒゲが刺激された後ブザーがなって初めて舐める行動に移るように訓練しておくと、ブザーがなるまでの時間、ALM内の神経細胞が興奮する。課題の設定に工夫が感じられるのは、ヒゲの刺激は片方の前後の区別だが、その結果は右か左の標的を舐める行動へと変換している点だ。左右の運動は、反対側のALMで制御されている。実際片方のALMの活性を光遺伝学的に落とすと、反対側を舐める行動だけが低下することから、準備作業が運動に直結することが確認出来る。    いずれにせよ、ヒゲからの刺激の指示が理解されると、それに対応する行動の準備がALMの興奮として観察できることがわかる。後はこの興奮に影響与える領域をまず神経結合を追跡する手法を用いて特定し、次にそれぞれの領域の神経活動を光遺伝学的に抑えて、どの領域の抑制がALMの神経活動を抑制するかを調べ、視床の活動抑制のみがALMでの行動準備のための神経興奮を抑制することを突き止めている。
   次にALMと結合してALM神経の興奮維持に必須の視床領域を調べ、内側腹側核/前腹側核側方(VM/VAL)がALMの活動を制御していることを明らかにした。昨日の研究と比べると、課題は一見似ているが、運動の準備を指標に調べると、視床の異なる領域が関わっていることがわかる。
   昨日の研究と比べると、この研究ではさらに、運動準備期間に視床VM/VALも活動し、ALMの活動を抑制するとVM/VALの活動も抑制されることを示し、両方の領域が直接相互作用をしていることを明らかにした。すなわち、行動準備の活動が視床と運動皮質が双方向的に直接結合したサーキットの活動として維持され、このサーキットが形成されることで、視床を介して他の刺激が運動準備段階の神経活動にさらに関与する可能性を示している。        以上2日にわたって、行動を起こす前の短い期間に作用する神経ネットワークに、視床が関わることを勉強したが、課題に応じて異なる大脳皮質領域にネットワークが形成され、それが対応する視床と連結して機能することがよくわかった。視床の機能がここまで明らかになるとは、光遺伝学恐るべしだが、哲学で問題になってきた自由意志問題の脳科学が少しずつ近づいているような気がした。    
カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日:視床の神経活動調整機能 I(Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月6日
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   Natureオンライン版に視床の神経機能についての論文が2編も出ていたので、紹介することにした。私たちの学生の頃は、視床を感覚刺激が大脳皮質に伝わる中継点として考えれば良かったが、最近の研究で実は脳全体のハブとして脳内各領域と相互に作用していることがわかっている。今の学生さんにはいないだろうが、脳幹は基本的な生命機能を調節しているで済ませていたのは昔の話だ。
   今日(1日目に)紹介するニューヨーク大学からの論文はマウスが課題として与えられたルールに従って行動するときに、このルールの維持に視床が関わっていることを示した論文で、タイトルは「Thalamic amplification of cortical connectivity sustains attentional control(皮質の結合を高める視床の作用で注意力を維持するとができる)」だ。
   この研究では音で合図をした後、異なる二つの音のどちらかを聞かせて、その音で指示される行動をとるように促す。この指示には光と音を同時に感じた場合光に反応するか、音に反応するかが決められており、指示どおりの反応をするとほうびがもらえるようにして、訓練する。訓練は完璧で、マウスは指示どおり正しい方をとるようになる。
   このとき、前頭前皮質の神経活動を記録すると、指示に従って音を選ぶときに反応する神経と、光を選ぶときに反応する神経が、前もって活動していることがわかる。すなわち、ルールを理解し、行動までの準備が行われている。この行動に備えた準備サーキットでは、指示を聞いたときに反応する細胞から後の方で反応する細胞まで、反応の時間差があるが、全て指示に合わせて活動することから、指示を維持するためのサーキットが形成されているのがわかる。このような例をみると、神経刺激は全て一度サーキットの活動にシンボル化されていいることを本当に実感する。
   この研究ではこの前頭前皮質のサーキットの維持に、視床が関わるのではとあたりをつけて、研究を行っている。視床の背内側核を光遺伝学的に抑制すると、期待どおり指示内容を頭の中で維持することができなくなる。特に、指示を受けてすぐから視床の支配を止めると、その効果が強く、指示内容を維持するシナプスリレーの後半に視床の活動を抑制しても影響は少ない。
   最も面白いのは、この支配は光の選択、音の選択と、指示のカテゴリーとは無関係で、指示をうけたシナプスリレーを維持するためのエネルギーとして必要なことだ。
   この結果を確かめるため、視床の活動を高める実験も行っており、これにより指示どおり反応する確率が上昇する。
   実際には同時に数カ所の活動を記録しながら、極めて限られた領域の光による操作ができる方法など、最新の方法を用いて膨大な実験が行われているが、視床の背内側核と前頭前皮質の神経結合が、前頭前皮質内で指示と行動をつなぐシナプスリレーの活動を動機付けていることを示している。
   この研究ではあまり議論されていないが、読んで勝手に解釈すると、私たが一定の行動をとるとき、それを行うための動機、フロイト的に言えば力動のメカニズムが少しづつ解明されているような気がして勝手に興奮している。明日は同じ号に発表されたもう一つの視床についての論文を紹介する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月5日 CRISPR/CAS治療に向けた着実な進展(Nature Biotechnologyオンライン版掲載論文)

2017年5月5日
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ゲノム編集を巡って、役所と学会との思惑が一致しないことがメディアで報じられている。実際に何が起こっているのか全く把握していないが、基本的には生殖系列のゲノム編集研究に関する法や指針に向けた議論だと思う。
ただこの分野の論文を読んできた印象からいうと、倫理議論とは別に考える必要があるのは、この分野での我が国のプレゼンスが極めて低い点だ。すなわち外野から見ていると、倫理議論だけが盛り上がって、研究が盛り上がっていないという不思議な現象が起こっているように思えてしまう。    もちろんレベルの低い研究力でもゲノム編集ができてしまうため、利用は拡がるだろう。ただこれだけではいい研究には発展しない。同じように臨床応用も、最初は開発された技術をそのまま適用すればいいわけではない。どの疾患を、どのような戦略で攻めるか、臨床研究者の知識と構想力が試される。実際、競争が熾烈を極める体細胞の遺伝子編集治療となると、我が国からほとんどめぼしい論文は出ていないのではないだろうか(もし間違っていたら教えて欲しい)。
   一方世界レベルでは、臨床を想定した遺伝子編集を用いる前臨床研究が着々と進んでいるように思える。今日紹介するピッツバーグ大学からの論文もその一つで、染色体転座というガンの根幹を標的にしたCRISPR/CAS利用法の開発研究で、Nature Biotechnologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Targeting genomic rearrangements in tumor cells through Cas9-mediated insertion of suiside gene(Cas9を用いた腫瘍細胞の遺伝子転座部位への自殺遺伝子の挿入)」だ。
   多くのガンで、染色体転座が発ガンに重要な役割を演じていることがわかっている。この転座によって、正常の細胞には全く存在しない遺伝子配列がガン細胞だけに発生するので、この配列を使ってガン細胞だけに自殺遺伝子を導入して、ガンを治せないかというのがこの研究の目的だ。誰もが分かっていることだが、いい着想だ。このモデルとして、異なる転座を持つ前立腺ガン細胞と、肝ガン細胞をモデルとして使っている。
  自殺遺伝子としては、実績のあるチミジンキナーゼ遺伝子を選び、転座部位に挿入する方法を開発したのがこの研究のハイライトだ。チミジンキナーゼが導入されると、ガンシクロビル投与で、細胞を特異的に殺すことができる。
   遺伝子挿入の効率を上げるため、DNAの片方の鎖に切れ目だけを入れるよう改造したCAS9を用いている。この変異型CASに転座部分を含む2種類のガイドRNA(別々のストランドに相補的)を結合させ、アデノ随伴ウイルスベクターに組み込んで、細胞に感染させている。これにより、転座部位を挟んで2箇所の切れ目が入り、自殺遺伝子が挿入される。
   もちろん100%の効率までにはいかないにせよ、期待どおり転座を持つガン細胞だけを選択的に殺すことができる。同じ実験を、ガンを移植したマウスに遺伝子導入を行い、生体内でも同じ効果が期待できるか調べている。まだ30%程度にガンが縮小する程度で、完全消失とはいかないが、十分期待できる結果だ。それでも、担ガンマウスの生存が大幅に伸びているのには驚く。    治療に使うためにはまだ克服すべき点も多いと思うが、読んだ限りは着想もいいし、応用性も高いだろう。転座を持つ多くのガンに使える方法へと発展すると期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月4日:自閉症と健康III (Autism Speaks特別レポート)

2017年5月4日
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最終日の今日は「自閉症と精神衛生」、「自閉症と早死に」について紹介する。
V. 自閉症と精神衛生
  正直、この内容は患者さんや家族を混乱させるだけかもしれないと心配する。というのも、私が読んでいて内容が一般向けというより、自閉症の方々を診察している一般医向けではないかと印象を持った。そのことをまず断って紹介したい。
   自閉症だけでなく、多くの精神疾患の背景に、発生過程で起こる神経ネットワーク形成の様々な異常が存在すると考えられるようになっている。実際、論文を調べると、自閉症の30-61%が注意欠陥・多動性障害(ADHD)、11-42%が不安障害、7%の児童、26%の成人がうつ病、4-35%の成人が統合失調症、6-27%が双極性障害を併発しているという報告がある。しかし、本当に併発しているのかを診断するのは難しい。そのため、専門家により自閉症と他の精神疾患を区別するためのガイドラインが発表されている。
自閉症とADHD
ADHDでは、注意力欠陥、多動、衝動的行動により、学校で物事に集中できず不注意なミスを繰り返す結果、社会性の発達や学習が阻害される。一般児がADHDに罹る確率は6-7%だが、自閉症児になると30−61%と跳ね上がる。Autism Speaksによる調査で、自閉症児の半数にADHDが認められ、両方が併発すると生活の質が著しく阻害されるにもかかわらず、1割程度しか適切な治療を受けていないことが明らかになった。
   この理由は2013年まで、米国精神医学会のガイドラインで、ADHDと自閉症は併発しないとされていたからで、2013年以降この考えは改められた。それでも、両者の症状は似ており、どう区別するかさらなる研究が必要だ。
  一方小児科雑誌Pediatrisは自閉症児のADHDを診断するガイドラインを発表し、精密な診断の上で個人に適合した投薬が必要であることを強調している。
自閉症と不安症
   自閉症に不安症が併発する確率は11-42%と論文ごとに違う。ただ、一般成人でも15%と不安症の比率は高い。とはいえ、新しい人に会ったり、人混みを極端に恐れ、一旦始まると不安を抑えることが難しいのは自閉症児の不安症の特徴で、成人後も続くと考えられている。要するに自閉症児は変化を嫌うと考えればいい。
   不安症についての最大の問題は、会話が難しいケースでは診断が難しいことで、研究が進められている。
   2016年Pediatrics誌は自閉症に併発する不安症を認識し治療するためのガイドラインを発表している。このガイドラインが最も重視している点は、自閉症の人たちが不安な気持ちを伝えられないことで、実際の症状、例えば動悸、筋肉の緊張、腹痛などの症状を通して診断しなければならない点だ。不安は様々な行動を誘導する。例えば頭や体を激しく揺らしたり、場合によって壁に頭をぶつけたりするSelf-soothing(自慰)行動や反復行動、あるいは急に反抗的になったりすることがこれにあたる。ガイドラインでは個人の症状に合わせた認知行動治療の有効性を述べているが、実施となると難しい。(認知行動治療では論理的思考、ロールプレイ、勇気を思い浮かべる、徐々に恐れのもとに近づくなどで、ネガティブな感情を克服させる。自閉症児用のプログラムも作られており、例えば漫画の主人公を使って困難を克服させる訓練など。言葉や知能に問題のない自閉症では特に論理的な思考により不安を克服できることがある。)
行動治療やカウンセリングで改善が見られない場合薬剤治療が行われるが、自閉症の不安症に効果が証明された薬剤はまだないと言っていい。従って、一般に処方されるセロトニン再吸収阻害剤(プロザックなど)が処方されるが、自閉症の人には効果が低いことが報告されている。
自閉症とうつ病
   自閉症児の7%、成人の26%がうつ病を併発すると報告されている。このように、うつ病は成長とともに増加する。これは自閉症の人たちが社会から孤立することと関係する。従って、正常のIQを持つ自閉症の人については常にうつ病の可能性を考慮する必要がある。
  長期間にわたって憂鬱感、絶望感、無価値感、虚無感などが続き、活動量が低下、そして自殺を考え実行するなどがうつ病の症状だが、自閉症の症状とも重なるので診断が難しい。これに対しては2015年に自閉症児のうつ病診断のためのガイドラインが発表されている。
   10歳を過ぎると、うつ病の自閉症児の自殺傾向は高まる。これは知能と関係ない。
  認知行動治療の効果が期待できることが示されている。一方、薬剤治療については自閉症に特異的な治療法はなく、一般人と同じ薬剤が処方される。ただ、自閉症の人たちは、眠気、興奮、イライラなどの副作用が多い傾向にある。
自閉症と統合失調症
   両者の関係については、長年議論されてきているが、現在も背景には多くの共通の要因があると考えられているが(例えば妊娠時の炎症、遺伝的背景など)、1990年代に両者が異なる病態であることはほぼ確認された。最も大きな違いは幻覚のような精神異常は自閉症には見られないこと、及び発症年齢だ。
重要なのは両方の疾患が高率に併発することで、統合失調症と診断された成人のどの程度に自閉症が併発するか調査が望まれる。
自閉症と双極障害
   双極障害は、躁と鬱が繰り返す気分障害だが、自閉症との併発率については6%から27%と論文により大きく異なっている。例えば躁状態で初対面の人と話し込んだり、不適切な言葉で傷つけるなどは自閉症でも見られるため、過剰に診断されているのではと専門家は警告している。
   これは、双極障害治療に使われるリチウムで起こる喉の渇きや震えといった副作用が、自分の状態を伝えるのが下手な自閉症児では気がつかれず、命に関わるためで、より安全なバルプロン酸の投与から始めるのが推奨されている。
VI 自閉症と早死に
   自閉症児の平均寿命が36歳という驚くべき結果はすでに述べた。この結果は自閉症の人の平均寿命が54歳と示したスウェーデンの大規模調査でも確認されている。
  すなわち自閉症の人たちは早死にする危険があることを示している。最大の理由は事故死で、例えば自閉症の子供の水の事故は正常児の160倍に達することが報告されている。スウェーデンの統計では、自殺及びてんかん発作による死亡が自閉症では8倍高い。ただこれに加えて、冠動脈疾患、消化器疾患、呼吸器疾患など他の病気での死亡率も自閉症では高いことが示されており、さらに詳しい調査に基づいて、早死にを予防する方法の開発が望まれる。
以上3日間にわたってAutism Speaksの特別レポートを紹介した。私自身の感想だが、自閉症の研究を推進し、様々な重要な情報を発信できる患者団体が存在する米国をはじめ寄附先進国を本当に羨ましいと思った。
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