自閉症スペクトラム(ASD)の症状は多様で、個人差も大変大きいが、社会性の障害、反復行動とともに、言語障害の3つの症状が最も特徴的だ。個人的には、社会性、あるいは他の人とのコミュニケーションの難しさが、全ての症状の原点にあるように思う。実際、社会性の問題に比して、言語障害の程度や内容は結構多様で、多くのASDではほとんど認められない場合もある。さらに、重度の言語障害があると診断されても、多くの著書を発表している東田直樹さんや、米国のIdoさんのように、文章を書かせたら普通の人よりはるかに高い言語能力を発揮する人もいる。すなわち、ASDは言語に問題があると単純に決めてしまうことは極めて危険で、柔軟に状況を判断し、エビデンスに基づいて対応することが重要になる。
この単純な思い込みの例として、バイリンガルの環境は、それでなくても言語学習に苦労しているASDの学童には負担になるので、なるべく一つの言語に絞るべきだとする考えがあったようだ。確かに言われてみると、一理あるような気がする考えだ。この思い込みに対して、社会や学校の環境がフランス語と英語が並立するモントリオールの公立学校に通うASDの学童について、バイリンガル環境に問題があるかどうかを調べたのが今日紹介する、モントリオールのマクギル大学の論文で、12月号のAutism Researchに掲載された。タイトルは「Bilingual Children with Autism Spectrum Disorders: The Impact of Amount of Language Exposure on Vocabulary and Morphological Skills at School Age (バイリンガルなASDの子供:学童期での言語への暴露量が語彙や言語構築力に及ぼす影響)」だ。
確かにバイリンガル環境でのASDの子供達を普通の環境のASDと比べてみるというのは着想が面白い。ただ、残念ながらこの研究では、バイリンガルと、モノリンガルのASDを科学的に比べるという研究は全く行っておからず、モントリオールの公立学校というバイリンガルの環境に通う子どもについて、言語能力を決めている要因をASD児童と典型的児童で調べただけの研究だ。従って、モントリオールの子どもについての調査を示すので、あとは自分で考えてと言った、ちょっと突き放した論文になっている。
では何がこの研究から明らかになったのだろう?結論は単純で、モントリオールの学童でボキャブラリーを決めているのは、典型児もASD児も、言語に触れている時間が最も重要で、あとは年齢、IQ、そして作業記憶と続くという結果になっている。また、言語構築の能力については、作業記憶が最も重要だという結果だ。
そして、ASD児では典型児と比べた時、同じボキャブラリーを獲得するためには、より長い時間言語に触れる必要があるが、すでに言語障害がはっきりしていても、言語に触れれば触れただけ、ボキャブラリーは増えることが明らかになっている。ただ、言語構築力については、言語障害と診断されている児童の場合、言語に触れる時間が長くてもあまり改善しないという結果になっている。
以上のことから、少なくとも社会性の問題だけで、言語障害が強くない児童では、量的には典型児と比べて少し落ちてはいるが、それ以外に違いはないことから、まずバイリンガル環境が言語学習を妨げることはないと結論している。また、バイリンガル能力を身につける可能性もASDで十分あるので、将来のキャリアを考えると、バイリンガル環境を避ける理由は全くないとも結論している。
ただ最終的な結論は、やはりパリの児童とモントリオールの児童を同じ条件で比べるなどが必要だと思う。個人的感想を述べると、ASDの児童は、人付き合いが苦手でも、決して言葉を嫌っているわけではないことはこの研究でも明らかだ。東田さんなどの文章力をみると、実際には言語にできるだけ触れた方がいいように思う。ただ、このような感想も本当は全て科学的に確かめられるべきで、真剣に取り合わないで欲しい。その意味で、バイリンガル環境とASDを結びつけた着想には感心させられたし、今後も研究を進めてほしいと思う。
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