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12月10日:メトトレキセートの厄介な副作用(1月10日号発行予定Cell掲載論文

2018年12月10日
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メトトレキサートは私が医師として働いていた時から利用されていた葉酸拮抗剤で、主に白血病、リンパ腫などの血液のガンに使われるが、リュウマチにも使われる薬剤だ。抗ガン剤だけに、もちろん様々な副作用が知られており、最も恐ろしいのは間質性肺炎だとされてきている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、小児のガン治療にしばしば使われるメトトレキサートに、脳内のオリゴデンドロサイトの増殖を抑える働きがあり、その結果投与をやめた後も何年もに渡ってミエリンの形成が抑制され、その結果様々な脳症状の原因になることを示した重要な研究で1月10日発行予定のCellに掲載された。少し先の発行で、紹介が早すぎるとも思ったが、重要な論文なので是非紹介することにした。タイトルは「Methotrexate Chemotherapy Induces Persistent Tri-glial Dysregulation that Underlies Chemotherapy-Related Cognitive Impairment (メトトレキサートの化学療法は3種類のグリア細胞の持続的な異常を誘導し、化学療法が原因の認知障害の原因になる)」だ。

小児の腫瘍は、大人と比べると化学療法で治療できる確率が格段に高い。ただ治療によってガンが撲滅されても、脳になんらかの異常を示す患者さんが多いことが知られていた。しかし、放射線療法でも脳機能の異常がみられることから、細胞増殖が抑制された結果として、メカニズムを詳しく調べる研究は少なく、ましてや副作用を軽減するための方策についての研究は皆無と言ってもよかった。

この研究では、3歳の時メトトレキサートの大量療法を受けた子供がその後他の原因で亡くなった際の剖検時、メトトレキサートの脳への長期的効果を調べている。驚くことに、神経繊維が走っている白質特異的にオリゴデンドロサイトの数が激減していることが明らかになる。一方、神経細胞が集まっている灰白質ではほとんど差が無い。

そこで、マウスモデルを用いてメトトレキサートがオリゴデンドロサイトの増殖の異常を誘導するメカニズムを調べ、1週間ごと3回の注射で1ヶ月以上持続するオリゴデンドロサイトのリクルートが低下し、これが未熟幹細胞の増殖阻害、幹細胞からの分化誘導の亢進と、そして最終段階の成熟過程の抑制が複合して起こることを明らかにする。その結果、脳神経のミエリン化が阻害され、マウスは運動障害や不安症などを示すようになる。

この原因がオリゴデンドロサイト自体の問題か、脳内の環境の問題か調べるために、幹細胞の移植実験を行い、メトトレキサートにより脳内の環境が長期に異常になり、それがメトトレキサートにより活性化されたミクログリアのせいで起こることを明らかにする。

その上で、ミクログリアの増殖を抑えるc-fmsに対する阻害剤PLX5622を投与してメトトレキサートを投与した後服用させたマウスを用いて調べ、完全ではないにせよ、ミエリン化が正常化し、マウスの症状も改善することを示している。

以上が結果で、極めてオーソドックスな研究で、私が現役の時代から十分テクニカルに可能だったのにもかかわらず、今ようやく詳しい研究が行われたのに驚いた。この研究の重要性は、副作用を指摘するだけでなく、メカニズム解析を通して対処方法を示した点で、患者さんにも利用できるだろう。癌治療の副作用と諦めず、ぜひ効果を確かめてほしい。
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