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2月2日 単純な発想でガン免疫を高める治療(1月30日Science Translational Medicine掲載論文)

2019年2月2日
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チェックポイント治療は、ガンに対する免疫がすでに活性化されているという条件で、その反応にブレーキがかからないようにする治療だ。ただ、全ての人がガンに対する免疫を誘導できているわけではないため、全く効果が見られない人も多い。このためバイオマーカーを用いて効果を予想する方法の開発が進められているが、逆に言うとこの手法はチェックポイント治療という点だけに絞れば患者さんの選別と切り捨てを意味する。これに対し患者さんを選別することなく、ガン局所に免疫刺激剤を注射してガンに対する免疫を高める様々な方法の開発が進んでおり、その成功例をちょうど一年前にこのコラムで紹介した(ガン免疫を誘発する戦略としてのNK細胞 http://aasj.jp/news/watch/8038)。

 今日紹介するのは米国のベンチャー企業Modernaが1月30日発行のScience Translational Medicineに発表した論文で、ガン免疫を高めるという意味では同じ方向の研究だが、必要な免疫活性物質そのものではなく、そのmRNAをリポソームで包んでガン局所に注射する方法の前臨床研究だ。タイトルは「Durable anticancer immunity from intratumoral administration of IL-23, IL-36g, and OX40L mRNAs(ガン内に注射した IL23、IL-36γ、OX40をコードするmRNAは長期間続くガン免疫を誘導する)」だ。

mRNAを直接細胞に導入してタンパク質を作らせるデリバリー手段の開発は多くの企業で進められているが、この会社はアミノリピッドを外郭に用いるナノ粒子を用いる独自の方法を開発している。ただ、この研究ではこの技術が優れているのかどうかは分からない。すなわち、基本的にはどのmRNAを投与すればガン免疫が高まるかを調べており、最終的にOX40,IL-36γ,IL−23の3種類のmRNAを一緒に詰め込んだ場合に最も高い効果が得られることを、マウスにガンを移植する実験系で見つけている。

このmRNAメンバーを見ると、OX40LでT細胞の増殖生存を高め、IL23とIL36で眼の周りに強い炎症を誘導するという戦略だ。これまで、ガンの周りの炎症は一般的に直りを悪くすると考えられてきたが、この組み合わせでは特に自然免疫が高まる仕組みになっており、OX40Lだけでは根治できないガンも、動物実験とはいえ根治できている。面白いのは、この効果がCD8陽性細胞に完全に依存している点で、CD4細胞を除去しても効果がある。とはいえ、このmRNAを注射すると、CD8,CD4のみならず様々なタイプのT細胞が集っており、相乗効果を表すのかもしれない。何れにせよ、調べられたガンに関しては、効果が絶大と言える。

もう一つ重要な点は、これらのmRNAをガンの中に注射する時に効果を発揮する点で、転移巣がいくつかあるという状況でも、一つの癌組織にこのカクテルを注射するだけで、他の転移巣も縮小させることができる。

またこの方法だけでは完全に根治できないガンについてもチェックポイント治療と組み合わせることで、腫瘍を完全に縮小することができる。すなわち、ガン免疫の入り口を高めてチェックポイント治療の難点を解決している。

色々な解析が行われているが、省略していいだろう。要するに、mRNAをナノ粒子につめ込んでガン局所に注射すれば、サイトカインを注射するより手軽に、しかも長期に渡ってガン免疫を刺激出来、現在のチェックポイント治療の問題を解決できるという結論だ。

論文にわざわざ第1相試験が終わったことを書いているので、この論文も第2相に向けてお金を集めるための布石かもしれない。しかし、mRNAを直接注射する方法は、この論文を読まなくとも、ガン局所の免疫を高める目的には極めて有望だと個人的にも思ってきたので、ぜひうまくいってほしいと思う。

1990年前後、サイトカイン研究分野では多くのベンチャー企業がトップジャーナルに論文を発表するのが当たり前だった。その中から世界のトップ10にリストされる企業が育っている。癌の免疫分野では同じような現象が今起こっていることをつくづく感じる。

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