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2月8日 人間の突然変異が起こるスピードは低下している?(1月21日号Nature Ecology and Evolution掲載論文)

2019年2月8日
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進化にとって何よりも大事な原動力の一つは私たちの生殖系列のゲノムに起こる突然変異だ。例えば私たちが類人猿からいつ種分化を遂げたのかといった時間的な推察は、突然変異率をベースに行われる。とはいえ、実際親から子供へと伝わる突然変異率を正確に計算することは簡単でない。人間の場合、親子を比べた時、突然変異は圧倒的に父親から受け継ぐことが多い。しかも、精子に起こる変異数は父親の年齢に応じて変化し、人間の場合父親の年齢が1歳増えるごとに突然変異の頻度は1年間に2.51ずつ(母親の3.5倍)増えていく。

問題はこれまで人間で計算した突然変異率を用いて進化時間を計算すると、オランウータンと人間が分かれた時間は3千5百万年前と計算されるが、化石から計算される2千万年とは大きく異なる。一方、類人猿の間の進化時間を計算すると、化石データとあまり違わないので、人間だけが例外である可能性が示唆されていた。

今日紹介するデンマークAarhus大学からの論文は人間と類人猿との親子を比べることで、それぞれの突然変異率を正確に測定した論文で1月21日号のNature Ecology and Evolutionに掲載された。タイトルは「Direct estimation of mutations in great apes reconciles phylogenetic dating (類人猿の突然変異頻度を直接調べることで系統時間を再調整する)」だ。

この研究ではコペンハーゲン動物園で飼育されているチンパンジー、ゴリラ(3代)、オランウータンの親子の血液を採取、それぞれのゲノムを30−50回のカバー率で解読し、子供のゲノムに突然変異がどう蓄積したかを調べている。また、チンパンジーについてはこれまでの研究があり、それについても参考に計算に加えている。

もちろんただ違いを比較して、突然変異の頻度を計算するだけでは間違う可能性がある。例えば、遺伝子配列の解読精度は繰り返し配列が多いと低下する。また、それぞれの種特異的な遺伝子重複部位も、最終的変異の頻度が変わる。したがって、全体の変異数とともに、このような特殊部位の変異数も別々に計算したり、あるいは計算から除去したりして最終的な数字を弾き出している。もちろん、子供が生まれた時のオスの年齢も正確に把握して計算している。

さて、結果だが全体的に人間に比べて全ての類人猿の突然変異数は50%高い。これまで多くの男親について調べた年齢と突然変異数をプロットした図に類人猿を重ね合わせてみても全ての年齢で人間を凌駕している。30歳の父親から生まれたオランウータンでも人間の上限に位置している。

類人猿間ではほとんど差がないことを考えると、人間だけで突然変異の頻度が急速に低下したことを示す結果だ。またこれを加味すると、オランウータンと人間が分かれた時期を2千万年前と計算し直すことができる。

問題はなぜこのようなことが起こっているのかだ。子供に伝わる変異の数は基本的には精子形成で起こる変異の数に等しいと考えられるから、精子形成の過程で起こる変異数が人間では少ないことになる。この原因について、著者らは人間で思春期が遅れるため、精子形成での分裂数が下がるためではないかと想像しているが、元発生学者としては他にも原因を考えることができると思う。

もともと突然変異は分裂時に起こる変異で修復がうまくいかなかった結果として考えられる。とすると、精子形成時の増殖モードが変わる、あるいは修復効率が変わることでも変化する。精子形成を詳しく調べる価値はある。そして何よりも、トータルの精子形成能力、すなわち分裂回数が人間で急速に低下している可能性だってある。なかなか面白い問題だと思う。何れにせよ、このような地道な作業の上に初めて、系統樹の時間を決めることができる。

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