例えば乳がんの切除前に、あらかじめ放射線をあてたり、あるいはエストロジェン阻害療法を行うことをネオアジュバント治療と呼ぶが、同じようなガンの切除前のネオアジュバント治療をPD-1に対する抗体を用いて行うことが1−2年前から盛んに行われ、論文として目にするようになってきた。PD-1の利用方法を工夫して、適用できるガンを増やすための取り組みだが、外科手術の前のネオアジュバント治療の場合、効くか効かないか前もって予測しにくいPD-1抗体の作用を、手術時に癌組織を取り出し、直接調べることが可能になるというもう一つの利点がある。
今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、手術しても根治はほとんど望めないグリオブラストーマについて、手術前にPD-1投与を行うネオアジュバント群と、行わない対照群を様々な観点から比較した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Neoadjuvant anti-PD-1 immunotherapy promotes a survival benefit with intratumoral and systemic immune responses in recurrent glioblastoma(抗PD-1抗体を用いたネオアジュバント治療は再発するグリオブラストーマ内および全身の免疫反応を高め患者さんの生存を延長できる)」だ。
この研究ではグリオブラストーマが再発して、腫瘍のサイズをともかく縮小する目的で手術を行う患者さんを選び、無作為化した後ネオアジュバント群と対照群に振り分け、手術の2週間前に1回抗PD-1抗体を投与(対照群では投与しない)、手術をしてから、全てのケースで3週間に一回抗PD-1抗体を投与するプロトコルで治療を行い、それぞれのグループの経過を見ている。
基本的にはこの時手術で摘出した組織を詳しく調べ、抗PD-1抗体によるネオアジュバント治療の効果を詳細に調べた論文だ。まず、16人づつという少ない人数ではあるが、ネオアジュバント治療を行なった群の方が50%生存日数で400日対200日とはっきりとした効果が認められる。ネオアジュバント治療は手術の2週間前に1回だけ行っているので、なかなか絶大な効果と言えると思う。
そこでこの差の原因を追求する目的で、まずネオアジュバント治療後行った手術により得られた腫瘍組織の遺伝子発現を調べると、ネオアジュバント群では多くのケースで腫瘍の増殖が抑えられており、T細胞の活動性が高い患者さんが多い傾向にあった。
次に反応しているT細胞の方を調べると、ネオアジュバント治療を受けた方が、同じT細胞受容体を持っているクローンが増幅している傾向にあった。おそらく、ガンに対するT細胞が増殖した結果だと考えている。また、腫瘍内に存在するT細胞の抗原受容体が末梢血中のT細胞の受容体と同じである確率が高まり、腫瘍組織からガン特異的T細胞が増幅し、また同じ受容体を持ったT細胞がおそらく記憶細胞として循環する可能性が示された。
以上の結果から、手術で腫瘍摘出を行う場合は、術後ガン抗原が急速に消失することを意味し、その結果ガンに対するキラーT細胞を維持することが難しくなる。そこで、最初に抗PD-1抗体を注射してキラーT細胞などを活性化したまま維持することで、腫瘍細胞の数が低下しても、少ないガン細胞でキラーT細胞活性化し、ガンの増殖を抑制し続けることができると結論している。
もともと、グリオブラストーマでは突然変異の数は多い方ではない。それでも、ネオアジュバント治療がこれほど効果を示すことは、手術を行うがんについては常に行ったほうがいいという結論になる。ただ、生存期間が良くなったとはいえ、根治を達成できるのかは次の問題で、それも含めてこの治療の適用が議論されるだろう。
残念なことは、これほど詳しく解析をしても、チェックポイント治療がうまくいく患者さんを予測するバイオマーカーが見つかるまでには至っていない。この点もまだまだ努力が必要だ。