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2月28日βシヌクレインに対するT細胞株は新しい神経障害性自己免疫過程を教えてくれる(2月20日号Nature掲載論文)

2019年2月28日
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私が卒業して4年ほどしてから、T細胞を試験管内で増やして株細胞株を樹立する方法が報告された。まだIL2をはじめとするT細胞を増殖させるサイトカインが全くわかっていなかった時代で、リンパ球をレクチンで活性化させた上清を用意して、それを抗原で刺激したリンパ球に加えて培養するという原始的な方法だった。当時見よう見まねでなんとか結核菌に対するヒトT細胞株が作れないかトライしたのを覚えている。私自身は結局T細胞株を作れないまま、ドイツに留学したが、その後T細胞株を用いた研究はうなぎのぼりに増えた。免疫学を離れてからは、T細胞株が実際どのように現在も使われているのかほとんどフォローできていなかったが、最近になってCAR-Tとして大注目されるようになっている。

今日紹介するドイツゲッチンゲン大学からの論文はβシヌクレンに対するT細胞株を作成し、CAR-T治療と同じように個体に注射することで、場所特異的自己免疫性の神経変性を誘導することができることを示した研究で2月20日号のNatureに掲載された。タイトルは「β-Synuclein-reactive T cells induce autoimmune CNS grey matter degeneration(βシヌクレン反応性のT細胞は自己免疫性脳の灰白質の編成を誘導する)」だ。

実に単純だが、改めてT細胞株の威力を認識させる研究だ。まず、βシヌクレンに反応するT細胞株(Tβ)を樹立する。試験管内で増殖を維持してはいるが、特にクローン化はしていない。同じように、多発性硬化症のモデルとして、ミエリンに対するT細胞(Tm)も作成してマウスに投与、細胞の挙動を組織学的に、またリアルタイムイメージングを用いて比べている。

予想通りTmを注射すると、ミエリンが存在する白質に細胞は浸潤するが、Tβの場合は全て神経細胞自体が集まる灰白質が障害される。すなわち、それぞれの細胞株は、異なる脳の層の自己免疫病を引き起こすことができる。

次に、どのようなルートでTβ細胞が脳の灰白質に移動するのかを調べているが、このような実験にはT細胞株は極めて便利で、細胞に導入したGFP遺伝子を指標にして追跡できる。期待通り、移入したT細胞株では血液脳関門を越えるために必要な分子を誘導し、まず軟膜に集まった後、灰白質に侵入する。一方Tmも血管から軟膜までは同じように移動するが、そこから白質に移動する。すなわち、循環中のT細胞は血管から直接抗原のある場所に移動するのではなく、一度軟膜に集まって、そこから細胞間質を通って移動する。そして最終移動場所は抗原が決めている。

そして移動先でT細胞はミクログリアにより抗原提示を受けて活性化し、細胞障害性の炎症が起こるが、この時他の特異性を持つT細胞も動員されることで炎症が増強する。この他の特異性のT細胞動員の主因は局所の強い炎症で脳血管喚問が敗れた結果だろう。しかし、この炎症が白質に移ることはなく、抗原の存在する灰白質で止まる。そしてなんども回復が可能な白質の障害と異なり、灰白質での炎症は回復不可能な神経細胞死につながる。

最後にMSやパーキンソン病の患者さんで同じようなβシヌクレンに対するT細胞が存在するかどうかを調べ、多発性硬化症ではβシヌクレンおよびミエリン、およびαシヌクレンなど、神経細胞が発現する分子に対するT細胞が増えてきていることを明らかにしている。一方パーキンソン病ではミエリンやαシヌクレンに対するT細胞は存在してもβシヌクレン対するT細胞は存在しないことを示している。すなわち、多発性硬化症では常に灰白質にも炎症が及ぶことを念頭に置いて治療する必要があること、またパーキンソン病などの変性疾患でも炎症による細胞障害が起こっている可能性を示唆している。

以上、白質も灰白質も免疫性の炎症は、抗原特異的T細胞が存在するかどうかにかかっており、特にβシヌクレンに対するT細胞が発生すると非可逆的神経細胞死が起こりやすいこと、そして同じメカニズムが多くの人間の変性疾患でも起こっている可能性を示した、わかりやすいが恐ろしい結果だ。しかし、もしこの結論が正しいとすると、病状をモニターし炎症を抑える対策を打つ可能性も出てくる。今後、多発性硬化症のような炎症疾患だけでなく、変性疾患として分類されていた病気も同じ治療で症状を抑えることができるならさらに素晴らしい。

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