私たちの体の中の細胞の大きさは極めて多様で、神経細胞ならメートルレベルの軸索を持つものもあるし、卵子に至っては肉眼でなんとか観察できる大きさになる。また試験管内で細胞を飼っていると、分裂が一定の数を超え老化が始まると細胞も大きくなる。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、細胞が巨大化することで起こる細胞機能の異常のメカニズムを主に酵母を使って研究したオーソドックスな研究で3月7日掲載予定のCellに掲載された。タイトルは(Excessive Cell Growth Causes Cytoplasm Dilution And Contributes to Senescence(細胞が大きくなりすぎると細胞質が希釈され、老化を促進する))だ。
この研究は、酵母の細胞周期を止めた後、細胞の代謝をそのまま維持すると出来てくる巨大な酵母細胞が、ある一定の大きさ以上になると細胞周期抑制を解除しても細胞周期が戻らないという現象のメカニズムを明らかにしようとしている。酵母でこの現象が完全に細胞の大きさに依存していることは、細胞周期と細胞の代謝を同時に止めると、巨大化は起こらず、元のサイクルに速やかに戻ることができることからわかる。
面白そうな課題だが、蓋を開けてみるとなんとなく当たり前の話で終わったような気がする。細胞周期が再開しないということは、各チェックポイントでの様々な分子の活性化が、細胞が大きくなるほど遅れるためだが、予想通りこれはサイクリンなどの細胞周期のドライバー分子の転写の効率が落ちることによる結果だ。この原因は細胞が大きくなりすぎて、転写や翻訳が追いつかず、細胞質や核内のタンパク質やRNAの濃度が低下することが主原因で、その結果細胞ストレスプログラムのスイッチが入って細胞が増殖できなくなるという話だ。ただ、酵母でも2倍体で遺伝子量が2倍ある場合は、転写の速度の低下が遺伝子の数でカバーされるため異常が起こりにくい。従って、転写の標的になる遺伝子が薄まる結果、異常が起こることになる。
結局メカニズムについてはここまでで終わっており、要するに細胞の中身が薄まってしまってタンパク質やRNAの濃度が30%程度低下し、これが細胞のストレスになるという極めて現象的な話だ。
これだけではちょっとCellの論文としては寂しいので、これと同じことが細胞の老化により大きくなった酵母でも起こること、ヒトの線維芽細胞でも細胞の大きさを2倍にすると、細胞質内の濃度が下がり、同じ異常が起こることを示している。確かに細胞質内の濃度を測るといった普通実験されていない問題を扱う時にナノ粒子の拡散を使うなど、プロの仕事という感じもあるが、やはり内容から考えると、合わせ技一本とはいかなかったと思う。
あまり考えたこともなかった問題で、ひょっとしたら酵母の研究をやっているプロにとってはすごい話が潜んでいるのかもしれないが、個人的には「あ、そんなこともあるな」「Cellによく掲載できたな」で終わった論文だった。こんな日もある。