癌の進行度を測る最も信頼おける方法がTMN分類で、T(umor)は腫瘍自体の大きさや浸潤、N(ode)はlymph nodeすなわちリンパ節転移の数、そしてM(etastasis)は他の臓器への転移の有無をしめし、これらを組み合わせて癌の進行度を決めている。このようにリンパ節転移は現在も重要な指標と考えられており、手術時にできるだけ取り除いてしまうというのが現在も一般的な考え方だと思う。
ただ、リンパ節は免疫反応の重要な場所であり、それを取り除くことで癌に対する免疫反応が低下する心配がある。また、手術時、リンパ節郭清と呼ばれるだけあり、できるだけ取り除こうとするため、手術時間が長くなり患者さんへの負担が高まることは間違いなかった。また、腫瘍の場所によって、リンパ管が働かなくなり、四肢の浮腫で著しく生活の質が低下することも懸念されている。
このような状況から、リンパ節郭清が本当に必要かどうか検討しようとする動きもあるが、間違いなくガン細胞が存在するリンパ節を残していいのかという素朴な疑問でなかなか検討が進んでいないのが現状だ。ところが今日紹介するドイツ・中部エッセン病院を中心に多くの国が協力して発表した論文では、腹腔内にとどまっているが進行性の卵巣癌の中で、転移巣も含めて手術可能な症例について、厳密にリンパ節郭清をするグループと、全く郭清しないグループに無作為的に振り分け、その後の予後を比べた研究が行われ、2月28日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A Randomized Trial of Lymphadenectomy in Patients with Advanced Ovarian Neoplasms (進行性の卵巣癌患者さんでのリンパ節郭清の効果を調べる無作為化試験)」だ。
この研究ではステージIIBからIVの卵巣癌の患者さんを約300人づつリクルートし、手術中にリンパ節郭清を行う群と、行わない群に分けている。転移巣含めて完全切除が可能と判断した症例が選ばれ、後は各病院に手術は任せている。ただ、リンパ節郭清については極めて厳密で、どんなに大きなリンパ節転移があっても、郭清をしない群ではそのまま切除せず残すことを義務ずけている。また、術後ほとんどの患者さんは、抗がん剤の全身治療を行なっている。外科医にとってはおそらく抵抗感の強い治験だと思う。
リンパ節郭清群では平均で57個のリンパ節が切除されており、このうち55.7%のリンパ節で転移が見つかっている。郭清しないグループも、概ね同じように転移があったと考えていいだろう。
さて結果だが、ガンの進行が見られなかった期間は両群で全く差がなく、25.5ヶ月、生存期間は郭清群で65.5ヶ月、非郭清群で69.5ヶ月とほとんど差がなかったという結果だ。一方術後の様々な副作用では、感染、発熱、リンパ浮腫などでは明らかに郭清群のほうが頻度が高かった。
以上の結果から、少なくとも進行してはいても切除可能な卵巣癌の場合、リンパ節郭清は全く必要がないという結論になる。では、単純にリンパ節郭清はやめてしまえるかというと、リンパ節の中に転移があるとわかっている以上、おそらく医者の立場では踏ん切りがつかないような気がする。おそらく、この結果を正直に話して、患者さんに選んでもらうしかないだろう。あるいは、免疫療法が可能になれば、リンパ節を保全する方向で治療が行われるようになる可能性があるので、チェックポイント療法などが卵巣癌にも使われるようになる時でもこないと、抵抗する外科医は多いように思う。