降圧剤が血圧を下げることを見るのは簡単だが、治療による効果を調べることは、極めて長期の追跡を要する。ただ、私が学生だった頃と比べると、血圧は130を超えないよう、しかも出来るだけ低く保つというのが原則になっている。また、塩分摂取を減らし、肥満を防ぐなどの生活習慣から始めて、それでコントロールができない場合は、薬剤を利用するのをためらわず、ともかく血圧を低く保つということが現在のスタンダードになっている。重要なことは、これらは全て長期の臨床研究によってエビデンスが得られている点だ。
しかし、このルールがいわゆる後期高齢者についても当てはまるかどうかについては、エビデンスに裏付けられたコンセンサスがあるわけではなかったようだ。今日紹介するドイツ・ベルリンにあるシャリテ病院からの論文は、70歳以上の高齢者で高血圧として診断されている患者さんについて、血圧がうまくコントロールできているグループと、うまくコントロールできていないグループに分けて約5年間追跡し、特に心血管疾患に限らず、死亡数を調べて、血圧コントロールの効果を調べた研究で、European Heart Journal にオンライン出版された。タイトルは「Control of blood pressure and risk of mortality in a cohort of older adults: the Berlin Initiative Study(血圧のコントロールと死亡についての高齢者のコホート研究:ベルリンイニシアティブ研究)」だ。
ベルリンイニシアティブ研究と呼ばれる腎臓の機能を調べるコホート研究がドイツで進んでいるが、この中から70歳以上の高齢者で高血圧と診断された患者さんを2009年から2011年までの2年間でリクルートし、その後約5年間、2016年までに理由を問わず死亡した人の数を算定し、それと血圧との相関を調べただけの極めて単純なコホート研究だ。
この研究で対象になった高血圧と診断された高齢者の8割が血圧降下剤を利用しているが、実際には血圧が140/90以下にコントロールできている群と、そうでない群に分けることができる。これらのグループを、さらに79歳までと、80歳以上に分けて、それぞれの死亡数を当てはめると、なんと80歳以上の高齢者では、血圧がコントロールできている群の方が、コントロールできていないグループより死亡数が多いことがわかった。この傾向は、高血圧のラインを150に引き上げても同じように認められた。一方、70ー79歳までの高血圧では、どちらも大きな差がない。ということは、コントロールすることの効果が少ないことを示唆している。
実際、血圧の数値ごとに死亡するオッズ率を算定すると、140-145mmHgを底に、低くても、高くてもオッズ率が上がることを示している。しかも、実際に統計的有意差が見られたのは血圧が低いグループだけだ。さらに驚いたのは、心筋梗塞などの既往症のある患者さんでは、血圧を低めにコントロールできている人たちの方が、死亡するオッズが高まっている。
以上の結果から、少なくとも80歳を超えた場合、何が何でも血圧を低く保つ必要があるかどうかは再検討すべきというのがこの論文の結論になる。このような論文を紹介すると、友人の循環器の医師から叱られそうな気になるが、こまめに高齢者を層別化して治療のガイドラインを決めていくことの重要性を示した論文だと思う。
もちろんこの研究だけで高齢になれば血圧など気にするなと結論を出すのは気が早いと思う。また、降圧剤には様々な種類があり、そのさじ加減は医師の裁量の問題だ。そのため、特定の薬剤を使うことで、この結論が変わる可能性はまだ存在すると思う。ただ、血圧を低くコントロールすることは高齢者に必ずしもいい結果をもたらさないというコホート研究は他にも報告されている。結局、AYA世代に合わせた治療法が必要なのと同じで、高齢者についてはまだまだ調べなければならないことが多くあるということだと思う。実際には私自身の問題でもあるので、ぜひ今後も注目したい分野だし、信頼おける論文は紹介していきたいと思っている。