今我が国では外国で麻疹に感染した患者さんが、帰国した後、発病までに多くの人と接触し、新たな患者を発生させていることが社会問題になっている。今年大阪、三重を中心にすでに250人をこす患者さんの発生が確認されており、この10年で最も多かった2014年全体で462人だったことを考えると、これを上回ることは間違いない。麻疹は感染力が強く、当然と言ってしまえばそれまでなのだが、麻疹感染を国内だけで考えられなくなり、グローバルなレベルで対策を練る必要があるのは間違いない。
麻疹に関しては外国で感染するという問題だけでなく、先進国で今最大の問題は麻疹に対する免疫を持たない集団の増加で、この最大の理由は子供のワクチン接種数が低下していることだ。ワクチンは、個人を感染症から守るだけではなく、集団や弱者を守る公衆衛生上の意義も大きい。麻疹ワクチンについては長い歴史があり、その間改良も重ねられ、その効果は医学的に何度も確認されている。先週にも、デンマークから麻疹、おたふく風邪、風疹の3種混合ワクチンと自閉症に関する500万人という大規模調査が行われ、自閉症の発症率はワクチン接種を受けていない人たちのほうが多いことが示された(Annals of internal Medicine: doi:10.7326/M18-2101)。にもかかわらずワクチンを拒否する人の数が増えているのは、感染の脅威が減ったこともあるが、反ワクチンキャンペーンを支持する人が増えたからだと思う。
これまでも、ワクチン拒否の理由について多くの調査が行われてきた。ただ、特定の政治的ポジションと、ワクチン拒否との相関を調べた研究はなかった。今日紹介するロンドン・クイーンメリー大学からの論文は、現在ヨーロッパで拡大しつつあるポピュリズムの運動と、ワクチン拒否の間に何か共通のメンタリティーがあるのではないかと着想し、ヨーロッパ各国でこの可能性を調べた論文で、European Journal of Public Health のオンライン版に掲載された。タイトルは「Populist politics and vaccine hesitancy in Western Europe: an analysis of national-level data(西ヨーロッパで見られるポピュリズム政治とワクチン摂取の躊躇)」だ。
研究では各国でポピュリズム として位置づけられている政党をまず選んでいる。ポピュリズムとはイデオロギー的立場ではなく、資本、国家、市民のあり方について先進国共通に確立してきた体制にNoを突きつけた、反エスタブリッシュメントと呼べる立場だ。例えばドイツでは、左派党とドイツのための選択肢の左右両党が対象に選ばれており、反エスタブリッシュメントが右左関係なく選んでいる。有名なところでは、イタリアの五つ星運動、フランスの国民連合、英国のイギリス独立党などだ。
次に西ヨーロッパ各国で男女500人づつ無作為に選び、ポピュリズム政党に投票するかどうか、そしてワクチンについての考えを聞いて、今回の統計に用いている。ワクチンについては、1)ワクチンは重要だと思うか、2)ワクチンは有効だと思うか、そして3)ワクチンは安全だと思うか、の3つの質問を聞いている。そして、Noと答えた割合と、ポピュリズム政党に投票すると答えた割合をプロットして図示している。
結果だが、ワクチンは安全でないとする意見は、国によって大きくばらつく傾向にあるがいずれの質問でもワクチンに対して反対の意思表明をした人と、ポピュリズム政党に投票すると答えた人の割合は、ほとんど完璧な相関を示すことがわかった。
以上の結果は、ポピュリズムと反ワクチンには共通のメンタリティーが存在していることを示唆している。ここで選ばれた政党は政治的には左派、中道、右派と様々なので、結局何かの政治信条と言うより、ポピュリズムの一つの背景になっている反エスタブリッシュメントと反ワクチンとに何らかの共通性があることを示唆している。
ただ難しいのは両者の関係が成立する理由が簡単に決められない点だ。例えば、麻疹ワクチンが自閉症の原因であると言う世紀の捏造論文をThe Lancetに発表したWakefieldは、現在米国の反ワクチン運動のシンボルとして担がれており、トランプと会見して支持を表明している。当然大統領選挙では、反ワクチンの人たちはトランプに投票する。同じように、5つ星運動も麻疹ワクチンと自閉症の関係に対する懸念を公に表明している。当然反ワクチンの人たちはこの政党を支持するだろう。
また西ヨーロッパではワクチンを義務化している国も多く、フランスの国民連合はワクチンの安全性に懸念を表明し、義務化に対して反対している。ギリシャでは、左派のポピュリズム政党が同じ立場を公に表明している。したがって、ポピュリズムに反科学という思想的共通性があると簡単に決めつけるのはまだまだ早計で、さらに詳しくこの共通性の背景を研究したほうがいいだろう。
ただこの論文のデータを見て、私が最も感心したのは、国民皆保険で、公衆衛生大国と考えられるデンマークで、ポピュリズムが必ずしも反ワクチンに繋がっていない点で、同じ傾向が英国や、フィンランドにも見られる点だ。すなわち、ワクチン拒否という反科学的な考えも、教育と政府の努力でかなり抑えることができることを意味している。
翻って、我が国を考えてみると、政治状況が大きく違うことがわかる。もちろんわが国にもポピュリズムや反エスタブリッシュメントを支持する人は多いが、具体的にそれが政党として現れておらず、同じ調査をするのは難しいと思う。ただ、貧富の差が拡大し、外国人の受け入れが広がることで、いつかわが国でも同じような反エスタブリッシュメントの政党は生まれるような気がする。その時、反エスタブリッシュメントとは直接関係ない、反ワクチン運動や、反科学運動がこの動きとどう連動するのか、調べてみることは、エスタブリッシュメントの一つのセクターを代表する科学界に課せられた責務であるような気がする。