バーコード技術を用いた単一細胞レベルの遺伝子発現検出方法の開発は、発生学や癌研究分野を中心に、大きな変革の力になっていることを繰り返し、繰り返し紹介してきた。実際、昨年の雑誌サイエンスが選んだ今年のブレークスルーの中でも、この技術は最も大きくとりあげられていた(Science 362:1344, 2018)。この技術では組織の中に統合されていた細胞をバラバラに分離して、各細胞の性質を明確にし、組織レベル、集団レベルの知識と対応できるようにした点が大きく、いわば社会に属する個人を精査して、社会の構造を理解することに似ている。したがって、いかに正常の性質を保ったまま細胞をバラバラに分離できるかが重要なポイントになる。
この意味で、単一細胞の分離が簡単な白血病では研究が進んでいるのではと思うが、実際にはそうではない。というのも、白血病の場合、慢性骨髄性白血病のようなケースは別にして、白血病のマーカーとして使うCD34細胞を純化して調べたとしても、正常細胞と白血病細胞が混在してしまっており、調べている細胞が100%白血病であることを確信することが難しかった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、single cell transcriptome検査に加えて、ゲノム遺伝子の変異を同じバーコードをつけた同じRNAから特定する方法を開発して、白血病細胞のゲノム遺伝子変異と遺伝子発現を単一細胞レベルで調べられるようにした点が売りになっている。具体的には、今回対象にした患者さん16人のゲノム変異から起こりうる変異に対応するmRNAを網羅的に集めて、一般的なshort readだけでなく、ナノポアシステムを使ったlong readも組み合わせ、個々の細胞のゲノム遺伝子変異をできるだけ詳しく調べられるようにしている。これにより、白血病細胞特異的に遺伝子発現を調べることができるだけでなく、ゲノムの突然変異と遺伝子発現との相関を調べることができる。
さて結果だが、個人的に面白いと思った点をまとめてみた。
- まず正常骨髄のCD34陽性細胞のsingle cell transcriptomeを行なって、血液幹細胞からそれぞれの系列への分化の道筋をsingle cellのプロファイルから再構成している。こうして示された経路を見ると、赤血球、B細胞、白血球が骨髄中の幹細胞に直接連結しているように見える一方、T細胞やNK細胞が全く独立した系列として見える点で、ここでもT細胞とB細胞になるリンパ性の幹細胞の存在はあまり支持できないようだ。
- こうして得られるデータセットを用いて機械学習を行わせることで、白血病と正常細胞を区別することができるようになった。
- 正常骨髄のプロファイルと、白血病細胞のプロファイルをオーバーラップさせてみると、それぞれのAML患者さんの白血病細胞は未分化から分化細胞まで極めて多様性に富む。また、患者さん同士でもプロファイルは大きく異なる。
- この違いの多くは、ゲノムの変異の違いで説明することができる。7種類のサブタイプを定義できるが、それぞれでゲノム変化と、遺伝子発現の変化は一致している。
- AMLの中に、未分化細胞と、分化細胞が同時に増殖する症例があるが、この2種類のサブタイプの違いがFLT3遺伝子の変異の種類が違うことに起因していることがわかった。この症例の場合、FLT3-A680V変異にFLT3-ITD(internal tandem duplication)を持つ細胞は未分化なまま増殖し、FLT3-N841K変異を持つと分化した細胞が増殖している。すなわち、FLT3はただ細胞の増殖を支えるだけでなく、白血病細胞の分化にも大きな影響がある。
- 白血病になると、正常では完全に分離していたプログラム、例えば未熟幹細胞と、顆粒球マクロファージ前駆細胞のプログラムの両方が同じ細胞に発現されるようになる。
- 未熟幹細胞と同じ遺伝子を発現している白血病ほど予後が悪い。
- そして何よりも面白かったのは、分化したタイプの細胞が増殖するAMLでは、分化した単球が発現するサイトカインによってエフェクターT細胞が強く抑制されている。AMLも免疫から逃れるシステムを独自で開発している。
などだ。改めて、single cell transcriptomeの力を認識した。比較的近い未来に、これが普通の検査になる日もくるのではないかと思えてきた。