消化器ガンに限らず、肝臓は転移が起こりやすい臓器だが、血管が豊富で、大きな臓器なので当然のことだと思っていた。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、この当たり前の背景には、ガンには原発巣に止まって増殖してい時期でも、すでに肝臓に転移できる場所を用意する能力を持っており、うまく原発巣から遊離できて血管に侵入できると、こうして用意した肝臓の環境を使って転移癌として増殖するという研究だ。タイトルは「Hepatocytes direct the formation of a pro-metastatic niche in the liver(肝臓細胞が転移しやすいニッチを肝臓に用意する立役者)」で、Natureオンライン版に掲載された。
著者らは最初から、ガンが原発巣から肝臓に働きかけ、肝臓を転移に適した環境に作り変えていると考えて研究を行っている。研究では遺伝子を操作してすい臓ガンが発生しやすくしたマウスを用意し、癌が膵臓にできた時期と、まだ膵管の小さな変化に止まっている時期に蛍光標識したがん細胞を静脈注射し、肝臓で増殖するかを調べると、すでにガンが膵臓に発生している時期には、まだ転移は起こっていなくても、肝臓に転移しやすくなっていることがわかった。実際、膵臓にガンが発生した時点で肝臓の組織を調べると、白血球が集まり、コラーゲンやフィブロネクチンなどが分泌されたガンの増殖に適した炎症像が見つかることがわかった。
そこで、膵臓にガンができたマウスの肝臓で発現している遺伝子を調べると、急逝炎症のメディエーターである血清アミロイドタンパク質(SAA)、およびIL-6によって誘導される炎症遺伝子群の発現が高まっていることを発見する。
そこでまず、ガンが発生してガン局所でIL-6が高まり、それが肝臓細胞に働いて、SAA産生などを促し、ガン増殖に適した環境を作っているという仮説をたてて、これを検証している。
まず、IL-6ノックアウトマウスを用いてすい臓がんによる肝臓の転移環境誘導にIL-6が必要であるかを調べると、IL-6のシグナルを伝えるSTAT3のリン酸化、白血球の浸潤が肝臓で誘導されないことが確認された。また、腫瘍を膵臓に注射して局所でのIL-6の産生を調べると、IL-6はガン局所で誘導され、それが肝臓に働くことがわかる。そして、STAT3シグナルを介して、SAAなど炎症物質が肝臓で誘導され、がん細胞の増殖環境を作る可能性が示された。
そこで、最後にSAAがこの過程の主役かどうか調べるため、SAAをノックアウトしたマウスを用いて肝臓でのガンの増殖を調べると、SAAが欠損したマウスでは、白血球の浸潤が低下し、静脈注射したすい臓がんの増殖も抑えられていた。
結果は以上で、最初からシナリオありきの研究なので、話はわかりやすい。また、実際の患者さんでもSAAがさまざまなガンで上昇していることを突き止めているので、ある程度人間でも同じことが起こっている可能性はあると思う。いずれにせよ、これが正しいとすると、ガンの転移を防ぐためのさまざまな方法があるということで、例えば阪大の岸本先生が開発したIL-6に対する抗体なども転移を抑える目的で使えるのかもしれない。ただ、局所の炎症は一方で免疫成立にも重要なので、ガン治療という観点からは、転移と他のファクターを天秤にかけたより慎重な検討が必要だと思う。