2020年1月21日
繰り返すが、オブジーボなどのチェックポイント治療(CPT)が有効性を発揮するにはまずガンに対して免疫が成立している必要がある。ただ動物モデル実験系なら可能でも、実際の臨床例でガンに対する免疫が成立しているかどうかを見極めることは簡単でない。特に、オプジーボは最後の頼みとして使われることが多く、その前の治療により免疫機能は大きく変化させられていることが多い。ところが最近になって、CPTから始め、その後で手術するアジュバント治療や、治験レベルとはいえCPTを最初に用いた治療が始まっている。この様な患者さんでは、他の治療の影響を除外できるので、純粋にガン免疫が成立しているための条件を調べることができる。
今日紹介するテキサスMDアンダーソンがんセンターからの論文はチェックポイント治療を最初に使った後手術を行ったメラノーマの症例を追跡して、効果が見られた群と見られなかった群に分け、それぞれの腫瘍組織の遺伝子発現から、効果が見られた群に特徴的な変化を調べ、CPTが効くガン組織の条件を探った研究で1月15日Natureにオンライン出版された。タイトルは「BCPT cells and tertiary lymphoid structures promote immunotherapy response (B 細胞と3次リンパ組織様構造が免疫療法への反応を促進する)」だ。
この研究ではまず、CPTの効果が高かった患者さんのメラノーマ組織にはB細胞が特に目立つことを発見している。そこで、B 細胞に関わる遺伝子発現が高かった腫瘍組織を組織学的に調べると、B 細胞が腫瘍内をびまん性に浸潤するというのではなく、腫瘍組織内にリンパ節と同じようなT、B、マクロファージなどが集積したリンパ組織を形成していることを発見する。
こうしてできた3次リンパ組織様構造を形成するB 細胞についてsingle cell trascriptome解析を行うと、B細胞数が多いだけでなく、特定の抗原特異的抗体遺伝子クローン増殖をしていることがわかる。残念ながら、この抗体がガン特異的かどうかはわからないが、特定のクローンが増殖していることは、B細胞自身が3次リンパ組織様構造形成に寄与している可能性を示唆している。
最後に主要組織のB細胞と、末梢血中のB細胞の遺伝子発現をCyTOFを用いて調べ、CPTに反応した患者さんの主要組織には記憶型B細胞が存在している一方、末梢血には記憶型B細胞はほとんど存在しないことが明らかになった。また、リンパ節の胚中心に見られる増殖しているB細胞も主要組織に見られることを示している。
以上が結果で、ではB細胞がリンパ様組織形成に関わっているのか、ガンに対する抗体を作っているのか、あるいは抗原非特異的にガン特異的T細胞を誘導しているのかなど、重要な問題は人間の組織解析からだけではわからない。今後モデル動物で検討が必要だろう。
いずれにせよ、もし腫瘍組織内にこの様なリンパ組織様構造が形成されることがガン免疫成立に必要でそれにB細胞が関わっているなら、一種のリンパ組織インデューサー細胞としてB 細胞が働けることを示唆している。実際、リュウマチの関節にも同じような3次リンパ組織様構造が形成される。これらのことを勘案すると、腫瘍組織内に様々な操作を加えて免疫を誘導する免疫方法をもっと積極的に試みてもいい様に思う。
2020年1月20日
今私たちは食やサプリメントの宣伝に囲まれ、この宣伝だけを頼りに自分に何が必要か選択を迫られている。様々な治験研究を紹介する目で見たとき、私が一番問題に思うのは、元気な俳優さんが使っているということだけで、効果があると錯覚させる宣伝手法だ。もちろん臨床テストと称するものも行われている製品もあるが、例えばFDAの基準をクリアできる製品がどの程度あるのだろうか。
安全なら目くじらをたてることはない。消費者は満足していると声が聞こえる。しかし、現状をみてなぜ心配しているかというと、本当は食こそ21世紀の重要な研究分野になると確信するからだ。もしこのトレンドを理解できず、マーケティングで売ればよいと、本当の開発を怠ると、おそらくあっという間にトレンドから取り残されるだろう。
21世紀、食の研究が時代をリードするという予想はNature紙も同じようで、人間の行動を扱うNature Human Behaviourに続いて、Nature Foodが今年創刊された。創刊号をざっと見渡したが、掲載されたオリジナル論文の数はまだ少ない。記念すべき最初の論文は、オメガ3脂肪酸の世界的不足をどう解決するのかについてアイデアを示したノルウェー大学からの論文だった。タイトルは「Systems approach to quantify the global omega-3 fatty acid cycle(オメガ3脂肪酸の世界規模のサイクルを計量するためのシステムアプローチ)」だ。
オメガ3脂肪酸は脳や網膜の発生に欠かせない成分で、魚を多く食する我が国では十分摂取できるのだが、肉食が中心の多くの国では不足している。ではサプリメントでオメガ3を摂取すればいいという話になるが、これが本当に世界規模で可能かというのがこの論文のポイントだ。
すなわち、オメガ3脂肪酸は現在のところ魚から摂取するしかない。オープンアクセスなので図を参照することが可能なので、ぜひ図1をみてほしい(https://www.nature.com/articles/s43016-019-0006-0/figures/1)。一番右が人間のオメガ3脂肪酸の消費だが、半分が養殖魚、半分が野生の魚に由来する(なんとそのうち3割は廃棄される)。そして、本当に必要な量を計算すると世界で140万トンなのに、漁業からではいくら頑張っても80万トンしか得られない。しかも、野生の魚の漁獲量は減少に転じている。とすると、この不足を埋めることは難しい。
著者らは、この問題をオメガ3脂肪酸の世界規模のサイクルの中で見ることで、解決策を見つけることができると提案している。そしてそれぞれの食物連鎖サイクルでのオメガ3の量を算出し、図1にはめ込んでいる。全く知らなかったのだが、魚のオメガ3脂肪酸の多くは、魚で合成されるのではなく、プランクトン、海藻、オキアミ、軟体動物などの下位の食物連鎖から吸収したものが中心だ。そして、この土台となるオメガ3脂肪酸の食物連鎖の量は、魚が摂取する量の150倍の大きなサイクルを形成しており、ほとんどは魚を通らず分解され、また合成されるというサイクルを形成している。すなわち地球の水系で進んでいるオメガ3サイクルは、全人類に供給しても有り余るほど存在する。
このグローバルなオメガ3のサイクルから、3つの解決策を最後に提案している。
- オメガ3脂肪酸を魚からだけではなく、海藻、オキアミ、貝などの軟体動物から直接摂取する。
- 養殖も餌を与えないで、自然から調達する方法を推進する。
- 野生の魚を養殖の餌として使うのではなく、直接、あるいは油として人間が消費する。
メッセージは以上で、よく知らない分野なのでなるほどと感心したが、図1の数字が出てくる根拠などよくわからなかった。しかし、大きなレベルで私たちの食を見ることの重要性は理解できた。そして何と言っても人間がいかに食物連鎖の先端の先端で多くの無駄の上に栄養を摂取しているかよくわかった。
2020年1月19日
地球温暖化の原因の議論になると、二酸化炭素問題以外にも様々な原因があるからとする意見を論破することは難しい。しかし、化石燃料を使わない発電が50%をすでに超えたドイツなどを見ていると、二酸化炭素と温暖化の関係を積極的に認めることで、新しい産業がうまれ、送電網など新しいインフラへの投資が進んでおり、脱化石燃料の大きな割合を20世紀の象徴である原発に頼ろうとしている我が国には、後悔だけが未来に待っているように感じる。いずれにせよ、NatureもScienceも今年最大の注目点として、温暖化の深刻化がどう現れてくるのか、それに対して世界は前へと踏み出せるのかを挙げている。この2紙に限らず、温暖化問題を意識する論文は今年も多く発表されるだろう。
温暖化問題が動機となって行われる研究はいろいろあるが、今日最も紹介したいロンドン王立大学からの論文は、温暖化することでなんと事故死が増えることを示し、こんな見方もあるのかと少し虚をつかれた調査研究だった。タイトルは「Anomalously warm temperatures are associated with increased injury deaths(異常高温は事故死の増加を招く)」で、Nature Medicine 1月号に掲載された。
この研究では1980年から2017年までの、交通事故、転倒、水の事故、殺人、自殺などの事故死の数を調べ、それぞれの年齢分布や、発生時期の平均値を計算している。
全て米国の統計になるが、交通事故、殺人、自殺は若い層に多く、転倒は高齢になる程高まる。水死が7月に最も多いのはわかるが、面白いことに交通事故や殺人も夏に多い。
もちろんこんな統計だけならわざわざ掲載する理由もないが、2017年、シーズンを通して平均気温が1.5度上昇していたという点に注目し、この年にそれぞれの原因で亡くなった人の数は平均値と比べてどう違うのか調べている。驚くべき結果で、あらゆる原因の死亡が2017年は平均値より高い。もちろん、水死が年齢によっては10%以上も高いのは水遊びの機会が増えるからと思われるが、交通事故や殺人でも2%近く死亡が上昇している。
以上の結果から、今後地球温暖化が進むと、事故死が増えることが予想される。しかし、これは一人の事故死にとどまらない。事故による死亡は、訴訟の頻発も含めて社会的効果が大きい。これを侮ると取り返しのつかないことになるぞというのが、この論文のメッセージだろう。
もう一つ、これはトリビアといった類の話だが、地球最強の生き物クマムシも高温には弱いことを示したコペンハーゲン大学からの論文でScientific Reportsに発表されている。タイトルは「thermotolerance
experiments on active and desiccated states of Ramazzottius varieornatus
emphasize that tardigrades are sensitive to high temperatures (活動及び乾燥状態のクマムシの熱耐性実験はクマムシが高温に弱いことを明らかにした)」だ。
クマムシが低温や乾燥に強いことは小学生でも知っているが、短い時間だと100度の高温に耐えることが知られていたらしい。ただ、種によっては30度前後でも長期間晒されると活動できないことが報告され、もしそうなら温暖化で暑い夏が来ることで、クマムシの個体数が減るのではないかと心配して、この研究を行なっている。
活動低下≒死として扱っているのは少し問題だが、結果は明確で実験に用いられているクマムシは、乾燥すると高い温度にも耐えられるが、活動している状態で37度に24時間さらすと、なんと50%が死んでしまうという結果だ。
著者らによると、この温度ならデンマークでさえもありうる温度で、当然連日35度以上が続く我が国なら、クマムシの活動性は落ちる。全部死滅しなくても、活動が低下すると、繁殖も低下し、地球最強のクマムシすら温暖化で絶滅の危機に瀕するかもしれないという論文だ。
今年このような論文はまだまだ発表される予感がする。
2020年1月18日
お知らせをまず。
AASJのホームページは、お陰様で毎日多くの方々が訪問されるサイトになってきました。そこで、訪問される皆様に迷惑がかからない様、私たちのサイトをSSL暗号化をすることに決めました。この作業のため、今月21日朝9時半から25日夜12時まで、こちらで新しい記事をアップロードできなくなります。またひょっとしたら、皆さんからの書き込みが制限されるかもしれません。ただホームページの閲覧自体は問題ありませんので、この期間もこれまで通り訪問していただければ幸いです。
ただ、新しい記事がアップロードできないと、せっかく1日も欠かさず続けてきた論文ウォッチが途切れてしまいます。そこで、今日から21日朝9時までに、実際の時間は無視して、25日までの記事をアップロードすることにしました。このため、例えば今日は1月18日と、1月19日の2日分の記事がアップロードされます。「え!今日は18日なのに19日になっている」と思われるかもしれませんが、サイトの安全性のための苦肉の策だとご理解ください。
と前置きをした上で、18日の論文として紹介したいのはカリフォルニア大学サンフランシスコ校から発表されたDNAメチル化の安定性を示す研究で1月23日号のCellに掲載された。タイトルは「Evolutionary Persistence of DNA Methylation for Millions of Years after Ancient Loss of a De Novo Methyltransferase(新しいメチル化に関わる酵素を失った後も何百万年もDNAメチル化が進化的に維持される)」だ。
ほとんどの生物で、シチジンのメチル化は、新しいサイトをメチル化するDeNovoメチル化酵素と、メチル化をDNAが複製時にも維持するメチル化酵素のセットで調節されている。例えば哺乳動物ではDnmt1がメチル化維持に、Dnmt3aはDe Novoのメチル化に関わる。ところが中にはメチル化酵素と思われる遺伝子を1個しか持っていない生物があり、真菌感染症の原因の一つクリプトコッカスはその例だ。
この研究ではクリプトコッカスが持っている唯一のメチル化酵素Dnmt5が、DeNovoのメチル化か維持的メチル化に関わるか、様々な実験を行い、維持型のメチル化酵素であることを確認している。
実際、Dnmt5を欠損させるとDNAのメチル化はクリプトコッカスゲノムから消える。そして、メチル化が消えた後でDnmt5を再導入してもメチル化は回復しないことから、Dnmt5が維持型のメチル化酵素であることがわかる。すなわちDnmt5を導入しても新しいメチル化はおこらない。
とはいえ、クリプトコッカスではトランスポゾンやセントロゾームなど、遺伝子の発現抑制が必要なサイトはメチル化されている。すなわち、以前にはDe Novoのメチル化酵素が存在してこれらのサイトをメチル化していたが、この酵素が欠損したあとは、その時にメチル化されたサイトが、維持型のメチル化酵素により現在まで維持されていると想像される。
そこで、クリプトコッカスに近縁の真菌の遺伝子を調べK.mangroviensisには2種類のメチル化酵素があること、従ってクリプトコッカスは3−400万年前にDeNovoのメチル化遺伝子を失ったことがわかった。
とすると、現在クリプトコッカスで見られるメチル化は、DeNovoのシステムが失われた時から、維持型のメチル化酵素だけで維持されてきたことになる。実際、急にDeNovoメチル化酵素を欠損させても、それまでのメチル化パターンは長期間維持できることを示している。さらに、De Novoシステムが欠損しても、極めて低い頻度だが新しいサイトがメチル化されることも観察される。おそらくこれは、遺伝子変換によりメチル化サイトが移動したか、それとも他の酵素によるDe Novoのメチル化と考えられるが、この研究では決めていない。
いずれにせよ、De
Novoのシステムが失われた数百万年前からクリプトコッカスはずっと先祖のDe Novoのシステムにより形成されたメチル化パターンを守ってきたことになる。De Novoのシステムがないと、一定のレベルでメチル化は失われるが、おそらく進化によりメチル化が維持されたクリプトコッカスが選択されてきたと考えられる。
読んでみると、メカニズムなどは目新しいものは全くないが、しかしメチル化パターンまで自然選択で維持されるという、ダーウィンの見つけたアルゴリズムには感心する。
2020年1月17日
以前のジャーナルクラブで紹介した様に(https://www.youtube.com/watch?v=SGUDm0h184c)、アルツハイマー病の引き金は切断されたアミロイドβ(Aβ)の凝集塊の蓄積による場合が多いと推定されるが、実際の神経視野症状にはタウタンパク質のリン酸化と凝集が関わると考えられている。もしこれが正しいと、Aβとタウのリン酸化をつなぐメカニズムを明らかにする必要がある。
今日紹介するアラバマ大学からの論文はまさにこの問題に取り組んだ研究で、もし正しいならもう少し騒がれてもいい気がすると思う結果で、1月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「β-amyloid redirects norepinephrine signaling to activate the pathogenic GSK3β/tau cascade(βアミロイドはノルエピネフリンシグナルをタウからGSKβの以上シグナル経路を活性化する)」だ。
これまでアルツハイマー病(AD)で睡眠が障害されたり、攻撃性が高まる症状と、ノルエピネフリン(NE)受容体の活性化が関係するのではと考えられてきたが、今日紹介する論文はこの活性化に凝集Aβが関わることを示している。
まずAD患者さんの剖検例から脳組織を採取し、NE受容体活性が上昇していること、またNE受容体刺激剤を投与された患者さんでは、認知機能が低下していることを示している。ただ、統計学的に優位とはいえ、重なりは多く、人間のデータだけでははっきりしない。
そこでAβを発現させたマウスADモデルの脳でNE受容体刺激剤を加える実験を行うと、ADマウスの方が高い反応性を示すこと、またAβを除去するとこの反応が正常化することを示している。
ではAβが直接NE受容体に結合するかが問題になるが、凝集型のAβが受容体と直接結合すること、さらにはNE受容体のどの領域と結合するかも特定している。すなわち、Aβ凝集体はNE受容体に結合して活性化の閾値を低下させる。
そしてこの研究のハイライトだが、Aβ凝集体とNEの両方が働く神経細胞ではGSKβの活性化を介してタウタンパク質のリン酸化が起こることを示している。また、ADモデルマウスを用いて、Idazoxanと呼ばれるNE受容体阻害剤を8週間投与しその効果を調べ、この薬剤はAβの凝集については何の影響もないが、Aβの凝集が増えた脳でも、GSKβの活性化とタウタンパク質のリン酸化が低下していることを示している。さらに、これは細胞レベルだけでなく、マウスの認知機能のテストでも、著しい改善が見られることを示している。
結果は以上で、Aβ凝集体と結合したNE受容体の活性化閾値の上昇がTauリン酸化、細胞死の引き金であることを示した素晴らしい仕事だと思う。ただ、人間のデータは弱いので、疑う人は多いと思う。私としては、人間にも利用できる正しい結果であってほしいと願っている。
2020年1月16日
Single cell transcriptome技術の発展に関わった研究者については殆どフォローしていないが、少なくともこれを可能にしたバーコード技術は、21世紀生命科学革命の大きな立役者だと思う。そして、これを利用したsingle cell transcriptome技術により、身体中の細胞の多様性と共通性が定義され、詳細なbody atlasが完成しつつある。このことは、自分が現役時代に対象にしていた組織や発生過程の研究を見るとはっきりわかる。「もしあのときこの技術があれば、苦労する必要はなかった」と思うのは、先見がなかった証拠と言える。
今日紹介するユタ大学からの論文は人間の精巣の発達をこの技術を用いて調べた研究で2月6日号のCell Stem Cellに掲載された。タイトルは「The Dynamic Transcriptional Cell Atlas of Testis Development during Human Puberty (人間の思春期での精巣発生の動的転写細胞アトラス)」だ。
研究は単純で、思春期前から思春期(7歳から14歳)に死亡した子供から精巣の提供を受け、これを従来の方法と同時に、得られた細胞のsingle cell trascriptome(SCT)を調べている。
特に熊本大学時代、樹立した抗c-Kit抗体の機能を調べるため精巣の発生についてはかなり理解しているつもりだったので、タイトルを見て「SCTで新しい発見が本当にあるのだろうか?」と懐疑的だったが、読んでSCTのパワーを改めて思い知った。
ただデータは膨大で詳細に渡るので、私が新しいと思ったことだけ列挙することにする。
- 精子分化については詳しく研究されていることから、なかなか新しい発見はないが、人間の場合、思春期前まで精原細胞からの分化がとまっていることがはっきりした。
- 精原細胞には静止期にある細胞と、分裂期にある細胞が機能的に区別されるが、今回のSCTでは区別できていない。
- これまであまり研究されてこなかったシグナルの関与が疑われる。特にアクチビンシグナルは今後研究が必要。
- 最も驚いたのは、精子形成のニッチを提供すると考えられるセルトリ細胞は、2種類のミトコンドリア活性が異なる前駆細胞が存在するが、それぞれは完全に分離しており、思春期で分化すると同じセルトリ細胞になる。
- ライディッヒ細胞は、筋肉様細胞と共通の前駆細胞に由来する
他にも、性転換希望者の精巣を用いて、思春期に起こるテストステロンの分泌がどの過程に影響するかなど詳しい結果が示されているが、詳細はいいだろう。
もちろんこれまでの研究が全く覆されるということはないが、しかし様々な新しい発見がまだまだあることがよくわかった。今後、バーコードを使った組織学で多くの遺伝子の発現を同じ組織で可視化することができれば、理解はまだまだ進化すると確信した。
2020年1月15日
FGF21は私が京大にいた頃、薬学部の伊藤先生により遺伝子クローニングされ、盛んに研究が行われていたのでよく覚えている。どうしてもFGFという名前のせいで増殖因子と思ってしまうが、その作用はFGF2などとは大きく違い、肝臓で作られ、代謝、特に脂肪代謝を調節するホルモンのような働きがあることがわかっている。
今日紹介する米国テキサス大学からの研究は、同じFGF21がすい臓の外分泌腺に直接働くことにヒントを得て、これを急性膵臓炎の治療に使えないか調べた研究で1月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Pancreatitis is an FGF21-deficient state that is corrected by replacement therapy (膵臓炎はFGF21が欠損した状態でFGF21で治療できる)」だ。
膵臓炎は自分が分泌する消化酵素が消化管に到達する前に活性を発揮してすい臓の細胞を消化する恐ろしい病気で、致死率も高い。この研究以前にすでにFGF21欠損マウスでは膵臓炎の発生が起こりやすいことが知られており、この研究では膵臓炎を様々な方法で誘導したときFGF21の膵臓での分泌が変化するのか調べている。
結果は予想通りで、3種類の異なる方法で誘導した膵臓炎のすべてで、FGF21は最初誘導されるものの、誘導後12時間以上経つとほとんど発現が消失することがわかった。
次に、ではFGF21を投与することで膵臓炎を改善できるか調べたところ、もちろん正常に戻るまでにはいかないが、全般に炎症の強さは低下し、壊死などは強く抑制できることがわかった。
もともとFGF21は膵臓の外分泌腺で働くことがわかっているので、外分泌腺のβKlothoをノックアウトしてFGF21が効かなくしたマウスで同じ実験を行うと、膵臓炎は全く正常化しないことから、FGF21は直接膵臓の外分泌細胞に働いて膵炎を抑えていることがわかった。
おそらくこの結果は、FGF21によって膵臓で分泌された消化酵素が早期に活性化されることを防いでいる結果と考えられるが、この研究ではこのメカニズムについてはこれ以上追求していない。
代わりにFGF21の発現が膵臓炎で低下するメカニズムを探り、ATF4により転写が誘導されるFGF21遺伝子が、膵臓炎により上昇してきたATF3により抑制されることで、FGF21欠損状態が起こること、同じことは人の膵臓炎でもみられること、そしてATF3を誘導するER ストレスを抑制する薬剤により膵臓炎を抑制できることを示している。
まとめると、膵臓炎誘導時に起こるERストレスでAFT3が発現し、FGF21分泌が抑制されることで、おそらく膵臓の消化酵素の早期活性化が進み、膵臓炎が進行する。したがって、FGF21を注射するか、ERストレスを止めると膵臓炎を治療できるという結果だ。
どちらの治療法も長期間続けるのは問題かもしれないが、短期に投与して膵臓炎を治療できれば、大きな進歩だと思う。
2020年1月14日
血液発生では、まず上皮構造を持つエピブラストが原条で上皮間葉転換(EMT)を起こし中胚葉になる。このうちの一部は直接赤血球へと分化するが、残りは血管内皮へ分化する。血管内皮は当然上皮の一つなので、今度は間葉から上皮への転換が起こる。さらに驚くことに、一部の血管内皮は、上皮構造を解消してまた血液へと分化する。これは極端な例だが、上皮構造と非上皮構造は必要に応じて行ったり来たりできるようになっている。この機構に、TGFβファミリーシグナルと、その下流で誘導されるSnailが関わることは知られていた。ただこの分子経路があまりに有名でわかったような気になっていたが、実際にはまだまだ重要な分子が存在していた。
今日紹介するスローンケッタリングがんセンターからの論文は、すい臓ガンをモデルにEMTに必要な新しい分子RREB1を特定し、この腫瘍や発生での機能を明らかにした研究で1月8日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「TGF-β orchestrates fibrogenic and developmental EMTs via the RAS effector RREB1(TGFβはRasの下流で働くRREB1を介して線維芽細胞形成および発生過程でのEMTを統率する)」だ。
この研究は、TGFβシグナル研究の第一人者の一人、Massagueの研究室からで、最初はTGFβを使ってすい臓ガンにEMTを誘導する実験を進めていたのだと思う。この過程で、これまでTGFβによりEMTが起こる場合に誘導されるSnailの発現上昇は、突然変異型RASが存在するとき何十倍も高まることを発見する。
次に、RasとTGFβが同時に活性化させてEMTが起こると同時に細胞死に陥るすい臓ガン細胞株を用いて、EMTを抑える遺伝子の探索を行いRasの下流で働く転写因子RREB1を特定し、TGFβシグナル下流のSMAD2/3と複合体を作り、EMTに必要な転写を誘導することを明らかにする。
そして、RREB1をノックアウトしたガン細胞では、TGFβを加えてもsnailなどのEMT分子が誘導されないこと、またすい臓ガンの場合、RREB1ノックアウト細胞では細胞死が抑制され、がんの増殖が高まることを示している。面白いことに、すい臓ガンの場合EMTが起こると様々な繊維化に関わる分子が誘導される。これは、すい臓ガンで強い繊維化がみられることと一致する。ただ、EMTを誘導するRREB1がもし細胞死を誘導するとすると、この細胞死を克服する機構が働いて初めてすい臓ガンが完成することになる(これは私が勝手に考えているだけ)。
実際、肺ガンで見るとEMTで細胞死は誘導されないどころか、ガンはより悪性化する。この場合、RREB1をノックアウトするとガンの増殖は逆に低下する。
このように、それぞれ細胞のコンテクストに応じて、EMTは様々な表現形をとる。これをさらに確かめるため、EMTが最初に見られる原腸陥入時におこるEMTを最初はES細胞の分化実験、そして正常胚にRREB1ノックアウトES細胞を導入して発生させる実験を行っている。予想通り、RREB1がノックアウトされると、中胚葉の誘導がおこらず、またRREB1ノックアウトES細胞を導入された胚では、原腸陥入が強く阻害され、胎児発生が止まることを明らかにしている。
他にも様々な実験を行なっているが、詳細は省くが、以上の結果から、RREB1はRasの下流のMAPKによりリン酸化されることでSMADと相互作用し、EMTをガイドしていることが明らかになった。今後この新しい考え方で、発生や血管などの組織、あるいは上皮系発がんを見直すことの重要性を認識した。
2020年1月13日
胎児や乳児は母親からの抗体で守られている。マウスやヒトでは胎盤を通して母親の抗体が移行する。また、母乳の中の抗体を腸管から吸収することも可能だ。この結果、母親が妊娠中にインフルエンザワクチンを受けると、乳児のインフルエンザが50%減少することが報告されている。しかし、母親からの抗体はいいことばかりではなく、子供の体内に残存しているうちは、新しい免疫がを誘導するのが難しくなる現象が知られている。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はこの問題をmRNAをリピッドで被覆して投与、細胞内で抗原を作らせるワクチンが解決できることを示した研究で1月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Nucleoside-modified mRNA vaccination partially overcomes maternal antibody inhibition of de novo immune responses in mice (修飾拡散を用いたmRNAワクチンは母体由来の抗体による免疫阻害を克服できる)」だ。
このグループは抗原を直接注射する従来のワクチンに代わって、抗原のmRNAのウリジンをメチル化ウリジンに変え安定化させた後、細胞内へ安定に導入するためのリピッドと複合させて作成するmRNAワクチンを研究していたようだ。
ただ、コストなどの面からそう簡単に普及はしないと思われる。そこで、母親の残存抗体が存在した状況でもmRNAワクチンは有効であることを示そうと計画したと思われる。
まず妊娠マウスをインフルエンザワクチンで免疫し、誘導された抗体が生まれてきた子供をインフルエンザ感染から守ることを確認した上で、この子供マウスでは一般的なワクチンでは抗体がほとんど誘導できないことを示している。
同じ条件でRNA ワクチンを筋肉注射すると、母親の抗体がない場合よりは少し低下するが、IgG1クラスの抗体は誘導でき、感染を防ぐことができることを示している。すなわち、なぜかmRNAワクチンは母親の抗体があっても子供の免疫を誘導できる。IgG2aクラスで見ると確かに母親の抗体が反応を抑制しているので、筋肉細胞から作られた抗原は全く母親の抗体の免疫抑制効果は確かにあるが、抗体のクラス別にこれをすり抜けることができている。
最後にこの原因を色々探ろうとしいる。単純に抗原が多く作られるからmRNAワクチンが有効である可能性を排除するため、mRNAワクチンの量を減らして注射しても抗体が誘導できることを確認している。また、リンパ節の胚中心に存在するインフルエンザ特異的B 細胞の数を調べて、母親の抗体があっても胚中心の記憶B細胞が強く誘導されていることを示している。最後に、通常の抗原を強いアジュバントとともに免疫する実験を行い、ある程度免疫は誘導されるが、それでも母親の抗体の抑制効果を克服するまでには至らないことを示している。しかし、結局は何故mRNAが母親の抗体の阻害効果をすり抜けられるのかは説明しきれていない。
結果は以上で、母親の残存抗体の効果を改めて認識することができたが、基礎免疫学的にはなぜmRNAワクチンがこの壁を克服できるのかについては理解できずに終わった。しかし、臨床医学的には確かめる価値は十分ある。特にはしかなどの混合ワクチンは母乳を飲んでいる時に接種する。ほとんどの場合お母さんの抗体はないと考えていいが、授乳中に母親が感染したりした場合は、一つの選択肢として考えられるような気がした。逆に、全てをmRNA ワクチンで置き換えてもいいが、結局はコストの問題で、この壁の方がずっと大きいと思う。
2020年1月12日
アルツハイマー病(AD)では、ミクログリアの活性化が見られることから、単純な変性疾患というより、炎症が何らかの役割を演じていると考えられるようになっている。とはいえ、抗原特異的免疫反応が関わるという論文には、少なくとも私自身は読んだことがなかった。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は様々な手法を用いてADで抗原特異的キラーT細胞の反応が亢進していることを示した研究で1月26日号のNatureに掲載された。タイトルは「Clonally expanded CD8 T cells patrol the cerebrospinal fluid in Alzheimer’s disease (クローン増殖したCD8T細胞がアルツハイマー病の脳脊髄液をパトロールしている)」だ。
最後に種明かしがあるが、このタイトルを読むと、ADもアミロイドやタウに対する免疫反応が起こる自己免疫病かと思ってしまうが、これについては全く示されていないことを頭に置いて読む必要がある。ただ、この研究は最初からADでも抗原特異的免疫反応があるはずだという仮説で実験が進められていく。
まずFludigmのCyTOFを用いて末梢血の発現しているタンパク質を単一細胞レベルで調べ、ADの患者さんではCD8T細胞で、特に細胞障害性分子を発現し、また記憶型の細胞で、抗原による反応性が高いポピュレーションが上昇していること、そしてこの数が認知障害度と比例することを示している。
次に、このタイプのCD8キラーT細胞が実際に脳内に存在するか調べ、正常人では血管外に移動することがないこの細胞がAD患者さんでは血管外に認められ、さらにアミロイドプラークの周りにも存在することを示している。これを反映して、患者さんの脊髄液では記憶型CD8T細胞が認められることも示している。
ではこれらCD8T細胞は特定の抗原に反応して増殖してきたかどうかが問題になるが、ADの患者さんでは間違いなくCD8T細胞のクローン性増殖が認められ、またそのような細胞が海馬にまで侵入している。
そこで最後に、このようにクローン性に増殖しているCD8T細胞がどの抗原に反応しているのか特定を試みようとしているが、EBウイルス核内抗原に反応しているT細胞以外は、抗原の特定には至らなかった。
以上の結果は私なりにまとめると、確かにADそしておそらくパーキンソン病のような神経編成性疾患では記憶型CD8キラーT細胞が増殖し、脳内にも認められ、新しい診断指標として役立つ可能性はあるが、これが原因なのか、それとも変性により活性化された炎症の結果なのか、まだよくわからないと結論できるだろう。結局反応を誘導している抗原の特定がこの問題の解決には必要だと思う。例えば以前紹介したようにもし歯周病菌がADに存在するなら(https://aasj.jp/news/watch/9628)、抗原の候補としては面白そうだ。