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1月3日 BCGワクチン接種のパラダイムシフト(1月2日号 Nature 掲載論文)

2020年1月3日

今年最初のNature読んで、この雑誌が社会問題を科学的手法で解決する研究を後押しする強い意志を感じた。持続可能な社会をもう一度目指そうという社説だけでなく、実際この号に掲載された論文の中には、地球温暖化、中国の国土開発、結核の予防など、社会問題の科学論文が3編もあった。以前Scienceが格差問題を特集した時も同じ印象を強く持ったが、このような変化を目にすると、科学を応用と基礎などと分けて考えること自体、古い思想のような気がする。

さて今日はこの3編の中から、米国衛生研究所のグループが発表した、BCGを静脈注射すると高い結核予防効果が見られるという驚きの研究を紹介する。タイトルは「Prevention of tuberculosis in macaques after intravenous BCG immunization (BCG 静脈注射によるアカゲザルの結核予防)」で、1月2日号Natureに掲載されている。

私たち団塊世代が子供の頃は、ツベルクリン反応が陰性だと必ずBCG接種で、結核予防の重要な手段だった。現在どの程度の接種率があるかはわからないが、先進国で結核が減ったのと、予防効果が5割ぐらいという統計が出て、接種率は落ちていると思う。それでも、我が国は接種率が高い方だと思う。

実際のBCG接種は牛の生きた結核菌(BCG)を皮膚に塗布した後、針を刺して皮下に浸透させる方法がまだ使われていると思うが、もっと有効な免疫方法がないのか、例えば気管へエアロゾルにして投与する方法などが試みられてきた。その後、サルを用いた研究で静脈注射で結核感染予防率が高まることが報告され、この可能性をさらに深めたのが今日紹介する研究だ。

研究は単純かつ総合的で、サルに、従来の方法、高濃度皮下注射、エアロゾル噴霧、そして静脈注射でBCG を接種し、感染実験による予防効果の検証を含む、様々なパラメーターを徹底的に調べた論文だ。多くの実験が行われているが、詳細を割愛して結論だけをまとめると次のようになるだろう。

まず、感染予防という面では、静脈注射はほぼ完璧に近く、10匹中9匹で全く感染が起こらなかった。一方、他の方法では予想通り、一定の効果はあっても、結果はまちまちで、完全防御までには至らない。

 この背景を調べると、静脈注射した1千万CFUのBCGはほぼ全身に回り、肺やリンパ節、脾臓などで長期間維持される(もともと取り込まれたBCGは何十年もリンパ節で生存することが知られている)。一方、皮下注射では、所属リンパ節だけで、肺までには到達しない。

この抗原が長期間肺や肺門リンパ節に存在するおかげで、一つはアジュバント効果による炎症で、多くの免疫細胞が肺に浸潤する。同時に、感染予防に関わる抗結核作用のあるT細胞などが局所に浸潤するため、完全な予防が可能になる。

だいぶ割愛したが、メッセージとしては十分で、ホストの中で生き続けるBCG を考えると納得の結果だと思う。しかし、炎症誘導性と言った意味ではBCGのおそろしさも物語っており、今後この結果を人間にトランスレーションするとなると、毒性など長期にわたる研究が必要だと思う。

しかし、このBCGの「ホストでしぶとく生き残る」という性質をうまく使えば、結核だけでなく、肺炎やウイルスなど様々な病原体に対する持続的免疫を誘導するワクチンが開発できるかもしれない。

感染症は、南北格差を最も反映する社会問題だが、正月早々格差解消に向けて期待される研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月2日 神経の跳躍伝導の複雑さ(1月23日号 Cell 掲載予定論文)

2020年1月2日

年初ということで、自らを奮い立たせる意味で、最も苦手な電気生理学分野の論文を選ぶことにした。はっきり言って、よくわかっていないところもあるが、しかし自分が習った神経生理学が何十年も経って大きく変わっている予感がする論文だった。

オランダロイヤルアカデミー、神経学研究所からの論文で、ミエリンで被覆された神経伝導についての新しいモデルを検証する研究で1月23日号 Cell に掲載予定だ。タイトルは「Saltatory Conduction along Myelinated Axons Involves a Periaxonal Nanocircuit (ミエリン化軸索で見られる跳躍伝導には軸索周囲のナノ回路が関わっている)」だ。

「ミエリン化された軸索では、ミエリンで被覆されていない場所(ノード)だけで脱分極が見られ、ここで生まれる大きなイオンの変化はミエリン化された軸索を普通のイオンの流れとして伝搬し、次のノードに集中している電位依存性イオンチャンネルを開いて脱分極させ、これが例えば1mの神経なら飛び飛びに続くので跳躍伝導という」ことについては、50年前私たちが習った教科書も、今の教科書もあまり変わらないのではないだろうか。実際この概念は、1934年慶應大学の田崎、加藤らにより示されており、当然私たちの習った生理学の教科書でも重要な事実として記載されていた。

この概念のカギは、絶縁体ミエリンによって完全に絶縁されることで、ノード間の軸索は一本の電線としてモデル化できる点だった。

ただ電子顕微鏡による観察や、神経の詳細な活動測定などにより、実際には軸索とミエリン鞘の間に存在する細胞外液も考慮したモデリングが必要ではないかと考えられるようになってきていたようだ。また、ミエリン鞘も生きた細胞である以上完全絶縁などあり得ない。この研究では、軸索の電流、神経細胞膜の電位依存性のアクションポテンシャル回路(医学生にはおなじみの抵抗とコンデンサがセットになった回路)、軸索とミエリン鞘の間の電流、そしてミエリン膜のアクションポテンシャル回路を全て加えたモデルを構築している。モデル自体は生理学を習っておれば理解できるが、この新しい回路を加えることで実際のシミュレーション計算はスーパーコンピュータが必要な大変な作業になるようだ。

いずれにせよ、それぞれの回路の抵抗、コンデンサのキャパシタンスを変化させてシミュレーションすると、やはり軸索街の経路を考慮した方が実際の観察に適合することを確認した後、このモデルから計算される抵抗などの数値が、実際の形態観察に一致することを示している。また、このモデルではアクションポテンシャルこそおこらないが、ミエリン被覆の領域でも電圧の変化が見られることが予想されるが、実際にそれが観察できることも、長い神経を分離して培養し、軸索の電圧を可視化する方法で確認している。

自分が理解できるところだけつなぎ合わせて紹介すると以上が結果で、新しいモデルの方が実際に跳躍伝導が減衰せず早く伝わることを説明できる。軸索とミエリン鞘の間が広いほど抵抗が低くなることから、跳躍伝導の速さはこの広さを反映すると予想できるが、その好例として、最も早い神経伝達が可能なウシエビの神経では軸索ミエリン鞘の間が100ミクロンもあることを示している。

今後はさらにミエリン鞘が切れる場所の特殊性も考慮した回路を加えてさらに精緻な跳躍伝導モデル形成することの重要性を強調して論文は終わっている。

言われてみれば当然の結果で、回路図だけをみるとなんとか理解できた気分にはなったが、実際にはこの上に様々なチャンネルの局在、樹状突起のなどが加わってくるはずだ。それを考えると、新しい技術のおかげで脳全体での活動がよくわかったような気になっても、その背景の一本の神経軸索の複雑さを考えると、理解するとはなんなのか、ゴールは何なのか、立ちすくんでしまう気分になる。

今年もそんな生命科学をめげずに紹介していきたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月1日 今年注目すべきサイエンスイベント

2020年1月1日

読者の皆様明けましておめでとうございます。今年も毎日新しい論文を紹介していきたいと思いますのでよろしく。

さて、1月2日号のNature では今年注目すべきサイエンスイベントをまとめて伝えている。論文ウォッチでは、この「The Science Events to Watch for in 2020 (今年注目のサイエンスイベント)」を紹介して今年の幕をあける。

火星探検

Mars Roverが送ってきた赤茶けた火星の大地の写真をは、火星探検での米国の圧倒的リードを示しているが、今年もNASAは火星の岩のサンプルを採取して地球に帰還したり、ドローンを飛ばす火星探査機を送る。ただ、今年は火星がさらに賑やかになりそうで、中国が独自の探査車の着陸、ロシアのロケットによりヨーロッパの探査車が火星に到着する予定になっている。火星以外では、日本のはハヤブサが竜宮から、NASAのOSIRIS-EXが小惑星のサンプルを地球に持ち帰る。

天文学

昨年のトップニュースはブラックホールのイメージを捉えたことだが、今年も天の川の中心にあるブラックホールをイメージ化する予定になっている。また、ヨーロッパの宇宙局は今年後半に天の川の3次元マップをアップデートする予定。重力波の観察分野では昨年観察された宇宙衝突からの波を観察できるのではと期待されている。

巨大加速器の夢

素粒子科学では、ヨーロッパで計画されている100kmに及ぶ巨大加速器プロジェクトを進めるかどうか決める会議が5月に行われる。210億ユーロという巨大プロジェクトなので、世界が注目している。一方、米国ではミューオンの磁場中での挙動の精密な測定結果が明らかになる予定で、この観測で少しでも予想外の挙動が示されれば新しい素粒子の発見につながると期待されている。

地球温暖化問題に対するアクション

国連の環境プログラムから気候変動へのアクションプログラムが示される予定だが、この中には大気中の炭酸ガスを吸収するプログラムも含まれる。一方、国際海底機構は海底での採鉱を推進するための規制案を提出する予定になっている。しかし、把握が難しい海底での採鉱が取り返しのつかない環境破壊につながるのではと懸念されている。またCOP26がグラスゴーで開催され、各国が炭酸ガス削減目標を示す予定だが、米国の脱退も含めて期待は急速にしぼんでいる。

米国の大統領選挙

大統領選挙の翌日が、パリ協定からの正式離脱の日になる。トランプが当選すればそのまま離脱。しかし、民主党が大統領選挙に勝利するとこの流れを阻止できる。

マウスと人間のキメラ

昨年日本で許可された中内さんたちの、マウスや豚の胚にヒト多能性幹細胞を導入するキメラ動物作成に倫理的注目が集まっている。個人的な感想だが、キメラに対するアレルギーは欧米の方が強い気がする。

常温超電導

昨年常温での超電導が達成できたが、ただ何百万気圧という途轍もない環境が必要だった。この時使われたランタン・スーパーヒドリドの代わりに、イットリウム・スーパヒドリドの合成に期待が集まっている。

Mozzieの逆襲

ボルバッキアを感染させた蚊を環境に放出して(メカニズムは以前紹介したブログ参照:https://aasj.jp/news/watch/10603)デング熱を媒介する蚊を撲滅するインドネシアでの実験結果が発表される予定。 また、赤道ギニアの島で行われているマラリアワクチンの結果にも期待が集まっている。

固体エネルギー

ペロブスカイトを用いた太陽光発電システムが市場に登場すると考えられている。これによりシリコンより安く効率の良い発電を可能にすると期待されている。また、現行のリチウムイオン電池より安全、高効率、軽量の電池として期待される全固体リチウムイオン電池を装着した最初の自動車が、トヨタ自動車により東京オリンピックでお披露目されると期待されている。

合成酵母

4大陸15研究室が共同して行なっている出芽酵母の遺伝子を、合成遺伝子で置き換えるプロジェクトが今年完成すると期待されている。個人的には、このプロジェクトにより真核生物のゲノムをどれほどコンパクトにできるのか興味が尽きない。

生命科学領域とは違う話が多いので、ここにリストされた話題をどこまでこのブログで紹介できるかわからないが、論文が発表されればできるだけ取り上げていきたいと思うので乞うご期待。

カテゴリ:論文ウォッチ

新年のご挨拶 (西川伸一)

2020年1月1日

昨年はCDB退職以来お世話になったJT生命誌研究館の顧問を辞め、また相次いで二人の母を見送ることとなり、私にとっては節目の一年だったと思っています。幸い、この白髪頭でもアドバイザーとして頼りにしていただけるいくつかの会社のおかげで、AASJでのNPO活動を続けることができています。厚く御礼申し上げます。

このご支援に応えるべく、今年も患者さん、生命科学に興味のある方々、若い研究者、学生さんを対象に、ブログ、動画、講義などあらゆるチャンネルで情報発信を続けていきたいと思います。

特に昨年から「自閉症の科学」「気になる治験研究」そして「生命科学の目で読む哲学書」をライフワークとしてはじめています。そして動画では患者さんとの読書会を中心とした「AASJチャンネル」に加えて、重要な論文やトピックスを動画で解説する「西川伸一のジャーナルクラブ」も始めています。動画は皆様のリクエストにお応じますので、「この病気」、「このトピックス」などぜひご希望をお寄せください。

これまでの専門にこだわらず多くの論文を読む生活を七年近く続けてきましたが、現役時代には感じることができなかった、生命科学の大きな変革のうねりを感じ、毎日興奮の連続です。そしてこの変革が、今我々が直面している重苦しい社会状況の変革にも必ず繋がると確信しています。楽観的と言われるかもしれませんが、なぜ科学が社会を変えることができるのか、今年も講義を通して伝えることができればと思っています。

ではみなさん良いお年を。

(写真は新しいAASJのロゴ、フンボルトペンギンのアイコン、および東京芸大での講義風景です)

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