現在様々な理由から、アフリカ人のゲノム解析が精力的に進んでいる。まず何よりも、アフリカでホモ・サピエンスは誕生し、多様化した。ユーラシアに移動したのはそのうちの一部で、その時生まれた遺伝子多様性はアフリカに残っている。すなわちユーラシアに移動した人種に比してゲノム多様性が高い。しかも、ネアンデルタール人など他の人類との交雑程度が低い。これまで主にコケイジアンで進んできたゲノム研究では見落としてきた新しい事実が、アフリカ人ゲノムからわかるのではと期待される。そこで、今日明日とアフリカ人ゲノムに関する論文を紹介することにした。
最初の今日は、ワシントン大学を中心とするグループからの論文で、南アフリカコサ族の統合失調症のゲノム解析研究で1月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetics of schizophrenia in the South African Xhosa (南アフリカコサ族の統合失調症患者の遺伝学)」だ。
タイトルを見てコサ族は統合失調症が多いのかと勘違いしてしまったが、そうではない。中央アフリカから南アフリカへと移住して、独自の言語と文化を持つコサ族の統合失調症患者でゲノム解析を行い、他の民族とは異なる事実を発見しようとした研究だ。
コサ族とは南アフリカ黒人解放をリードしたマンデラさんが属する民族で、アフリカでは2番目に人口が多い。この民族の統合失調症患者さんと、正常人それぞれ約900人をリクルートし、エクソーム(ゲノムのタンパク質へと翻訳される部分)を解読し、両者の違いを比べている。
まずエクソームレベルでの配列多様性を比べると、予想通りアフリカ人の多様性は群を抜いている。しかも、民族間の交雑程度は少ない。
エクソーム解析で得られた様々な変異から、機能欠損につながる変異をリストし、それを患者さんだけで見られる稀な変異と、正常人でだけ見られる変異に分けている。例えばCNTNAP1(シナプス形成に関わる分子)の変異は4人の統合失調症で見られたが、正常人にはなかったが、これを症例変異と呼んでいる(実際にはもっと数を増やせば正常人でも見つかる可能性はある)。
こうして、正常人変異と、症例変異を比べた結果、
- 機能欠損変異は統合失調症患者さんの方により多く発見される。一方、機能に無関係な変異で見ると、そのような偏りは見られない。
- 統合失調症に偏る機能欠損型変異の3割はシナプス機能に関わる分子で占められる。
- 今回リストした統合失調症で偏って欠損していた遺伝子の多くは、これまでのデータベースを検索すると、統合失調症や自閉症で発現が低下しており、逆に双極性障害では発現が上昇している遺伝子が多い。
- 今回の結果は、スウェーデン人で調べたデータと共通しており、コサ族特異的ではない。
結果は以上で、結論はこれまでと変わることはない。すなわち、統合失調症は一つの遺伝子で決まる病気ではなく、複数の遺伝子が絡み合って形成される。統合失調症になると、生殖可能性は低下するので、おそらく症例に関わる遺伝子は常に淘汰圧に晒されており、その意味で新しく発生する遺伝変異が発症には重要になる。そして、病気のメカニズムとしては、シナプス伝達と可塑性が障害されることが考えられる。
コサ族で調べたことの意義がまだ明確ではない研究で終わってしまっているが、アフリカ人のゲノムを調べる重要性はよく理解できた。