私がまだ免疫学会に属していた時期は、ちょうど胸腺内のT細胞の分化増殖と選択について明らかになっていく時期と重なっていた。T細胞の表面抗原標識に、HerzenbergらのFACSを用いた細胞分化の解析が始まり、その後MHCやT細胞受容体遺伝子が解明され、最後に遺伝子操作を用いて細胞の増殖や選択過程が明らかになった。こんなことを書いていると、これらを築き上げた様々な研究者の顔が浮かんでくる。
今日紹介する英国ウェルカムサンガーセンターからの研究は、このすべての過程を発生中の胸腺細胞のsingle cell transcriptomicsを調べることでわかることを示した論文で2月21日号のScienceに掲載された。タイトルは「A cell atlas of human thymic development defines T cell repertoire formation (ヒト胸腺発生の細胞図譜はT細胞レパートリー形成を明らかにする)」だ。
研究では受精後7週から17週のヒト胎児胸腺を採取し、そこに存在するすべての細胞のsingle cell transcriptomicsを調べている。最初に述べたように、マウスではこの過程は長い時間をかけてほぼ解明されているといって良い。その意味で、ヒトで調べたから全く新しいことがわかるというわけではない。というより、ヒトでもほとんどマウスと同じことが起こっていることがわかったことがこの研究の最も重要な結論だろう。
とはいえ、胸腺細胞を少なくとも42種類の細胞に分けることができるという結果は、胸腺がいかに複雑な組織であるかを再認識させる。膨大なデータなので、個人的に気になった点だけ紹介することにした。
- 胸腺上皮とともにストローマを形成する線維芽細胞を増殖中のものも含めると3種類に分けられ、発現分子からみて支持する細胞が異なること。また、in situ hybridizationで見ると、存在場所も違うこと(ストローマ細胞の多様性を知る意味では重要)
- さらに胸腺上皮になると実に8種類に分けることができ、またこれまで知られているTEC分類と対応させることができる。
- これまで知られているT細胞サブセットの全てが胸腺内で分化することが確認され、またそれぞれのストローマ構成細胞は固有の支持細胞と相互作用することが、相補的遺伝子発現からわかる。特に、ケモカインとその受容体の関係により、それぞれの相互作用特異性が決められているのがわかる。
- 同じように、T細胞選択に関わる樹状細胞も3種類にわけられ、またそれぞれは活性型へ変化する。特に樹状細胞はCD4陽性のヘルパーとTregの分化に関わっており、それぞれが異なるケモカインを介して相互作用している。面白いのは、リンパ球の方から様々なケモカインを発現して樹状細胞を引き寄せることがみられることで、相互にケモカインを分泌することで特異的相互作用が可能になっている。
- T細胞受容体遺伝子の再構成では、発生時期のクロマチン構造から、再構成で選ばれVβ遺伝子に強い選択制が見られる。一方、Vαの方は、C領域に近いV遺伝子ほど選ばれやすいというこれまでの結果が確認された。同時に、一旦選択されたあと即座に選択を受けるV遺伝子も特定できる。
- これも驚いたが、CD8T細胞ではC 領域から遠いV領域が選択される確率が高く、CD4T細胞とは再構成の様式がかなり異なっている。
以上が結果で、もちろん私が知らなかったことも多く示されており、T細胞分化の教科書として使えるアトラスだと思う。もちろん、ヒトで行われている点も重要で、私にとっても感慨以上の面白い論文だった。