以前シナプスを整理する剪定が補体により行われており、補体成分C4が上昇している統合失調症では剪定が高まっていることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/4790 )。この時は不思議なこともあるものだと思っていたが、その後例えば高齢者になると脳内で補体成分が高まり、またその一つをノックアウトしたマウスは物忘れが起きにくいなどといった論文が発表されると、かなり確かな話になってきたように思う。
今日紹介する中国・浙江大学からの論文はこの過程にミクログリアが関わることを示した研究で2月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Microglia mediate forgetting via complementdependent synaptic elimination(ミクログリアは補体依存的シナプス除去を介して忘却に関わる)」だ。
「忘却とは忘れ去ることなり」などと書くと歳が知れるが、忘れ得ない悲しさを描いた「君の名は」は我々の親の世代の大ヒットで、それが私たちの記憶にも植えつけられている。この研究はこの忘れ得るためのメカニズムにミクログリアが関わっていると着想し、恐怖記憶があると立ちすくむという反応を指標に、立ちすくみが消失する過程でミクログリアの活動を落として調べている。
結果は予想通りで、ミクログリア選択的に除去する遺伝的方法や、ミクログリアの活動を支えるCSF1受容体を阻害すると、記憶が長く続く。すなわち忘れ去ることができない。また、実際の神経活動でみると、記憶の呼び起こしで活動する記憶痕跡細胞の数が増えている。さらに、シナプスの構成要素がミクログリアに取り込まれている。
以上のことから、忘却にはミクログリアが関与するシナプス除去が必要であることが明らかになった。ではミクログリアは何をしているのか?それを確かめるため、ミノサイクリンを用いてミクログリアの貪食を止めると、シナプス分子のミクログリアへの移行が低下する。
以上のことからミクログリアは何らかの機構で破壊されたシナプスを貪食することで、忘却に関わると結論している。これがこの研究のハイライトで、あとはこれまでわかっているシナプス剪定とミクログリアの関わりを詳しく確かめている。
その結果、シナプスの剪定には補体が関与するが、最初のトリガーとなるC1qはミクログリアが分泌すること、このトリガーには神経活動が関わっていること、神経増殖依存性のシナプス形成も、非依存的形成も、ともにミクログリアによるシナプス剪定に関わることを、様々な遺伝学的ツールを駆使して明らかにしている。
正直、ミクログリアのC1qがシナプス選定のトリガーになり、これによりシナプスが破壊される過程でまた、ミクログリアの貪食で最終的後始末がされていること以外は、これまでシナプス剪定と忘却について知られていることを、ミクログリアに関連づけていく研究だが、時間と金のかかった大変な仕事だ。
先日ミクログリアが神経細胞体と相互作用して健康を維持する話を紹介したが、ミクログリアの機能の多彩さがよく理解できた(https://aasj.jp/news/watch/12336)。