CRISPR/Casによるゲノム操作はいつでも臨床応用可能な段階にあり、どこから論文が発表されてもて驚くことはない。臨床研究が被験者の権利を毀損することがないのか、正しい選択なのか、そして効果はあるのかを淡々と読み取っていけばいい。とはいえ研究者にすれば一番乗りがしたいことも確かだろう。実用化が時間の問題になったということは、そういうことだ。
今日紹介するCAR-T臨床応用をリードしているペンシルバニア大学からの論文は得意のCAR-T分野にCRISPRを用いて臨床応用一番乗りを目指したと思われる治験研究で2月6日号のScienceに掲載された。タイトルは「CRISPR-engineered T cells in patients with refractory cancer (CRISPRにより操作されたT細胞を治療耐性ガンに用いる)」だ。
論文ではこれが臨床研究1番乗りだと書いているが、対象は遺伝子導入した自己T細胞で、培養中でCRISPRによる遺伝子ノックアウトに使っている。骨髄腫や軟部肉腫に発現しているガン抗原に対するT細胞抗原受容体(TcR)を自己T細胞に導入してガンを殺させるキメラ受容体ではなく、TcRそのものを利用したT細胞治療だ。ただ、この場合導入したTcRαとβがホスト側のTcRとも融合するので、ガン抗原特異的TcRの発現確率が低下する。そこで、ホスト側のTcR遺伝子をノックアウトするのにCRISPRを使うことになる。このためにはα、β二つの遺伝子をノックアウトする必要があり、CRISPRを用いるのが最適の選択と言える。
この研究ではさらにT細胞のチェックポイント分子PD-1もノックアウトを同時に行なっている。具体的にはレンチウイルスベクターでガン抗原に対するTcR遺伝子を導入、同時にCas9と3種類のガイドRNAを導入してランダムに書く遺伝子をノックアウト、細胞を選択することなくそのまま増幅を行なっている。
遺伝子操作に成功した細胞を選択しないというのがミソで、CRISPRの高い効率を信じてのことだ。試験管内で増やした段階で、それぞれの遺伝子がノックアウトされている確率は10−50%ぐらいで確かに高い。ただ、3種類がノックアウトされた細胞はよくても10%しかないことになる。とはいえ、ガンに対するキラー活性を比べると、遺伝子ノックアウトした方が活性が倍になっている。
この治験は第1相試験で、こうして作成したキラー細胞が安全かどうかを確かめている。重要なのはCAR-Tと比べて、強い刺激によるサイトカイン分泌による症状はない。Single cell trascriptomeを用いた方法で調べると、たしかにノックアウトされた細胞が長期間維持されていることがわかる。しかし、PD-1をノックアウトした細胞は長期間培養すると減少するので、キラーとしては使えるが、記憶細胞として維持するにはノックアウトしない方が良いことがわかった。
次にCas9で心配されるオフターゲット遺伝子への影響だが、多くはないが確かに0–2%の範囲で検出される。さらに、染色体転座も検出されるが、3例の患者さんでは特に問題にはならなかった。
最後に臨床結果だが、1人は亡くなり、2人が現在生存しているが腫瘍の進行が見られなかった期間は1ヶ月ほどで、現在は他の治療法を合わせてなんとか生存している。
以上が結果で、もともとノックアウトなしに移植が行われているTcRトランスジェニック細胞を用いることで、細胞移植自体の問題を全てクリアーできる形でCRISPRを使ったのはいい選択と言えるだろう。ただ、3種類の遺伝子を全部最初からノックアウトして本当に良かったのか、例えばノックアウトしやすいαだけで良かったのではないかなど、効果が期待ほどではないため反省点は多い気がする。しかし、これを皮切りにCRISPRの臨床応用は爆発的に進むと思う。