P53は最も重要なガン抑制遺伝子で、多くのガンで発ガン過程で遺伝子が欠失したり、あるいは機能欠損型変異が起こる。このような変異の中で、172番目や270番目のグルタミン酸がヒスチジンに変化した突然変異は、dominant negative型として知られ、正常p53機能が片方の染色体に存在してもその機能を抑えてしまい発ガンに関わると考えられてきた。
今日紹介するイスラエルヘブライ大学からの論文は変異型(R172H)の機能が腸内細菌叢の環境では2面性を持つことを示した論文でp53 分子の機能の多様性を改めて示した研究で7月29日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「The gut microbiome switches mutant p53 from tumour-suppressive to oncogenic (腸内細菌叢が変異型p53を腫瘍抑制分子から発ガン分子に変える)」だ。
もともとこの研究はp53(R172H)の発ガンメカニズムを探ろうと始められたのだと思う。この変異を腸上皮で発現するように遺伝子操作し、さらにp53の安定性を高めるようにCKIα遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、腸の変化を調べている。
と、驚いたことに、空腸ではガン抑制的に働くのに、大腸では発ガンを促進していることがわかった。すなわち、腸の環境に応じて働きが変わる。
腸の自己再生や、発ガンにはWntシグナルが関わっているので、次にp53(R172H)存在下で空腸と回腸でWntシグナルの強さを下流分子の発現を指標に調べると、空腸ではWntシグナルが抑えられ、一方回腸では高まっているという2面性があることがわかった。
この2面性が、上部と下部消化管の環境の違いによるのか、あるいは細胞自体の差によるのかを調べる目的で、腸の幹細胞を培養するオルガノイド培養を行い、変異型p53は本来Wntシグナルを抑え、発ガン遺伝子が揃った場合も、その増殖を抑える能力があることを示している。すなわち下部消化管へと移ると、このガン抑制機能からガン促進機能へとスイッチが起こることが推定される。
当然のことながら、腸内細菌叢がこのスイッチに関わる可能性が示唆されるので、変異型p53を導入したマウスを抗生物質で処理して腸内細菌叢を除去する実験を行なっている。結果は期待通りで、大腸で見られた上皮の異常増殖は見事に抑制され、腸内細菌叢がないと変異型p53はガン抑制的に働くことを明らかにしている。
最後に変異型p53をガン抑制からガン促進へスイッチする分子を探索し、漬物など、植物の発酵に関わる乳酸菌(プランタルム)や、枯草菌が合成するgalic acidがスイッチであることを突き止めている。実際、オルガノイド培養にgalic acidを加えると、変異型p53は増殖抑制ではなく、増殖促進を誘導する。
以上が結果で、残念ながらなぜgalic acidがスイッチを入れるのかについては明らかにできていないが、ここで調べられた変異型p53は決して珍しくないことを考えると、これを悪性化のシグナルにしない食事や薬といった介入方法の開発は重要となるように感じる。