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8月14日 新型コロナウイルスの突然変異の機能的帰結を調べる(8月6日 Cell 掲載プレプリント)

2020年8月14日
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先日AASJの理事の一人藤本さんから「巷では、新型コロナウイルスが世界中に広がる間に感染力の高い突然変異が選択されている。」とか「わが国で発生した変異が第二波として広がりつつある。」という話を聞くが、それを裏付ける論文を紹介してほしいと頼まれた。

その時、このウイルスは他のRNAウイルスと比べると複製を正確に行う検閲機構を持っており、変異速度は比較的低いこと、また突然変異による系統樹は詳しく調べられており、ウイルスの広がりを予測するには極めて重要だが、それぞれの変異の機能的検証は極めて難しくほとんどできていないため、感染性の高いウイルスが選択されたなどといった話は全て推察で、エビデンスに基づく話はほとんどないと答えておいた。

幸い、今日紹介するワシントン大学からの論文はウイルスが細胞に侵入する際に使うスパイクタンパク質だけに焦点を当てた研究で、ウイルス全体の感染性を必ずしも反映するものではないが、3000種類を越す突然変異についてその機能を調べた研究で8月6日Cellにプレプリントが掲載された。タイトルは「Deep mutational scanning of SARS-CoV-2 receptor binding domain reveals constraints on folding and ACE2 binding (SARS-CoV-2の受容体結合ドメインの網羅的突然変異スキャニングはタンパク質の折りたたみとACD2結合での制限を明らかにした)」だ。

この研究では現在発見されている突然変異の機能を一つ一つ調べるのではなく、スパイクタンパク質のACE2と結合するドメイン(RBD)にあらかじめ突然変異を導入したライブラリーを作成し(理論的に3819種類の変異が考えられるが、そのうち3804種類の変異が生成されている)、それぞれの変異は16塩基のバーコードで特定できるようにしている。

次にこのライブラリーを酵母の細胞表面に発現できるようにして、それぞれの変異を細胞表面上のRBDと細胞側の受容体ACE2との結合などを指標に、機能的検証を行えるようにしている。酵母を使うことで、糖鎖の負荷による影響も調べることができる。

この研究では基本的にRBDに導入された一個のアミノ酸変異のみに絞って検証を行い、

  • 酵母を使った方法で、タンパク質の細胞表面への発現量と、ACE2結合の生化学的検査が可能であること。すなわち、各変異の帰結を正確に記述できること。
  • 半分以上の変異が特に大きな機能変化を誘導しないこと。すなわち、途中性の変異が蓄積しやすいこと。
  • 多くの変異では、タンパク質の3次元構造が形成できないため、細胞表面に発現できなくなったり、ACE2との結合が失われること。一方、実際に発見されるウイルス変異ではこのようなケースは少ないことから、このような変異は活動性のプールから除去される。
  • ACE2結合能が高まる突然変異もかなりの数存在するが、実際の患者さんから分離したウイルスで、特にそのような変異は見られない。一方、SARSと同じ程度のACE2結合親和性を持つ程度の機能低下変異は数多く存在する。
  • 人工的に多くの変異を導入し、そのタンパク質の機能を調べることで、RBDの構造学的特徴を明らかにすることができ、この情報はワクチン抗体のエピトープ解析に重要な資料を提供できること。

などを明らかにしている。

要するに今後感染者から新たに分離される変異の機能的側面を推察するための重要なレファレンスデータが揃った。ただ、このレファレンスをもとに、これまで分離された変異を見直すと、特にACEと結合性が高い変異が選ばれているような傾向はない。

もともとSARSに比べてCoV-2のRBDは高いACE2結合性があることから、より感染性が高まったとされてきている。ただ、これが新型コロナ誕生の要因とするにはまだまだ早い。驚くことに、この方法でも、またこれまでの研究でも、CoV-2の起源とされるセンザンコウのコロナウイルスの方がACE2に対する親和性は高い。従って、ACE2結合性を単純にウイルスの感染性と決めつけるのは早すぎる。

一方、抗体やワクチンによる介入が始まると、強く選択圧が働いて特定の変異が選択される可能性がある。この時、その変異の特徴を特定し、新しい治療抗体を用意するという意味で、今回得られたライブラリーの意味は大きい。

以上、RBDだけでもこれほど複雑で、多くのウイルスタンパク質が働くこのウイルスの場合、感染力はこれらの分子の総合結果であり、悪性、良性などと軽々しく決められないことがよく理解できた。

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